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2018年8月19日 (日)

「カメラを止めるな!」

Onecutofthedead_22017年・日本/ENBUゼミナール・シネマプロジェクト
配給:アスミック・エース=ENBUゼミナール
監督:上田慎一郎
脚本:上田慎一郎
編集:上田慎一郎
撮影:曽根剛
プロデューサー:市橋浩治

今日本中を席巻している、ジャンル分け不能の異色ヒット作。映画専門学校「ENBUゼミナール」のワークショップ「シネマプロジェクト」の第7弾として製作された作品で、監督はオムニバス映画「4/猫 ねこぶんのよん」内の1編「猫まんま」を手がけた上田慎一郎。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭・2018ゆうばりファンタランド大賞を受賞した他、世界各国でも受賞が相次ぐ。

ゾンビ映画撮影のため、山奥にある廃墟にやってきた自主映画のクルーたち。監督の完璧志向でなかなかOKが出ないまま撮影は休憩となるが、そこに本物のゾンビが現れ撮影隊に襲いかかる。悲鳴を上げ逃げ回る出演者たちだが、監督は嬉々として撮影を続行する。果たして彼らの運命は…。

製作費はわずか300万円。出演者は無名。監督も無名。最初は今年6月より東京都内2館で上映がスタートしたが、SNS等の口コミで話題が広がり、上映館は毎回満員札止め。遂に8月からはアスミック・エース配給で全国拡大上映が始まるが、それでも話題が話題を呼んでどの映画館も満席。新聞・テレビでも紹介されて、今や社会現象にもなっている話題作である。

私も観ようと劇場に出かけたが、どこの劇場も、どの回も満席か残り座席わずか。最初はキャパの小さなスクリーンでの上映だったが観客をさばき切れず、とうとうTOHOシネマズ梅田では先週から、スクリーンも座席数も全館中最大のスクリーン1での上映となった。ドルビーATOMOS設置の、737座席もあるおそらく関西最大のキャパの劇場である。わずか製作費300万円の超マイナー映画が、製作費200億円の「ジュラシック・ワールド」「ミッション・インポッシブル」も押しのけて巨大スクリーンをジャックしてしまったのである。快挙である。凄い事である。

で、そのTOHOシネマズ梅田スクリーン1で、やっとこの映画を観る事が出来た。満席ではなかったがほぼ8割強が埋まっていた。

いやあ、面白い!ヤラれた。意外性と面白さでは本年随一と断言出来る。映画ファンなら絶対観に行くべきである。

これははっきり言ってネタバレ厳禁、私も映画紹介記事も、チラシすらも読まずに観に行ったが、正解だった。これから観る方は絶対に一切の情報を仕入れず、白紙の状態で観る事をお奨めする。

よって、未見の方はここまで。鑑賞後に以下のネタバレ記事をお読みください。とにかく見逃すな。   (採点=★★★★★

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(以下ネタバレあり)

 

 

 

 

映画の構成としては、冒頭に37分ワンカットで、“とある山奥の元浄水場らしい廃墟で、ゾンビ映画を自主製作しているチームが映画の撮影を行っていたが、そこに本物のゾンビが現れパニックとなり、一人また一人感染して行く”という物語が展開する。
いかにも素人っぽく、演技もカメラワークもぎこちない。妙な間があったり、カメラが地面に横倒しになり、しばらくの間画面が斜めになったまま続いたり。
それでも撮影は途切れる事なく、とりあえず37分ワンカットという条件は満たして物語は終わるのだが、多分多くの観客は「なんじゃこりゃ、大して面白くないな」と思った事だろう。

そしてその映画が終了後、時制は1ヶ月前に遡って、「ONE CUT OF THE DEAD」と題するこの37分の映画の製作過程=いわゆるメイキングが始まる。このメイキングの中で、実はこの映画はネットチャンネル(その名も“ゾンビ・チャンネル”)での生放送ドラマである事が分かる。

女性プロデューサー(竹原芳子)は簡単に考えているが、監督の日暮隆之(濱津隆之)はプレッシャーで緊張している。
その日暮監督の家庭状況もかなり丁寧に描かれる。妻は元女優でややエキセントリックな性格、娘は父とは性が合わず仕事も壁にぶち当たっている。

そしてドラマの本番開始時間が迫っているのに、トラブルが続出。ドラマの監督役と一人の女優が到着せず、仕方なく日暮自身が監督役を代役として演じる事になり、また現場に居合わせた日暮の妻・晴美(しゅはまはるみ)もドラマの中のAD役で出演する事となる。

さらにゾンビ役の俳優がアル中で、酒を呑み過ぎて本番中にぶっ倒れてしまうし、晴美は脚本無視して勝手に暴走し始めるし、とてんやわんや。悪い事は重なり、ラストで使用するクレーンが壊れてしまい、俯瞰撮影が不可能となってしまう。

