「シークレット・スーパースター」
2017年・インド/アーミル・カーン・プロ、他
配給:フィルムランド、カラーバード
原題:Secret Superstar
監督:アドベイト・チャンダン
脚本:アドベイト・チャンダン
製作:アーミル・カーン、キラン・ラオ、アカシュ・チャウラ
歌手を夢見る少女がさまざまな障害を乗り越え奮闘する姿を描いた感動のサクセスストーリー。製作・助演を兼ねるのは「きっと、うまくいく」「ダンガル きっと、つよくなる」などのインド映画界のスター、アーミル・カーン。脚本・監督は元アーミル・カーンのマネージャーで、本作が監督デビュー作となるアドベイト・チャンダン。主演の少女を演じたのは「ダンガル きっと、つよくなる」でもアーミルと共演したザイラー・ワシーム。共演は「バジュランギおじさんと、小さな迷子」のメヘル・ヴィジュなど。インド映画歴代世界興収第3位を記録した大ヒット作。
インシア(ザイラー・ワシーム)は、両親と祖母、弟と暮らすインドの少女。エンジニアの父ファールーク(ラージ・ アルジュン)は厳格かつ権威的で、母親に暴力をふるうこともしばしば。インシアは、歌手を夢見てギターを弾き、自分で曲を作って友人たちに聞かせていた。だが父からは今は勉強が第一で、歌などもってのほかと厳しく言われていた。それでも母(メヘル・ヴィジュ)はインシアをこっそり応援していた。ある日母が父親に内緒でノートパソコンを買ってくれ、それをきっかけにインシアはブルカで顔を隠してYouTubeに自分の歌う姿をアップする事を思いつく。その歌声はたちまちインド中で話題になり、新聞やTVまでもが、“シークレット・スーパースター”の話題で持ちきりとなる。だがそれによって学校の成績が落ち、歌っている事が父にバレてしまう…。
この所、インド映画のレベルアップが目覚ましい。興行的にも娯楽超大作「バーフバリ」が世界的大ヒットとなったのはご承知の通りだが、最近はお得意の歌と踊りの娯楽映画よりも、心揺さぶられる感動の秀作が多く作られるようになり、それがまた大ヒットしている。昨年公開のアーミル・カーン主演「ダンガル きっと、つよくなる」(2016)、実話に基づく「パッドマン 5億人の女性を救った男」(2018)や、今年やっと日本でも公開された「バジュランギおじさんと、小さな迷子」(2015)、そして本作の登場である。
いずれも、題材的には地味なお話なのだが、脚本がよく出来ていて、観ていて実にうまく感動を誘う作りになっていて、さらに人気スターの出演も相乗効果で、観客動員に繋がったのだろう。凄いのは、インド映画の歴代世界興収第1位が「ダンガル-」、2位が「バーフバリ」で、本作登場までは第3位が「バジュランギおじさんと、小さな迷子」、そして本作はその「バジュランギおじさん-」を抜いて歴代興収第3位の大ヒットとなったのだそうだ。大したものである。そういう事を聞いていたので早く観ようと思っていたが、なかなかスケジュールが合わず、遅ればせながらやっと観る事が出来た。
(以下ネタバレあり)
物語の基本プロットは、一人の音楽好きな少女が、歌手になる事を夢見て、さまざまな困難を乗り越え、周囲の人たちの援助にも支えられ、ついにスターとして脚光を浴びる…
という、よくあるサクセスストーリー。何度もリメイクされた「スター誕生」のパターンである。
だが、本作がそれらと異なるのは、舞台がインドであり、物語の背景に、インド社会に根強く残る女性差別問題がある。
「パッドマン 5億人の女性を救った男」でも描かれていたように、インドでは21世紀になっても、女性を男性に比べ一段低く見る意識、いわゆる男尊女卑傾向があり、同作では生理になったら家の外に追い出されてしまったり、生理用品すら満足に入手出来ない実態が描かれていた。
