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2018年8月12日 (日)

「菊とギロチン」

Kikutogirochin2018年・日本/スタンス・カンパニー=国映
配給:トランスフォーマー
監督:瀬々敬久
脚本:相澤虎之助、瀬々敬久
プロデューサー;坂口一直、石毛栄典、浅野博貴、藤川佳三
音楽:安川午朗
ナレーション:永瀬正敏

大正末期を舞台に、アナキストの若者たちと女相撲の力士たちとの交流を描いた青春群像劇。監督は「64  ロクヨン」「友罪」の瀬々敬久。監督が構想30年の企画を実現させた入魂の作品である。出演は「パンク侍、斬られて候」他出演作が相次ぐ東出昌大、「ナミヤ雑貨店の奇蹟」の寛一郎、「光(河瀬直美監督)の大西信満、「大和(カリフォルニア)」の韓英恵、新人木竜麻生など。ナレーションを永瀬正敏が務める。

大正末期、関東大震災直後の日本。軍部は強権を強め、不穏な空気が漂う中、人々は出口の見えない閉塞感にあえいでいた。そんなある日、東京近郊に女相撲一座“玉岩興行”がやって来る。貧しい農家の嫁で、夫の暴力に耐えかねて家出をした花菊(木竜麻生)もその一座に加わった。一方、“格差のない平等な社会”を標榜するアナキスト・グループ“ギロチン社”の中心メンバー、中濱鐵(東出昌大)と古田大次郎(寛一郎)たちは、師と仰ぐ思想家の大杉栄が殺されたことに憤慨し、復讐を画策するももテロに失敗、失意の中、この土地に流れ着いていた。中濱たちはやがて、“差別のない世界で自由に生きたい”という共通の思いで花菊、十勝川(韓英恵)ら女力士たちと交流を深め、やがて互いに惹かれ合って行くが…。

瀬々監督が2010年に発表した「ヘヴンズ・ストーリー」に次ぐ、長時間の自主製作作品である。今回も見ごたえがあった。
監督が30年も前から構想していた作品だそうで、その執念が作品に異様な迫力を生んでいる。

本作がユニークなのは、大正時代末期に実在したアナキスト集団「ギロチン社」に所属する若者たちと、興業としての女相撲に加わった女性たち、という、共に当時実在した2つのグループを組み合わせた点である。

両者が出会い、行動を共にした、という記録はない。従って本作は、史実をベースにしたフィクションという事になる。

両者に共通するのは、“抑圧された時代の中で、自由を求めて苦闘した”という点である。

軍部が力を強める中、アナーキスト大杉栄(小木戸利光)に触発された中濱鐵ら若者たちが、平等な社会を目指してアナーキスト集団・ギロチン社を結成し、反政府テロに手を染めて行く。

また一方、夫の暴力に悩まされていた花菊は、女たちが一心に闘う姿に魅了され、夫の元から逃げ出して女相撲一座に加わる。
この時代は、男尊女卑の風潮が根強く、たちは一段低く見られ、不平等な扱いを受けていた時代である。また彼女たちの中には、韓国出身の十勝川(韓英恵)や、沖縄出身の与那国もいる。いずれも出身地で差別されている女たちだ。言わば二重に抑圧されている者たちと言える。

彼女たちの望みは、差別されない、平等な世の中の到来である。その意味では、やはり平等な世の中を求めて戦うギロチン社の若者たちと心が通じて行くのは当然であろう。

ただし、映画でも描かれているが、中濱たちのやった事は、革命とは程遠く、計画は行き当たりばったり、企業を脅迫して金を奪っては自分たちで飲み食いしたり女にうつつを抜かしたり、虐殺された大杉の仇を討とうと思ったのはいいが、虐殺首謀者の甘粕が獄中にいるので、まだ高校生のその弟を狙ったり、また正力松太郎暗殺を企てたりもするがことごとく失敗。なんとも情けない有様である。

そうやって自由を求め戦う意欲はあれど、結果的に挫折を重ね、悩み、フラつき、迷走する若者たちを、瀬々監督は慈愛の目で優しく凝視する。

そんな彼らが、花菊たちと出会い、仄かな思いを寄せて行く。海辺で彼女たちと無心に踊ったりする姿を見ていると、前述の迷える若者たちの行動も含め、これは痛ましい青春映画でもあると言えるだろう。

軍部が暴走し、やがては泥沼の戦争へと突き進んで行く事となるこの時代において、その流れに抗い、精一杯に若さをぶつけ、女たちとも心を通わせ、突っ走って行く若者たちを描いたこの作品、今年の初めに観た大林宜彦監督の傑作「花筐 HANAGATAMI」とよく似たものを感じる。あの映画もまさしく青春映画だった。ちなみにこちらも3時間近い大長編であり、かつ一種の自主製作映画。しかも本作よりさらに長い構想40年!。
いろんな点で共通する、この2本の傑作がほぼ同じ頃に登場した事は興味深い。