さあ果たして、この生放送ドラマは無事、事故なく放映出来るのか。というのが後半のドラマである。


ここまで書けば、映画ファンならピンと思い当たるだろう。この後半のドラマ、三谷幸喜の脚本・監督の映画「ラヂオの時間」にヒントを得たようなお話である。
Radionojikanラジオ・ドラマの生放送中のスタジオを舞台に、役者の無理難題その他次々とトラブルが発生、あやうく放送事故になりかけた所を、ディレクター以下全員が力を合わせ、無事放送を成功させるまでを描いた作品で、感動の秀作であった。

三谷幸喜と言えば、これまで「Short Cut」「大空港2013」と、全編ワンカット・ドラマを2本作っている。
つまりは前半の全編ワンカット・ドラマ、後半の生放送ドラマを無事成功させるまでの感動編どちらも三谷幸喜が作った作品パターンなのである。おそらく上田監督は参考にしているのだろう。

だが本作が秀逸なのは、基本アイデアはいただいているものの、映画としてはこの2つのパターンを1本の映画の中に同時に取り入れ、ドラマ「ONE  CUT OF THE DEAD」の中で見られたヘンな箇所、謎めいた部分が実はすべて後のドラマの伏線であり、後半のメイキング・ドラマの中でそれら伏線が一つ一つ回収されて行くという着想の見事さである。

「なるほど!そうだったのか」と少しづつ、前半ドラマの疑問点が解消されて行く快感、そして並行して描かれる日暮家の家族の物語。
日暮の娘のアイデアにより、スタッフ全員が、組体操のように人間ピラミッドを作って俯瞰撮影に成功するのだが、日暮監督が幼い娘を肩車している写真までもが、ちゃんと伏線になっていたのには感動してしまった。
最初はバラバラだった日暮家の家族が、力を合わせ困難を乗り越えた事によって、家族の絆を回復して行くだろう事も窺わせ、ちょっとジーンとさせられた。
人間ピラミッド自体が、スタッフが全員一致協力して映画を成功させる事のメタファーだとも言える。

おそらく(いや間違いなく)三谷さんは「うーん、やられた!」と地団駄踏んで悔しがっている事だろう。アイデアを拝借した方の映画が、拝借された三谷作品よりも面白くて感動的なのだから。

そしてこの映画の秀逸な点は、映画全体の構成が巧みな入れ子構造になっている点である。しかも4重の。

まず自主製作のゾンビ映画が作られている、その映画を撮影している監督、スタッフがゾンビに襲われる、というドラマが日暮監督によって作られる、その②のドラマ製作過程が後半でメイキングとして描かれる、その③自体も実は上田監督が作・演出したドラマで、ラストのエンドロールではそのメイキング風景が登場する。

まるでマトリューシカである(笑)。この発想も素晴らしい。

この映画を観た人はおそらく、ワンカット・ドラマのどこに伏線が仕込まれていたかを確認する為、もう一度この映画を観たくなるだろう。リピーターが多い(中には10回以上観たという人も)のも、そのせいだろう。

 
ともかく、超低予算だろうと、アイデア次第で面白い映画は作れるし、また宣伝費をかけなくても、面白いと感じた観客がSNSや口コミで情報を拡散する事で大ヒットに繋げる事も可能である事を、この映画が証明したと言えるだろう。これはとても素晴らしい事である。
一昨年のアニメ「この世界の片隅に」も、同じように乏しい製作費・宣伝費にも関わらず口コミで大ヒットに繋がったのは記憶に新しい所。

有名スター出演、テレビ局主導の物量宣伝によってヒットしている映画が多いが、もうそんなまやかしに釣られるのはやめようよ。本当に面白い映画は、宣伝しなくても、自分で金を払って見た人によって、草の根的に良さが広まって行くものであり、そういう映画をこそ見よう、みんなで盛り上げよう…。
そうした空気が、今後も広まって行く事を期待したい。

 

(おマケ)
この映画と同じような構造(前半完成映画、後半そのメイキング)の映像作品が以前にもあった。

Makingthrillerマイケル・ジャクソンのヒット曲のプロモーション・ビデオ「スリラー」をフィーチャーしたVHSビデオ・カセットである。

このVHSは正式タイトルを「Making Michael Jackson's Thriller」と言い、冒頭で15分にも及ぶPV「スリラー」が収録され、その後このビデオのメイキング映像が続く。全体で60分である。

PV「スリラー」を監督したのはジョン・ランディス。PVとは言いながら、墓場からゾンビが蘇える、本格的なホラー映画で、通常PVと言えばプロモーションの対象となる音楽に合わせた、せいぜい3~4分程度のものがほとんどだった(それも歌う本人の背後にカラフルな映像が流れるだけ)時代に、こんな短編映画とも言っていいほどの映像作品が作られた事は画期的だった。特殊メイクには大御所リック・ベイカーも参加する等、スタッフも劇場映画並みだった。

