「スマホを落としただけなのに」
サラリーマンの富田誠(田中圭)は上司との待ち合わせに遅れ、焦るあまりにタクシーにスマホを置き忘れてしまう。富田の恋人・稲葉麻美(北川景子)が富田に電話をかけると、聞き覚えのない男の声が聞こえ、タクシーに置き忘れていたスマホを拾ったと言う。その男からの連絡でスマホは無事に富田に戻り、二人は安堵するが、やがて富田の元に身に覚えのない高額のクレジットカード請求があったり、麻美のスマホにSNSで繋がっているだけの親しくない友達からのしつこい連絡が来たりと、その日を境に奇妙な出来事が起こり始める。一方その頃、人里離れた山中で次々と若い女性の遺体が発見される事件が発生した。奇妙な事に、すべての遺体はどれも長い黒髪を切り取られていた。犯人を追って、警察は大々的な捜査を開始する…。
先週の「search/サーチ」に続いてまたまたSNSがテーマのサスペンス映画の登場である。あちらがパソコン、こちらはスマホという違いはあれど、時代の最先端であるネットワーク機器が重要な役割を果たす物語という点では共通する。これからもこの手の映画は続々出て来る気がする。
本作の監督は、「リング」シリーズ、「仄暗い水の底から」などのコワい和製ホラーで世界的にも注目された中田秀夫。どちらの作品もハリウッドでリメイクされ、中田監督自身も「ザ・リング2」(2005)でハリウッド進出を果たす等、まさに日本を代表するホラー映画監督となった。
ただ、ここ数年は「L Change the World」(2008)や「クロユリ団地」(2013)、「劇場霊」(2015)など、トホホな駄作続きでガッカリさせられる事が多かった。
本作は、予告編を見る限り、日常の中に潜む悪意、恐怖が前面に出されており、これはちょっと期待出来るのではと思って鑑賞したのだが…。
(以下ネタバレあり)
スマホって電話番号、メールアドレス以外にも写真やらフェイスブックのお友達情報とか、いろんな個人情報がぎっしり入ってる小型パソコンのようなもの。よくニュースでどこかの公務員や学校の先生、情報関連企業社員などがパソコンを置き忘れ紛失した事が報じられるくらいだから、スマホでも置き忘れたら大変な事になると認識しておくべきである。
本作の原作がそこに着目して、リアル感漂うスリラー・サスペンス小説に仕上げた点は評価したい。映画向きの題材でもある。
出だしは悪くない。スマホが戻った後、暗い部屋にいる得体の知れない不気味な人物が、富田が置き忘れたスマホの情報をパソコンに移し、冨田が保存していた写真から恋人の麻美の半裸の写真を見つけ、ほくそ笑む所などはゾッとさせられる。この人物が女性のドレスを着て、顔も見えない程の長い髪であるのが、「リング」の貞子を思わせて、コワいやらニヤリとさせられるやら。中田監督、セルフパロディする余裕もあるようで、これからの展開に大いに期待させられた。
やがて富田に身に覚えのない高額のクレジット請求が来たり、麻美のスマホに同僚になりすました犯人からのしつこい迷惑LINE連絡が来たり、麻美のプライベート写真がネットに公開されたりするのだが、こうした個人情報漏れによる被害は現実にも起こっている事であり、他人事ではない。いつ我々自身もそんな目に会うかも分からない。
その意味で、ネット依存社会となった現代に対する警鐘としても、本作が作られた意義は大きいと言える。
…が、そこまでは評価するとしても、それ以後の物語展開はどうにも穴だらけ、矛盾だらけでガッカリさせられた。
(以下完全ネタバレ。本作鑑賞後にお読みください)
例えば犯人像である。暗い部屋に閉じこもり、一日パソコンの前に座り込んでネット検索したり、他人の情報を盗み見たりして喜んでいる姿は、まさに引き篭もりネット依存症の典型例。ここから見える犯人像は、他者とのコミュニケーションもうまく出来ず、仕事もしないで自分の殻に閉じこもっている人間だと想定するのが自然である。
