「若おかみは小学生!」
小学6年生の女の子“おっこ”こと関織子(声:小林星蘭)は、交通事故で両親(薬丸裕英、鈴木杏樹)を亡くし、祖母・峰子(一龍斎春水)の経営する旅館「春の屋」に引き取られる。おっこは旅館に古くから住み着いているユーレイ少年のウリ坊(松田颯水)や、転校先の同級生でライバル旅館の跡取り娘で高飛車な秋野真月(水樹奈々)らと知り合うが、やがてウリ坊に無理やりそそのかされ、春の屋の若おかみの修行を始める事になる。最初は慣れず失敗ばかりで落ち込むおっこだったが、不思議な仲間たちに支えられながら、次々とやって来る風変わりなお客様を心を込めておもてなしをするうちに、少しずつ成長して行く…。
原作は知らないし、ポスターに描かれた主人公は目玉の大きい子供向けアニメの表情だし、タイトルからして「奥さまは18才」に似てるし、どうせ子供向けの気楽なコメディだろうと思っていた。なのでまったく観る気はなかったのだが、監督がスタジオ・ジブリ出身で「茄子 アンダルシアの夏」というまずまずの佳作を作った高坂希太郎だったので、この監督ならまあ見てみるか、程度の気持ちだった。
ところが、映画はやっぱり観ない事には分からない。なんとまあ、予想を超える素敵な秀作だった。期待していなかった分を差し引いても面白く、グイグイ物語に引き込まれ、最後には涙が溢れて来た。こんなに泣けたアニメは久しぶりである。
(以下ネタバレあり)
気楽なコメディどころか、いきなり両親が不慮の交通事故で亡くなる不幸がおっこを襲う。その後も、祖母の経営する旅館で働く事となり、厳しい修行、気難しかったりクセのある客の応対、その上意地悪なライバル旅館の娘・真月(まづき)にはバカにされ、…とおっこは次々と困難な状況にぶち当たる。
なんとも重苦しくなる出だしである。小さな子供にはちょっと辛いお話かも知れない。
救いは、おっこの周りに現れる、幽霊のウリ坊や美陽(みよ)、それに蔵の中にいた食いしん坊の子鬼・鈴鬼(すずき)たちとの交流である。本作はいわゆる幽霊譚、妖怪ものの変種だとも言える。
ウリ坊は実はおっこの祖母・峰子の幼馴染で、子供の時に死んだまま60年もこの旅館に住み着いている。美陽は真月の姉で、真月が生まれる前に亡くなっている。
それぞれに、この世に未練を残し、今も成仏出来ないでいるらしい。
おっこは寝ている時、布団の中で両親と再会したりするのだが、これは夢のようでもあり、また両親がウリ坊同様、幽霊となって現れたようにも見える。
あるいは、未だに両親の死を受け入れる事が出来ないおっこの心の内面を表しているようにも見える。
こんな風に、表向きは明るく振舞っていても、心の内に悲しみを抱えるおっこの姿はいじらしく切ない。
そうした少女の微妙な心の動きを、丁寧かつ繊細に描く演出が素晴らしい。
旅館には、いろいろな客が訪れる。作家の父と共にやって来た少年あかねは、母を亡くした寂しさから、ちょっとひねくれ、おっこに旅館には置いていないケーキが欲しいと無理を言う。
おっこは近所を探し回り、もう遅いのでどこでも売ってないと知ると、自分で手製のプリンを作り、あかねに食べてもらい喜んでもらう事で、彼の心をゆっくり解きほぐして行く。
やはり春の屋に宿泊する、スランプ気味の占い師、グローリー水領との交流シーンもいい。おっこと触れ合う事で、彼女もまた心が癒されて行く。
ある日水領の運転する車でショッピングに出かけた時、おっこは両親の交通事故死を思い出し、激しく動揺する。
気遣う水領に対し、おっこは気丈に「もう大丈夫」と言い、明るい笑顔を見せる。
悲しみをぐっとこらえ、前に進もうと努力するおっこの健気さに、こちらももらい泣きしてしまった。
また真月に対しても、素直に教えを乞い、至らないながらも真摯に努力し、前向きに生きる姿を見せる事で、真月との距離も次第に縮まって行く。彼女も決して本心は嫌な性格ではないのである。
こんな具合に、おっこは不器用ながらもコツコツ努力を重ね、多くの人たちと触れ合い、ウリ坊たちに助けられたりしながら、少しづつ若おかみとして成長して行くのである。
後半では、おっこの運命を変えたある人物が旅館にやって来て、おっこは悩み心乱れるのだが、その人物も苦しんでいる事を知り、おっこは広い心をもって彼を赦す。
このくだりは感動的であり、涙が溢れてしまった。
そして真月とも仲良くなり、一緒に伝統の神楽を舞って人々を和ませる。もう立派な旅館を支える若おかみである。
ラストの、幽霊たちとの別れも切ない。それはまた、時折現れていた両親の幽霊との別れの時も示唆しているのかも知れない。
こうしておっこは、さまざまな試練を乗り越え、どんな時も挫けない強い心を持ち、人間的にも大きく成長した事を示して物語は終わる。
