「HOSTILE ホスティル」
2017年・フランス
配給:ブロードウェイ
原題:Hostile
監督:マチュー・テュリ
脚本:マチュー・テュリ
製作:ザビエ・ジャン
未知のクリーチャーがはびこる終末的世界を舞台にしたフランス製サバイバルホラー。監督はクエンティン・タランティーノ他、多くの著名監督の下で助監督を務め、本作が長編劇場映画デビュー作となる31歳の新進マチュー・テュリ。主演は「Accident Man」などの新進女優ブリタニー・アッシュワース。シドニー・ファンタシティック・プラネット映画祭2017で最優秀作品賞・監督賞、ニューヨーク・シティ・ホラー映画祭2017でも主演男優賞・主演女優賞・メイクアップ賞・最優秀SF賞・最優秀音響編集賞 を受賞する等、多くの海外映画祭で受賞している。
爆発的な伝染病が地球を襲い、生き残った人類は、わずか2~3千人。さらに夜になると未知のクリーチャーが現れ人類を襲うという過酷な環境下で、生存者たちは必死で食料とシェルターを求め彷徨っていた。そんな状況下、若い女性ジュリエット(ブリタニー・アッシュワース)は、廃墟と化した街へと車を走らせ、物資や食料を探していた。ところがある日、ベースキャンプに戻る途中でジュリエットは運転を誤り、車が横転、なおかつ足を骨折してしまう。気が付くとすでに日は暮れ、あたりは闇に包まれている。やがて彼女は人間ではない未知の“何か”が近づいてくる気配を感じ…。
“人類のほとんどが死滅した世界でのサバイバル”というテーマの作品は結構多い。さらに、“謎のクリーチャーが人類を襲う”という話となると、つい最近観た話題の「クワイエット・プレイス」とほとんど同じような内容に思え、やれやれまたか、と言いたくなる。
だが、監督のマチュー・テュリが、クエンティン・タランティーノ監督「イングロリアス・バスターズ」(09)、クリント・イーストウッド監督「ヒア アフター」(10)、リュック・ベッソン監督「lucy/ルーシー」(14)、ウディ・アレン監督「マジック・イン・ムーンライト」(14)等の錚々たる一流監督の下で助監督を務めて来た31歳の新進、と聞くと、ちょっと興味をそそられた。
ただ、劇場公開規模は極めて小さく、大阪では十三の第七芸術劇場のみで、1日1回のみ上映。さらに配給会社もマイナーで、ほとんど宣伝していない為か、私が観た時は観客はなんと私一人。貸切状態で鑑賞した。(私が入らなかったら、無人で上映してたのだろうか?)
そして映画は、意外と面白かった。詳しく書くとネタバレになるので後述するが、物語は主人公の女性が自動車事故で荒野にたった一人で取り残され、襲って来るクリーチャーと一対一の対決だけで物語が進行し、そこに主人公の、まだ平和だった時代の回想が挿入され、最後に真実が明らかになるのだが、このラストにはちょっと泣ける。
期待しないで観ると、十分面白い。ただ出来たら、余分な情報は仕入れないで観る事をお奨めする。チラシもかなりネタバレなので見ない事。特集記事などで今年公開されたアノ秀作と比較しているのだが、それ自体ネタバレ。これはやめて欲しい。
(以下ネタバレあり)
実質的には、登場人物は主人公の女性ジュリエット、それと襲って来るクリーチャーの2人(?)だけ。回想シーンでのみ、ジュリエットと恋仲となる男ジャック(グレゴリー・フィトゥーシ)が登場する。そして物語は、回想シーンを除いて、事故を起こし、足も骨折して動けないジュリエットが、襲って来る未知のクリーチャーと決死の攻防を繰り広げる一晩の出来事だけで最後まで突っ走る。
こうしたシチュエーションの映画で思い出すのが、昨年観たアーロン・テイラー=ジョンソン主演のイラク戦争もの「ザ・ウォール」。
これも、砂漠のど真ん中で、仲間も重症を負い、実質たった一人で、襲って来る謎の敵との、一対一の攻防戦だけで物語が終始するサバイバル・アクション。
この作品でも、主人公は足に重傷を負っていて、敵の攻撃から隠れるのは半壊した壁のみ。主人公は知恵を絞って、襲って来る敵と対決する、といった具合に、本作は「ザ・ウォール」の“壁”を、“横転した自動車”に置き換えた以外はほとんど同じような展開である。
おまけに、味方に救援を求める手段がハンディ・トーキーだけで、それが離れた場所に転がっている、という点まで共通している。
「ザ・ウォール」評でも書いたが、こうした“主人公は実質一人、舞台は限定された空間、時間はほぼ半日程度の短い間、で攻防戦が繰り広げられる”というパターンのサスペンス作品がジャンルとしてほぼ定着しており(私は勝手に“一人芝居サスペンス”と命名している)、これら以外にも、コリン・ファレルが電話ボックスに閉じ込められ、姿の見えない敵から狙われるというお話の「フォーン・ブース」という佳作がある。
