「女王陛下のお気に入り」
2018年・アイルランド=イギリス=アメリカ合作
配給:フォックス・サーチライト・ピクチャーズ
原題:The Favourite
監督:ヨルゴス・ランティモス
脚本:デボラ・デイビス、トニー・マクナマラ
製作:セシ・デンプシー、エド・ギニー、リー・マジデイ、ヨルゴス・ランティモス
18世紀のイングランド王室を舞台に、女王と彼女に仕える2人の女性の入り乱れる愛憎を描いた人間ドラマ。監督は「ロブスター」「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」のヨルゴス・ランティモス。主演は「ロブスター」のオリヴィア・コールマン、「ラ・ラ・ランド」のエマ・ストーン、「ナイロビの蜂」のレイチェル・ワイズ。第75回ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞とオリヴィア・コールマンが女優賞を受賞した他、米アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演、助演女優賞他9部門でノミネートされている。
18世紀初頭のグレートブリテン王国。フランスとの戦争が長引く中、病弱でありながら、それでも権力の座にある女王アン(オリヴィア・コールマン)を、幼馴染のレディ・サラ(レイチェル・ワイズ)が操り、絶大な権力を握っていた。そんな時、上流階級から没落したサラの従妹アビゲイル(エマ・ストーン)がサラを頼ってやって来た。サラの伝手で宮廷で召使いとして働く事になったアビゲイルは、サラが政治に時間を取られるようになった隙間を突いて巧みに女王の歓心を買い、着実にその信頼を勝ち取って行くが、その事に警戒心を抱いたサラは次第にアビゲイルに辛く当るようになる…。
ギリシヤ出身のヨルゴス・ランティモス監督の作品は、私にとっては「ロブスター」が初見参だったが、これは何とも人を喰った怪作だった。なにしろ、主人公が45日以内にパートナーを見つけなければ、自分の希望する動物(彼の場合はロブスター)に姿を変えられてしまうという、SFともシュールなファンタジーともつかぬお話である。まあ面白かったけれど、この時点ではマイナーな作家どまりかなと思った。ちなみに当時は“ギリシャが生んだヘンタイ系の鬼才”(笑)などと呼ばれていたそうだ。
しかしその次の「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」では一転、ある家族に起きた悲劇を重厚な演出で描き、カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞する等、高く評価された。私もこの作品でランティモス監督は気になる存在になった。
そして本作ではハリウッドからも声がかかり、完成した映画はアカデミー賞9部門(10人)の最多ノミネートとなるに至った。まさにホップ、ステップ、ジャンプの飛躍ぶりである。これは観ておかねばと初日に映画館に駆けつけた。
(以下ネタバレあり)
物語は、18世紀のイングランドに実在したアン女王とその側近・マールバラ公爵夫人のサラ、サラの従妹アビゲイルの3人の女性の、熾烈な戦いを描く。
この3人は実在の人物で、物語のおおまかな流れも史実に即している。
だが、映画の細部においては、かなり大胆な脚色を加え、時にブラックな笑いも交えて、これを単なる歴史劇にとどまらず、人間の権力欲、業の深さ、現代にも繋がる時代風刺、政治風刺を効かせた骨太の人間喜劇に仕上げている。
オリヴィア・コールマン扮するアン女王のキャラクターがまず面白い。太ったズングリムックリ体形で、顔はまるで大阪のおばちゃん(笑)、足は痛風に悩まされて歩く事も困難で、移動は車椅子を使っている。政治に関しても、実はほとんどの政策決定を側近のサラに任せっきり。そして実はサラとはレズ関係にもある。
どこまで史実に近いかは分からないが、イギリス資本も入っているこの作品で、ここまで元英国女王を茶化すというかコケにした作りにしているのが凄い。日本ではとても無理だろう。
レイチェル・ワイズ扮するサラも面白いキャラクターである。アン女王とは少女時代からの幼馴染で、それで気心が知れている事もあってアン女王は全面的にサラを信頼している。フランスやスペインとの戦争を積極的に進めたのも、サラの進言によるものである。夜の営みも含め、完全にアン女王を自分の支配下に置いていると思い込んでいる。
そんな時、サラの従妹で没落貴族のアビゲイルがサラを頼ってやって来る。エマ・ストーン扮する彼女もクセのあるキャラクターで、表面的には純朴そうだが、内心に権力欲を秘めたしたたかな女性である。最初は召使いとして従順に仕えているが、アン女王が痛風と知ると、薬草を摘んで来てサラのいない隙に眠っているアンの足に薬草を塗る。それを知ったサラは許可なしの行動に怒りアビゲイルに懲罰を加える。だが薬草のおかげで痛みが取れたアンは、それがアビゲイルの配慮と知ると、アビゲイルを手元に置くようになる。
