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2019年5月29日 (水)

「ばあばは、だいじょうぶ」

Baabahadaijoubu 2018年・日本/ミューズ・プランニング
配給:イオンエンターテイメント、エレファントハウス 
監督:ジャッキー・ウー
原作:楠 章子
原作(絵):いしいつとむ
脚本:仁瀬由深
企画・プロデュース:新田博邦
プロデューサー:田中佐知彦

認知症になってしまった祖母の姿を小学生の児童の視点から描いた楠章子の同名ベストセラー絵本の映画化。監督は「キセキの葉書」のジャッキー・ウー。出演は映画出演は久しぶりの「たみおのしあわせ」の冨士眞奈美、「パパはわるものチャンピオン」の寺田心、「花とアリス殺人事件」の平泉成など。2018年ミラノ国際映画祭で寺田心が最優秀主演男優賞、ジャッキー・ウーが最優秀監督賞を受賞。

小学生の男の子・中前翼(寺田心)は、両親と、喜寿を迎えた祖母・スズエ(冨士眞奈美)、通称ばあばと一緒に暮らしている。ちょっと気弱な所もある翼は、どんなときでも「だいじょうぶだよ」と励ましてくれるばあばが大好き。学校でいじめられた時もばあばが助けてくれた。だが、そんなばあばが少しずつ変わって行く。同じ質問を何度も繰り返すようになり、得意だった編み物が出来なくなる。さらには急に怒り出したり、大切にしていた庭の植物を枯らしてしまったり。翼はそんな様子のばあばが怖くなり、次第にばあばに近寄らなくなって行く…。

認知症になった老人を描いた作品である。高齢化社会を迎えてここ数年、内外共にこうした作品は増えて来ており、2013年には森崎東監督「ペコロスの母に会いに行く」という秀作があった。一昨年も、仲代達矢主演の「海辺のリア」(小林政広監督)という異色作が作られている。

いずれも、認知症になった老人を、その子供たちや周囲の人たちが懸命に介護したり老人施設に入れたりする話で、私も数年前認知症になった父母を看取った経験があり、身につまされる作品だった。

で、本作がやや毛色が変わっているのは、小学生の孫の視点から描いている点である。これは今までになかった発想である。
これは、原作が楠章子さん著の絵本だからである。つまりは読者対象が、幼児から小学生高学年辺りまでの低年齢層であると思われ、こうした年齢の子供が、それまで可愛がってくれた祖母や祖父の認知症発症という事態を迎えて、どう考え、どう向き合うか、という点が大きなテーマとなっている。

認知症になった老人を世話するのは、ほとんどその子供を中心とした大人(それも中高年世代)である。そして諸問題の対処に追われて、多分自分の子供(老人から見て孫)たちにまで気を回す余裕などなく、ほったらかしだろう。

特に本作の実質主人公である小学生の翼のように、祖母と同居してて毎日顔を合わせ、いつも一緒に遊んでくれたりお小遣いをくれたり、学校まで来ていじめっ子に注意してくれたりと、ある意味両親以上に心が通じ合い、親密な間柄である祖母が、ある日から認知症によって怒り出したり、奇妙な行動をするようになったら、とても不安だろうし、どう対応していいか分からなくなり、困惑してしまうだろう。

この映画は、感受性豊かな年代である小さな子供が、祖母の認知症という事態に直面した場合の、その心の動き、行動を、子供に寄り添ってじっくりと正面から描いた、新しいタイプの認知症老人映画なのである。

私も自分の実例を振り返って、そんな事は考えた事がなかった。不明を恥じるばかりである。多分認知症老人を世話した経験のある多くの大人たちも同様だろう。
まあ実際は我が家もそうだが、核家族化が進んで老人と孫が同居する家などは少ないだろうから、翼少年ほど悩む孫はそれほどいないだろうけれど。

ばあばの異常な行動に、翼は次第にばあばに近寄らなくなって行く。そしてある日、家族が目を離した隙にばあばは家を抜け出し、行方不明になってしまう。警察に届け、手分けして近所を探すが見つからない。
翼は、ばあばが家を出たのは、自分がばあばの相手をしなくなったせいだ、もっとそばにいてあげたらと悔やみ始める。そしてばあばの部屋で、空き缶の中にいっぱい詰められた、翼たち家族への伝言が書き込まれたメモを見つける。

