「メリー・ポピンズ リターンズ」
2018年・アメリカ/ディズニー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
原題:Mary Poppins Returns
監督:ロブ・マーシャル
原作:P・L・トラバース
原案:デビッド・マギー、ロブ・マーシャル、ジョン・デルー
脚本:デビッド・マギー
製作:ジョン・デルーカ、ロブ・マーシャル、マーク・プラット
P・L・トラバースの児童文学を元に1964年、ディズニーが映画化した名作ミュージカル・ファンタジー「メリー・ポピンズ」の、それから20年後を描く続編。監督は「シカゴ」のロブ・マーシャル。主演のメリー・ポピンズを演じるのは「クワイエット・プレイス」のエミリー・ブラント。共演は「キングスマン」のコリン・ファース、「マンマ・ミーア!」のメリル・ストリープ、「007/スペクター」のベン・ウィショーなど豪華な顔ぶれ。また前作で歌い踊って活躍したディック・ヴァン・ダイクもカメオ出演している。
1930年代のロンドン。バンクス家の長男マイケル(ベン・ウィショー)は今では父や祖父が勤めたフィデリティ銀行で臨時の仕事に就き、3人の子供がいる家庭を持っていた。しかしマイケルは妻を亡くして失意の中にあり、追い打ちをかけるように自宅を担保にした融資の返済期限が間近に迫り、家を失いかねない状況にあった。そんな折、かつてバンクス家でマイケルたちを世話した魔法使いのメリー・ポピンズ(エミリー・ブラント)が、20年前と変わらぬ姿で空から舞い降りて来た…。
前作の製作から55年、我が国公開(1965年)からでも54年経っての、まさかの続編である。私は前作を当時リアルタイムで観ており、楽しくて夢に溢れてて感動した記憶がある。シャーマン兄弟が担当したミュージカル・ナンバーも素晴らしく、ジュリー・アンドリュースの歌声と共に、今も耳に残っている。アカデミー賞では13部門でノミネートされ、5部門で受賞したのも納得である。
そんな映画史に残る名作の続編を、半世紀も経って作るなんて、無謀じゃないかと最初は危惧した。
だが、思った以上によく出来ていた。何より、前作へのリスペクトがきちんとなされていて、前作を観て感動した人でも、これなら期待を裏切られる事もないだろう。
特に前作を観ている人なら、ニヤリとなるオマージュ・シーンがいくつもある。前作を観てなくても十分楽しいが、前作を知っていれば余計楽しめる作品になっている。
(以下ネタバレあり)
前作の舞台、1910年から20年経ち(注)、時は1930年代の大恐慌時代である。当時子供だったマイケルとジェーン(エミリー・モーティマー)姉弟も大人になり、マイケルは3人の子持ち。ただし1年前に妻を亡くし、失意の中にある。生活も父がかつて勤めた銀行の臨時雇いで余裕がなく、その銀行に借りた借金の期限が迫って、返せなければ家を失う事となる。そんなわけでジョン、アナベル、ジョージーの3人の子供たちと家族の時間を過ごす余裕もない。
マイケルは、父が遺した銀行の株券が家のどこかにあるはずで、それがあれば借金を返せると家中を探すが見つからない。もしやここかと上がった屋根裏部屋でも見つからず、そこにあった子供の頃に揚げて楽しんだ古い凧を見つけても、ゴミとして表に放り出す始末である。
だが、風が吹いてその凧が空中に舞い上がり、それを見つけたジョージーが凧を追いかけ、街灯点灯夫のジャックに手伝ってもらって空に揚げると、なんとその糸を伝って、あのメリー・ポピンズが地上に降りて来る。
前作のラストでは、街中みんなで凧を揚げている中、その風に乗ってメリー・ポピンズが空に消えて行った所で終わっていたので、凧繋がりで戻って来るのも分からないではないが、20年ぶりに戻って来た理由としては弱い気もする。まあ前作ファンなら、空からメリー・ポピンズが降りて来ただけで感涙ものではあるが。
ここまででも、前作に登場した人物やアクシデント等が前作をなぞるように巧妙に登場するので懐かしいやらニヤリとさせられるやら。それらについては後段でまとめて紹介する。
エミリー・ブラント扮するメリー・ポピンズは、前作で演じた優しいイメージのジュリー・アンドリュースと比べると、ややツンとすましたキャラクターだが、これはむしろ原作に近いのだそうだ。歌も踊りもなかなかのもので、巧演である。
前作ではディック・ヴァン・ダイクが扮したバートに当たる街灯点灯夫ジャックを演じるリン=マニュエル・ミランダも、雰囲気や歌、踊りもヴァン・ダイクとよく似ており、こちらもいい配役である。
SFX技術はこの50年で格段に進歩しており、バスタブに飛び込むと海に繋がり、海中を遊泳するシーンのCGもリアルでかつファンタスティックで楽しい。