観終わって、爽やかな気持ちにさせられ、心が癒され、涙でスクリーンが霞んでしまった。見事な秀作である。
児童文学であっても、手を抜かず、おっこの心の揺れ、変化をきめ細かく情感豊かに描いた高坂演出が見事である。
子供が主人公ではあるが、繊細な描写で大人も感動出来る秀作を作ったという点では、同じようなタイプの作品「マイマイ新子と千年の魔法」で多くの人を感動させ、後に「この世界の片隅に」で大ブレイクする事となった、こちらもスタジオ・ジブリ出身、片渕須直監督を思い起こさせる。
あ、そう言えば「マイマイ新子と千年の魔法」を製作したのも、本作と同じアニメスタジオ“マッドハウス”だった。これも何かの縁だろう。
高坂希太郎監督について。彼はスタジオ・ジブリに入社し、これまで「耳をすませば」(1995)、「もののけ姫」(1997)、「千と千尋の神隠し」(2001)、「ハウルの動く城」(2004)、「風立ちぬ」(2013)などで作画監督を務め、宮崎駿作品を陰で支えて来た俊才である。
2003年、「茄子 アンダルシアの夏」で劇場映画監督デビューを果たすが、考えればこの作品は46分の中篇だったから、本作が高坂監督の劇場長編デビュー作という事になる。これからの活躍も大いに期待したい。
なお、脚本は「映画 聲の形」、「夜明け告げるルーのうた」と、この所いい仕事をしている吉田玲子。この脚本も作品に大いに貢献してると言えるだろう。
子供向けのように見える作品だが、大人が見ても感動出来る秀作である。見逃しては損だ。小さな子供さんがいる方は、是非子供を連れて観に行って欲しい。 (採点=★★★★☆)
原作本・第1巻 |
小説 若おかみは小学生! 劇場版 |
高坂希太郎監督作 DVD「茄子 アンダルシアの夏」 |
Blu-ray「茄子 アンダルシアの夏」 |
高坂希太郎監督作 DVD「茄子 スーツケースの渡り鳥」 |
Blu-ray「茄子 スーツケースの渡り鳥」 |
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コメント
私は高坂監督の「茄子」シリーズがとても好きなんですが、まさか11年待たされるとは思ってもみなかったです。
その分本作は素晴らしい仕上がりになっていましたけど。
子供の付き添いで来た親の方が泣いちゃうんじゃないでしょうか。
確かに高坂監督と片渕監督は、二人とも宮崎作品と深い因縁があったり、共通する部分がありますね。
投稿: ノラネコ | 2018年9月29日 (土) 21:46
◆ノラネコさん
私も高坂監督の「茄子 アンダルシアの夏」は好きな作品です。続編「スーツケースの渡り鳥」はビデオスルー作品なので見逃してますが。
こんな実力のある監督が、11年も新作映画から遠ざかっている、というのももったいない話ですね。
本作が評判を呼んで、早めに次回作の話が持ち上がる事を期待したいですね。
投稿: Kei(管理人) | 2018年9月30日 (日) 23:09
先週見ました。いい映画でしたね。
まったくのノーマークだったのですが、友人の強いお勧めとこちらでも高評価だったので見ました。
前半は確かに絵はきれいだけど、、と思っていたのですが、後半の話の展開が素晴らしい。
ラストは泣かせますね。
演出も脚本も良かったと思います。
上映は終わりかけていたのですが、口コミで評判を呼び上映館が増えているそうです。
このあたりは「カメラを止めるな」や「この世界の片隅に」を思わせますね。
投稿: きさ | 2018年10月17日 (水) 22:47
◆きささん
気に入っていただけましたか。それは何よりです。
実際、ヤフー・ニュースでも「異例の興行展開」として話題になっています。 ↓
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181012-00010004-friday-ent
>通常の映画ファンや大人の観客たちも巻き込んだ異例の興行展開をしている。
>若い層、一般層が『若おかみ~』に好印象を持ってSNSで拡散している。若いファンが作品の良さを発見した。
とありますが、感動するのは私のような中高年だけかと思ったら、若い人も結構感動したみたいですね。
9年前に片渕須直監督の「マイマイ新子と千年の魔法」が公開された時も一部で感動を呼んで、ネットの口コミが広がったのですが、興行的にはヒットしませんでした。
あの頃に比べて今は、SNSの拡散が興行にも大きな影響を与える時代になった言えるのではないでしょうか。
素敵な事です。
投稿: Kei(管理人) | 2018年10月18日 (木) 23:07