「THE GUILTY ギルティ」
アスガー・ホルム(ヤコブ・セーダーグレン)は、過去のある事件をきっかけに警察官としての一線を退き、今は緊急通報指令室のオペレーターとして、交通事故の搬送を遠隔手配したり、外部からの電話に応対する日々を送っていた。ある日アスガーは、今まさに誘拐されていると見られる女性からの通報を受ける。電話から聞こえるかすかな音だけを頼りに、アスガーは事件を解決すべく奔走する…。
珍しいデンマーク製映画である。しかもこれは、場所と時間を限定した、異色のサスペンス映画である。
舞台は緊急通報指令室の室内だけ。画面に登場するのはほぼ主人公の警察官一人(指令室内に数人の人間もいるが周囲の点景どまり)。電話からは相手の声は聞こえるが姿は一切見えない。一種の一人芝居である。
これに似たシチュエーションの作品は、これまでにもいくつかあった。一番近いのは、2015年に我が国でも公開された「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」 。主人公トム・ハーディがハイウェイを走る車の中で相手と電話で会話するだけで物語が進行し、姿が見える登場人物はトム・ハーディただ一人という徹底ぶり。上映時間も邦題通り86分と短かったが、本作も88分とほぼ同じである。その他でも、コリン・ファレル主演の「フォーン・ブース」、一昨年公開のアーロン・テイラー=ジョンソン主演「ザ・ウォール」 等があり、これらを私は“一人芝居サスペンス”と名付けたが、本作もそのジャンルの佳作の1本に加えられるだろう。
(以下ネタバレあり、注意)
それにしても、これは紹介が難しい。何を言ってもネタバレになってしまうだろう。しかし面白い。
未見の方の為に極力ネタバレしないように書くつもりだが、それでも書かざるを得ない箇所は伏字にするので、その部分は映画を観た方のみお読みください。
夜の緊急通報指令室で、さまざまな外部からの電話を受け、テキパキこなして行く主人公アスガー。本職は警察官なのだが、何か問題を起こしてこんな部署に配置転換されたようだ。
それでも、この仕事は今夜までで終わりという事が会話で判る。そして個人の携帯にかかって来た電話から、明日は裁判所に出廷する予定である事も分かって来る。どんな理由かは観客にはまだ分からない。
そんな所に、ある女性からの切羽詰まった様子の電話がかかって来る。どうやら車に乗せられ移動中のようだ。
アスガーは機転を利かし、隣で運転している男に悟られぬようイエス、ノーで答えさせる。「誘拐されたのか?」 「…イエス」。これは間違いなく誘拐事件だと直感したアスガーは、女性の会話から車の色と型式を推定し、携帯のGPSから移動中の場所も特定し、統括本部に電話してパトカーをそちらに向かわせるよう依頼する。
警察官としての体験から、電話から聞こえる周囲の音、漏れ聞こえる隣にいる男との会話など、僅かな音と声を手がかりに状況を絞り込んで行くアスガーの捜査能力もなかなかの物である。
…それにしても驚いたのは、かかって来た電話番号から即座にその持ち主の名前、自宅住所等がモニター画面に表示され、車を持っていればそのナンバー、車種まで判るという高度なデータベース・システムの存在である。さらにモニター上の地図には、GPSによる携帯所有者の移動状況まで表示される。実際に実用化されているとしたら、警察のIT化はここまで進んでいるのだなと感心するやらある意味コワいやら。
これによって女性の名前はイーベンと判明し、やがて夫の車に無理やり乗せられどこかに連れて行かれている所である事も判る。アスガーはイーベンの自宅に電話し、イーベンの娘マチルデと会話し、イーベンの夫の名前、さらにそこから車のナンバー、車種まで特定し、パトカーに連絡する。
こうしてアスガーは、イーベンを一刻も早く救出すべく奮闘するのである。スリリングな展開に目が離せない。
(以下ネタバレに付き隠します。映画を観た方のみドラッグ反転してお読みください)
アスガーはイーベンの自宅に警官を向かわせるが、ここで意外な事が判明する。なんとマチルデの弟が惨殺されていたのだ。犯人は夫だとアスガーは直感する。
そして電話するうち、夫に感付かれたのかイーベンは車の貨物室に閉じ込められたらしい事も判る。アスガーは電話でイーベンに、車が止まったら貨物室にあるレンガを夫にぶつけ、逃げるよう指示する。イーベンは言われた通り行動するのだが…。
