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2018年8月 4日 (土)

小説「盤上の向日葵」

Banjounohimawari 柚月裕子・著

 中央公論新社・刊 2017年8月

 \1,800+税

 

「孤狼の血」が話題となった柚月裕子さんの新作ミステリーです。

単行本で563ページもあるぶ厚い本ですが、読みだすと面白くて一気に引き込まれ、ほとんど徹夜で(笑)、3日がかりで読み終えました。

いやー、さすがこの所ノッてる柚月さん、今回は将棋にまつわる殺人事件捜査ものミステリー。
原作が雑誌に連載されたのは2015年からなので、昨今の藤井聡太七段の活躍による将棋ブームに便乗した訳ではないのですが、実にタイムリーな出版となりましたね。

(以下内容について触れます。ご注意ください)
物語は1994年、埼玉の山中で白骨死体が発見され、身元を知る手がかりはなく、唯一死体の傍に、初代菊水月作という名品の駒が残されていた事から、埼玉県警のベテラン刑事・石破と、大宮北署所属の、かつては将棋を志した事もあった若手刑事・佐野がコンビを組んで、この駒の出所を探す為、北陸、中国地方へと日本中を旅しながら捜査を続ける話と、後に天才棋士となる一人の男・上条圭介の少年時代から現在に至る苦難と成功の人生が並行して描かれます。

序章で、二人の刑事が、死体発見から4か月後に、竜昇戦という将棋の対局が行われようとしている真冬の天童市に降り立つシーンが描かれ、どうやら事件の犯人を突き止めてここにやって来た様子。
そしてかなり丁寧に詳しく描かれる、上条圭介の人生。竜昇戦でも注目の的は上条。刑事が追って来たのもこの人物である事が仄めかされ、つまりは最初から犯人はこの男だろうという事が読者にも容易に想像がつくのです。

即ちこの物語の核心は、犯人探しミステリーではなく被害者が誰なのかを探すミステリー、という事になります。この発想の転換がユニークですね。

実際、上条圭介の人生パートにおいて、飲んだくれのどうしようもない父親、その父親に虐待されていた圭介を見かね、父親代りとなって面倒を見る元教師の老人・唐沢、真剣師と呼ばれる将棋のプロ・東明重慶と、彼の人生を左右する3人の男(いずれも父親又は父親的存在)が登場し、この中に被害者がいる事を窺わせます。

ネタバレになるといけないのでこれ以上は書きませんが、とにかく警察の地道な捜査と、運命に翻弄される一人の男の数奇な人生が共にきめ細かく描かれていて読ませます。
ラストに明かされる真相には、つい涙してしまいます。

 
そして既にレビューや紹介文等で指摘されている事ですが、本作には松本清張原作・野村芳太郎監督の松竹映画「砂の器」へのオマージュが巧みに組み込まれています。

ベテランと新人の二人の刑事が、殺人事件の手がかりを求め日本中を旅する話と、犯人と思われる天才の男の少年時代からの苦難の歴史を並行して描き、ラストで犯人逮捕に向かう、という展開はまんま「砂の器」です。

言うまでもないですが、オマージュしてるのは映画の方の「砂の器」で、松本清張の原作の方じゃありません(原作は前にも書きましたが、長くて面白くないです)。

これで「孤狼の血」では「仁義なき戦い」、本作では「砂の器」と、1970年代を代表する日本映画の名作を続けてオマージュした事になります。柚月さん、余程この時代の日本映画に思い入れがあるんでしょうかね。
ちなみに先日発刊されたばかりのキネマ旬報8月上旬号ではタイミングよく「1970年代日本映画ベストテン」特集をやっており、「仁義なき戦い」は2位、「砂の器」は8位にランクされています。

また、ベテラン刑事・石破のキャラクターがややぶっきらぼうでマイペース型、という辺りは「孤狼の血」を思わせたりもします。大上ほどヒドくはないですが(笑)。
脇の人物描写も丁寧でそれぞれキャラが立っています。中でも真剣師・東明重慶という、破天荒で破滅型の男の悲しい生き様は特に魅力的です。この男の物語だけでも1本の長編小説が描けそうです。柚月さん、いつもながら破滅型の男たちを描かせたら天下一品ですね。

将棋の戦いの描写も、駒の動きがスリリングに描かれ、私は将棋はあまり知りませんが、それでも引き込まれます。将棋に詳しい人が読んだらもっと興奮するかも知れません。

ここからは少々ネタバレ的になりますけど、私がさらにウームと唸ってしまったのは、「砂の器」オマージュと言われている事、それ自体が実は巧妙なミスディレクションになっている点です。
「砂の器」を見た人なら、オマージュと聞いて、被害者も多分アノ人だろうとつい思ってしまいます。

ですので、あまり「砂の器」を意識せず、白紙の頭で読む事をお奨めします。

これも、映画化したら面白いと思います。

参考までに、本作は、週刊文春2017年度ミステリー・ベストテンで2位にランクされています。

 
さて、2本続いて、ここまで来たらもう1本、70年代日本映画オマージュ小説を書いて、3部作にして欲しいですね。名作はたくさんありますから。

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原作本

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