一方で、前作ではバートが地面に描いた絵の中に入ると、背景も人物もすべてアニメになって、実写のポピンズたちがその中で躍動するシークェンスが、本作では器に描かれた絵の中に飛び込むシーンにまるまる応用されている。アニメのタッチも、わざわざ前作のイメージに近い感じを出しているのが前作ファンには嬉しいサービスである。
ところで、前作の重要なポイントは、マイケルの父であるMr.バンクス(デヴィッド・トムリンソン)である。
厳格で、家風を大事にし、子供たちの夢や希望を疎んじて来たバンクス氏が、子供たちの巻き起こした騒動の責任を取らされ、銀行からクビを宣告された時、メリーが歌っていた「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」の歌や子供たちが話した愉快なジョークを思い出して、仕事一筋で生きて来た人生の虚しさを悟り、笑って踊りながら銀行会議室を後にする。ここでバンクス氏は初めて、子供たちの気持ちを理解するのである。
ウォルト・ディズニーが気難しい原作者P・L・トラバースから映画化権を獲得するまでを描いた「ウォルト・ディズニーの約束」では、このバンクス氏にはトラバースの父親像が反映されていた事が分かるのだが、まさに前作でメリーに救われるのは、他ならぬバンクス氏なのである。
これは本作でも踏襲され、金策に駆けずり回り、子供たちをほったらかしにして来たマイケルが、ジョージーが一生懸命に破れを補修したあの凧を見て、ふっと子供の頃を思い出す。
昔は、この凧で思う存分遊んだはずなのに、大人になってしまうと、そんな子供心も、夢もすっかり失ってしまって現実の問題であくせくばかりしている。
「大人になっても、子供の心を忘れないで」…。原作者が物語の中でずっと強調したこのテーマを、本作でもきちんと打ち出して来た。その点は大いに評価したい。
実はジョージーが凧の破れの接ぎに当てたのは、マイケルが昔描いた絵なのだが、それは探していた株券の裏に描かれたものだった。それを見つけたマイケルは、返済期限の午前0時までにこの株券を銀行に届けるべく走り出す。以降は時間までに間に合うかどうかのタイムリミット・サスペンスとなり、ジャックや街灯点灯夫仲間や、メリー・ポピンズも加わってビッグベンの時計を止める大がかりなお助け大活劇がクライマックスとなる。
…のはいいのだが、“借金を返済し家を取り返す”点が強調され過ぎて、「子供の心を取り返す」というテーマがややボヤケてしまったのは残念である。
もう一つ残念なのは、作曲担当のマーク・シェイマンが書いたスコアも悪くはないのだが、前作の「チム・チム・チェリー」や「スーパーカリフラジリス…(以下略)」、「2ペンスを鳩に」、「お砂糖ひとさじで」等のすぐ耳になじむ名曲に比べたら、あまり印象に残らない点である。「スーパーカリフラジリス…」だけでも使って欲しかった。
そんなわけで、結局は前作がいかにテーマも音楽も飛びぬけた傑作であったかを証明するような結果となってしまった。
まあそれでも、前作を知らなければこれはこれで十分に楽しい作品である。また前作を知っているファンには、株券のサイン部分が紛失している事が分かり、これまでか、と思われた時に登場し、マイケル一家を救う、あの人(これも後述)が出て来ただけでも感涙ものである。
あまり深く考えず、メリー・ポピンズが紡ぎだす夢と冒険の世界に浸って楽しむのが正解だろう。 (採点=★★★★)
(注)本作の時代が、前作から何年経っているかについては、資料や評論によって、20年とするものと25年とするものの2種類があるようだ。公式ホームページでは20年となっていたので本文ではこれに倣った。ちなみに世界大恐慌が起きたのは1929年~33年頃なので、前作の1910年から20年後としてもほぼ一致する。
(で、お楽しみはココからである)
本作で、バンクス家の隣に住む提督が毎日、決まった時間になると時報代りに大砲をぶっ放し、その都度バンクス家の邸内が大揺れでてんやわんやとなるドタバタ劇は、前作にも登場しており、ご丁寧に毎回花瓶や家具や絵画が傾いたり倒れたり、それをバンクス家の人たちや家政婦たちが慣れた手付きで元に戻すというくだりが前作そのまんまに再現されているので、前作を観ている人なら余計楽しい。さらにご丁寧な事に、その提督が前作より20年くらい歳をとった容貌になっていて、これまた笑える。
もう1点、本作の最後で、元頭取のMr.ドース・ジュニアが、以前にマイケルの父が預けた2ペンスが20年の間にひと財産となって、これで借金が帳消しとなったと語るのだが、これは前作を観ていないとちょっと分かり辛いだろう。
