「轢き逃げ 最高の最悪な日」
ある地方都市。大手ゼネコンに勤務する宗方秀一(中山麻聖)は、副社長の娘・白河早苗(小林涼子)との挙式を控え、彼の運転で親友・森田輝(石田法嗣)と共に挙式打ち合わせに急ぐ途中、一人の女性を轢いてしまうが、幸福な人生が暗転してしまう事を恐れそのまま逃げてしまう。だがやがて、二人の家に不気味な脅迫を暗示する手紙が届き、二人は怯える。そしてある日、刑事に轢き逃げ容疑で逮捕される。一方、被害者の父・時山光央(水谷豊)は娘を失った喪失感から今も抜け出せないままでいた。
水谷豊の監督第1作「TAP -THE LAST SHOW-」(2017)はなかなか味わい深い佳作だった。特にラストのタップシーンは、短いカットを積み重ねて高揚感を盛り上げて行く演出が見事だった。
そして早くも監督第2作目が登場。今回はガラリ内容を変えて、交通事故の轢き逃げ犯の心の内面を追う社会派人間ドラマ+ミステリー。脚本も初めて手掛ける多才ぶりを発揮する。
(以下ネタバレあり注意)
冒頭から、ドローン撮影による映像で一人の男(森田輝)を高空からずっと追いかけ、やがてその男が1台のジープに乗り込むまでをワンカットで捕える。ここでまず引き込まれる。
ジープを運転するのは宗像秀一。大手ゼネコン勤務で、副社長の覚えも芽出度く、2日後には副社長の令嬢・早苗との結婚も控えて、これから打ち合わせに向かう所である。人生は順風満帆の幸福な男である。
その車に乗り込んだ森田輝は秀一の親友で、秀一の結婚式の司会も任されている。彼が遅れてやって来た上に交通渋滞で、打ち合わせに遅れそうになり、近道を選択する。
だが、急ぐあまりに角を曲がった所で1人の女性を轢いてしまう。
二人は逡巡する。女性は動かない。死んだかも知れない。警察に届けても重過失致死罪で起訴されるだろうし、女性の遺族からも人殺しと罵られるだろう。副社長令嬢との結婚も最悪破談になるかも知れない。これからの人生は大きく狂ってしまうだろう。
周囲には誰もいない。秀一は逃げる事を決断する。
この後も、カメラはずっとこの二人の行動を追い続ける。ニュースでは轢いた女性は死んだと報道されている。
そして二人の家の郵便受けに、動物の目ばかりを切り貼りした脅迫状まがいの不気味な手紙が投函される。二人は不安を紛らわせる為に海で無理やりはしゃいだりもする。
だが翌日、結婚式場に届いた祝電の中に、差出人不明、轢き逃げを目撃していた事を匂わせるような文面のものが紛れていた。秀一はますます心理的に追い詰められて行く。
そして数日後、刑事がやって来て、秀一は轢き逃げ犯として逮捕される。
この辺りまで、被害者の家族はまったく登場しない。ひたすら加害者側のみを描く。随分大胆な物語構成である。
ここまでで、いくつもの謎が示される。
脅迫状や奇妙な祝電を送ったのは誰か。轢き逃げを目撃したと思えるこの謎の人物は、どうやって早々と二人の自宅を突き止めたのか。そして秀一の結婚式場をどうやって知ったのか。さらに警察はなぜそんなに早く秀一が轢き逃げ犯である事を特定出来たのか…。
こうして映画は、謎だらけのミステリー・タッチで進行して行く。
轢き逃げ犯逮捕で、事件としてはここで一件落着となるが、被害者の家族にとっては、これで終わりではない。犯人が捕まろうと、失われた娘の命は帰って来ないからである。
最愛の娘を失った父、時山光央を水谷自身が演じている。「相棒」の右京とはうって変って、白髪混じりの初老の男で、娘を失った心の痛手から今も立ち直れず、酒を飲みながら娘の幼い頃の映像を見て、あとは寝るだけの無為な日々を送っている。
そしてある日、時山は娘の日記を見つける。そこには、轢き逃げのあった日のその時間に、事故現場の喫茶店の前で男と待ち合わせる約束をしていた事が書かれていた。
時山は、この待ち合わせ相手の男が事件のカギを握っていると確信し、この男を探し当てるべく行動を開始する。
…といった具合に、一応いろんな謎が散りばめられた謎解きサスペンス・ドラマ(「相棒」にも登場しそうな内容だ。これについては後述)になっているのだが、映画はそれだけに留まらず、事件を起こした加害者と、事件で娘を失った被害者家族、それぞれの心の内面、動きを丹念に追った、人間ドラマにもなっている。むしろこっちのウエイトが大きいとさえ言える。
加害者の秀一は、逮捕・収監後、自分が犯した罪について深く反省し、どうやって贖罪を果たすべきか真剣に悩む。その心の変遷も丁寧に描かれる。彼の新妻・早苗についても、自分の愛した男の罪を共に背負って生きて行こうとする、今どき珍しい、優しく思いやりのある女性として描かれている。
こうした、加害者側の内面心理をかなり細かく掘り下げた映画というのは珍しい。水谷豊の意欲的チャレンジは大いに評価したい。
時山の妻・千鶴子のキャラクターもいい。無気力・怠惰な日々を送る夫とは対照的に、気丈に夫を支え、前を向いて生きている。演じる檀ふみがとてもいい。
