「ペンギン・ハイウェイ」
2018年・日本
制作:スタジオコロリド
配給:東宝映像事業部
監督:石田祐康
原作:森見登美彦
脚本:上田誠 (ヨーロッパ企画)
キャラクターデザイン:新井陽次郎
演出:新井陽次郎、亀井幹太
音楽:阿部海太郎
「夜は短し歩けよ乙女」等で知られる人気作家・森見登美彦の、日本SF大賞を受賞した同名小説のアニメ映画化。監督は短編アニメ「陽なたのアオシグレ」(2013)を監督した新鋭・石田祐康。本作が長編デビュー作となる。またこれまで「陽なたのアオシグレ」、同じく短編「台風のノルダ」(2015)を手がけたアニメスタジオ、スタジオコロリドの第1回長編作品でもある。声の出演はオーディションで選ばれた北香那、「彼女がその名を知らない鳥たち」の蒼井優、「ラストレシピ 麒麟の舌の記憶」の西島秀俊、「レオン」の竹中直人、他。
勉強家で、毎日学んだことをノートに記録している小学四年生のアオヤマ君(声:北香那)は、通っている歯科医院のお姉さん(声:蒼井優)と仲良し。お姉さんはちょっと生意気で大人びたアオヤマ君を可愛がっていた。そんなある日、アオヤマ君たちが暮らす郊外の街に突然ペンギンが出現する。海のない住宅地に突如現れたペンギンたちは一体どこから来て、どこへ消えたのか。アオヤマ君はその謎を解くべく友人のウチダ君(釘宮理恵)らと研究を始めるが、次から次と不思議な現象が起きて謎は深まるばかりだった…。
これまで短編アニメを作って来たというスタジオコロリドも、石田祐康監督の事も(アニメには関心のある私でさえも)全然知らなかった。
なので本作についても予備知識もなく、あまり期待はしていなかったのだが…。
なんと!これは素晴らしい秀作だった。長編デビュー作にして、こんな見事な作品を完成させてしまうとは。
今年は細田守監督の「未来のミライ」がやや期待外れだったし、新海誠監督の新作もなかったし、年末公開予定の片渕須直監督「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」は大ヒットした前作の一部追加バージョンだし、アニメ不作かな、と思っていた所に意外なダークホースの登場である。
(以下ネタバレあり)
原作は昨年公開されたアニメ「夜は短し歩けよ乙女」(監督・湯浅政明)等で知られる森見登美彦で、第31回日本SF大賞を受賞している。つまり本作はSFなのである。これが重要。
物語の軸となるのは、小学校4年生の少年アオヤマ君と、彼が密かに憧れる歯科医院に勤務する“お姉さん”(役名がない)との交流である。
アオヤマ君は好奇心旺盛、疑問に思った事は何でもノートに記録する等、とにかく研究熱心で勉強家。大人にも負けないほどである。
そんな風にやや早熟だから、小学4年生であるにも関わらず、大人の女性であるお姉さんに仄かに思いを寄せている。
お姉さんの方もアオヤマ君を、身内であるかのように可愛がってくれる。
だがアオヤマ君は、彼女に恋心を抱くにはまだ若過ぎる事も自覚している。なにしろまだ10歳なのだ。
彼はノートに、大人になるまであと3千何百日とか書くのだが、それは大人になってお姉さんに恋する思いを告白出来るまでの日でもあるのだろう。
そうした、思春期に差し掛かった少年の、あるひと夏における冒険を通して、憧れの年上の女性に対する切ない思い、心の葛藤が瑞々しく描かれ、ジンとさせられた。
これは、ロバート・マリガン監督の傑作「おもいでの夏」(1971)などの、“年上女性への少年の恋物語”の系譜に繋がる1本であるとも言えるのである。
そしてもう一つ、作品の核となるのが、街に現れたペンギンたちを中心とするSF的展開である。
海がないはずのこの街に、何故ペンギンの大群が現れたのか、そしてペンギンたちはどこへ消えたのか。
さらに不思議な事は、お姉さんの投げたコーラ缶がペンギンに変身してしまう。お姉さんは平気な顔でアオヤマ君に「さあ少年、この謎が解けるかな」と問いかける。つまりはお姉さんは謎の正体も知っているのである。言わばお姉さん自体が、謎の存在なのである。
アオヤマ君は親友のウチダ君や、同じく謎探求に熱心な女の子ハマモトさんらと共に、ペンギンの謎を解くべく探検を開始する。
この辺は、おマセなしんちゃんを中心とするカスガベ防衛隊の子供たちが、やはりSF的な冒険を繰り広げる劇場版「クレヨンしんちゃん」を思い起こす。しんちゃんも大人のおねいさんを好きになったりしてるし(笑)。
そしてさらに不思議なものが出現する。森の奥の原っぱの真ん中に、巨大な水の球体が出現するのである。少年たちはこれを〈海〉と呼ぶ。
謎は謎を呼び、ハマモトさんの父親を中心とした科学者たちや政府関係の人たちも加わり、〈海〉の謎の解明を進める中で、この〈海〉とペンギン、そしてお姉さんとは深く繋がっているらしい事も分かって来る。
この辺りは、これまでに作られた哲学的ハードSF(例えばスタンリー・キューブリック監督「2001年宇宙の旅」、クリストファー・ノーラン監督、「インターステラー」、ドゥニ・ヴィルヌーブ監督「メッセージ」など)からもインスパイアされているようだし、またJ・J・エイブラムス監督「SUPER 8/スーパーエイト」(2011)のようなジュブナイルSFの味わいもある。
