「僕たちのラストステージ」
2018年/イギリス・カナダ・アメリカ合作
配給:HIGH BROW CINEMA
原題:Stan & Ollie
監督:ジョン・S・ベアード
脚本:ジェフ・ポープ
製作:フェイ・ウォード
製作総指揮:ザビエル・マーチャンド、ケイト・ファスロ、ジョー・オッペンハイマー、ニコラ・マーティン、エウヘニオ・ペレス、ガブリエル・タナ、クリスティーン・ランガン
ハリウッドの映画創成期、サイレントのスラップスティック・コメディで活躍した伝説的お笑いコンビ、“ローレル&ハーディ”の晩年を描いた伝記ドラマ。監督は「フィルス」のジョン・S・ベアード。主演は「あなたを抱きしめる日まで」のスティーヴ・クーガンと「キングコング:髑髏島の巨神」のジョン・C・ライリー。スティーヴ・クーガンが英アカデミー賞の主演男優賞、ジョン・C・ライリーがゴールデン・グローブ賞の主演男優賞(コメディ/ミュージカル)部門でそれぞれノミネートされた。
1937年のアメリカ。スタン・ローレル(スティーヴ・クーガン)とオリバー・ハーディ(ジョン・C・ライリー)のお笑いコンビ“ローレル&ハーディ”は、ハリウッド・コメディ界で人気絶頂、出演映画は世界中で多くの観客を集めていた。だがそれから16年後の1953年、主演映画はまったく作られなくなり、彼らは既に過去の人となっていた。二人はイギリスに渡り、新人芸人並みの過酷なスケジュールで巡業公演を行ったが、待遇は悪く、客席もガラガラの日々が続く。それでも努力の甲斐あって、コンビの舞台は次第にファンを取り戻して行く。ところがある日、ささいな口論をきっかけにコンビ解消の危機が訪れ、さらにオリバーの体調も悪化して…。
1920年代のサイレント映画時代、アメリカ・コメディ映画界ではチャーリー・チャップリンを筆頭に、バスター・キートン、ハロルド・ロイドなどが主演するスラップスティック・コメディ(いわゆるドタバタ・コメディ)が量産され、大人気だった(この3人は“三大喜劇王”と呼ばれていた)。
そして1972年頃、東宝東和が「ビバ・チャップリン」と銘打ってチャップリン作品を順次リバイバル公開し、これが当たって、その翌年には柳の下の泥鰌を狙ってフランス映画社が、「ハロー・キートン」と題して「キートンのセブン・チャンス」他のキートン主演映画を公開、これも人気となって、東宝東和は今度はハロルド・ロイドに目を付け、「プレイ・ロイド」と題して「ロイドの用心無用」他のロイド主演作を連続公開した。さすがにこちらはあまり人気が出ず、このコメディ・リバイバル路線は終了する。
それでも、この3人の主演作は後にビデオ、DVD化され、今でもレンタル・ショップや中古ビデオ店にはそれらの作品が並んでいるので、3人の名前を聞いたり、出演作を観ている映画ファンは少なからずいるだろう。
だが、これら3人と並んでその頃結構人気を博していたのが、本作で取り上げられた“ローレル&ハーディ”のコンビ作である。1920年代から1945年頃までの間に100本以上のコンビ作品(ただし多くが30分前後の短編)が作られ、当時はチャップリンに並ぶくらい人気があった。またチャップリンはじめほとんどのスラップスティック・コメディ作品が単独主演作であるのに対し、コンビ主演で長期にわたって人気者だったのはこの2人だけだろう。その点でも特異な存在だった。
このコンビの主演作は戦前には日本でも多く公開されており、日本では“極楽コンビ”と命名され、ほとんどの作品に「極楽○○」と題名が付けられていた。
なのに、現在この名前を知る映画ファンは、よほどのシニア世代くらいしかいないだろう。若い人に聞いても全然知らないと言う。その理由は単純で、日本では戦後、このコンビの主演作はほとんど公開されておらず、リバイバル公開もなし、ビデオ、DVDですらほとんど出ていないないからである。忘れられた存在と言ってもいいだろう。
それだけに、この2人を主人公にした新作映画が登場したのは殊の外嬉しかった。よく作ってくれたと感謝したい。
で、なぜ私が“ローレル&ハーディ”を知ってるかと言うと、実は1959年、フランスで「喜劇の黄金時代」という、'20年代のサイレント・スラップスティック・コメディばかりを集めたアンソロジー映画が作られ、翌年日本でも公開され、これを私は劇場で観たからである。まあ解り易く言えばコメディ版「ザッツ・エンタティメント」という所だろうか。
