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2018年8月 6日 (月)

「ウインド・リバー」

Windriver
2017年・アメリカ
配給:KADOKAWA (提供:ハピネット)
原題:Wind River
監督:テイラー・シェリダン
脚本:テイラー・シェリダン
製作総指揮:エリカ・リー、ジョナサン・ファーマン、ブレイデン・アフターグッド、クリストファー・H・ワーナー、ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタイン、デビッド・C・グラッサー、ウェイン・マーク・ゴッドフリー、ロバート・ジョーンズ、ニック・バウアー、ディーパック・ネイヤー

雪深いワイオミング州の先住民保留地で起きた事件を通して現代アメリカを見つめるクライム・サスペンスの傑作。脚本・監督は「ボーダーライン」「最後の追跡」の脚本で2年連続アカデミー賞にノミネートされたテイラー・シェリダン。主演は共に「アベンジャーズ」シリーズに出演しているジェレミー・レナーとエリザベス・オルセン。第70回カンヌ国際映画祭(2017)「ある視点」部門で監督賞を受賞。

雪深いアメリカ中西部ワイオミング州にあるネイティブアメリカンの保留地“ウインド・リバー”で、女性の死体が発見される。遺体の第一発見者は地元のベテランハンター、コリー・ランバート(ジェレミー・レナー)。早速FBIから新人捜査官ジェーン・バナー(エリザベス・オルセン)が派遣されて来るが、不安定な気候と慣れない雪山の厳しい条件により捜査は難航する。困ったジェーンは地元の地理や環境に詳しいコリーに協力を求める。捜査を進めるうちに、コリーたちは遂に犯人たちを突き止めるが…。

テイラー・シェリダンが脚本を書いた「ボーダーライン」「最後の追跡」は共にアメリカの辺境を舞台に、現代アメリカが抱える社会問題を炙り出した犯罪サスペンス。本作もやはり辺境のネイティブアメリカンの保留地が舞台である。シェリダン自身、これらを“現代のフロンティア3部作”と呼んでいるが、3作目に至って監督も兼任する事となった。余程こうしたテーマに思い入れがあるのだろう。
なお宣材では本作がシェリダンの初監督作としているが、実は既に2011年に低予算ホラー映画「BOUND9 バウンド9」(劇場日本未公開)で監督デビューしている。

(以下ネタバレあり)

冒頭、夜の雪原を何かから逃げるように走る少女の姿に、詩のナレーションが被る出だしからして、サスペンスフルで何が始まるのかと期待が高まる。

場面は一転、白昼、羊の群れを、数頭の狼が狙っているシーンへと変わる。そこに突然銃声が響き、一頭の狼が血を吹き倒れる。一瞬息を呑む衝撃的なシーンである。
狼を撃ったのは野生生物局の職員で、ベテラン・ハンターでもあるコリー・ランバート。野生肉食動物による家畜被害を防ぐ為、コリーはこうしてハンターとして活動しているのだが、この後もコリーは義父からピューマが仔牛を襲っているらしいと聞き、雪深い山奥に向かう。
雪上に残る獣の足跡を追ううち、人間の裸足の足跡を見つけ、不審に思って跡をたどって行くと、雪の上で凍りついているネイティブアメリカンの少女の死体を発見する。

要領よく簡潔に、主人公の卓抜した能力、沈着冷静な性格等が示され、また一気に物語の中に観客を引き込む、優れた導入部である。さすがシェリダン、うまい脚本である。

死んでいたのは、ネイティブ・アメリカンの血を引く若いナタリー。冒頭の走って逃げる少女がナタリーであった事も分かる。なぜ彼女は裸足で零下30度の凍てつく雪原を逃げていたのか。しかも生前レイプされていた事も判明する。事件を解明する為、FBIから新人の女性捜査官ジェーンが派遣されて来る。

こうして物語は、殺人事件を追う犯罪サスペンスとして進行するが、舞台がワイオミング州(名作西部劇「シェーン」の舞台)であり、主人公が射撃の名手という事で、西部劇的な味わいもある。

また事件のあった地域は、先住民保留地であり、多くのネイティブ・アメリカンがそんな酷寒の地で暮らす事を強いられている現実がある(冒頭の字幕で、本作は事実に基づくと示される)。

驚いたのは、保留地の入り口にある看板。“Wind River Indian  Reservation”と書かれている。先住民は昔は“インディアン”と呼ばれていたものの、差別的ではないかと指摘され、現在では“ネイティブ・アメリカン”に呼称が変更されたはずなのに、看板には今も“インディアン”が生きているとは。差別の根強さに愕然となる。

いろんな点で、この土地の人たちは差別され、無視されている事が分かる。地元の警察官の数も圧倒的に少ない。レイプ事件が起きたのも、そうした無力な警察体制に加え、劣悪環境で生活する若者たちの鬱屈した不満に起因している事も後に判明する。

FBIがこの事件に対して、新人で女性のジェーン一人だけを派遣したのも、こんな土地の事件なんか腕利きを派遣するのももったいない、新米に適当にやらせればいい、という感覚なのだろう。しかも酷寒の地なのに防寒着も持たせていない。見かねたコリーが、母親に頼み防護服を貸してあげる始末。

捜査経験も乏しいジェーンは、第一発見者であり、地元の状況にも詳しいコリーに援助を依頼する。コリーも実は先住民の血が混じった自分の娘を、ナタリーと同じような死に方で失っているという過去があり、また娘はナタリーの親友でもあった。そんな事もあり、コリーは進んでジェーンの捜査に協力する。