ばあばはおそらく、自分の記憶が少しづつ薄れて行くだろう事を予感し、家族に伝えたい自分の思いを残そうと思ったのだろう。その優しい気持ちには胸突かれる。
翼がそのメモを読みながら、ポロポロ泣き出すシーンでは、私もつい涙腺が緩くなってしまった。

 
認知症の祖母役を演じた冨士眞奈美さんが、まさに鬼気迫る熱演である。若い時は本当に奇麗で気品があってファンだった(雷蔵と共演した「斬られ与三郎」など、惚れ惚れするほど美しかった)が、その冨士さんが化粧もせず、髪振り乱し、次第に人間が壊れて行く老人を完璧なまでに演じきったのには感動した。凄い女優魂である。

そして翼少年を演じた寺田心もいい。大好きな祖母が日ごとに認知症の進行で変わり果てて行く姿を目の当たりにして、戸惑い、時には怖くなって、どう向き合えばいいのか分からなくなり、次第に祖母から遠ざかって行く、その心情を見事に演じている。2018年ミラノ国際映画祭で最優秀主演男優賞を受賞したのも当然だろう。

ただちょっと気になる点も。独立している娘たちが、翼の親に「施設には絶対入れないように」と迫るシーンがあるが、これは自分勝手過ぎるし現実的ではない。私の経験から言っても、認知症が進んで要介護認定が3から4になると、家族はクタクタになり、自宅介護は困難になる。早めに特別養護老人ホームに申し込むべき。順番待ちで2~3年待たないといけないが。ともあれこの発言シーンは削除して欲しかった。

認知症の症状にしても、やがては家族の顔も忘れたり、暴れたり、糞を食べたり等の悲惨な状況に至ったりする。そしてやがて最期を看取る日がやって来る。

そこまで描かず、やや緩めの描き方なのは、この原作が絵本という事もあるし、映画を観に来る小学生以下の子供には刺激が強過ぎる、という点も考慮したのだろう。これはまあ仕方がない。

本作のポイントは、認知症の実態をリアルに描く事ではなく、同居老人が認知症になっても、家族は温かく、優しく接するべきだという点にあるのだろうから。

ともあれ本作の、孫の目線から認知症を見つめる、という新しい視点は大いに評価したい。今後も、さまざまな視点から認知症問題を多面的に取り上げる映画が作られる事を期待したい。  
(採点=★★★★

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(付記)
本作の配給会社は「イオンエンタティンメント」。全国でシネコン、イオンシネマを運営する会社だが、最近は配給業務にも力を入れている。

本作以外にも、良作だけど地味で他では配給が難しいような作品を配給する等、意欲的な取り組みを行っている。例えば当ブログでも紹介した、異色の問題作「岬の兄妹」を配給協力として全国イオンシネマ系で公開したのは英断である。こんな通常ならミニシアターでしか見られない作品が、シネコンで公開されるなんて思いもよらなかった。おかげで遠くまで行かなくても、家から近いイオンシネマでこの作品を観る事が出来たのはとてもありがたい。
ついでながら、ネットフリックス作品(つまり劇場公開を目的としない)のアルフォンソ・キュアロン監督「ROMA/ローマ」を、これまたイオンシネマで上映してくれたのも英断である。

観客動員は厳しいだろうが、今後も意欲作、秀作を配給していただく事を期待したい。頑張って欲しい。

 

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コメント

自ブログでも書きましたが、富士真奈美さんと寺田心君の演技が本当に良かったし、何度も泣かされました。非常に残念なのは、此の作品が大規模公開では無い事。知り合いに此の作品の良さをアピールしたものの、「近くで観られる映画館が無い。」と言われ、「こんないい作品なのに、多くの人が観られないとしたら、勿体無いなあ・・・。」と。

投稿: giants-55 | 2019年5月31日 (金) 01:49

◆giants-55さん
貴ブログも拝読しました。冨士眞奈美さんの役者魂には感銘を受けましたね。
>非常に残念なのは、此の作品が大規模公開では無い事。
地味な内容で、宣伝もあまりやっていないようですから観客動員も厳しいようで、私が観た劇場(イオンシネマ)でも2週間で上映打ち切りになりました。
いい作品ですから、もっとテレビでも紹介するなり、メディアも応援してくれたらと思います。
それでも、イオン系シネコンが上映してくれただけでも有り難かったです。ミニシアターだけの公開だったらもっと動員は厳しかったでしょう。イオンさん頑張ってね。応援いたします。

投稿: Kei(管理人) | 2019年6月 1日 (土) 00:14

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