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2018年9月22日 (土)

「1987、ある闘いの真実」

1987_when_the_day_comes2017年・韓国/CJエンタティンメント=E&M
配給:ツイン
原題:1987: When the Day Comes
監督:チャン・ジュナン
脚本:キム・ギョンチャン
撮影:キム・ウヒョン

1987年に軍事政権下の韓国で起きた民主化闘争の実話を描いた社会派ドラマ。監督は「ファイ 悪魔に育てられた少年」のチャン・ジュナン。出演は「天命の城」のキム・ユンソク、「お嬢さん」のハ・ジョンウ、「華麗なるリベンジ」のカン・ドンウォン、「タクシー運転手~約束は海を越えて~」のユ・ヘジン、「天命の城」のパク・ヒスンなど豪華キャスト。第54回百想芸術大賞で大賞、脚本賞、主演男優賞(キム・ユンソク)、助演男優賞(パク・ヒスン)の4部門を受賞した。

1987年1月、全斗煥大統領による軍事政権下の韓国。南営洞警察のパク所長(キム・ユンソク)は、北分子を徹底的に排除するべく厳しい取調べを行っていた。そんなある日、ソウル大学の学生が取り調べ中に死亡する事故が発生。隠蔽を目論む警察は、親にも遺体を見せないまま火葬を申請。だがその成り行きに違和感を抱いたチェ検事(ハ・ジョンウ)は、検死解剖を命じる。これにより、学生は拷問致死であったことが判明。政府は取り調べ担当刑事2人の逮捕だけで事件を終わらせようとするが、これに気づいた新聞記者たちが真実を白日の下に晒そうと奔走。そして拷問で仲間を失ったイ・ハニョル(カン・ドンウォン)たち大学生も立ち上がる。1人の大学生の死が、やがて韓国全土を巻き込む民主化闘争へと発展して行く…。

今年日本でも公開された、1980年の光州事件を扱った「タクシー運転手~約束は海を越えて~」に続く、韓国民主化闘争の実話を描いた作品である。

光州事件がドイツ人ジャーナリスト、ユルゲン・ヒンツペーターとタクシー運転手の決死の尽力で世界に報道された、という内容の「タクシー運転手-」を観て感動したが、実はその後も韓国の軍事独裁政権は続いていた。その韓国が本当に民主化されるきっかけとなったのが、本作で描かれる1987年のソウル大学生拷問致死事件とその後の民主化闘争である。
本作によって、韓国がいかにして民主化を勝ち取ったか、その真実が明らかになる。「タクシー運転手-」と併せて観ておくべき力作である。

(以下ネタバレあり)

面白いのは、「タクシー運転手-」が主人公を上記の2人に絞って、この男たちの友情を描いた感動の物語に仕上げていたのに対して、本作は特定の主人公がいない、いわゆる群像劇である。しかも学生、新聞記者、刑務所看守、活動家といった民主化に奔走した人たちだけでなく、体制側の、つまり悪役の人物たちについてもかなり丁寧に描いているのが面白い。それぞれにキャラが立っている。
実際、百想芸術大賞で主演男優賞を受賞したのは南営洞警察のパク所長を演じたキム・ユンソクであった。

多くの登場人物たちが入り乱れて動き回り、恫喝や怒号が飛び交う物語展開は、まるで「仁義なき戦い」である。

 
発端は、取調べ中の大学生の拷問致死事件である。警察側は拷問の事実を隠蔽したい為、親が来る前に火葬して証拠隠滅を図ろうとする。
ところが火葬申請書に判を押すように言われたソウル地検公安部のチェ検事(ハ・ジョンウ)は疑問を持つ。そして先に検死解剖をするよう要請する。

このチェ検事は実在の人物で、権力側の人間であるにも係らず、なかなか骨のある人物である。この人がいなかったら、事件はうやむやにされた可能性もある。

検死解剖の結果、水責めによる溺死、つまり拷問である事が判明するが、圧力がかかってチェ検事の抵抗空しく握り潰されてしまう。
それでも医師のリーク等により新聞記者が事件を嗅ぎ付け、記事にする。これも当時の韓国情勢としては、勇気がいる行動である。

事件が明るみになると、警察は今度は2人の刑事が勝手に暴走した結果だとして、この2人を逮捕し刑務所に送り込んでしまう。

ここからは、刑務所の看守・ハン(ユ・ヘジン)に焦点が移り、彼は収監された2人の刑事と面会に来た警察官との面談記録を、当局が「破棄・焼却せよ」と命令したにも係らず、それらを破棄せず、また刑務所内に収監されていた活動家が書いた書簡などと共に決死の覚悟で外部に持ち出し、民主活動家に渡そうとする。