この中で、特にローレル&ハーディが再三にわたって登場し、そのドタバタぶりに大爆笑した。中でもささいな事から始まった、相手の顔にクリームパイをぶつける騒動(これが有名なパイ投げ)がどんどん拡大して街中の大騒動になって行く辺りは腹を抱えて笑った。笑い過ぎてお腹が痛くなったくらいである(笑)。
ただ残念と言うか、これがアメリカでなくフランスで作られた事。しかも監修とナレーションがフランスの名監督、ルネ・クレールだった。つまりはアメリカでも、自国のスラップスティック・コメディを再評価しようとする空気は少なかったのだろう。
これが世界中で公開された事でようやくアメリカでも翌'60年、同傾向の「喜劇の王様たち」(製作・監督:ロバート・ヤングソン)が製作された。ここでも終盤の笑いをさらったのはローレル&ハーディの作品だった。これで私はローレル&ハーディのファンになった。
1965年には、「喜劇の王様たち」と同じロバート・ヤングソン製作・監督でやはりアンソロジー作品「爆笑20年」が公開され、これはなんと、ローレル&ハーディ・コンビ作品だけに絞って纏めた作品だった(原題も"Laurel & Hardy's Laughing 20's")。
いかにこのコンビが人気者だったかが分かるだろう。
さて、えらく前置きが長くなったが、本作はこのコンビの人気絶頂期だった1937年から始まる。当時の撮影所の空気を、6分間ワンカット長回しで紹介する 冒頭が楽しいし、何よりスティーヴ・クーガンとジョン・C・ライリーの二人のお顔・体格が、当時のローレル&ハーディ(右)とそっくりだったのには驚くやら嬉しいやら。その上仕草から笑いの間まで完璧に再現されてて、もうこれだけでわたしゃ感涙ものだった。
ここで登場する、ちょっとエラそうな態度を示すハル(ダニー・ヒューストン)とは、ローレル&ハーディ作品の多くを製作した名プロデューサーのハル・ローチである。あのハロルド・ロイドを育て、スターにしたのもこの人で、チャップリンを発掘したマック・セネットと並んで、ハリウッド・コメディ史に大きな足跡を残した。
映画で見られるように、この頃からハル・ローチとローレル&ハーディとの間に軋轢が生じており、独立騒動もあったりしてこの数年後、コンビはハルの元を離れ、やがて次第に人気は低落して行く事となる。
そして時代は16年後の1953年に飛ぶ。コンビはまだ続けていたが、すっかり落ち目で映画はまったく作られなくなっていた。なんとか名声を取り戻すべく、二人はイギリスに渡り、ホールツアーを開始する。
しかしここでも彼らはもはや過去の人、劇場は小さく、観客もガラガラ。出会った人からは「あんたたち、引退したんじゃなかったの?」と言われる始末。
落ち目になった芸人の悲哀がヒシヒシと感じられる。
スタンが、映画館で上映されている当時の人気コンビ、アボット&コステロ主演の「凸凹火星探検」(1953)の看板を恨めしそうに見つめるシーンがある。これも哀しい。
楽しいのが、二人の出演作品に登場する有名ギャグが、ツアーの途中で巧みに再現されているシーン。例えば駅の上り階段で、せっかく上まで運んだ大きな荷物を、手を離したばかりに一番下まで滑り落としてしまうくだり。これは彼らの代表作「極楽ピアノ騒動」(1932)に登場するギャグである。
また場末のホテルで、ドアの入り口でスタンが運び込む沢山の荷物がつっかえ、派手な音を立て悪戦苦闘するシーンや、それに続く受付のベルを取り合うギャグも題名は忘れたが二人の作品に登場する。
過去の二人の作品を観ているファンなら余計笑えるだろう。素敵なオマージュである。
やがてツアーを重ねるうちに、少しづつ観客は増え、二人の人気も徐々に回復して来る。アメリカからそれぞれ妻を呼び寄せ、劇場も大きなものに変わって行くプロセスに胸熱くなる。
駅のホームでのすれ違いコントは、息の合った二人の絶妙の呼吸に笑わされる。二人を演じたクーガンとライリー、余程練習したのだろう、見事に再現している。
彼らのコントは、セリフはほとんどなし、パントマイム的な動きの面白さで笑わせる。これはサイレント時代に、セリフが出せない分、動きだけでどう観客を笑わせるか苦労に苦労を重ねて来た、彼らのコメディアン人生がここに凝縮されているからこそ笑えるし、かつ感動させられるのだ。