前作では、子供たちの持っている2ペンスを、子供たちは鳩のエサ代に使いたいのに、銀行の頭取Mr.ドース・シニアが「銀行に預けなさい」と強制し、マイケルが拒否した事から取付騒ぎとなり、その後バンクス氏は深夜に銀行から出頭命令を受ける。その責任を感じたマイケルが2ペンスを父に預け、そして前述したように銀行会議室でクビを宣告されたバンクス氏が、その当てつけ紛いにドース・シニアにその2ペンスを押し付け出て行くという流れとなる。この時の2ペンスが、どうやら銀行でバンクス家名義で運用されていた、という事で本作につながる訳である。しかしそんな細かい所まで覚えてる人、少ないと思う(私も今回DVD再生して分かった)。
で、前作でそのMr.ドース・シニアを演じていたのが、ディック・ヴァン・ダイク(二役)だった(エンドロールの一番最後でその事が明かされた時にはビックリした)。あまりに見事な老けメイクだった(右写真参照)ので、最初に観た時にはまったく気付かなかった。
そして本作で、そのシニアの息子、ドース・ジュニアを演じたのも、現在では本当に90歳を超えた老人となったディック・ヴァン・ダイク(当然老けメイクの必要はない(笑))本人である。この粋なキャスティングも、前作を観ている人には余計感動ものである。
本作のラストの、春祭りで風船(売っているのが老名優アンジェラ・ランズベリー)を買った多くの人たちが空に舞い上がるシーンも、前作のラストの、多くの人たちによる凧揚げシーンと呼応している。凧の代りに、本作では人間が空に揚がるわけである。
といった具合に、前作を観ていれば本作が余計楽しめる仕掛けとなっている。本作を鑑賞の前に前作をDVDで観て予習するも良し、観てからDVDを借りて、その素晴らしさを知るも良し、いずれにせよ、前作は是非観る事をお奨めする。
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コメント
新作なのに何この懐かしさ!よくぞここまで往年のミュージカル映画を再現したものだと、見ている最中感動しまくりました。前作対比では、もちろんオマージュだらけで嬉しかったのですが、ストーリー展開自体が前作を踏襲してるんですね。で、マーク・シェイマン!確かにこれだっ、という曲がないのですが、映画全体を通してBGM(というのかな?)のかかりかたが懐かしさを強調してる感じがあって良かったです。余談ですが、実は私の好きな映画のエンディング曲が、「ヘアスプレー」の本編ラストと「ザッツエンタテインメント3」のエンドクレジット(この映画はオープニングの序曲も素晴らしい)なのですが、どちらも彼なんです。今回もいい仕事してると私は思います。作品について欲を言えば、私もメリーポピンズ自体の登場理由が弱いと感じたのと、今作のエンドクレジット、絵がせっかく前作のオープニング風なので、曲も前作そのままいっても良かったんじゃないかと思いました。最後にロブ・マーシャル、やっぱりミュージカルがいいですね。
投稿: オサムシ | 2019年2月13日 (水) 00:20
◆オサムシさん
本当にねぇ、前作でシャーマン兄弟が書いた曲があまりに名曲だったので、マーク・シェイマン、いい曲を書いても割を食った所がありますね。(どうでもいいですが、シャーマンとシェイマン、語呂も似てますね(笑))。
それと昔は、映画のサントラ盤のレコードでヒットチャートの上位の曲は、ラジオで毎日のように流してまして、そのおかげで耳に馴染んだり、自分でも歌ったりして自然に覚えるという事がよくありました。
最近ではラジオなんてめったに聞かないし、記憶に残る映画音楽も少なくなりましたね。近年の映画音楽でヒットしたのは、「アナと雪の女王」の主題歌、"Let It Go"ぐらいじゃないでしょうか。そういう意味でもシェイマン、比較されて気の毒な気がしますね。
投稿: Kei(管理人) | 2019年2月13日 (水) 22:26
今日の記事で此の作品を取り上げたのですが、此方でも書かれている様に、“前作を知っている人”と“前作を知らない人”とでは、評価が大きく分かれるでしょうね。良い作品なのは確かですが、どうしても前作と比べてしまうと、個人的には物足りなさが残りました。”彼の人”のカメオ出演は涙物でしたが。
投稿: giants-55 | 2019年2月16日 (土) 01:14
◆giants-55さん
オリジナルが、映画史に残る名作で、観た人の頭の中にそのイメージが強烈に焼き付いていると、そのリメイク作や続編がいくら頑張っても、どうしても比較して辛い評価になるのは仕方ありませんね。
オードリーの「麗しのサブリナ」やヒッチコックの「ダイヤルMを回せ」がリメイクされた時は、あまりのヒドさに観た事を後悔したくらいです。なので今回も不安だらけでしたが、思った以上に良い出来でホッとしました。それでも、オリジナルに感動したファンからすればないものねだりになってしまうのですね。
まあ今回は、リスクを承知であえて取り組んだロブ・マーシャル監督のチャレンジ精神に、素直に敬意を表したいと思います。
投稿: Kei(管理人) | 2019年2月17日 (日) 00:31