「海獣の子供」
2019年・日本
アニメーション制作:STUDIO4℃
配給:東宝映像事業部
監督:渡辺歩
キャラクターデザイン・総作画監督・演出:小西賢一
原作:五十嵐大介
脚本:木ノ花咲
プロデューサー:田中栄子
音楽:久石譲
第38回日本漫画家協会賞優秀賞、第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞をそれぞれ受賞した五十嵐大介の同名海洋冒険ファンタジー・コミックのアニメ映画化。監督は短編「帰ってきたドラえもん」(98)、長編「映画ドラえもん のび太と緑の巨人伝」(2008)などのドラえもん映画や「宇宙兄弟#0」(2014)の渡辺歩。声の出演は「円卓 こっこ、ひと夏のイマジン」の芦田愛菜、「リメンバー・ミー」の吹替を務めた石橋陽彩、「トモダチゲーム」の浦上晟周、「レディ・プレイヤー1」の森崎ウィンに、周りを蒼井優、田中泯、富司純子らベテランが固める。アニメーション制作は湯浅政明監督「マインド・ゲーム」(2004)等のSTUDIO4℃。
自分の気持ちを言葉で表すのが苦手な中学生の安海琉花(声:芦田愛菜)は、酒浸りの母・加奈子(声:蒼井優)とも距離を置き、その上学校では部活でチームメイトと揉め、相手に怪我を負わせてしまう。夏休みの間、家にも学校にも居場所がなくなった琉花は、父・正明(声:稲垣吾郎)が働く水族館に足を運ぶ。そこで琉花はジュゴンに育てられたという不思議な少年・海(声:石橋陽彩)に出会い、また海辺ではその兄の空(声:浦上晟周)と出会う。二人と行動を共にする内に、琉花は見た事のない不思議な世界に触れて行く。一方、三人の出会いをきっかけに、地球上では様々な現象が起こり始める…。
これは…何とも言葉では言い表せないほどの美しく壮大なファンタジーであり、シュールで哲学的な問題作である。
とにかく不思議な作品で、レビューでは賛否両論。だが私は、これは本年を代表するアニメーションの傑作だと思う。
(以下ネタバレあり注意)
物語は、一人の中学生の少女・琉花が、ジュゴンに育てられたという二人の少年、海、空と出会い、彼らに導かれて海の生き物たちと触れ合ったり、見た事のない不思議な体験を経て、少し大人になって行く、というお話である。
しかしこの映画が凄いのは、まず第一にビジュアルの素晴らしさで、その緻密な映像美(注1)は惚れ惚れするほどに美しく、荘厳で圧倒される。物語を度外視して、その映像を眺めているだけでも料金分の値打ちはある。
第二に、打ち出されるテーマの奥深さである。物語は謎に満ちており、最後までその答は提示されない。二人の少年、海と空はどこから来たのか。何故長く生きられないのか、海と空の秘密に関わるジム、アングラード、デデたちは何者なのか、深海魚が港に打ち上げられたり、近海に巨大なザトウクジラが現れたりといった奇妙な現象は何を意味するのか。
そうしたいくつもの謎を通して、やがて提示されるのは、“人間はどこから来たのか、どこへ行こうとしているのか”という、これまでも語られて来た哲学的命題である。
研究者たちは、宇宙も海も深遠な謎に満ちており、その90%は未だ人間の手では解明されていないと言う。とすれば、宇宙と海が深く関わるこの映画が謎に満ちているのも当然と言えよう。二人の少年の名前が空と海であるのも象徴的である。
生命はどうやって生まれて来たのかすらも謎である。映画の中では、宇宙の果てから地球に飛来した隕石に含まれていた生命の萌芽が海に落ち、それが永い時間を経過して進化したのが地球の生き物であるとの説が語られる。
デデは、隕石は精子であり、地球の海は子宮であると言う。隕石が海に落下する事で受精し、母体である海で命が育まれたという事なのだろう。
少年・海が“人魂”と呼ぶ隕石の落下を契機として、いくつもの超常現象が起き、やがて海中にて「誕生祭」と呼ぶ壮大な祝祭が行われる。そのクライマックスの美しい映像美には息を呑む。
恐らくは、遥か悠久の古代における生命の誕生、その進化を象徴しているのだろうが、時にはまるで宇宙の果ての銀河の誕生や星々の輝きのようにさえ見える。
まさしく、宇宙も深海も、生命の源という点ではリンクしているという事なのだろう。
琉花はそうした誕生祭の美しい光景を目撃して歓喜に震え、そして空や海の、短い命の終焉に立会う事となる。その別れのシーンは切なく哀しい。
