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2019年6月26日 (水)

小説「波の上のキネマ」

Cinemaonthewave  増山 実・著

 集英社・刊  発行日:2018年8月24日

 ¥1,850+税  424ページ

表紙の映写機のイラストと「キネマ」の題名に引き寄せられて読みましたが、なかなか面白く、一気に読み終えてしまいました。

主人公は、兵庫県尼崎市・立花で映画館を経営している40歳代の安室俊介。祖父の代に設立された座席数108の小さな映画館(いわゆる二番館)「波の上キネマ」の経営を引き継いで来ましたが、シネコンに圧され経営は火の車、閉館も考え始めています。
そんな時、台湾人の男・劉彩虹(リュウ・ツァイホン)が訪ねて来て、自分の祖父はあなたの祖父を良く知っていると聞かされます。そして劉の口から、今までまったく知らなかった、祖父の若い頃の過酷にして数奇な人生を知り驚愕します。

(以下物語の内容に触れます)

出だしは、映画館で上映される映画の話、映画全盛期には立花周辺に無数にあった映画館の薀蓄、そして祖父の代から映写技師をやっているという柄本のじいさんの話、と、何やら「ニュー・シネマ・パラダイス」を思わせる展開で(柄本のじいさんはアルフレードそのもの(笑))、特に次々出て来る立花や神戸周辺の映画館の名前は、私も何度か行った記憶のある所ばかりで懐かしかったです。

てっきりそんな映画と映画館にまつわる“和製ニュー・シネマ・パラダイス”かと思ってましたが、俊介が劉と共に祖父が働いていたという沖縄・西表島(いりおもてじま)に行く所から、物語は昭和初期、俊介の祖父・安室俊英が騙されて送り込まれた西表島での、脱出不可能と言われたまるで監獄のような炭鉱での生活と、そこからの脱出までの波乱万丈の物語がほとんどを占める事となるので、「ニュー・シネマ・パラダイス」を期待した読者はやや拍子抜けの気持ちになるかも知れませんが、この西表島の物語も結構ドラマチックで読ませます。
特に、過酷な島での暮らしの息抜きに、俊英が尽力して島に300席もある映画館を作る話は、別の意味での「シネマ・パラダイス」のお話であり、上映される映画の題名(チャップリンの「街の灯」他)の数々、そしてチャップリン作曲の名曲「スマイル」にも勇気付けられたり、労働者たちが映画に夢中になって行く辺りは、やはり映画ファンにはジンとくる内容となっています。脇の人物もそれぞれ個性豊かで魅力的です。

俊英は炭鉱夫仲間で台湾人の志明(これが劉の祖父)の助言を得て周到な計画を立て、脱出を試みますが失敗、凄惨なリンチを受けます。それでも島に来る前に遊郭で遭遇し、その後偶然島で上映された映画の中にも登場した女性に恋し、彼女を助けたいという強い意志が希望の光となって望みを捨てず、最後に脱出するまでの物語は、まるで(最近もリメイクされた)「パピヨン」を思わせ、読み応えがありました。

映画ファンにとって楽しいのは、全22章からなる各章のタイトルが、終章を除いてすべて映画の題名である点です。なにしろ第1章が「七人の侍」、以後「タクシー・ドライバー」「君の名は」「ストレンジャー・ザン・パラダイス」と続きます。よく知っている前記のような名作もあれば、戦前の「街の灯」「大いなる幻影」「椿姫」もあり、中には「渦」「野生の蘭」「執念の毒蛇」など私も知らない題名(いずれも戦前の作品)もあります。映画ファンなら一度これらのタイトルの映画を検索して調べてみれば、より本作を楽しめるかも知れません。

…それにしても、物語に出て来る西表島のタコ部屋、というか監獄のような炭鉱の重労働の話、最初はフィクションかと思いましたが、wikipediaで「西表炭鉱」で検索してみたらほとんど実話だったようです。今までまったく知りませんでした。また島に映画館を作る話も、これも調べたら実際に映画も上映出来る300人収容の劇場兼集会場が島に作られていたそうです。
島ではマラリアが蔓延していて、それで大勢が亡くなったという話も出てきますが、ちょうど昨年観たドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」の中にも、西表島はマラリア地獄と呼ばれ、多くの住民がマラリアで亡くなったエピソードが登場していました。

終戦から74年経った今でも、まだまだ私たちが知らない、戦争秘話はあるのでしょうね。勉強になりました。

祖父の若き日の知られざる人生、そして祖父が映画館を建てた理由を知った俊介が、ある決断を示すフィナーレもちょっと泣けます。

映画ファン、特に年配の方で、昔いろんな二番館(2~3本立)―とりわけ関西で阪神間にある映画館―を探し回って、古い映画を観まくった人(私自身がそうです)なら絶対に感動します。お奨めです。

原作者の増山 実さんは1958年大阪府生まれだそうで、という事は今年61歳になりますが、小説家としてデビューしたのは2013年という遅咲きの作家です。多分前述のような、阪神間の映画館で映画を観ていた映画ファンなのでしょうね。これからも、本作のような映画にまつわる小説を書いていただけたらと思いますね。期待したいです。

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原作本

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