この後、意外な驚愕の事実が判明する。息子を殺したのは、なんと精神に異常をきたしていたイーベンだったのである。夫はそんなイーベンを病院に入院させるべく車を走らせていたのである。アスガーの判断は完全な誤りで、むしろ事態を悪化させ、取り返しのつかない状況を招いてしまった。アスガーは激しく後悔するが後の祭りである。
アスガーのこうした先走りは、うまく行けば自分の手で事件を解決し、手柄を立てる事で警察官に復帰する事を目論んだからだろう。
もう一つ判って来た事。それは、アスガーは自分が起こした不祥事で裁判にかけられており、明日出廷する事になっている。そして同僚には裁判で自分に有利なように偽証してもらう事にもなっている。
原題の"THE GUILTY"(罪、有罪)の意味もここで判る。アスガーは過去に罪を犯し、今回も手柄を焦った思い込みから、病院に送り込むべき危険な人間を逃がしてしまうという罪を犯してしまったのだ。
最初の頃は、観客はアスガーが正義の為に行動する優秀な警察官だと思っていたのだが、それは先入観で、ここに至ってようやく、彼は実際は自分の事しか考えていない利己主義者だった事が判る。巧妙などんでん返しである。
別室の暗い部屋の中で苦悩するアスガー。彼自身もようやくここで、自分のやってきた事は間違いだったと自覚し始めるのである。
そこに、イーベンから電話が入る。今いる場所は陸橋の上。自分自身を清算する為に、自殺しようとしている。
それを思い留めさせようと、アスガーは必死で説得する。最初は警官が現場に到着するまでの時間稼ぎのつもりだったのだろうが、やがてアスガーは自分が犯した“罪”の真実について語り始める。一人の人間として、誠意を込めて、訥々と告白する。このシーンは感動的である。
電話は切れるが、やがてイーベンが無事保護された連絡が入る。ホッとするアスガー。が、先程イーベンに語った真実は、部屋にいる同僚にも聞かれてしまった。
だがそれでも構わない。アスガーはもう自分を偽る事は止め、いさぎよく自分の“罪”に対する罰を受けることを決心したのだろう、証言を予定している同僚に、もう偽証しなくていいと伝える。
サスペンスフルかつ予測のつかない展開、周到に配された伏線、観ている観客を巧妙にミスディレクションに導く脚本の見事さ、そして最後に待ち受ける予想外の感動。
これを登場人物は実質的にたったの一人で、彼が受ける電話の相手との会話だけで1本の映画を持たせてしまうグスタフ・モーラー監督の巧みな演出は見事と言うしかない。無論主人公を演じるヤコブ・セーダーグレンの、一人芝居で物語を最後まで牽引した演技力も高く評価すべきだろう。
出来るだけ情報を仕入れず(この記事もあまり読まずに)白紙の状態で鑑賞する事をお奨めする。
それにしても、セットは一つ、声だけの人物を除けば登場人物はごくわずか。これ、「カメラを止めるな!」より製作費は安いかも知れない(笑)。 (採点=★★★★)
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コメント
こんにちは。トラックバックをありがとうございました。
記事を拝見して、そうそう、こういう“一人芝居サスペンス”って、これまでも何本かあったな、と思い出しましたが、それでも本作、他に比べても遜色のない面白さでした。
日本ではあまり馴染みのない俳優さんでしたのに、魅せてくれたというのもポイントが高かったです。
投稿: ここなつ | 2019年3月13日 (水) 12:46
これは面白かったですね。
ほぼすべてが通話中の主人公のアップという事で主人公役のヤコブ・セーダーグレンの演技が光ります。
ネタバレなので話の展開は書けませんが、意外な展開は面白かったです。
グスタフ・モーラー監督は初監督だそうですが、見せます。
実は娘が見て面白かったと言っていたので見ました。
投稿: きさ | 2019年3月13日 (水) 22:18
◆ここなつさん
“一人芝居サスペンス”ものは予算がほとんどかからない分、アイデアと脚本構成にかなり知恵を絞る必要がありますが、本作はその点見事成功していますね。
予算をかけたハリウッド超大作より、こうした低予算アイデア作品をこそ、映画ファンとして盛り上げて行きたいですね。
◆きささん
娘さんが先にご覧になってお父さんに薦めたわけですか。うらやましいですね。うちの娘はほとんど映画を見ないし、たまに見るのは大ヒットした話題作くらいです(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2019年3月18日 (月) 23:18