こうして、アン女王とアビゲイルの距離が接近する一方で、アンは何かと指図するサラをうっとおしく思っている事もあって、次第にサラとの距離を置くようになって行く。
そんなアビゲイルの存在に危機感を抱くサラと、あわよくば立ち位置の逆転を企むアビゲイルとの間で、女同士の火花を散らすような闘いが進行して行く。周囲にいる男たちも、そんな女たちに翻弄されて行く。
うーん、まさにイギリス宮廷版「大奥㊙物語」と言うか女性版「仁義なき戦い」(笑)と言うか、それぞれの権謀術策ぶりが何ともスリリングで面白い。特にアビゲイルが次第に、狡猾な悪女へと変身して行く辺り、女の怖さにゾッとさせられる。
やがてアビゲイルは、アン女王とも体を重ね、完全に主導権を握って行く。アンと寝ているシーンでエマ・ストーンのおっぱいが見えるのも眼福。
アビゲイルの進言で、アン女王はサラとは反対に、平和交渉の政策に舵を切って行く。女の主導権争いが国の政治の進路まで変えて行くというのも、何ともブラックユーモアである。
ブラックな笑いと言えば、アビゲイルが政略的に王室関係のサミュエル・マシャム大佐(ジョー・アルウィン)と結婚するも、初夜には体を触らせず、手〇キでイかせてしまうシーンには大笑いした。またこれは“男など、自分の手の中で玩んでやる”というアビゲイルの生き方のメタファーなのかも知れない。
アビゲイルは邪魔なサラを追い落とす為、サラのお茶に毒を盛ったりもする。それが成功し、遂にアビゲイルは完全にアン女王の側近ナンバー1に上り詰める。
だが本作で秀逸なのはラストである。これでアン女王は意のまま、と有頂天になったアビゲイルの優越感に冷水を浴びせる展開が待っている。
最初は、サラが主導権を握っていて、やがてアビゲイルがその位置を奪って、主導権はアビゲイルに移ったかに見えたが、実は最後に主導権を握ったのは…。まさに衝撃のラストだ。
そして画面が溶暗すると、本作のタイトル"THE FAVOURITE"(お気に入り)が黒地をバックに大きく登場する。まさにアビゲイルは女王の“お気に入り”にはなったが、それだけの存在なのだと彼女は改めて思い知る事となる。
このシーンで、セリフなしで表情の変化だけでアビゲイルの心情を表現したエマ・ストーンの演技が素晴らしい。
その前に、女王が飼っているウサギを、アビゲイルが足でギュッと踏みつけるシーンがある。おそらくは女王を自分の下で押さえつけたいと願うアビゲイルの欲望の暗喩なのだろうが、実は踏みつけられたのはアビゲイルの方だったわけである。
とにかく、女優3人の演技がみな素晴らしい。中でもアン女王を演じたオリヴィア・コールマンのジワジワと怖さを増して来る神憑り的熱演は他を圧して憚らない。各映画賞で軒並み主演女優賞を受賞しているのも納得である。凄い。
映像的にも凝りまくっている。ロングショットにおける超広角レンズを多用した映像は、まるで玄関扉のドアスコープから覗いているかのようで、英王室の知られざる秘密を覗き見しているような効果をもたらしている。また人工的照明を使わず、自然光やロウソクの灯りだけによる撮影も効果的である。
無論、18世紀の英王室を、細かい小道具も含めて細部まで再現した美術も見事である。
そういうわけで本作は、俳優の演技、美術、撮影、そしてランティモス監督の演出技術、どれをとっても完璧な、おそらくは本年度のベストテンでも上位を賑わすに違いない正真正銘の傑作である。見ごたえあり。 (採点=★★★★★)
(付記)
本作は、どの作品紹介サイト(映画COM、シネマトゥデイ、キネノート等)を見ても“20世紀フォックス映画配給”となっている。確かに宣伝は20世紀フォックス社が行っているが、冒頭の映画会社ロゴでも分かる通り、正確には同社の子会社である“フォックス・サーチライト・ピクチャーズ”作品である。
フォックス・サーチライト・ピクチャーズと言えば、これまでにも「JUNO/ジュノ」(2007)、「スラムドッグ$ミリオネア」(2008)、「ブラック・スワン」(2011)、「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014)、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014)等の地味だが優れた作品を世に送り出し、そして昨年は「スリー・ビルボード」、「シェイプ・オブ・ウォーター」の2大傑作をほぼ同時期に公開して話題となった。そして本年も早々にまたまた傑作の登場である。
短期間に、これだけの力作・秀作を次々と送り出して来たのがすごい。もはや「フォックス・サーチライト・ピクチャーズ作品なら是非観てみよう」と映画ファンに思わせるだけの信頼のブランドになっていると言えるだろう。
それだけに、この会社名が作品紹介記事からは見えないのが残念である。せめて「制作:フォックス・サーチライト・ピクチャーズ、配給:20世紀フォックス映画」と表記出来ないものか。再考をお願いしたい。
| 固定リンク
コメント