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2019年7月 6日 (土)

「新聞記者」

Shinbunkisha 2019年・日本/スターサンズ 
配給:スターサンズ、イオンエンターテイメント 
監督:藤井道人
原案:望月衣塑子、河村光庸
脚本:詩森ろば、高石明彦、藤井道人
音楽:岩代太郎
企画・製作・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸

東京新聞記者・望月衣塑子の同名ベストセラーを原案とした、権力中枢の闇に迫る新聞記者の活動を描くポリティカル・サスペンス。監督は「デイアンドナイト」の藤井道人。主演は「怪しい彼女」のシム・ウンギョン、「孤狼の血」の松坂桃李。共演は「空母いぶき」の本田翼、「デイアンドナイト」の田中哲司、他。

東都新聞の社会部記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)の元に、ある日、大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届く。その真相を突き止めるべく、吉岡は調査を開始する。一方、内閣情報調査室官僚・杉原(松坂桃李)は、「国民の為に尽くす」という信念とは裏腹に、現政権に不都合なニュースをコントロールする現在の任務に葛藤していた。愛する妻(本田翼)の出産が迫る中、杉原は尊敬する昔の上司・神崎(高橋和也)と久々に再会するが、その数日後、神崎はビルの屋上から投身自殺をしてしまう。真実に迫ろうともがく女性記者と、政権の“闇”の存在を知り、選択を迫られる杉原。そんな2人の人生が交差する時、ある真実が明らかになる…。

原作者は東京新聞所属の現役新聞記者である望月衣塑子で、彼女が取材した現実の政治事件が、フィクションである本作の随所に巧みに取り入れられ、そんな事件に関心のある観客なら、ああ、あの事件ねとすぐに連想出来る仕掛けになっている。
「内閣府の主導で進められた大学新設計画」、「省庁内での情報隠ぺい」、「官僚の飛び降り自殺」、「何故か起訴猶予になったレイプ事件とその被害者の顔出し会見」、「ある退職官僚が内部告発をしようとした直前、大手新聞がその官僚の性的趣向を記事にして潰しにかかる異様さ」
どれも思い当たるニュースばかりである。そして映画は、その背後に政権を守る為に情報操作する、内閣情報調査室の恐ろしい暗躍があったと暴露するのである。

いやあ、これ近年まれに見る、国家権力を痛烈に批判する社会派ドラマではないか。よくまあこれがシネコンも含めた多くの劇場で一般公開されたものである。製作会社、及び配給会社(後述)の英断に敬意を表したい。


(以下ネタバレあり)

物語は、東都新聞に届いた匿名のファックスから始まる。そこにはある大学の新設計画に関する極秘情報が載っていた。同社の社会部記者・吉岡は取材を開始する。

そして一方の主人公は、内閣情報調査室に勤務する杉原である。彼は省庁に所属する官僚であったが、今はここに出向させられている。
杉原は、国の行政機関は国民の為に尽くすべきという信念を抱いていたが、内閣情報調査室の上司・多田(田中哲司)は政権に不都合なニュースを都合のいいようにコントロールする権限を持ち、杉原にその任務を与える。簡単に言えばフェイクニュースをマスコミにバラ撒き、政権に楯突く人間を潰すべく情報操作・隠蔽を行うわけである。なるほど、上に挙げたような事件はすべてそんな政府側の裏機関が糸を引いていたなら辻褄が合う。そんな現在の任務に、杉原は葛藤する。

そんなある日、杉原が尊敬していた元上司・神崎(高橋和也)が投身自殺する。その謎を探るうち、杉原は神崎が極秘情報を新聞社に送った事を突き止める。そして同じく情報源を追っていた吉岡記者と出会い、やがて二人は共同して、事件の裏に隠された真相究明、新聞への記事掲載による暴露へと物語は急展開して行く。

杉原を演じる松坂桃李がいい。官僚としての任務と正義感とのはざまで心が揺れ動きつつ、神崎の無念を自らの思いに重ね、最後に自分のキャリアを賭けてまでも、正義を貫く姿に心打たれる。
そして何より、多田を演じる田中哲司がコワい。官僚機構のダークサイドを象徴する不気味なリアリティがある。今年の助演賞候補だろう。
多田は、この国の民主主義は、形だけでいい」と平然と嘯く。やりたい放題の政権に、本来、権力を監視する役割を持つはずのマスコミの今の体たらくを見ていると、確実に、この国の民主主義は形骸化しつつある気がする。

記者・吉岡を演じるシム・ウンギョンも頑張ってはいるが、やはり日本語は少したどたどしく、それをカバーする為彼女が日本人の父と韓国人の母の間に生まれ、アメリカで育ったという設定にしてあるのだが、ちょっと無理がある。内容が内容だけに、日本人の女優で演じられる人が見つからなかったのだろうか。残念である。

難点もある。内閣府主導の新大学設置計画が、実は大学で生化学兵器の研究を行う事が目的だった、というのは少々荒唐無稽な気がしてリアリティがなさすぎる。現実に似てしまうと権力側から睨まれないか、という忖度が働いたのだろうか。ちょっと残念。

ラストもやや不得要領。杉原は妻子を人質に取られた形で権力に屈したのかどうか。どう取るかは観客に委ねたのかも知れないが、どうせフイクションにしたのなら、この新聞報道で総理大臣が辞任、くらいの爽快なハッピーエンドにした方が良かったのだが。まあ権力は強大かつ狡猾で勝てない、という黒澤明監督「悪い奴ほどよく眠る」に倣ったのなら分からないでもないが。