映画はこうして、コリーの的確なサポートとアドバイスを得て捜査が着実に進み、またジェーンが次第に捜査官としても成長して行く姿も描き、やがてラストのクライマックスへとなだれ込んで行く。

ここで驚いたのが、ジェーンが容疑者がいるらしいトレーラーハウスのドアをノックした瞬間、物語は突然そのトレーラー内で起きた、ナタリーの死の真相を描く過去へと飛ぶのである。
誰かの回想というわけでもない(ナタリーが恋人のマットのトレーラーを訪れ愛し合うシークェンスは亡くなった2人しか知らない)。いわば一種の神の視線である。
そしてナタリーが犯人たちから逃れ零下30度の雪の山へと向かった所で、画面は元のジェーンがドアをノックする現在に戻る。

この過去のシーンが挿入される事によって、観客は短時間で事件の真相を知る事が出来、かつ先ほどの犯人たちが、この後ジェーンたちを襲撃するであろう事も予測出来、緊迫感が一気に高まる事となる。このユニークな演出が面白い。

そして直後、凄まじい銃撃戦が展開される。
警察官たちが倒され、ジェーンに命の危機が迫った時、遠くから見守っていたコリーの銃が火を吹き悪人たちが次々倒されて行く。このシークェンスの、短いカットを繋げたアクション演出も見事である。

重傷を負ったジェーンを介護し、優しく労わるコリー。このシーンは、コーエン兄弟脚本・監督の西部劇「トゥルー・グリット」における、初老の荒くれガンマンが瀕死の重症となった少女を必死に助けるシーンを思い出す。
またコリーは、犯人の最後の一人を酷寒の山奥に裸足で放り出し、ナタリーと同じような死に方をさせるのだが、これも“法にまかせず悪人を自らの手で処刑する”西部劇的な描き方である。
銃撃戦シーンも西部劇の決闘を思わせるし、本作はいろんな点でまさに現代の西部劇と言っていいだろう。

ラストもいい。コリーはナタリーの両親の元を訪ね、彼女の仇を討った事を伝えるのだが、父親はネイティブアメリカン的儀式を顔に施し、静かに大地に佇むだけである。
Windoriver2その姿に、永年ずっと差別、迫害にも耐えて来た先住民の怒りと悲しみがより伝わって来る。その横に、コリーも並んで座り山々を見つめる所で映画は終わり、その後姿に、“米国では失踪したネイティブ・アメリカンの女性のデータはなく、その実態は不明のままである”との字幕が被る。深い余韻を残した、いいエンディングである。

 
本作は、犯人探しサスペンスとしても、クライマックスでアクションが炸裂する西部劇的娯楽映画としても楽しめるが、一方で少数民族や女性に対する差別意識などが根強く残る、現代アメリカが抱える病理を鋭く追及した社会派ドラマとしても見ごたえがある作品に仕上がっている。上映している劇場は少ないが、見ておいて損はない秀作である。本年度のベストテンには是非入れたいと思う。お奨め。    (採点=★★★★☆

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(付記)
エンドロールを見ていて驚いた。なんとあのハーベイ・ワインスタインの名前がエグゼクティブ・プロデューサーの一人としてクレジットされていた。
言うまでもなく、セクハラ問題でハリウッドを追われる事になった、名プロデューサーである。

エンドクレジットには、“ワインスタイン・カンパニー提供”の文字もあった。ひっそり、目立たないように。
以前なら、作品冒頭にワインスタイン・カンパニーの社名ロゴマークを堂々出していたはずである。

本作のアメリカ公開は2017年6月。その後同年10月頃からハーベイ・ワインスタインのセクハラ疑惑が報じられた。その影響からか、秀作であるにも関わらず、アカデミー賞レースにはカスリもしなかった。
DVD発売時には、ワインスタインの名前を外すとも言われている。

私は以前にも書いたが、ワインスタイン・カンパニーが過去にいくつもの名作、秀作を作って来た事を高く評価している。

今の所、本作がハーベイ・ワインスタインがプロデュースした最後の作品になりそうな気配である。残念な事である。

まあ最後に、このような秀作を産み出す事が出来たのは良かったが。
出来得るなら、弟のボブ・ワインスタインが単独でカンパニーを支え、これまでと同様渋い秀作を製作して行って欲しいと心から願う。

それにしても、セクハラやレイプを女優たちに強制して来たと批判されているワインスタインの最後の提供作品が、女性レイプ問題を鋭く批判した本作だった(笑)、というのは、まことに皮肉と言うしかない。

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コメント

こんにちは。
これはすごい作品だと思いました。
脚本も素晴らしかったですし、役者陣も皆静かな演技なのにひしひしと伝わってくるものがありました。
私もこちらは社会派ドラマの要素があると思っております。

投稿: ここなつ | 2018年8月27日 (月) 12:46

◆ここなつさん
役者陣はみな素晴らしいですね。
特に主演のジェレミー・レナーとエリザベス・オルセンはアメコミ活劇で共演してたのに、こんな渋い社会派作品にも出て、ちゃんと存在感ある演技を見せたのには余計感動しました。起用した製作会社も、それに応えた二人の役者もエラい。こういう所がアメリカ映画界のフトコロの深さと言えるでしょう。

投稿: Kei(管理人) | 2018年9月 2日 (日) 15:12

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