本作でも、主人公インシアの家庭では、父親がやはり典型的な男尊女卑的性格で、暴力で女たちを支配している。母には日常的に暴力を振るい、骨折までさせている。祖母も一緒に暮らしているが、そんな様子を見ても何も言えない。もっともこの父親は、仕事は一流エンジニアで収入もいいし、出張で海外に行く事も多い。まだまだインドの格差社会の根強さを知っている父は、娘インシアには勉強していい大学を出て、豊かな生活をして欲しいと望んでいる。出張から帰ると子供たちには土産も買って来てくれたりする。決して根っからの悪人ではないのである。
そんなわけだから、インシアの成績が落ちたりすると父は容赦しない。音楽などやってると成績が落ちると許してくれない。それは本来は子供の将来を思っての事だから分からなくもないが。
こういう具合に、インドの社会問題を巧みに取り入れたり、人物のキャラクターを細かく周到に設定している辺り、脚本がよく出来ている。
インシアはそれでも、歌手になりたいという夢は捨てきれない。父親がいない時はこっそりギターの練習に励んでいる。
そんなインシアを見た母は、父に内緒でパソコンを買ってくれる。インシアはこれでネットに自分の歌を発表したいと思うが、父に見つけられたらえらい事になる。
そこで一計を案じ、ブルカ(イスラム圏の女性が頭からかぶる黒い衣装)で顔を隠して匿名でYouTubeに自分の歌う姿をアップする事にする。これが成功し、ネットでたちまち話題となり、再生回数はどんどん増え、“シークレット・スーパースター”として新聞やTVでも取り上げられるようになる。
だが、音楽に熱中するあまり、成績が次第に落ちて来て、それを知った父は烈火の如く怒り、ギターの弦を切り使用禁止、パソコンも壊されてしまう。
インシアは一時はすっかり意欲を失い、YouTube画像も削除してしまう。世間は「シークレット・スーパースターはどこに消えた?」と騒ぐようになる。
だが、どうしても音楽の夢を捨てきれないインシアは、彼女に好意を持つ学校の友人チンタンの助言もあって、ここから大反転を開始する。
以前YouTubeに、「興味がある。連絡して欲しい」と投稿して来た、インドの有名音楽プロデューサーだが最近はやや落ち目のシャクティ(アーミル・カーン)に連絡を取り、チンタンの助力で授業中にこっそり学校を抜け出し、飛行機でムンバイにいるシャクティに会いに行く。
録音スタジオで、シャクティから渡された曲を歌ってみるが、その曲はインシアに合わず、うまく歌えない。シャクティやプロデューサーたちは「これは見込み違いだったかな」と落胆し、これでインシアの夢も潰えかけたか、という辺りもハラハラさせられる。
結局最後のチャンスで、シャクティの昔の名曲を歌う事を願い出て、これが見事インシアの歌声とマッチして大成功、シャクティたちも大喜び、夢に向かって一歩進み出す、という展開は常道だけれど感動させられる。
だがまだ難関は残っている。自分の夢をかなえる為には、母が父と離婚して父の呪縛から逃れるしかないと考えたインシアは母にその事を訴えるが、父に虐げられる生活に慣れてしまっていた母は、なかなかそれに踏み切れない。果たしてインシアの夢はかなうのか、というサスペンスをはらんで物語は終盤のクライマックスに向けて怒涛の展開となる。
ネタバレになるので詳しくは書かないが、母が最後の最後に示す決断には大喝采、大感動である。観客もここで溜まっていた溜飲を大いに下げる事となる。
最後の授賞式のくだりにも、自然と涙が出て来た。素晴らしい感動の秀作である。
女性差別、格差社会という社会的問題を根底に据え、そんな困難を乗り越え、女性たちが自立して行く物語を、サクセスストーリー的エンタティンメントの中に巧みに盛り込んだ脚本が実に秀逸。インドで大ヒットしたのも、多くの女性の共感を呼んだからだろう。見事である。