そうしたひと夏の短くも美しい経験を経て、琉花の心は大きく変る。夏休み前はちょっとした事で、母や友人に対して腹を立てたり怒ったりスネたりしていたけれど、宇宙及び底深い海の広大さに比べて、人間はなんとちっぽけな存在であるかを知り、これまでの自分を反省する。夏休みが終わり、琉花はやがて喧嘩した友人と仲直りし、母とも和解した事が暗示される。
エンドロール後には妹(=新しい命)の誕生に立会い、臍の緒を切るという大役も任される。
この物語はまた、琉花の人間としての成長物語でもあるのである。
観終わって、しばらくは席を立てなかった。凄いものを観た…というより未知の体験した、と言うべきか。とにかく感動した。今の所、アニメとしては本年の最高作である。
ラストの誕生祭の映像は、スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」のスターゲイト突入シーンを連想させるが、思えば他にも「2001年-」に似た箇所がいくつかある。
「2001年-」では、ディスカバリー号が木星に到達した後、ボウマン船長の乗ったポッドが木星に向かい、やがてスターゲイトに導かれるわけだが、一説ではまるでペニスを思わせる形状のディスカバリー号から放出されたポッドは精子、木星は母体の子宮を象徴しており、両者がドッキングして受精し、そして巨大な赤ん坊(スターチャイルド)が誕生する事となるわけで、これは本作の隕石=精子、地球=子宮モチーフと対応している。こちらのラストでもちゃんと赤ん坊が誕生しているし。
「2001年-」も公開当時は難解だ、ワケが分からないと文句を言う評論家や観客が多かったが、今では映画史に残る傑作という評価が定着している。
本作も、いずれは高く評価されると確信している。
あまりの素晴らしさに日をおいて2回も観てしまった。2回目で、1回目では見過ごしてしまったシーンを見つけたり、新たな発見(注2)もあり、ますます好きになった。本当に何度でも観たくなる、素敵な魅力に満ちたこれは傑作である。1回観て分からなかった方も、いろんな情報を仕入れた上で是非再見して欲しい。必見である。
監督の渡辺歩についても言及しておくと、1990年代前半より映画「ドラえもん」の作画監督を担当し、1998年からは長編「ドラえもん」に併映された25~8分程度の短編の監督を5年連続担当し、これは原作の中でも特に感動的なエピソードを描いたもので、中でも1998年の「帰ってきたドラえもん」、2000年の「おばあちゃんの思い出」はいずれも泣ける感動作として高い評価を得た。ちなみに「帰ってきたドラえもん」、及び1999年の「のび太の結婚前夜」で描かれた物語は、後に2014年に山崎貴監督による3DCGアニメ「STAND BY ME ドラえもん」にもそのまま登場している。その後「 映画ドラえもん のび太の恐竜2006」(2006)で長編監督としてもデビューし、計4本ほど長編を監督しているが、最近はTVアニメが主力で映画とはご無沙汰だった。
久しぶりの長編劇場映画で大飛躍した渡辺監督、今後の活躍も大いに期待したい。 (採点=★★★★★)
(注1)
2度目に観て改めて驚嘆したのだが、ほんの数秒だけの海の遠景も丁寧にきめ細かく描き込まれていたり、海中の魚の動きも、CGを使ってるのだろうが実に滑らかな動きである。さらに琉花の家の玄関扉に錆が浮いていたり、道路や橋の欄干のペンキの剥げ等、細部まで徹底したリアリズムで統一されている。さすがはこれまで優れたアニメを発表して来たSTUDIO4℃制作だけの事はある。これは総作画監督と演出を担当した小西賢一の功績も大きいものと思われる。この方の名前も覚えておくべきだろう。
(注2) これも2度目に観て発見したのだが、琉花の目が他のキャラクターに比べて異様に大きい(右)。まるで「アリータ バトルエンジェル」のアリータである(笑)。
これはひょっとしたら、琉花も海たちと同じ、特殊な能力を持っている事を暗示しているのではないだろうか。実際琉花
が小さい時、水族館で彼女がガラス面に近づくと魚たちが一斉に寄って来たりしているし、中学時代でもハンドボールの練習で「私は飛べるんだ!」と宣言し、並外れた身体能力を見せつけてもいる。
海中で、かなりの長時間潜っていた事もそれなら納得である。選ばれた形で琉花が「誕生祭」に参加出来たのも、それ故なのだろう。
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