だが二人は、些細な事から喧嘩をし、コンビ解消寸前までになる。おかしいのが、二人が口論してても周囲の人たちが、これもギャグでワザとやってるのだと誤解し、笑ってる所。
でも、夫婦喧嘩と一緒で、本来は仲がいいからこそ喧嘩もするのだろう。
やがてオリバーは心臓発作を起こし、舞台に立つのは無理だと医者に宣告される。オリバーは引退を決意する。
舞台をキャンセルする訳にも行かず、スタンは代役の俳優とコンビで出る事になる。
だが、開演時間になっても幕は上がらず、やがて観客に、公演は中止だと告げられる。
これは、直前になって、やはり自分の相方はオリバーしかいない、と思い至ったスタンの大きな決断である。
ここからは感動の連続、スタンの熱い友情、それに応え、病いを抑して舞台に立つオリバー。
いつもの駅すれ違いコント。前半は無難にこなすも、やがて心臓を押さえ苦しそうな表情を見せるオリバー。ハラハラさせられる。舞台の上で死ぬなら本望とばかり、決死の覚悟で演技を続けるオリバーの姿に、涙が溢れた。これはまさに、オリバー・ハーディ版「ライムライト」である。
そして遂にフィナーレ。舞台の上で、ライトの逆光を浴びながら、何度も何度も観客の拍手に答える二人。泣けた。それを見て、互いに固く手を握り合う彼らの妻たちにも泣けた。
エンドクレジットで、この公演を最後にオリバーは引退したが、二人の友情はオリバーが1957年に亡くなるまで変わらなかったと出る。これにも泣けた。
この映画は、一時は人気絶頂となるも、時代の流れの中で人気が衰え、侘しい晩年を迎えざるを得ない芸人の悲哀と、終生変わらぬ男たちの友情、という普遍的なテーマを、実話を元に笑いと涙で描いた、素敵な作品である。ローレル&ハーディを知らない人でも感動出来るだろうし、二人を知っていたファンでも、晩年にはそんな秘話があった事を知り、余計感動出来るだろう。実際私も映画でしか二人を知らなかったので、この映画でそれを知って胸打たれた。
この機会に、ローレル&ハーディ作品を是非見て欲しい。幸いにもYoutubeには、いくつかの作品がUPされている。本当に面白くて、本作に感動した方ならきっと楽しめるだろう。 (採点=★★★★☆)
前述の階段落ちの「極楽ピアノ騒動」のURLはこちら。 ↓
https://www.youtube.com/watch?v=QkCv0pRaxis
DVD「喜劇の黄金時代」
DVD ローレル&ハーディ主演「天国二人道中」
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コメント
これはいい映画でした。
冒頭は二人の黄金時代の37年。本筋は16年後の53年。
二人はキャリアの復活をかけてイギリスで舞台に立ちます。
最初は客入りも少なく過去の人と扱われるのですが、二人の奮闘でお客さんは増えていくのが泣かせます。
ローレル&ハーディは知ってはいますが、さすがに映画はあまり見ていません。私も喜劇映画のアンソロジーで見たかな。
小林信彦の「世界の喜劇人」を読んでいるので知識はありましたが。
本作は二人の最後の舞台ツアーを題材にして感動的でした。
演出も良かったですし、ローレル&ハーディを演じるスティーヴ・クーガン、ジョン・C・ライリーが好演していました。
ジョン・C・ライリー、素顔は全然太ってないんですね。本作では特殊メイクで太ったようですが、メイクもすごい。
ローレルはイギリス出身で1910年に渡米してハーディとコンビを組むのですね。
なのでロンドンで再起をかける訳です。
投稿: きさ | 2019年4月30日 (火) 11:49
◆きささん
私は上記の3本のアンソロジー映画を劇場で見て、笑い転げた記憶が今も鮮明にあります。DVDで出てるのは上に紹介の「天国二人道中」くらいですね。私はこれ持ってます。
こんな面白いコンビ作品が今ではほとんど無視されてるのが腹立たしい思いです。案外、本作を見てこのコンビに興味を持った方も多いかなと思うので、この機会に過去の作品をDVDで復刻してくれたらと思います。
投稿: Kei(管理人) | 2019年5月11日 (土) 23:05