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2019年6月12日 (水)

「長いお別れ」

Longgoodbye 2019年・日本/ドラゴンフライエンタテインメント
配給:アスミック・エース 
監督:中野量太
原作:中島京子
脚本:中野量太、大野敏哉
エグゼクティブプロデューサー:豊島雅郎、福田一平
プロデューサー:原尭志、井手陽子

直木賞作家・中島京子の認知症を患った父と家族との交流を描いた同名小説の映画化。監督は「湯を沸かすほどの熱い愛」の中野量太。出演は、「家族はつらいよ」シリーズの蒼井優、「クリーピー 偽りの隣人」の竹内結子、「ゆずの葉ゆれて」の松原智恵子、「モリのいる場所」の山﨑努。

2007年秋。東京郊外の東家の母・曜子(松原智恵子)は、アメリカで暮らす長女・麻里(竹内結子)、スーパーで働く次女・芙美(蒼井優)に電話をかけ、夫・昇平(山﨑努)の70歳の誕生パーティーに誘う。そこで曜子が娘たちに告げたのは、中学校校長も務めた厳格な父が認知症になったという衝撃の事実だった。昇平の症状は日ごとに進み、自宅にいるのに「帰る」と言って家を出て行ってしまったりする。また、麻里は慣れないアメリカ生活に加えて息子・崇(杉田雷麟)の不登校、芙美もカフェ経営の夢も恋人との関係も思い通りにならず、それぞれに悩みを抱えていた。そんな中、曜子は気丈に認知症の夫の世話を続け、明るく振舞っていたが…。

またまた認知症がテーマの映画の登場である。ただし原作者は山田洋次監督で映画化された直木賞受賞作品「小さいおうち」の中島京子、監督が「湯を沸かすほどの熱い愛」が高く評価された中野量太という共に実績のある作家の組み合わせ。これは期待したくなる。

(以下ネタバレあり)

原作は、中島京子自身の10年に亘り父を介護した実体験に基づくもので、私は原作を先に読んでいるが、感動させられた。映画化に当たって中野監督は、原作の10年という期間を7年に短縮し、また娘たちの人数を3人から2人に減らしている。その分物語がシンプルに凝縮され、見応えのある力作になっている。

中野監督作品はこれまで「チチを撮りに」(2012)、「湯を沸かすほどの熱い愛」(2016)の2本を観ているが、どちらも、気丈な母と娘との親子愛、肉親の死への向き合い方、ある目的を持った旅、随所に配されたさりげないユーモア、そして全体としては熱い家族愛、がテーマとなった秀作だった。

本作は監督にとって初の原作ものだが、にも拘らず、前述の過去の中野監督作品と共通する物語展開、テーマがちゃんと浮かび上がって来る。
こちらもまさしく、しっかり者の母、父(親)との別れの日までの向き合い方、重いテーマにも拘らず、どことなく漂うユーモア、そして家族愛が描かれているし、父の故郷への旅もちゃんと登場する。

聞けば本作のプロデュサーを担当した原尭志が誰に監督を任せるか考えている時、「チチを撮りに」を観て、本作の原作と共通する匂いを感じて中野監督にオファーしたのだそうだ。さすがの慧眼である。

 
物語の出だしは2007年。母・東曜子は夫・昇平の誕生祝いと称して娘たちを集めるが、そこで昇平が半年前から認知症の症状が出始めた事を伝える。娘たちは驚くが、曜子は自分が昇平を介護すると伝える。こうして、東家の認知症の父を見守り、おくるまでの7年間の奮闘の日々が始まる事となる。

映画は、以後2年ごとに時間を経過させ、昇平の認知症の進行具合と併せて、母と2人の娘の、3人それぞれの家族模様が描かれる。

母・曜子は、夫の認知症という難事を抱えながらも暗くならず、努めて明るく振舞っている。このポジティブな生き方は、「湯を沸かすほどの熱い愛」における、余命宣告を受けながらも明るく生きる母・双葉(宮沢りえ)の姿に通じるものがある。娘たちも仲が良く、それぞれ難題を抱えながらも協力し合って母を助けようとする。この家族の絆の強さをじっくりと丁寧に描く中野監督の演出は相変わらず見事である。

2009年。昇平は自宅にいるのに、何度も「帰る」と言い出す。認知症で自分の家も分からなくなったと家族は嘆息するが、麻里たちはふと、昇平はもしかしたら生まれ育った家に帰りたがっているのではないかと思い直し、家族4人と孫の崇も連れて田舎の生家に向かう。

この、田舎でののんびりした空気感がいい。昇平もどことなく満足している様子が窺える。芙美は縁側で父と並んで座っているうち、父に自分の失恋に関する悩み打ち明ける。これに対して昇平は「そうくりまるなよ。そういう時はゆーっとするんだ」と答えるのである。
意味は不明だけれど、ニュアンスとして「焦らずに、心にゆとりを持ちなさい」とアドバイスしているようにも聞こえる。
認知症で正常な判断は出来ないのだろうけれど、それでも娘を思う父の気持ちが自然に出て来たのだろう。これには感動しホロッとなった。

