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2019年4月16日 (火)

小説「東京輪舞(ロンド)」

Tokyorond1   月村 了衛・著

  小学館・刊 2018年10月

  1,800円+税

 

 「機龍警察」シリーズなどで知られる月村了衛さんの、公安警察官を主人公に、昭和、平成の日本を揺るがした大事件、歴史の暗部を壮大なスケールで描いた警察小説の傑作です。

Tokyorond2 1976年のロッキード事件に始まり、誰もが知ってる歴史的な政治・経済・大規模テロ事件を扱いながら、その背後では密かにスパイや秘密部隊が暗躍し、それらの謎を日本の公安警察官たちが追って行く、月村さんお得意のハードボイルド・ミステリーです。

 全体で7つの章に分かれ、1976 ロッキードの機影、1986 東芝COCOM違反、1991 崩壊前夜、 1994 オウムという名の敵、1995 長官狙撃、2001 金正男の休日、2018 残照、とそれぞれの章のタイトルにあるように、警察庁公安部外事第一課に配属された主人公・砂田修作が、田中角栄と出会い、ロッキード事件、ソ連の崩壊を経て、オウムの地下鉄サリン事件、國松長官狙撃事件、金正男日本入国拘束、等のそれぞれ国家を揺るがす大事件の捜査に関わり、実直に捜査に没頭するも、警察や官僚機構の組織的腐敗、ソ連諜報機関の暗躍、外事機密の壁などに阻まれ、あるいは要領よく出世して行く上司や元妻の裏切りにも会い、挫折と苦渋を味わいながらも、終章で警察官として生きて来た約40年間を振り返ります。

これは、一人の公安警察官の目を通して見た、もう一つの激動の日本史、裏面史であるとも言えるでしょう。読み応えがあります。

物語としては、KGB機関員だった女性、クラーラ・ルシーノワと砂田との、生涯を通じたラブ・ストーリーという側面もあり、ラストではちょっとホロリとさせられます。無論、月村さんらしい緊迫したサスペンス描写も読ませます。

しかし、この小説の凄さは、田中角栄、伊藤忠元会長・瀬島龍三、プーチン現ロシア大統領、オウム真理教の麻原彰晃と教団幹部、國松警察庁長官、偽造パスポートで日本に入国した金正男…といった人物名をそのまま実名で出している点です。政治家もバンバン実名で登場します。そしてその功罪も遠慮なく指摘します。
小泉純一郎は、構造改革は評価するも、地方や中小企業の衰退を放置したと指弾しますし、田中眞紀子に至っては、小泉政権の外務大臣時、金正男を拉致被害者のカードに利用できたのに、退去処分にしてしまったのは大失敗だったと糾弾してます。

もっと凄いのは、2017年の金正男暗殺は、北朝鮮組織の仕業で、命令者は金正恩だとはっきり書いてる点です。月村さん、ここまで書いて大丈夫ですか。勇気ありますね。

ともあれ、政治や日本近代史、歴史的事件に興味のある方には絶対お奨めの、警察小説の傑作です。

 
月村了衛さんの作品は、出世作となった「機龍警察」シリーズ以来、ほとんどの作品を読んでいるほどのファンです。バイオレンス・ハードボイルドとでも言いましょうか、アクション描写の切れ味が鋭く、時にスプラッター的、時にスタイリッシュと緩急自在の筆致には読んでて胸躍ります。

初期の「機龍警察」シリーズは近未来SF小説ですが、以後「黒警」のような通常警察もの、自衛隊PKO部隊がソマリアで否応なく戦闘に巻き込まれる「土漠の花」、中国人民解放軍から送り込まれた屈強の刺客対謎のヒーローとの攻防戦「影の中の影」と、次第に政治情勢やグローバルな視点を取り入れたハードボイルド冒険小説の世界に踏み入れて行きます。
また一方近年では、コルトM1851残月」「コルトM1847羽衣」のような時代劇ハードボイルド、「槐(エンジュ)」「ガンルージュ」といった戦う女性もの、等の変わったアクションものもあり、とジャンルの幅が広がって行き、これがまた面白い!

大藪春彦なく、船戸与一も一時の勢いがない今、月村さんこそ、現代冒険小説の第一人者と言えるでしょう。本作でまた、新しい領域に果敢にチャレンジし、見事な成果を収めたと思います。今後も目が離せませんね。

残念なのは、月村作品はまだどれも映画化されていないのですね。スケールが大き過ぎて二の足を踏んでるのでしょうか。是非映画化を期待したい所です。

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単行本「東京輪舞」

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