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2019年3月17日 (日)

「運び屋」

Themule 2018年 アメリカ/マルパソ・プロダクション
配給:ワーナー・ブラザース映画
原題:The Mule
監督:クリント・イーストウッド
原案:サム・ドルニック
脚本:ニック・シェンク
撮影:イブ・ベランジェ
製作:クリント・イーストウッド、ティム・ムーア、クリスティーナ・リベラ、ジェシカ・マイヤー、ダン・フリードキン、ブラッドリー・トーマス
製作総指揮:アーロン・L・ギルバート

87歳の老人が長年にわたり麻薬の運び屋をしていたという実話に基づき、「グラン・トリノ」のニック・シェンクが脚本を書き、同作以来10年ぶりにクリント・イーストウッドが監督・主演を兼ねた話題作。共演は「アリー/スター誕生」のブラッドリー・クーパー、「30年後の同窓会」のローレンス・フィッシュバーン、「マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー」のアンディ・ガルシア、イーストウッドの実娘アリソン・イーストウッドなど。

アール・ストーン(クリント・イーストウッド)は農園を経営し、デイリリーというユリの栽培で成功して商売も順調だったが、その仕事に没頭するあまり、娘の結婚式も忘れるほど家族をないがしろにして来た。そして90歳になった今、時代の波に揉まれ、経営は破綻し、自宅と農園も差し押さえられてしまった。家族からも冷たい目で見られ、これからどう生きて行くか途方に暮れていた時、車の運転をするだけで大金がもらえるという仕事を持ちかけられる。アールは軽い気持ちで引き受け、かなりの報酬も得たが、実はそれは、メキシコの麻薬カルテルによる“運び屋”の仕事だった…。

ちょうど10年前、イーストウッド監督・主演の「グラン・トリノ」 を観たときは、これがクリント・イーストウッド監督・主演兼任作品としては最後になるのかな(ほとんど遺書のような作品内容だったし)、と寂しい気持ちになったのだが、それからもイーストウッドはコンスタントに秀作、力作を監督して力の衰えをまったく感じさせなかった。そして10年ぶりに、イーストウッドの監督・主演作品をまた観る事が出来る。…ファンとしてはもうそれだけで 涙が出るほど嬉しい。小林信彦さんも言っているが、「イーストウッドの新作映画を観られる事が幸せ」である。

ここ数年のイーストウッド監督作は、実話に基づく作品「J・エドガー」「ジャージー・ボーイズ」「アメリカン・スナイパー」「ハドソン川の奇跡」「15時17分、パリ行き」)が続いているが、本作も実話がベースの作品である。
但し前掲の作品はすべて主人公を含め多くの登場人物は実名で、史実どおりに再現した、いわゆる実録ドラマであったのだが、本作は主人公の名前がモデルになった人物(レオ・シャープ)とは違うアール・ストーンとなっており、物語も私生活に関する部分は調べられなかった事もあってかなり自由に創作が加えられているようだ。そういう意味では本作は、“実話をヒントにしたフィクション”と言った方が正しいだろう。

脚本が「グラン・トリノ」以来10年ぶりにイーストウッド作品を手掛けるニック・シェンクだし、主人公は「グラン・トリノ」の主人公と同じ朝鮮戦争で戦った退役軍人だし、車が重要なアイテムになっている点も含め、「グラン・トリノ」姉妹編的作品と言えるかも知れない。その点でも期待感が否が応でも高まる。

(以下ネタバレあり) 

モデルとなったレオ・シャープは、戦争に行った退役軍人で、農園を経営し、デイリリー栽培の達人として知られていたが、90年代末期になるとインターネットで購入する客が増えて事業が低迷、やがて倒産する。そして2009年から約3年間、麻薬カルテルの運び屋の仕事をするが、2011年、87歳の時に逮捕され、それから5年後の2016年に亡くなっている。