終盤、娘の誕生日にバースデーケーキを用意し、ローソクを夫婦二人で消して娘を思い、悲しみに耐える場面はこちらももらい泣きしてしまった。
ラストシークェンスもいい。事故現場を訪れた千鶴子は、花を供えに来た早苗と遭遇し、近くのテラスで二人は話し合う。秀一の贖罪の手紙と、早苗の誠実な気持ちにほだされ、秀一を赦す気になる千鶴子。それを感じて心の安らぎを得る早苗。共に、これからの人生を強く生きて行くだろう事を暗示させ、爽やかな気持ちにさせられる、素敵な幕切れであった。
こうした人間ドラマ部分はよく出来ている反面、最後に判明する意外な真犯人(と言えるかどうか)と事件の真相は、まあ面白いけれど、よく考えればかなりズサンで穴だらけある。
(以下重要ネタバレ。映画を観た方のみドラッグ反転させてお読みください)
実はあの交通事故は、仕事も結婚もすべてが自分より順風で優位に立つ秀一に嫉妬した輝が仕組んだものだった。時山の娘と喫茶店前で待ち合わせる約束をし、わざと遅れて秀一と落ち合い、近道だと言って秀一を喫茶店前を通る道に誘導して秀一が事故を起こすよう罠を仕掛けたというもの。脅迫状や謎の祝電、警察への密告も全部輝の自作自演だろう。上に挙げたいくつもの謎もこれですべて解けた。それはいいのだが、この罠、周到なようであまりに偶然に頼り過ぎである。
まず娘が、車が通過する時にうまい事道の真ん中に立っているという保証はない。日中なので日差しを避けて軒下にいるかも知れないし、また秀一が轢いたとしても、急停車して軽傷で済むかも知れない。そうなると喫茶店前で待ち合わせるはずの輝がなんで危うく自分を轢きそうになった車の助手席にいるのか、娘は疑問に思うだろう。また轢いた時、周囲に人がいる可能性もあるし、仮にいなかったとしても、急ブレーキと衝突音を聞いた近隣の住民が窓から顔を出すかも知れない。…といった具合で、輝の目論見は失敗する可能性の方がずっと高いのである。まあ、今の若者はそのくらい行き当たりばったりで先の事を考えないものだ、と言いたいのなら分からないでもないが。
↑ネタバレここまで。
ポスター・チラシのキャッチコピーで「あなたは、この映画の罠に嵌る」と謳っているから、相当手の込んだトリックかドンデン返しがあるのかと思っていたのに、期待外れであった。こんなコピーは作品の本質を見誤らせて逆効果である。
謎解きサスペンス部分については、もう少し周到に脚本を作りこんで欲しかった。
考えれば「相棒」の脚本チームには、意表を突いたトリックなら古沢良太、骨太人間ドラマなら櫻井武晴や太田愛と、優れたシナリオを書ける人材には事欠かない。第一稿は水谷が書いたとしても、この人たちに脚本改稿を依頼するなり力を借りればもっといい作品になったかも知れないのに。もったいない。
とまあ、辛口批評になったが、水谷監督の演出自体は前作よりも腕を上げており、脚本も初めて書いたにしてはまずまずだったので、監督としては今後も期待していいだろう。次回作(本人は3本は監督したいと言っている)では、プロットは自分で創案するとしても、脚本は是非ベテラン・シナリオライターに任せるかあるいは共作で、しっかりした骨格のものを作って欲しいと思う。頑張って欲しい。 (採点=★★★☆)
(で、お楽しみはココからである)
水谷豊と言えばやはり「相棒」。本作は上に書いた通り、やや不満の残る出来ではあったが、その代わりに「相棒」と共通するいくつかのネタを見つけるというお楽しみもある。
まず、巧妙に仕掛けられた罠とか、一件落着と思わせておいて、最後に驚きの真相が明らかになるという展開は、「相棒」にも何度か登場している。
時山が、娘の日記に残された僅かな手掛かりから、真犯人にたどり着く辺りも、杉下右京(水谷)が些細な疑問から犯人を突きとめて行く手法を思わせる。
なお時山が犯人の家に無断侵入するのは無茶だとか違法ではとかの声もあるが、杉下も時には本人不在の場合、令状なしで家宅侵入した事もある(笑)。
また、「相棒」中でも屈指の秀作と言われる、シーズン3の第11話「ありふれた殺人」(脚本:櫻井武晴)では、20年前に娘を殺された老夫婦が、今も心の傷が癒えず、真犯人を追い求める姿が描かれていた。これなど、本作にかなり影響を与えている気がする。
ついでに、捜査に当る2人の刑事、岸部一徳扮する経験豊かで切れ者のベテラン刑事と、その部下の毎熊克哉扮する熱血漢だがやや未熟な若手刑事のコンビは、「相棒」シリーズ初期の、杉下右京と亀山薫(寺脇康文)のコンビを連想させたりもする。
脚本も手掛けた水谷、こうした「相棒」のテイストを巧みに本作に取り入れている気がする。というわけで、「相棒」の熱烈なファンなら、まずまず楽しめる作品ではある。
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