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2019年7月21日 (日)

「さらば愛しきアウトロー」

The-old-man-the-gun 2018年・アメリカ/ワイルドウッド・エンタープライズ
配給:ロングライド 
原題:The Old Man & the Gun 
監督:デビッド・ロウリー
原作:デビッド・グラン
脚本:デビッド・ロウリー
製作:ジェームズ・D・スターン、ドーン・オストロフ、ジェレミー・ステックラー、アンソニー・マストロマウロ、ビル・ホルダーマン、トビー・ハルブルックス、ジェームズ・M・ジョンストン、ロバート・レッドフォード

1980年代、アメリカ各地で銀行強盗と脱獄を繰り返した実在の人物を主人公にした犯罪ドラマ。監督は「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」のデビッド・ロウリー。主演は本作で俳優を引退すると語る名優ロバート・レッドフォード。共演は「歌え!ロレッタ 愛のために」のシシー・スペイセク、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」のケイシー・アフレック、「リーサル・ウェポン」シリーズのダニー・グローヴァーなど。

'80年代のアメリカ各地で、微笑みながら礼儀正しく、ポケットに入れた拳銃をチラリと見せるだけで誰ひとり傷つけず、2年間で93件もの銀行強盗をやってのけた74歳の老人がいた。彼の名はフォレスト・タッカー(ロバート・レッドフォード)。事件を担当するジョン・ハント刑事(ケイシー・アフレック)も、彼を執拗に追いかけながらも、いつしか彼の生き方に魅了されて行く。ある時フォレストは逃走途中、車がエンストし困っていた、謎めいた女性ジュエル(シシー・スペイセク)を、逃走のカモフラージュ目的もあって自分の車に乗せる。以後二人は急速に親しくなり、淡い恋心が芽生えて行く。そんな時、フォレストは仲間のテディ(ダニー・グローヴァー)とウォラー(トム・ウェイツ)と共に、金塊を狙った大仕事を計画、まんまと成功させるが、ハント刑事たちによる捜査網は確実に彼らに迫っていた…。

ハリウッド屈指の美男俳優として人気を集め、後には監督業にも進出し、また一方若手映画作家を育成するサンダンス・インスティチュートを設立・運営する等、常にアメリカ映画界を牽引して来たロバート・レッドフォード。

出演作には、アメリカン・ニューシネマの傑作「明日に向かって撃て!」や同じジョージ・ロイ・ヒル監督の犯罪詐欺もの「スティング」、ダスティン・ホフマンと共演の政界の不正を暴く新聞記者もの「大統領の陰謀」もあるし、恋愛人間ドラマ「雨のニューオリンズ」「追憶」、野球がテーマの「ナチュラル」もありと実に多彩で、どれも映画史に残る傑作ばかりである。監督としても第1作「普通の人々」でいきなりアカデミー作品賞、監督賞を受賞。以後もブラッド・ピットをブレイクさせた「リバー・ランズ・スルー・イット」など、計10本の監督作を送り出した。

まさに、ハリウッドの生ける伝説と言っても過言ではない。

そんな彼も今や82歳。本作で俳優業を引退すると宣言したという事で話題になっている。近年は間近でお顔を見ると、失礼ながらシワがすごく多い(笑)。美男が売りだったレッドフォードにすれば、こんな顔を観客に晒すのは忍びないという思いもあるだろうし、シワが多くても童顔だから、最近のクリストファー・プラマーみたいな渋い老人役も似合わない。そんな事情もあっての引退宣言だろう。まあ仕方がない。長い間ご苦労様でしたとねぎらいたい。

(以下ネタバレあり)

そんな彼の引退記念(?)作は、実在した銀行強盗の半生を描いた本作。銀行ギャングものと言えば、ニューシネマの金字塔「俺たちに明日はない」(アーサー・ペン監督)やアル・パチーノ主演の「狼たちの午後」(シドニー・ルメット監督)、西部劇では「ワイルドバンチ」(サム・ペキンパー監督)と、こちらも映画史に残る秀作が多いが、どれも作られた時代('60年代末~'70年代初)を反映してか、バイオレンス描写もあれば人が殺されるハードな描写もあったりで、殺伐としたイメージがある。

ところが本作の主人公フォレスト・タッカーの銀行強盗シーンは、それら作品とはまるで違って、常に微笑みながら窓口や支店長室でチラッと内ポケットの拳銃を見せ、金を受け取ると礼を言って悠然と出て行く。その礼儀正しく紳士然とした態度に、応対した窓口係も支店長も全然憎めない感じ。窓口係の女性なんかウットリみつめて非常ベル押すのも忘れるくらい(笑)。

実は持っている拳銃も、弾は込められていないので、当然ながら一度も人を傷つけた事もない。

警察が動き出しても、耳には警察無線を傍受出来る受信機のイヤホンを付けていて、警察の動きの裏をかいて悠々逃げ延びる。

なんともトボけた、おおらかな銀行強盗である。これがほぼ実話というから驚く。

フォレストは十代の頃から、現在の老境に至るまで強盗を繰り返し、その間16回も逮捕されては脱獄を繰り返している。

何故そこまで、老人になっても銀行強盗を繰り返すのかと言えば、彼の信念は「楽に生きるのはつまらない、楽しく生きたい」という事なのだと言う。

だから、銀行強盗も、いかに楽しく実行するか、が行動理念となっている。“人生は、楽しく生きなければ意味がない”とでも言いたそうだ。

こうした余裕ある生き方を貫いているから、謎の美女ジュエルも、事件を担当するジョン・ハント刑事も、いつの間にか彼に魅了されて行く。ハント刑事の捜査も、どこかのんびりしていて、彼を捕まえたいような、捕まえたくないような印象を受ける。ハント刑事を演じるケイシー・アフレックがいい味を出している。