本作では助演に徹したアーミル・カーンがいい。妻との離婚訴訟問題を抱え、仕事もうまく行ってないが自尊心は強く、しかしインシアの悩みを聞いて一肌脱いでやろうと決断し、恥を忍んで、離婚相手の妻側の弁護士にインシアの両親の離婚手続きを頼みこむといった人の良さも見せる。
この人物がいるおかげで、前半やや暗かった物語が後半では俄然明るくなった。一種のコメディ・リリーフ的役割である。弁護士との掛け合いが笑わせてくれる。
アーミル・カーンは前作「ダンガル きっと、つよくなる」でも、娘たちにレスリングを教え、それによって女性でも男たちと同じように活動し、強くなれる権利がある事を訴えていた。
テーマ的には本作とも共通するものを持っていると言えるだろう。
こういう進歩的な考えを持ったスターがいる事にも感動する。またそうした作品が興行収入記録を作る大ヒット作となったのもまた凄い。
もう一つ素晴らしいのは、脚本と監督を担当したアドベイト・チャンダンの存在である。彼は元アーミル・カーンのマネージャーであり、映画監督になる夢を抱いて、業務の傍らせっせと脚本を書き進めていた。それを知ったアーミル・カーンがプロデューサーを引き受けて映画化を進め、チャンダンを全面的にバックアップし、本作で長編監督デビューする事となった。そしていきなりデビュー作でインド映画歴代世界興収第3位に輝く事となった。
まさに本作のストーリーを地で行く、アドベイト・チャンダン監督自身の素敵なサクセスストーリーである。これにも感動した。次回監督作にも大いに期待したい。
ただ残念なのは、こんなに素晴らしい感動の映画であるのに、公開はミニシアターが中心で劇場数も少なく、既に上映終了した所もある。また上映時間もレイトショーのみの場合も多い。
配給会社はあまり聞いた事のない会社(フィルムランド、カラーバード)なのであまり宣伝も出来なかったのだろうけれど。いい映画が多くの人に観てもらえないとは実にもったいない。地域によってはこれから上映するところもあるので、是非多くの人に観てもらいたいと切に願う。 (採点=★★★★☆)
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コメント
これはいい映画でした。
アーミル・カーンは脇役に回り、主演は音楽を目指すインシア役のザイラー・ワシーム。
ワシーム「ダンガル きっと、つよくなる」でもカーンの娘役でした。
インシアの母親役は「バジュランギおじさんと、小さな迷子」のメヘル・ビジュ。
歌手を目指すワシームの歌のうまさにびっくり。
それだけでなくインドの深刻な社会問題の女性差別という重いテーマを無理なく見せます。
歌が素晴らしく泣かせて笑わせて最後には大逆転!
さすがはアーミル・カーン。今年のベストワン級の1本でした。
別件ですが、シネマヴェーラ渋谷の名脚本家から名監督へでプレストン・スタージェスなど旧作を何本か見ました。
手すきの時にでも弊ブログにもご訪問お願いします。
投稿: きさ | 2019年9月 1日 (日) 07:48
◆きささん
アーミル・カーンはプロデューサーとしてもいい仕事をしていますね。
インド映画歴代世界興収ベスト3の中に彼が製作した作品を2本も送り込んでるとは凄い。次も楽しみです。
シネマヴェーラ渋谷の「名脚本家から名監督へ」はいい企画ですね。ビリー・ワイルダーも大好きな監督ですし。お寄りしたいのですが、見ていない作品ばかりなので書き込みはちょっと無理かも。
ただ、シネマヴェーラの企画ものは何か月か遅れて、大阪の名画座シネ・ヌーヴォで上映される事が多いので、上映されたら是非行くつもりです。
投稿: Kei(管理人) | 2019年9月 1日 (日) 20:56