本作におけるアールの経歴は、上記のモデルのそれとほぼ同じだが、従軍経験についてはレオ・シャープが第二次大戦のイタリア戦線で戦ったのに対し、本作のアールは朝鮮戦争からの帰還兵に変更されており、また年齢も捕まった時のレオが87歳であったのに対し、アールは90歳と3年ほど年上に設定されている。なお撮影時のイーストウッドは88歳であった。

本作で、運び屋の仕事以上に大きなウエイトを占めるのは、アールの家族との確執である。仕事一筋で、ほとんど家族を大事にして来なかった。娘の誕生日も妻との結婚記念日もスッポかし。娘の結婚式ですら、デイリリーの品評会と重なった事ですっかり忘れてしまうほどである。とうとう妻メアリー(ダイアン・ウィースト)も愛想を尽かし離婚してしまい、娘アイリス(アリソン・イーストウッド)とも疎遠になる。

それから十数年後、インターネット販売に押されて農園の経営はジリ貧、そして倒産、アールの農場は差し押さえられてしまう。
90歳近い老人であるアールが、進化するIT社会について行けないのも当然で、Eメールもスマホとも無縁だった事も後に判明する。典型的な、時代に取り残される古い人間である。

家族を大事にしていれば、夫婦仲良く暮らし、娘の援助を受けて老後は悠々自適で過ごす事が出来ただろう。家庭を顧みなかった事がツケとなって、老後のアールの人生に影を落とす結果となった。すべては自分が蒔いた種である。

それでも、孫娘ジニーだけはアールをお爺ちゃんと慕ってくれる。そのジニーも近く結婚する事となり、アールはそのパーティに顔を出すが、別れた妻と娘と鉢合わせし、気まずい空気となる。
そのパーティに出席していた男から、車を運転するだけで金になる仕事があると誘われ、生活に困っていたアールは喜んでその仕事を受ける。

アールは無事故無違反の優良運転手で、かつ高齢の老人だから警察がマークする事も少ない。組織にとっては実に都合のいい運び屋である。一度成功すると、組織は次々とアールに仕事を依頼する。

こうして、高報酬に味をしめたアールは、その後も運び屋の仕事を続ける事となる。最初は中味が何か知らなかったが、一度好奇心からバッグを開け、中味が大量のドラッグである事を知ってしまうが、それでもアールは平然と運び屋を続けて行く。

面白いのは、アールが根本はとてもいい人間というか善意の人で、道端でパンクして困っている人を見ると、運び屋の仕事をほったらかして修理を手助けしたり、稼いだ金で農園を買い戻すと、その後の収入は孫のジニーの学費に当てたり、退役軍人クラブの修理費用の為に寄付したりと、まったく欲がないのである。
もっとも、そんな風に人が良すぎるから経営に失敗したのだろうけれど(笑)。

仕事の運転中でも、カーラジオで陽気な歌を流して一緒に歌ったり、適当に寄り道したりとマイペースで、監視する組織をヤキモキさせる。笑ってしまうのが、女にも目がなくて、仕事の途中にモーテルで2人の女と3Pプレイをするくだり。
最近のイーストウッド作品で、こんなにユーモラスでトボけた味わいの作品も珍しいだろう。イーストウッド、アールと同じく、仕事を楽しんでやっている(笑)。

 
アール(及びレオ・シャープ)が運び屋として長く成功して来られたのは、何と言っても彼が白人であった事、そして90歳近い老人であった事の2つが大きな理由である。
映画の中でも、アールの監視役としてついて来たメキシコ人のフリオが警官に呼び止められ職務質問されるシーンがあるが、非白人はいつも疑いの目を向けられ、場合によっては些細な理由で留置所にぶち込まれる。そういう差別意識が警察側にあるから運び屋には不向きなのである。
それに、90歳にもなった老人に対しては、誰もがどうしても敬意を示さざるを得ない。第二次大戦や朝鮮戦争等で国の為に戦った英雄だからである。
で、フリオが危うく連行されそうになった時、アールはうまく警官をとりなし、トランクに入れていたスイート缶を警官にプレゼントする。その贈り物を貰った事以上に、アールが白人かつ高齢の老人だから警官も強くは出られず、彼の顔を立てフリオを見逃すのである。

