「バジュランギおじさんと、小さな迷子」
2015年・インド/SKF=Eros international
配給:SPACEBOX
原題:Bajrangi Bhaijaan
監督:カビール・カーン
原案:V・ビジャエーンドラ・プラサード
脚本:カビール・カーン、パルベーズ・シーク、V・ビジャエーンドラ・プラサード
製作:サルマーン・カーン、カビール・カーン、スニール・ルーラ、ロックライン・ベンカテーシュ
インドで母親とはぐれてしまったパキスタンの少女と、インド人青年との心の交流と冒険の旅を描いた感動の物語。監督は「タイガー~伝説のスパイ~」のカビール・カーン。主演はインド映画界の人気スターで、本作ではプロデューサーも兼ねるサルマーン・カーンと5,000人のオーディションで選ばれた子役のハルシャーリー・マルホートラ。インド映画の歴代興行成績3位を記録した大ヒット作である。
パキスタンの小さな村。6歳の女の子シャヒーダー(ハルシャーリー・マルホートラ)は幼い頃から声が出せない障害を持つ。心配した母親は彼女と一緒に、インドのイスラム寺院に願掛けに行く。ところがその帰り道、ちょっとした行き違いでシャヒーダーは1人でインドに取り残されてしまう。あてもなく彷徨ううち、ヒンドゥー教のハヌマーン神の熱烈な信者パワン(サルマーン・カーン)と出会う。バカがつくほどの正直者でお人好しであるパワンは、これもハヌマーンの思し召しとシャヒーダーを家族の一員に加える。だがある時、シャヒーダーがパキスタンから来た事を知ったパワンは、彼女を国境を越えて家に送り届けることを決意する。果たしてシャヒーダーは、無事に母親と再会する事ができるのか…。
題名と、公開規模の小ささから、低予算の小品だとばかり思っていたら、なんと上映時間が159分にも及ぶ超大作だった。しかもあの「バーフバリ 王の凱旋」に次ぐインド映画史上歴代3位の興行成績を記録したメガヒット作というから余計驚いた。
お話は、異国で親と離れ離れになった小さな女の子と出会ったお人好しの主人公パワン(サルマーン・カーン)が、はるばるパキスタンまで彼女を送り届ける冒険の旅をするというもの。
パターンとしては、行きがかりで出会った身寄りのない子供を可哀想に思った男が、子供と暮らすうちに情にほだされ、やがては本当の親子のような愛情が育って行く、という、チャップリンの名作「キッド」を嚆矢として、これまで幾度となく作られて来た、もはや古典的とも言うべき王道パターンである。
例を挙げれば、ジョン・カサベテス監督「グロリア」、リュック・ベッソン監督「レオン」、最近ではX-メン・シリーズ「LOGAN/ローガン」まで、バリエーションは数限りなく多い。わが日本でも、小津安二郎監督「長屋紳士録」がこのパターンの作品である。
そこにプラス、母親と離れ離れになった小さな子供が、はるばる気の遠くなるような旅を続けて、最後にやっと母親と巡り合う、というこれも名作「母をたずねて三千里」のパターンも盛り込まれており、そういう意味では本作はチャップリンの「キッド」と「母をたずねて三千里」をうまく縒り合わせたような物語になっている(ちなみに「キッド」でも最後に子供は実の母親と再会する)。
これだけでも涙と感動のお話として十分面白いが、本作はさらに、インドとパキスタンにまたがる、国家間の民族、宗教紛争も背景に取り入れられ、これが障害となって二人がパキスタンにすんなりと渡れず、密入国と言う強硬手段を取らざるを得なくなって、それがまた一難去ってまた一難のスリリングな物語展開を生む事となる。
まさに波乱万丈、ために物語はぐんとスケールアップ、そこにインド映画お得意の歌と踊りまで登場するのだから、上映時間が2時間40分にもなるのも当然だが、ほとんど飽きる事なく楽しめ、最後には泣かされた。
これは正月最大の、涙と感動の秀作である。
(以下ネタバレあり)
脚本が実に周到に、丁寧に練られている。奇想天外と思えるほどのお話なのに、人物のキャラクター設定、伏線なども周到に配置されていて無理がない。余程時間をかけて何度も推敲を重ねて作り上げられたものと思われる。
主人公パワン(別称バジュランギ)の人物像がまず良く作り込まれている。ヒンドゥー教のハヌマーン神の熱烈な信者で、どんな時もハヌマーンが助けてくれると信じており、シャヒーダーが目の前に現れたのもハヌマーンの思し召しと思っている。お人好しで、人を信じて疑わない、バカがつくほどの正直者で、苦境にあってもズルしたり逃げたりしない。正直に、心を込めて訴えれば必ず相手に分かってもらえるという信念を持っている。このスタンスは最後まで変わらない。
この行動パターンが、物語の節目節目でうまく生かされている。観客もいつしかパワンの生き方に、頑張れとエールを送りたくなってしまうのだ。
そして少女シャヒーダー。こちらも言葉が喋れない上に、辺鄙な田舎育ちで6歳と言う年齢もあって文字も書けない。その事が、なかなか彼女の生まれ故郷が判明しないスリルを生んでいる。この設定も秀逸である。
このシャヒーダーを演じたハルシャーリー・マルホートラがとても可愛い。過酷な運命を背負いながらも、健気で、前を向いて明るく生きている。そのつぶらな瞳で見つめられたら、パワンでなくても何とかしてあげたいという気になるだろう。
パワンはいろんな手を尽くして、本当の母親を探そうとするがなかなか手がかりが掴めない。そうやって一緒に生活するうちに、パワンとシャヒーダーの心の距離はどんどん狭まり、次第に離れ難くなって行く。
だが、彼女がイスラム教のモスクに入った事がきっかけで、パワンは彼女がパキスタン出身である事を悟る。