ところが、後に明かされる真犯人は、実はネットセキュリティ会社に勤務する、サイバーセキュリティ担当者・浦野だった事が明らかになると、先ほどの犯人像とは全然一致しなくなる。私は一瞬、あの引き篭もりオタク男と浦野とは実は別人で最後にどんでん返しがあるのかと思ったくらいである。
そもそもネットセキュリティ会社勤務であるなら、一日中仕事依頼の電話があるだろうし、会社と依頼先との往復に忙殺され、自宅にこもってパソコンに向き合ってる暇などないはずである。それに、自宅でいるなら長髪カツラなんかかぶる必要ないし、第一あんなに顔隠れてたらパソコン画面見辛くて仕方ない(笑)。
それと呆れたのは、犯人が富田のフェイスブック(映画ではソーシャルブックと言ってるが、以後FBと表記)から誕生日データを探して、それをパスワード欄に入力したらスマホのロックが解除された事。別のネット悪用犯のパスワードが車のナンバープレートだったというエピソードも出て来るが、自分の誕生日や電話番号、車のナンバープレートは絶対にパスワードに使ってはいけないのは常識。と言うかそんな事もわきまえないでスマホやパソコン使ってる人いるのだろうか。いつの時代の話だよと言いたくなる。もっと複雑なパスワードをあらゆる手段を使って解析するシーンがあれば緊迫感も高まっただろうに。
それともう1点、麻美が実は自殺した別人になりすましていたというエピソードも不自然。血縁者でもない女性の証言だけで警察があっさりその別人と認めるのも変。DNAや歯型で裏を取ったりするだろうに。
また、別人として生きて行くなら、本人を知ってる人物が接触して来るのを避ける為、都会でなくどこか遠い辺鄙な地域でひっそりと暮らすべきだと思うが。なのに大都市で給与生活してて、なお呆れた事に友人に誘われてFB登録までしてしまうとは。そんな事すれば本当の麻美の知人がすぐに連絡を取って来て別人だった事が判ってしまうだろう。FBの友達検索機能はあなどれない事は、FBをお試し程度でしか使った事がない私ですら知っている。
それで、クライマックスで麻美が、実は死んだ麻美の名を騙っていた事を富田に告白するシーン。浦野に狙われ、一刻も早くここから逃げなければいけない時に、延々と(十数分くらいか)それまでの過去を語ってるのには、もう呆れを通り越して唖然となった。そんな事、この危機を脱出してからゆっくりやればいいだろうに。その間浦野がじっと待ってるのも失笑ものである。日本映画にしばしば登場しては笑いものになって来たこうした悪弊(「海猿」シリーズの1本にもあったね)、いいかげん断ち切って欲しい。
昔の日活アクション映画(昭和30年代)で、小林旭が悪人たちと対峙している時に、アキラが歌いだすと、曲が終わるまで悪人たちが中腰でじっと待ってるシーンを思い出してしまった(笑)。まああの種の映画は荒唐無稽アクションで、観客もお約束として納得して見ているからいいけど、ホラー・サスペンス映画ではこれはやめて欲しい。ドッチラケである。
原作もそうなってるのだろうけれど、映画化する際にはこんな不自然かつアナログ的エピソードはバッサリとカットし、麻美はそんな過去のない普通の女性にしておく方がよっぽどスッキリするし、緊迫感を削ぐ事もなかっただろう。
小説は一人で書く手前、他から見ればおかしな点も気づかずに文章化されてしまう事があっても仕方ないが、映画化する際にはプロデューサーや脚本家、監督と多くの人が参加するわけだから、変な所や矛盾点はチェックして是正する事も可能なはずである。何の為に大勢スタッフがいるのか。
他にもいっぱい突っ込みどころがあるがもうこれ以上は書かない。ホラー的、かつ時代にマッチしたいいテーマで、「リング」の中田秀夫が監督して、この出来とは。残念としか言いようがない。何より、全然怖くない。ラストの浦野役、成田凌のはしゃぎっぷりもホラーとしては違和感ありまくり。