それとアールが危機的状況でも落ち着いて機敏に対応出来るのは、やはり戦場の修羅場を潜り抜けた経験が大きい。だからカルテルのギャングどもを相手にしても肝が据わって平然としている。
麻薬カルテルのボス、ラトン(アンディ・ガルシア)もアールに一目置き、彼の勝手気ままな行動にも寛容なのは、彼の経験に基づく危機対応能力を買っているからだろう。老人に対する敬意も無論ある。

敏腕のDEA麻薬取締捜査官のベイツ(ブラッドリー・クーパー)ですら、アールと接近遭遇してもまったく疑いを抱かないのも、国の為、正義の為に戦場で戦った老人が、悪い事なんかするはずがないと思っているからである。

こういう、飄々と生きている元気な老人を見ていると、犯罪を犯しているにも関わらずつい応援したくなる。まさにイーストウッド・マジック。これもまたこの映画の魅力でもある。

 
そして後半に至って、物語は大きく展開する。ジニーからの連絡で、元妻のメアリーが重病で先が長くない事を知らされる。仕事中のアールは迷うが、意を決し運び屋の仕事を中断し、メアリーの元に駆けつけ、彼女の看病をする。二人が見つめ合い、やがて過去の恩讐を越えて和解に至るプロセスは感動的で胸に迫る。その間、連絡が取れなくなったアールの携帯には沢山の不在着信と未開封メールが溜まって行くのだが。

メアリーの最期を看取った後、アールは運び屋を再開するが、仕事を長期間スッぽかしていたアールに組織はカンカンで、やっと走行中のアールを見つけるが、組織は彼を痛めつけた後、仕事に戻らせる。普通なら殺されてもおかしくないが、アールのような他に代りがいない運び屋は貴重で今後も必要だと考えたのだろう。

アールはようやく、網を張っていたベイツ捜査官に逮捕されるが、彼が以前会ったあの老人だと知ってベイツは複雑な感情を示す。ベイツ世代にとってはヒーローだった男が、長年追っていた犯罪者だったとは思いたくなかったのだろう。

やがて裁判となり、弁護人はアールの情状酌量を訴えようとするが、アールはその弁護を断り、自分は有罪であり、進んで服役すると言う。その様子を見ていたアイリスがアールにかける言葉にもニヤリとさせられ、次にジンと来た。
ラストは刑務所内の農園で、アールがデイリリーを育てているシーンで終わる。以前は商売の為に栽培していた花を、今では欲得抜きで育てているというのも、彼の心がどう変遷したかを示している。素敵な幕切れである。

 
観終わって感じるのは、ここ数十年のイーストウッド作品にしばしば登場する、“贖罪”というテーマがこの作品でもきちんと描かれていた点である。

このテーマが最初に登場したのは「許されざる者」だろうが、「ミリオンダラー・ベイビー」 でさらに明確にこのテーマと向き合い、イーストウッド監督作の集大成的傑作「グラン・トリノ」ではさらに大きなテーマとなっていた。
だがここ数年は実話ものが続いていた事もあって、このテーマはしばらく登場しなかった。

本作ではラストのシークェンスで、彼のこれまでないがしろにして来た家族に対する贖罪と、運び屋という犯罪を犯した事への、二つの贖罪が描かれている。
最後に自分を「有罪」だと言ったのは、法廷で裁かれている罪と同時に、“家族を顧みなかった事についても自分は有罪だ”と言いたかったのだろう。

アールのやって来た事は、簡単に許されるべきものではないが、それでも人生の終盤に至って、死期を早めるかも知れない、刑に服する事を進んで望んだ彼の贖罪行為は、つい彼を許してあげようという気にさせたくなる。アイリスの最後の言葉もそれを示している。