そして、その映画のメイキング(40分くらいはあったか)映像が作られ、本編にセットされた事も前代未聞だった。このVHSは当時(1983年)爆発的に売れた。後にはレーザー・ディスクも発売された。

前半ゾンビが登場するホラー映画後半そのメイキング、というこのVHSの構成は、本作の構造とそっくりである。

上田監督、あるいはこの「スリラー」ビデオも参考にしたのかも知れない。

 

VHS「Making Michael Jackson's Thriller」

 

DVD「ラヂオの時間」

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コメント

単純に「おもしろい」という意味では、本年どころかこの10年間の日本映画で一番ではないか、と思ってます。私の周りでは普段映画館に行かない人も観てますが、ここまで胸を張って万人に勧められる日本映画は珍しいです。
天国のジョージ・A・ロメロも喜んでいるでしょうね。

投稿: タニプロ | 2018年8月20日 (月) 00:41

「ミニシアターから大ヒット」
「恋の渦」、監督がブレイクするきっかけになった「おとぎ話みたい」、バラエティ番組「めちゃイケ」でオマージュまで作られた「テレクラキャノンボール2013」、色々とあり全て体験しましたが、とうとうこれ以上無いところまで来たなと。
「低予算でも作れる」じゃなくて「ハリウッドばりの大金でもっとおもしろいの作る」とか、夢のある話になってほしいです。

投稿: タニプロ | 2018年8月20日 (月) 00:52

◆タニプロさん
低予算だからこそ、その分知恵を絞って悪戦苦闘するからこそ面白い映画が出来るのかも知れません。
低予算と言えば1992年、わずか7,000ドル(70万円)の製作費で作られたアメリカ・メキシコ製アクション映画「エル・マリアッチ」が面白いと評判になり、大手配給会社が買い取って世界で大ヒットして監督のロバート・ロドリゲスもハリウッドにスカウトされましたが、予算たっぷりかけた続編「デスペラード」は前作ほど面白い作品にはなりませんでした。
この例でも見るように、予算と面白さとは必ずしも正比例するとは限らないと思います。
まあアニメの場合は、新海誠監督のように、大手資本で予算をかけた「君の名は。」が傑作になる等、成功するケースもありますが。
上田慎一郎監督の場合は、どっちになるでしょうかね。期待はしたいですが。

投稿: Kei(管理人) | 2018年8月20日 (月) 23:38

これは面白かったですね。
37分ワンカットはすごいのですが、実は本当にすごいのはそこからですね。
3重構造とおもっていましたが、なるほど4重ですね。
凝った脚本は私は内田けんじ監督の「運命じゃない人」を連想しました。
あれもある事件が起こり、実はその裏側を描くという話でした。
映画愛は「アメリカの夜」というとほめすぎでしょうか。
上田監督のこれからが楽しみです。

投稿: きさ | 2018年8月21日 (火) 23:33

◆きささん
確かに、込み入った伏線が後半で回収されて行く所は「運命じゃない人」に似てますね。まあ、あっちの方がずっと複雑でしたが。

舞台のアイデア盗用騒ぎも起きてますが、これもバカ当たりの大ヒットさえしなければ騒ぎにはならなかったでしょうね。
舞台の方のお話もネットで探しましたが、この作品のキモは舞台では出来ない37分ワンカット撮影だし、その前半のドラマもクリスティばりの閉所連続殺人事件でゾンビと関係ないしで、原作というのは無理がありますね。まあ話し合って円満に解決していただきたいものです。

投稿: Kei(管理人) | 2018年8月27日 (月) 00:19

> 本当に面白い映画は、宣伝しなくても、自分で金を払って見た人によって、草の根的に良さが広まって行くものであり、そういう映画をこそ見よう、みんなで盛り上げよう…。

全くの同意です。
でも、あまりにもマイナーな公開の場合、並が起こる前に終わっちゃう事もそこそこあります。

投稿: ふじき78 | 2018年9月17日 (月) 01:48

◆ふじき78さん
>あまりにもマイナーな公開の場合、波が起こる前に終わっちゃう事もそこそこあります。
確かに昔はそうでしたが、最近はごくマイナーな公開であっても、SNSや口コミで話題となってヒットに繋がるケースが増えて来てる気がします。数年前の「フラガール」しかり、一昨年の「この世界の片隅に」、今年の「バーフバリ」しかり。
本作なんか、当初は東京2館だけの超マイナーな公開だったのに、これだけ大ヒットしたわけですからね。
でもそれはやはり作品自体に、観客が熱狂するクオリティ、パワーがあったからに他なりません。“波が起こる前に終わってしまう”作品は、やはり作品に力がなかったから、と言えるのではないでしょうか。

投稿: Kei(管理人) | 2018年9月25日 (火) 23:54

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