「タクシー運転手-」でもいい所を見せたユ・ヘジン、ここでも後半の見せ場で活躍する。

さらに視点はそのハンの姪で延世大学生のヨニ(キム・テリ)へと移る。ヨニは政治に関心がなく、「デモなんかしたって世の中は変わらない」と思っている普通の女子大生であるが、叔父に頼まれ、それらの書簡を民主運動家たちに届けたりもする。

ある時ヨニは学生デモと警官隊との衝突現場に出くわした事から、同じ大学の活動家学生、イ・ハニョル( カン・ドンウォン)と知り合い、ヨニはハニョルに心惹かれて行く。

後半は、そのイ・ハニョルを中心とした学生活動家たちや教会の神父たちによる民主化闘争の経過が描かれ、さらに潜伏中の民主化運動家キム・ジョンナム( ソル・ギョング)が包囲する捜査網をかいくぐって逃亡するスリリングな展開もあり、ハラハラさせられる。

こういった具合に、中心となる人物が次々移り変わって行くので、見ている方はやや混乱するかも知れないが、これは“民主化闘争は、いろんな人たちに次々とバトンが渡され、広がって行った”という事を象徴しているのだろう。

Yijonchiruそしてクライマックス、大規模な民主化デモが行われ、多数の武装警官隊との衝突の中で、警官隊による催涙弾の水平発射の直撃を受けてイ・ハニョルが重態、後に死亡した事によってデモ活動は全国に広がり、とうとう政府側が折れて、遂に民主化が実現する。
このイ・ハニョルは実在の人物で、本編にも登場するが、彼が催涙弾直撃を受け瀕死の状態になり、仲間に支えられている写真(右)は有名である。

愛するハニョルを失ったヨニが、涙を堪え、バスの屋根に登り、学生たちと共に抗議の声を上げるラストは感動的である。

 
実話にかなり忠実で、登場人物もハンやヨニなど一部を除いてほとんど実名だという。
そんな具合に、史実に巧みにサスペンスや若い男女のラブロマンスといったフィクション要素も絡め、エンタティンメントとしても見事な出来になっている。うまい脚本である。

重要な事は、こうした1987年の民主化闘争の史実がほとんど語られたりドラマになったりしていなかった事で、軍事政権が倒れ民主化されたとはいえ、その後の韓国政府もこうした国家の黒歴史は隠したかったようで、特に昨年まで政権にいた朴槿恵前大統領は、巧みに文化人を弾圧していたそうだ。

その為、チャン・ジュナン監督は秘密裏に撮影を進めたという。その意欲に賛同した、韓国の多くの著名俳優も出演を快諾し、結果的に豪華スター出演の大作になったのも素敵な事である。

その後昨年になって、朴槿恵政権がやはり民衆のロウソク・デモ等によって倒され、より民主的な文在寅(ムン・ジェイン)大統領が誕生した事で、こうした作品も公開されるようになったのである。
「タクシー運転手-」の公開、大ヒットもその流れの中で実現したという事だ。喜ばしい事である。

今年我が国でも公開された、2本の韓国民主化闘争の実話映画化作品、いずれも見応えがあるが、本作はストーリーがやや込み入り過ぎている事と、多数の人物が登場しているので、特定の主人公に感情移入し難いという難点もあって、完成度としては「タクシー運転手-」の方に軍配が上がる。それでも、1987年民主化闘争の歴史の真実を多面的な角度から正攻法で描ききった点は大いに評価したい。これも是非多くの人に観て欲しい秀作である。何より、韓国歴史の勉強になる。

が、ちょっと文句をつけたいのは、これほどの優れた脚本(第54回百想芸術大賞で脚本賞を受賞している)を書いた脚本家キム・ギョンチャンの名前が、チラシはおろか、どんな映画情報サイトにも、公式サイトにもすら載っていない点である(かろうじてallcinemaにだけ載っていた)。これはどうしてだろうか。    (採点=★★★★☆

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コメント

こんにちは。TBをありがとうございました。
本作、見応えがありましたね。
30年経っていますが、歴史の時系列からみるとつい最近の出来事なのだと言っていいと思います。きちんと映画化できた所にパワーを感じました。

投稿: ここなつ | 2018年9月25日 (火) 10:31

◆ここなつさん
うらやましいと思うのは、こうした国家権力の横暴、警察組織の卑劣さを、関わった人たちを権力者側も含めて実名で登場させ、鋭く告発した映画が堂々と作られ、それが大ヒットしているという点です。
わが国で、そんな映画が作られ、大ヒットするなんて事が可能だろうか、とつい思ってしまいます。
まあ、民衆が死をも恐れず立ち上がって独裁政権を倒した、という歴史もわが国にはありませんが(笑)。

投稿: Kei(管理人) | 2018年9月30日 (日) 23:23

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