それ以外にも、随所に過去のイーストウッド作品を思わせるシーンがあるのも見逃してはいけないだろう。
例えば本作で描かれる家族との不仲、確執は、「ミリオンダラー・ベイビー」における、自分の娘との間に確執があって何年も娘と会っていないというエピソードを連想させるし、朝鮮戦争に従軍したという経歴は無論「グラン・トリノ」、若いメキシコ人のフリオに、「こんな仕事はやめろ」と諭すくだりも、「グラン・トリノ」におけるモン族の少年に寄せるウオルトの思いと共通する。ちなみに本作のモデルとなったレオ・シャープが育った町が、「グラン・トリノ」の舞台と同じデトロイトだったというのも不思議な偶然である。

そういう点でもこの作品は、クリント・イーストウッド監督の、「グラン・トリノ」に匹敵する集大成的作品だと言えるだろう。

それにしても、88歳になっても作りたい作品を精力的に、コンスタントに産み出して、かつハードな俳優兼任も悠々とこなして見せたイーストウッドのパワーには驚嘆し、敬服してしまう。映画ではややヨボヨボに見せてたが、実際のイーストウッドはとても88歳とは思えないほどカクシャクとしてるそうだ。凄い人である。こんな老人になりたいと、心から思う。

もはや伝説の存在でもあるイーストウッドに、おそらくは次も会えるだろう。繰り返すが、こんな人の新作映画を観れる事は私の人生にとってもこの上ない楽しみである。今年のマイ・ベストワン第一候補と言っておく。   (採点=★★★★★

 

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(付記)
Troublewiththecurveもう1本思い出したが、娘との確執から和解は、82歳の時にイーストウッドが主演した「人生の特等席」でも描かれていた。この作品でも主人公は、高齢の老人となっても車を運転し、仕事を続けようとしている。も一つ、この作品の中で彼の娘が携帯をポイとゴミ箱に捨てるシーンが出てくるが、本作でも、アールが携帯をゴミ箱にポイと投げ捨てるシーンがしっかり登場していた。

 

 

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コメント

さすがはイーストウッド、面白いです。
映画は花の栽培をしていた主人公が破産し、ひょんな事から運び屋になる展開です。
一方、ブラッドリー・クーパー、マイケル・ペーニャ、ローレンス・フィッシュバーンらが演じる麻薬局の捜査も並行して描かれます。
イーストウッド演じる主人公のとぼけた個性でユーモアもあり、麻薬組織の内紛と捜査側のサスペンスもありで見せますね。
まさに「イーストウッドの新作映画を観られる幸せ」を満喫しました。
次回作も大変楽しみです。

投稿: きさ | 2019年3月18日 (月) 21:59

こんばんは。

古き良き男が、考えねばならない人生の問題ですね。

従軍経験における過去の功績や、自信がある事は、生きる上で糧となるものでしょうが、時代遅れというのは、本人には余計なお世話かも知れません。

技術革新とどう距離を取って行くかは個人の自由ですし、アップル社などのリリースといった新技術の公開は、パフォーマンスであって、それに乗って行く事は、愉しいかも知れませんが、アールと若者との間には、新しいものに対する考え方の違いがあるように思います。だけど、それによって、若者を侮るではなく、危険な仕事をする彼らを見守る、という、考え方の差異に対する、老人の深い度量が見えた気がしました。

誰にでも、自分で居られる事、あるがままの心である事は、簡単ではないですね。

投稿: | 2019年3月27日 (水) 20:25

◆きささん
さすがに、主演兼監督作が次もあるかはなんとも言えませんが、監督作は次も見られるでしょうね。期待して待ちたいです。


◆隆さん
イーストウッド監督作には、ベテランの年長男が若者を厳しくも温かいまなざしで見守る、といった作品が多いですね。
「ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場」「ルーキー」「センチメンタル・アドベンチャー」そして「グラン・トリノ」。
本作にもその流れが受け継がれているようです。
若者フリオに教えられて、スマホを何とか使いこなすまでになるアールには、おっしゃるようにまさしく、“若者を侮るではない”、“老人の深い度量”が感じられましたね。

投稿: Kei(管理人) | 2019年3月31日 (日) 17:59

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