どうしたものかと悩むうち、パワンのフィアンセ、ラスィカー(カリーナ・カプール)の家でテレビのインド対パキスタンのクリケット試合をみんなで観戦している時に、シャヒーダーがパキスタンを応援した事で、遂に周囲に彼女がパキスタン人である事が知れ渡ってしまう。ラスィカーの父親はカンカンである。
仕方なく、パワンはいろんな手を使って彼女をパキスタンに送り返す方法を模索するが、折悪しく両国間の不穏な状況がエスカレートし、ビザ取得をしようと訪れたパキスタン大使館が暴徒に襲われたりして出国手続きも困難となる。
一度は、大金を積めば密出国出来ると聞いて、ラスィカーの援助もあって、やや胡散臭いその相手にシャヒーダーを引き渡すが、実はそれが嘘だった事が分かると、パワンは一味をあっという間にコテンパンにやっつけて彼女を取り返す。
ここは相手を次々、ちぎっては投げとばかり窓の外に放り出すシーンがスラップスティック調で笑える。
ちなみに、チャップリン「キッド」にも、一度は引き離されたキッドをチャップリンが獅子奮迅の活躍で取り戻す、やはりスラップスティック調のシーンが登場する。
これからしても、本作が「キッド」の影響を受けているのは間違いないだろう。
そんなこんなで、パワンは遂に、自分自身の手で、シャヒーダーをパキスタンの母親の元に送り届ける事を決意する。お人好しで信心深いパワンのキャラクターが、そんな無謀な行動に説得力を持たせる事に成功している。
後半は、密入国という強硬手段でパキスタンに渡った二人が、パキスタン警察にスパイと疑われて追いかけられ、それでもいろんな人たちの善意に支えられ、スリリングな逃避行が展開する事となる。
この道中で、特ダネだとばかりにパワンたちを追いかけるテレビ局リポーター、チャンド・ナワープ(ナワーズッディーン・シッディーキー)が、やがてパワンのひたむきな熱情に共感し、損得抜きで二人を応援しさまざまな形で協力する辺りもいい。
特に素敵なのが、モスクの老教師である。異教徒だろうと同じ人間だとばかり、パワンたちを手助けする。広い心を持つこの老教師と触れ合う事で、パワンは、宗教も国家も越えた、人間として大切にすべき、無私の勇気、心意気をさらに強めて行くのである。
警察署にあったカレンダーの写真とか、チャンドがたまたま撮った映像に写っていたバス等を手がかりに、シャヒーダーの故郷が次第に判明して行く辺りも秀逸。脚本が実によく出来ている。
そしてやっと、シャヒーダーが故郷にたどり着き、母と再会するシーンもベタだが泣かされる。
だがその後、さらに素晴らしい感動シーンが用意されている。チャンドがSNSで広めたおかげで、国境のフェンス近くに大勢の人が集まり、その勢いに圧されて国境警備員も道を譲り、群衆がフェンスを破壊し、パワンが国境を越えてインドに帰る事も黙認せざるを得なくなる。
パワンの献身的な善意の行動が人々の心を打ち、敵対していた両国の民衆の心を溶かし、宗教や国家、民族といった壁を取り払い、両国の人々が心を一つにしてパワンの勇気を称え合う。まさに文字通り、国を隔てる壁が取り除かれるこのラストは感動的である。
さらに、パワンを追いかけて来たシャヒーダーがここで初めて声を出す、このシーンも泣ける。感動のつるべ打ちである。口惜しいけれど、良く出来ている。
本国で大ヒットしたのも納得である。
この映画が作られたのは4年近く前の2015年。まだアメリカにトランプ政権が誕生する前なのに、“国境に壁を作り、密入国者を取り締まり、民族を分断しようとするトランプ大統領の政策”への、これは痛烈な批判・皮肉になっているのが痛快である。トランプにこの映画、見せてやりたい(笑)。
そんなわけで、これは泣ける要素も満載だが、それだけでなく、善意、勇気、信念、そして愛、の大切さを強く訴えて心を揺さぶる、これは素晴らしい人間ドラマの秀作である。多くの人に観て欲しいと願う。 (採点=★★★★★)
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コメント
しかし、子供が果てしなく可愛いので、逆に「エスター」のラインでその親の信仰が「サスペリア」みたいなヤバイ物だったら怖いとか、考えてしまう自分のヒネクレ具合がマズい。
投稿: ふじき78 | 2019年2月19日 (火) 22:15
友人のお勧めもあって見たいと思っていたのですが、上映館が少ない。
なんとかまだやっていたシネコンで見ました。
いやあいい映画ですね。159分はちょっと長いですが長さをあまり感じませんでした。
サルマーン・カーンはさすがの大スターのオーラがあり、少女を演じるハルシャーリー・マルホートラが可愛い!
ラストは泣かせますね。
娯楽映画としてもよく出来ているのですが、かって戦争もしたインドとパキスタンの反目を一人の男が和解に導くというテーマも素晴らしいです。
遅ればせながら見て良かったです。
投稿: きさ | 2019年2月21日 (木) 23:17
◆ふじき78さん
私は映画を見る尺度は人それぞれ、どんな見方をしようと自由だというのが私のスタンスですから、お好きなように書いていただいて結構ですよ。コメントは控えさせていただく事はありますが(笑)。
◆きささん
本当に、観た人の評判は皆すごくいいのですが、上映館が少な過ぎますね。ほとんど宣伝もされてませんし。
もっと上手に宣伝すれば、大ヒットの可能性もあるのにねぇ。もったいないです。なんとか、ジワジワ口コミで観客が増える事を期待したいですね。当ブログがその一助になれば幸いです。
投稿: Kei(管理人) | 2019年3月 3日 (日) 14:44