デビッド・ロウリー監督の演出もそんなフォレストの生き方に合わせてか、ゆったりと、そしてレッドフォードの持ち味を最大限に生かし、なんとも楽しい作品に仕上げている。
若き日のフォレストの脱獄等の回想シーンでは、レッドフォードが若い時に出演した映画のシーンを引用する等のお遊び心も取り入れている。若くハンサムなレッドフォードの顔が見られるのも楽しい。

終盤、フォレストとジュエルが映画館で観ている映画は、アメリカン・ニューシネマの隠れた秀作「断絶」(71・モンテ・ヘルマン監督)である。興行的には惨敗して今では知る人も少ないが、一部ファンや評論家からは熱狂的な支持を得ている。
サンダンス・インスティチュートを主宰し、インディーズ系映画に熱い視線を送る、そしてアメリカン・ニューシネマで一流俳優となったレッドフォードらしいチョイスである。

結末がちょっと驚かされる。逮捕され服役し、刑務所を出所したフォレストは、もう老人であるのに、そしてジュエルとの優雅な老後を過ごせるはずなのに、またしても銀行強盗に出かけるのである。
これもまた、「楽に生きるより、楽しく生きる」事を望む、彼なりの生き方なのだろう。

レッドフォード俳優引退作に相応しい、粋で、ちょっと愛おしくなる佳作であった。

 
…と、一応は引退宣言はしているが、なに、あのクリント・イーストウッドも「グラン・トリノ」発表の時、これで引退とか言ってたのに、その後も映画に出続けている。役柄に合った作品があれば、引退撤回もあり得るだろう。なにせ本作で彼が演じたフォレスト・タッカーも、年老いても引退などせず、“生涯現役”を貫いてることだし。

それで思い出したが、そのイーストウッドが監督・主演し、今年公開された「運び屋」と本作とは、いろんな点で共通点がある。
どちらも実話がベースになっているし、どちらの主人公も、80歳を超えた老人になっても、犯罪から足を洗おうとしない。イーストウッド扮するアールもフォレストと同じく、結構楽しんで仕事をやっている(モーテルで2人の女とセックス楽しんだり)。そしてどちらも、警察もどこかのんびりした捜査ぶりでなかなか捕まえられないし犯人の老人に親近感を抱いている風でもある。音楽まで、どちらもカントリー系のものを使っている。
イーストウッドもレッドフォードも、俳優から監督に転身し、それぞれアカデミー作品賞、監督賞を受賞している。老人になっても、コンスタントに映画作りを続けている点でもよく似た二人と言えるだろう。
この2本が、同じ年に公開されたのも、不思議な巡り合せと言えようか。   (採点=★★★★☆

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(付記1)
本作の原題は"The Old Man & the Gun"(老人と銃)である。この題名で連想するのは、ヘミングウェイ原作でスペンサー・トレイシー主演で映画化された「老人と海」(原題:"The Old Man and the Sea"、監督:ジョン・スタージェス)である。
The-old-man-and-the-sea この作品も、年老いても今なお海に出て、不漁が続いても諦めず、カジキを捕獲する事に生きがいを感じている老人が主人公である。
どちらも、老人になっても、楽に生きようとはせず、自分の生きがいとする事を、死ぬまで成し遂げようと奮闘する男の物語である。この題名にしたのは、「老人と海」をオマージュしている事もあったのではないか。
そう言えば本作の中でも、フォレストが脱獄の為、粗末なヨットを作って海に漕ぎ出すシーンがあった。

(付記2)
フォレスト・タッカーと言う名前、どうも聞いた事があるなと思って調べたら、同姓同名(スペルも同じ)の映画俳優がいた。

1919年生まれで、 1986年10月に67歳で亡くなった、戦前から活躍していたアメリカの俳優である。
出演作は多いが、多くがB級映画で、ごくたまに名作として語り継がれている作品もある程度。
出演作品名を挙げると、デビュー作こそゲイリー・クーパー主演の名作「西部の男」 (1940)だったが、以後は「西部の掠奪者」 (1948)、「西部を駆ける勇者」 (1949)、「ミズーリ大平原」 (1953)、「テキサス街道」 (1954)、「硝煙のユタ荒原」 (1955)、「拳銃でいこうぜ! 」 (1958)と圧倒的にB級西部劇が多い。そんな中、「子鹿物語」 (1946・クラレンス・ブラウン監督)とか、ジョン・ウェイン主演の2本の作品「硫黄島の砂」 (1949)、西部劇「チザム」 (1970)での共演が目立つ程度。

名前で検索すると、むしろこっちの映画俳優の方でヒットする事が多い。紛らわしいので調べる時は注意が必要。一応参考まで。

 

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