 
そんな難点もあるが、それでも絶えて久しかった、政治権力の闇に切り込む社会派作品が久しぶりに登場した意義は大きい。

昔は、山本薩夫監督「金環蝕」「不毛地帯」、熊井啓監督「日本列島」「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」など、国家権力の横暴、政財界の闇を鋭く批判する社会派ドラマはいくつも作られていたが、そんな骨のある監督もいなくなり、社会派的問題作もほとんど作られなくなった現在、本作が登場した事はとても嬉しい。とにかく作られた事に意義がある。今後もそんな作品が登場する事を期待して、採点は大甘で。   (★★★★☆

なお本作、結構観客が詰めかけているようで、ミニシアターのシネ・リーブル梅田では満員札止めの回も出て来ているそうだ。喜ばしい事である。是非多くの人に観て欲しい。

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(付記1)
本作を企画・製作したプロデューサーは河村光庸氏。製作会社スターサンズの代表者で、これまで「かぞくのくに」(2011・ヤン・ヨンヒ監督)、「二重生活」(2016・岸善幸監督)、そして話題作「あゝ、荒野」(2017・岸善幸監督)と秀作・力作を作って来た。そして本作である。監督の起用にも独特の嗅覚があるようである。みんな新人で、それぞれ監督の代表作となっているのが素晴らしい。今後も注目しておきたい。

(付記2)
ちなみに、スターサンズと共同で本作を配給したのが、「ばあばは、だいじょうぶ」の記事でも取り上げたイオンエンターティメント。他にも、異色の問題作「岬の兄妹」など、普通ならシネコンではかからない地味な秀作をイオン系シネコンで公開してくれているが、今回もまたまたやってくれました。本作が初登場で興行収入ベスト10位に入ったのも、イオン系シネコンでの上映が貢献してるのだろう。えらい!頑張れ、イオン。

 

(さらに、お楽しみはココからだ)

本作の冒頭で、新聞社に届いたFAXの表紙に、羊のイラストが描かれていた。後に自殺した神崎の部屋から同じようなイラストが描かれた画帳が出て来た事でFAXを送ったのが神崎である事が判るのだが、FAXの羊は、何故か黒メガネをかけている。

Hokoritakakichousen これで私が連想したのが、深作欣二監督の初期の隠れた傑作「誇り高き挑戦」(1962)である。
これは当時としては、また娯楽映画を量産していた東映としては珍しい権力の闇の部分を描いたポリティカル・サスペンスドラマで、主人公は元大手新聞の記者だったが今は小さな業界新聞の記者をやっている男・黒木(鶴田浩二)。彼は戦後のGHQの汚職事件を記事にしようとして握りつぶされ、リンチを受け、新聞社も辞めざるを得なくなったた過去があり、その時の傷を隠す為いつもサングラスをしている。物語は黒木が、ある兵器産業の武器不法輸出を突き止め、記事にしようとするが、裏組織が動いて秘密を知る男が暗殺され、記事も闇に葬られる、というスリリングな展開。

深作のダイナミックな演出が冴える秀作だった。東映でよくまあこんな社会派ドラマ(作りはアクション・エンタティンメントだが)が作られ公開されたものだと感心した。情けないのは当時の保守的映画評論家が「こんな反米映画を作るとはけしからん」と批判し、これに深作監督が映画雑誌で猛反論するというおマケまでついた。今では深作の初期の代表作として高く評価されている。

Hokoritakakichousen2 で、本作との関連で言うと、どちらの作品も主人公が新聞記者で、政財界の闇の部分を調べ記事にしようと奮闘する物語という共通点がある。
そして「誇り高き挑戦」では、主人公がいつもサングラスをしている点が重要。黒木はラストで、国会議事堂をキッと睨み、サングラスをはずす。まだ戦うぞと言う決意を示す印象的な幕切れだった。で、本作のラストシーンにも、国会議事堂がちゃんと登場している。

本作の羊がサングラスをしているのは、おそらくプロデューサーか監督が「誇り高き挑戦」を観ていて、本作はこの作品にオマージュを捧げていますよ、というサインではないかと私は思うのである。サングラスは反権力の象徴、と考えれば、羊のサングラス、十分意味があるのである。

 

DVD「誇り高き挑戦」

 

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コメント

書き込み有り難う御座いました。(レスは、当該記事のコメント欄に付けさせて貰いました。)

主役の女性に“日本人”では無く、“韓国人”の俳優が起用された理由、何と無くそんな気がしていましたが、Kei様からの情報で「矢張りな。」と思いました。此の手の作品に“不都合さを感じる組織”が色々圧力を掛けているとしたら、本当に許されない事だし、そんな状況下、出演を決めた松坂桃李氏の“気骨”に惚れました。

最近、イオン系のシネコンは、他では取り上げない様な良い作品を上映してますね。(元民主党の岡田元幹事長の兄上がイオン・グループの総帥という事も、此の“挑戦的な作品”を上映出来た理由かも知れませんが。)応援したいです!!

結末、自分も消化不良な感じがしました。観客に判断を委ねる・・・という事なのでしょうが、彼が“日和った”ならば、そういう形をハッキリ打ち出した方が、作品により深みが出た様に感じます。

投稿: giants-55 | 2019年7月10日 (水) 01:16

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