個人的な話になるが、私はスマホは持っていないしこれからも持つ気はない。ツィッターもフェイスブックもインスタグラムもやらない。Eメールとブログとガラケーまででコミュニケーション・ツールとしても情報発信源としても十分である。SNSにハマる時間があればもっと映画を観たいし本も読みたい。
電車に乗っていると、ほとんどの人たちが下を向いて黙々とスマホをいじっているが、スマホを持たない人間から見れば、あれ正直ホラーSF映画のワンシーンみたいでとても怖い(笑)。
余計なエピソードなど入れず、ネット社会の不気味さ、日常生活がSNSに侵食されて行く恐ろしさをストレートに描けばもっと秀作になったかも知れない。そんな映画をこそ望みたい。 (採点=★★)
(で、お楽しみはココからだ)
映画としては残念な出来だが、私は別のお楽しみを見つけて結構楽しめた。
この映画には何箇所か、ヒッチコック映画のオマージュが隠されている。
犯人・浦野が女装して、長髪カツラをかぶって、被害者の女性をナイフでメッタ突きして殺すシーン。
これ、ヒッチコックの傑作「サイコ」そのまんまである。
「サイコ」の連続殺人犯、ノーマン・ベイツも、若い女性がモーテルにやって来ると、女装してカツラをかぶってナイフを振りかざし、シャワー中の女性をメッタ突きにして殺して、沼に沈めてしまう。連続女性殺人犯である事やその殺し方まで、本作の浦野と同じである。文字通りどちらもサイコ・キラーである。
ノーマンがマザー・コンプレックスで、母親の存在がこの男の人格に重い影を落としている点も本作と共通する。
また、一人の女性が、死んだ別人になりすます、というエピソードは、ヒッチコックの「めまい」にも登場する。
そしてラストの、メリー・ゴーラウンド上の犯人逮捕劇。これまたヒッチコックの傑作「見知らぬ乗客」のラストと同じである。
「見知らぬ乗客」では、ラストで殺人犯がメリー・ゴーラウンドに飛び乗り、主人公と回転するメリー・ゴーラウンド上で格闘する。
本作で、浦野が回るメリー・ゴーラウンドに乗ってて、刑事も飛び乗って浦野と格闘するシーンがあるのだが、何でわざわざこんなシーンを入れたのか疑問だったが(早く逃げればいいのに)、ヒッチコック・オマージュと考えれば納得である。
原作は未読だが、もしメリー・ゴーラウンド上の格闘劇が原作にも出て来るなら、原作者の志駕晃、かなりのヒッチコック・ファンだろうと推察出来る。別人なりすましのエピソードをわざわざ入れているのもそれなら納得。
以上は私の独断と偏見だが、さあ、当たってたらおなぐさみ。原作者に聞いて見たいものである。
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コメント
こんちは。
数字4桁の暗証番号で一番使われるのは「1234」で全体の11%とか聞くと誕生日もありかもなとか思わなくもないです。
真犯人はネットセキュリティ会社に実際には勤務してないと思いますよ。彼を紹介した事になっている社員の人自体が犯人による創作上の人物と言っていたから、彼が本当に会社の社員である必要がない。
個人的にイラっと来たのは千葉雄大をミスリードさせる際の雑さですね。
投稿: ふじき78 | 2018年11月11日 (日) 22:46
◆こんばんは、ふじきさん
銀行でもクレジット会社でも、誕生日は絶対使わないようにって口すっぱく言ってるのに、まだ使ってる人いるんですかね。4桁も今どき無用心。面倒でも8桁くらいにしましょうね。
それでも、1234って、あまりに単純すぎて却って盲点かもですね。
えー、公式ページのストーリー紹介でも「ネットセキュリティ会社に勤める浦野」ってなってるのにね。騙された。
まあそれがウソだったとしても、最初に登場した時の暗い引き篭もりキャラと、明朗ハンサムな印象の浦野とじゃギャップあり過ぎですね。
原作じゃあんな貞子みたいなイメージじゃないようなので、中田監督がヘンにいじくって逆につまらなくしてる気がしますね。
投稿: Kei(管理人) | 2018年11月13日 (火) 23:55