もう一つ、感動するシーンがある。2011年、またもや昇平がいなくなり、幸い持たせていたGPS付携帯で昇平が遊園地にいる事が判る。駆けつけた曜子たちはそこで、知らない子供たちと楽しそうにメリーゴーラウンドに乗っている昇平を発見する。
本作の冒頭、小さな子供2人がメリーゴーラウンドに乗ろうとするが、係員に大人の付き添いがいないとダメと言われ、親に黙って来た子供たちは思案するが、やがて園内でカラフルな3本の傘を持った昇平を見つけるというシーンが登場する。
そこから時代は2007年に遡り、観客がこの冒頭シーンを忘れかけた終盤に至ってやっとこの続きが描かれるわけだが、原作では冒頭に登場するこのくだりを映画ではラスト間際のクライマックスに持って来ており、この改変が見事成功している。
実は昔麻里たちが小さい頃に遊園地で遊んでいる時、昇平が雨が降りそうだからと傘を持って迎えに来た事があったのだそうだ。
認知症でほとんどの記憶を失ってはいても、子供たちを思う心は今も消えてはいない。見知らぬ子供たちとメリーゴーラウンドに乗る昇平はとても楽しそうで、この時昇平の心は娘たちと遊んだ遥か昔に戻っているのだろう。このシーンには不覚にも泣いてしまった。

本作のキャッチコピーは「だいじょうぶ。記憶は消えても、愛は消えない」であるが、まさしくその事を示す、記憶に残る素敵な名シーンである。

昇平はその後日増しに体が衰え、大腿骨を骨折して寝たきりとなり、そして最期の日が近づいた事が暗示される。
だが映画はそこから飛んで、アメリカの高校で崇が校長室に呼ばれるシーンへと移る。

校長は優しい人で、不登校の崇を責めたりはせず、何でもいいから最近の出来事を話しなさいと言う。そこで崇は、祖父が記憶を無くする病の末に、先日亡くなった事を告げる。
校長は、「それは認知症で、アメリカでは“長いお別れ”(Long Goobye)とも言う。家族は長い時間をかけてお別れをするのだ」と崇に語る。題名はそこから来ている。

この言葉にはグッと来た。そうなのだ、認知症の発症から死までの期間とは、本人と家族とがゆっくりと時を重ねてお別れする期間でもあるのだ。
その長いお別れの期間を、家族はおろそかにしてはいけない、大切に、心を込めて過ごすべきである、という本作のテーマは、強く心に沁みた。

映画的創作で面白いと思ったのは、昇平が本を読む時、落ち葉をしおりに使っている点で、次女の芙美も落ち葉のしおりを使っていたような気がする。
そしてラストで、孫の崇が校長室を出た後、床に落ちていた葉っぱを拾うシーンがある。この葉っぱはまだ青い。
これは、家族の心の繋がりが昇平から娘、そして孫へと受け継がれて行く事を暗示しているのだろう。

 
つい先日も、認知症になった祖母と孫との交流を描いた「ばあばは、だいじょうぶ」を観たばかりだが、本作もまたラストでが重要な役割を果たしていたのが興味深い。2作がほぼ同じ時期に公開されたのも何かの縁だろう。

個人的な事になるが、私の父も認知症になり、しかも本作の昇平と同じく大腿骨を骨折して寝たきりになり、それからほどなくして亡くなったので、余計心が揺り動かされた。振り返れば、お別れまでの間、もっと父を大事にしてあげれば良かったと思い、余計涙が出た。

昇平を演じた山﨑努が素晴らしい。時間経過と共に、次第に心が壊れて行く様を表情、動作、メイクで見事に表現していた。また妻を演じた松原智恵子も名演だった。

温かさと感動と、そして愛に満ちた、認知症映画の新たな傑作の誕生である。家族に認知症の老人がいる方、年老いた両親を持つ方は必見である。本年度のベスト上位に入るのは確定であろう。 (採点=★★★★☆

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(付記)
昇平がいつも読んでいる本の中に漱石の「こころ」があったが、実はラストでアメリカ人の校長が読んでいたのも、英訳された「こころ」だった。これも“の繋がり”を強調する意図なのだろう。ただ気持ちは分かるが、少しくどい気がしないでもない。

(おマケ)
松原智恵子扮する曜子がいつも坂本九の「上を向いて歩こう」を歌っている。彼女の明るくポジティブな生き方を強調する狙いもあるのだろう。その彼女が終盤網膜剥離の手術を受け入院するのだが、歩けるようになっても眼にガスが溜まらないようにという事でずっと下を向いて歩いているのがなんともおかしい。

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コメント

今年、約2年間認知症だった母を亡くしました。そのためこの2年間は映画館に行く回数が減り、亡くなってしばらくしてからやっと私は外出するようになりました。

そういう思いを込めてレビューを書きました。


https://note.mu/tanipro/n/nd8711d1a28ab

投稿: タニプロ | 2019年9月 1日 (日) 00:13

◆タニプロさん
お母様のご逝去、お悔やみ申し上げます。
介護大変でしたね。私も一昨年、認知症の母を看取りましたので、お気持ちよく分かります。まあ私の所は兄弟4人が交代で世話しましたので、タニプロさんほどの苦労はありませんでしたが。
リンク作のレビューも読ませていただきました。やはり、家族に認知症の者がいるとこの映画、見てて身につまされ、涙が出ますね。
3本の傘のシーンは、私も泣きました。
DVDが出れば、手元に置いておきたいですね。いつまでも心に残る、素敵な秀作でした。

投稿: Kei(管理人) | 2019年9月 4日 (水) 23:24

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