ギロチン社の若者群像劇も、女相撲一座の女たちの物語も、それぞれ独立した物語として1本の映画になるくらいのボリュームを抱えている。だからこの2つの物語を1本にまとめたら、3時間を超えるのも当然だろう。実際、時間の経つのも忘れるほど見入ってしまった。

いつの時代でも、世の中の変革を求めて立ち上がり、結果として暴走したり挫折したりする若者たちは存在する。1960年代末期から70年代にかけての学園紛争、反米闘争の過程で過激化し、自滅して行った学生活動家たちや、民主化を求め立ち上がるも権力によって潰されて行った、天安門事件や韓国・光州事件の若者たちの姿と重ね合わせて考えてみるのもいいだろう。

中濱鐵を演じた東出昌大、古田大次郎を演じた寛一郎(注1)、共に渾身の熱演である。また花菊を演じた新人、木竜麻生も素晴らしい。今年の新人女優賞に一押しである。

瀬々監督と脚本を共作した相澤虎之助、聞いた事があるなと思ったら、「国道20号線」(2007)、「サウダーヂ」(2011)、「バンコクナイツ」(2016)と、こちらも自主製作に近い力作を発表している富田克也監督作品の脚本を一手に手掛けている実力派ライターである。ちなみに「バンコクナイツ」(昨年度のキネ旬ベストテン6位)も3時間を超える長編。
本作の成功は、相澤脚本の力も大きいだろう。

とにかく、画面から異様な熱気が伝わって来る、これは本年屈指の秀作である。上映時間は長いけれど、是非多くの人に観て欲しい。 (採点=★★★★★

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(注1)
寛一郎は佐藤浩市の息子、三國連太郎の孫である。三國連太郎と言えば、1973年の吉田喜重監督「戒厳令」において、大杉と同様反国家的思想的リーダーとして、青年将校たちのテロ事件、2.26事件に関わり、事件の影の指導者として処刑された北一輝役を演じていた。本作とも関連があると言える。その名優の孫が本作で重要な役を演じたというのも、興味深い事である。

(付記) 
瀬々敬久監督の作品には、「感染列島」「64 ロクヨン」、等のスケール感あるサスペンス、泣かせる実話もの「8年越しの花嫁 奇跡の実話」といったメジャー系娯楽映画もあれば、「なりゆきな魂、」「最低。」といったミニシアター公開の地味な作品、その中間的な「友罪」もありと、実に幅の広い作家である。    

そんな風に一応メジャーな地位を確保しながらも、一方で瀬々監督は2010年、「ヘヴンズ・ストーリー」という上映時間が4時間38分と極端に長い、その為ごく一部でしか公開されなかった自主映画の力作を作り、今回もまた同様に長編の自主映画を完成させた。その振幅の広さは当代随一ではないだろうか。

ちなみに、このように大手の娯楽映画の監督を引き受ける一方で、自分の作りたい映画(あまり集客は望めない)を作るという監督は、昔から結構いる。
例えば今井正監督。1949~50年、「青い山脈」「また逢う日まで」を大手東宝で監督して大ヒットを飛ばし、その翌年、自主上映の独立プロ作品「どっこい生きてる」を完成させた。同じく左派系の山本薩夫も1960年代、大映で市川雷蔵主演「忍びの者」や勝新太郎主演「座頭市牢破り」、ベストセラーの映画化「氷点」等のヒット娯楽映画を引き受ける一方、「荷車の歌」「武器なき戦い」等のやはり独立プロ作品を数多く監督した。深作欣二監督も、ハリウッド作品「トラ!トラ!トラ!」の監督料を注ぎ込んで独立プロで念願の「軍旗はためく下に」を完成させた。大林宣彦監督も、薬師丸ひろ子や山口百恵らアイドル主演の娯楽映画の傍ら、「廃市」などのほぼ自主映画を作っている。前述の「花筐 HANAGATAMI」もそう。

瀬々監督もそうしたタイプの監督の一人だろう。これは映画作家の戦略としては正しい。娯楽映画作りで稼いだ金は生活資金や、自主映画の製作資金にもなるし。
そしてこれらの作家はいずれも、娯楽映画を作らせても見ごたえある力作、秀作を生み出している点でも尊敬に値する。

そんな作家が、今では少なくなった。自主製作映画を作る監督はそこそこいるが、多くは頭でっかち、独りよがり的のつまらない作品である。娯楽映画を作る事で腕を磨き、観客を魅了する映画作りを経験する事は、自主映画的作品を作る上でもプラスになると思う。若い映画作家の方たち、是非見習って欲しいと思う。

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