本作も、そうした異色のジャンルにおける秀作の1本に加えてもいいだろう。上映時間も83分と、「ザ・ウォール」(90分)、「フォーン・ブース」(81分)同様短いのも共通している。
だが本作がそれらの作品とやや異なるのは、合間に何度も回想で、彼女が愛した男ジャックとのラブ・ロマンス物語が挿入される点である。
これが結構丁寧に描かれており、ヘタすれば緊迫した物語の流れを阻害しかねない。
なぜわざわざそんな過去の回想を何度も入れたのか、実はその理由は最後に明かされる。カンがいい人、あるいはチラシや特集のネタバレ記事を読んだ人なら途中でピンと来るだろう。
ジュリエットは、女ながらタフで、物資や食料を調達するだけでなく、クリーチャーと出会えば臆する事なく果敢に立ち向かい、拳銃で始末する事も出来る、胆の据わった戦士でもある。長いサバイバルの間で鍛えられたのだろう。荒廃した未来の状況設定といい、ほとんど“女マッドマックス”(笑)である。
だが、回想で描かれる彼女は、最初は孤独で、クスリにも手を出し、荒んだ生活を送っている。
そんな時、たまたま入った画家フランシス・ベーコンの展覧会で出会った若い画商ジャックと付き合ううち、いつしか二人は愛し合うようになる。
ジュリエットの、薬漬けの実態を知ったジャックは、彼女を立ち直らせようと懸命の努力をする。そのおかげで、ジュリエットはやっと普通の生活に戻り、二人は幸福に暮らすようになる。
ジャックが時折、ジュリエットの顔を撫でる仕草が後の伏線になっているのがうまい。
ところが、全世界的に伝染病が蔓延し、ジャックも感染し倒れる。そして隔離されたのか死んだのかは不明だが、ジャックの姿は彼女の前から消えていた。
ジュリエットは、今こうして生きていられるのは、ジャックのおかげであると強く意識している。それだからこそ、彼によって助けられたその命を無駄にすまいと、彼女はどんな苦境に置かれようとも、諦めずに戦い続けているのである。過去のジャックとの愛の日々を回想で丁寧に描いていたのはそれ故である。
彼女が運転する車の中には、ジャックとのツーショットの写真が飾られている。彼女の胸の中では、今もジャックが生きているのである。
そして現在の夜明け、ジュリエットは一匹のクリーチャーと、遂に最後の対決を迎える。そしてクリーチャーの正体を彼女は知る事となる。
未見の方の為にここでは書かないが、ここで初めてこの物語は、実は悲しい愛のラブ・ストーリーだった事が分かる。この着想はユニークである。ラストシーンではちょっぴり泣けた。
製作費はあまりかかっていないだろう。ほとんど荒地でのロケだし、登場人物は少なく、かつ無名の役者ばかりだし。
そしてCGかと思っていたクリーチャーも、実は
ハビエル・ボテット(右)という、身長2m4cmながら体重は45kgと、極端にヒョロッとした俳優が生身で演じているのだそうな。動きが滑らかで自然で、CGだとしたら相当予算かけたのかなとは思っていたが、そういう事だったのか。これは相当低予算で済んでるだろうな。「カメラを止めるな!」程じゃないだろうけれど(笑)。
今まで知らなかったけれど、この
ハビエル・ボテットという人、難病のせいで手足が異様に細いのだが、その体型を生かしていろんな怪物や異形の生き物が登場する映画に数多く出演している。2007年のスペイン製ホラー「REC/レック」(ジャウマ・バラゲロ、パコ・プラサ監督)を皮切りに、「クリムゾン・ピーク」(ギレルモ・デル・トロ監督)、「死霊館
エンフィールド事件」(ジェームズ・ワン監督)、「エイリアン:コヴェナント」(リドリー・スコット監督)、「IT/イット
“それ”が見えたら、終わり。」(アンディ・ムスキエティ監督)等々、出演作は80本!にも上るという。今後これらの作品を観る時は注意しておこう。
新人監督ながら、アイデアが見事で演出もキビキビしてサスペンスフル。特にクリーチャーがなかなか姿を見せず、チラッと足だけ見せたり、少しづつその姿を見せて行く演出が秀逸。見応えがあった。そして意表を突く愛の物語。これは思わぬ掘出し物だった。全世界のホラー・ファンタ映画祭で多くの賞を受賞しているのも納得である。マチュー・テュリ。この名前は覚えておこう。
個人的には、「クワイエット・プレイス」よりこちらの方がお気に入りである。公開劇場が少ない上に短期上映なので、なかなか観るチャンスはないかも知れないが、機会があれば是非。
(採点=★★★★)
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