原っぱの真ん中で中空に浮かぶ巨大な〈海〉のイメージは、「メッセージ」の宇宙船を思わせたりもするし、また「2001年-」のモノリス的存在でもある。
また終盤アオヤマ君とお姉さんとペンギンたちが怒涛の疾走を開始する場面(劇中では「ペンギン・パレード」と呼ばれる)では、ノーラン監督の「インセプション」における、空間が捻じ曲がり、街の建物が中空にさまざまな角度で屹立するシーンとそっくりな場面もあってニヤリとさせられる。
謎ははっきりとは解明されないままに終わるのだが、観た人それぞれに、どんな解釈も可能だろう。哲学的な解釈をしてもいいし、物語全体が、アオヤマ君が妄想した“夢”だったと考えてもいい(「不思議の国のアリス」を思わせるシーンもあるし)。
哲学的ハードSF、ジュブナイルSF、おとぎ話的ファンタジー、少年たちのひと夏のささやかな冒険、そして年上の女性への思慕物語…。そうしたさまざまな要素が巧みにブレンドされた、これは極めてユニークかつ壮大なSF冒険ファンタジーであり、また全体としては、多感な年頃の少年がさまざまな経験を通して、大人へと成長して行く物語になっており感動的である。幼い子にはちょっと難しいけれど、アオヤマ君以上の年代の子供には是非観て欲しい。
子供の頃は誰もが、冒険心と好奇心に溢れ、山や薄暗い森を探検したり、星を眺めて宇宙に憧れたりした事もあるだろう。分からない事を一生懸命調べたり、一つの事に夢中になったりした事もあるだろう。
だが大人になってしまうと、仕事と生活に追われ、いつしか子供の頃の夢や冒険心を失ってしまう。
この映画は、そうした子供時代に抱いていた、ワクワクした夢と好奇心を忘れてしまった大人たちには、ちょっぴり胸痛む作品であり、そうした子供時代を思い出して私は泣けてしまった。そういう意味では、大人こそ観るべき作品であると言えよう。
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本作を観た後、石田祐康監督について調べたが、彼は大学3年の時に「フミコの告白」(2009)という、わずか2分22秒の短編アニメを自主制作している。これは現在もYoutubeで観る事が出来る。→ https://www.youtube.com/watch?v=0QqT1P4VO30
この作品は東京国際アニメフェア2010学生部門優秀作品賞、オタワ国際アニメーションフェスティバル学生部門特別賞、第14回文化庁メディア芸術祭優秀賞など数々の賞を受賞している。
また2013年には、18分の短編「陽なたのアオシグレ」で劇場監督デビューも果たしている。これはDVDも発売されている。
で、どちらも好きな異性に対し、勇気を持って思いを告白する、という内容だった。
ちなみに後者の作品では、主人公の男の子は小学校4年生と、本作のアオヤマ君と同年齢である。
そしてどちらの作品でも、主人公は後半、相手を求めて怒涛の全力疾走をしている。この疾走感も本作のペンギン・パレードに繋がっているのだろう。
本作は、これまでそうした少年少女の初恋告白ものを作り続けて来た石田監督の集大成的作品であるとも言える。この原作にめぐり合ったのもある意味必然だったのかも知れない。
なお本作でキャラクターデザイン・演出を担当している新井陽次郎もスタジオコロリド所属の若手作家で、2015年、短編「台風のノルダ」で劇場映画監督デビューを果たしており、またこの作品では石田祐康がアニメキャラクター・デザイン、作画監督を担当している。同作品も第19回文化庁メディア芸術祭新人賞を受賞している。
この新井監督も今後の劇場長編デビューが待たれる。うまく行けばスタジオ・ジブリの宮崎駿、高畑勲のように、石田監督と互いに切磋琢磨し影響し合って、スタジオコロリドの2大エースとなり、日本のアニメ界を支えて行く存在になるかも知れない。期待したい。 (採点=★★★★☆)
DVD[陽なたのアオシグレ」 | Blu-ray「陽なたのアオシグレ」 |
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コメント
> そういう意味では、大人こそ観るべき作品であると言えよう。
同意。
私、単にアオヤマくんに引きずられてるだけのキャラかと思ってたウチダくんがアマゾン・プロジェクトで凄い事を見つけてしまうシーンが好きでたまらない。
投稿: ふじき78 | 2018年8月27日 (月) 00:52
◆こんばんは、ふじき78さん
>ウチダくんがアマゾン・プロジェクトで凄い事を見つけてしまうシーンが好きでたまらない…
川が循環してる事を発見したんでしたっけ?
一見ヘタレで弱虫と思ってたけれど、どっこい、なかなか活躍してくれますね。
普通の子供アニメだったらその他大勢か泣いてるだけで役立たず、といったタイプのウチダ君に意外な活躍をさせる辺りもこの作品のユニークな所と言えるでしょうか。
いじめっ子で悪役タイプのスズキ君にも最後に反省させ活躍の場を与える等、隅々にまで気配りが行き届いていましたね。
こういう細かい所も、親御さんは連れて来た子供にちゃんと教え指導して欲しいと思います。
投稿: Kei(管理人) | 2018年9月 1日 (土) 01:51