「アルキメデスの大戦」
1933(昭和8)年。日本は欧米列強との対立を深め、軍拡路線を進み始めていた。そして日本帝国海軍上層部は秘密裏に世界最大の戦艦・大和の建造を計画していたが、海軍少将・山本五十六(舘ひろし)はこれからの戦いに必要なのは航空母艦だと考え、大和建造に反対の意を示していた。だが海軍上層部は世界に誇れる壮大さこそ必要だと考え、山本の意見に耳を貸そうとしなかった。そんな時山本は、100年に1人の天才と言われる元帝国大学の数学者・櫂直(菅田将暉)の類いまれな計算能力に目をつける。櫂は軍隊嫌いで軍に協力する意思はなく、アメリカ留学に出発しようとしていたが、このままではアメリカと戦争せざるを得なくなるという山本の言葉に動かされ、櫂は山本に協力して、大和建造計画の裏に隠された不正を暴くべく動き出す事となる。
戦争映画はこれまで多数の作品が作られ、第二次大戦秘話も含め、あらゆるパターンはほぼ出尽くしたように思えたが、まだまだ新しい切り口の戦争映画は作れるのだなと思った。
本作の基本ラインは、兵器と兵力がぶつかり合う戦闘でもなく、スパイ戦でもなく、冒頭を除いて戦闘シーンはまったく登場しない。一人の天才の、頭脳を駆使した数字の力で、巨大戦艦大和建造を阻止しようとするお話なのである。
(以下ネタバレあり)
冒頭の、戦艦大和の壮絶な轟沈シークェンスが、VFXも担当した山崎監督の本領発揮で見事な出来である。
魚雷攻撃を受け、浸水して傾き、やがて横倒しになると、デッキに捕まった乗員たちが力尽きて甲板を滑り落ち海に落下して行くシーンは、ジェームズ・キャメロン監督の「タイタニック」とそっくりで、これは狙っての事だろう。
この撃沈で、大和乗組員3,000名余の命が失われたと語られ、一方、特攻による戦死者の数は約4,000人だったと語られる。なんと船1隻の死者が、長期間に亘って行われた特攻の死者数とそう違わない、という現実に呆然となる。
皮肉なのは、撃墜された米軍機からパラシュートで 脱出したパイロットが海面に着水すると、すぐさま米軍水上機が水面に降りてパイロットを救出するシーンがあり、米軍は一人の兵士でもその生命を守ろうとするのに、日本軍は夥しい数の兵士の命を粗末にし、無駄死にさせている、というその違いである。
物語には直接関係ない、このシーンを挿入する事で、これでは日本は戦争に勝てないな、という実感がより強調される結果となっている。
これらのシーンを冒頭に持って来たのは、観客をいきなり過酷な戦場に導入する掴みとしても申し分ないが、大和という巨大戦艦のスケールの大きさ、その犠牲の多さを最初にアピールする事で、戦争とは悲惨なものである事、かつ物語の核となる大和建造費用が、櫂の計算を待たずとも巨額である事が十分観客に伝わるという効果をもたらしている。
櫂と同様、山崎監督もなかなか計算が行き届いている(笑)。
そこから時代は12年遡り、昭和8年、米英との対立が激化する中、軍部は秘密裏に世界最大級の戦艦建造を計画する。
だが一方、海軍少将・山本五十六は、これからの戦争は航空機が主流になると予測し、航空母艦の建造を主張する。
両者の対立は平行線を辿るが、軍令部の嶋田少将(橋爪功)の主導の元、会議で平山造船中将(田中泯)が出した巨大戦艦建造費の予算見積額は、山本が提案した空母建造費よりも低かった。
このままでは、旧態依然の大艦巨砲主義がまかり通ってしまう。それでは戦争に勝てないと危惧した山本は、ひょんなことから出会った元帝大生の数学の天才、櫂直を説き伏せ、海軍主計少佐に任命して正確な戦艦建造費を計算させ、平山予算案の欺瞞を暴こうとする。
こうして物語は、わずか2週間に限定されたタイムリミット内で、しかも情報は極めて乏しく、また嶋田少将やその部下による卑劣な妨害工作に阻まれたり、といったさまざまな難関を乗り越え、櫂が天才的な計算能力を駆使して、大和建造費を算出するまでを描く。
大和の設計図が見れない為、櫂は沖合いに停泊中の戦艦長門に乗り込み、隙を見て長門の設計図を盗み見、また艦全体を巻尺で実測して、それらの情報を基に大和の精密な設計図面を作り上げて行く。
面白いのが、山本少将に命じられ、櫂の付き人となった柄本佑扮する田中海軍少尉のキャラクター。軍の慣例や規則に全く無頓着な櫂に最初のうちは反撥するのだが、その行動力と計算能力に接しているうち、次第に感化され、やがては敬意と尊敬の念を抱くようになり、終盤では櫂の片腕となって見事な活躍を見せるようになる。
予告編にもあるが、櫂と田中の掛け合い漫才のようなやり取りがおかしくて笑える。コメディリリーフと言えば語弊があるが、こういうキャラクターがいると、映画はより面白くなる。
期限までのタイムリミット(その後さらに短縮されるが)もあって、物語は終盤に向けてグイグイと加速して行き、演出テンポも快調でスリリングな展開にハラハラさせられる。
そして田中もそうだが、櫂に心を寄せる尾崎財閥の娘・鏡子(浜辺美波)、その鏡子に頼まれ、造船に関する資料を提供する大阪の大里造船社長、と次々と協力者が現れる辺りも、常道だが感動させられる。
1人の男が、さまざまな妨害を撥ね退け、権力を持つ強大な敵に闘いを挑み、少しづつ仲間も増え、全員一丸となって困難な目的に向かって突き進み、最後の会議室でのクライマックスになだれ込む、という、よく考えれば王道娯楽映画の要素が満遍なく詰め込まれている事に気付く。
ちょっと池井戸潤原作の「半沢直樹」を思い出した。あの作品でもラストの会議室での攻防がクライマックスとなっていた。
会議室で櫂は猛烈なスピードで計算式を黒板に書き上げ、データに基づき正しい建造予算額を平山中将に突きつけるシーンは胸がすく。
「半沢直樹」ならここで万事めでたしとなる所だが、本作はどっこい、一筋縄では行かない。
平山は「それがどうした」と開き直る。なんと、“建造費をワザと低く見積もる事で、巨大戦艦を建造している事を敵国に知られないようにしたのだ”と言う。海軍大臣もそれを聞いて「素晴らしい作戦だ」と褒め称え、結局平山中将提案の巨大戦艦建造が決定する。
初めから結論ありき。櫂の努力は徒労だったわけである。(それだったら、最初から正確な建造費を提示した上で、対外的には低い数字を公表するという事にしておけば良かったのでは。もっともそれでは映画にならないだろうが(笑))。
なんとも権力者の小狡さと言うか、役人・政治家の後付けの手前勝手な言い訳に呆れてしまう。
なんだか、最近の森友・加計学園問題とそっくりである。大幅な予算額の値引きに、政治家と企業との癒着、証拠書類の改ざん・隠蔽、事実判明後の言い訳、誤魔化しで、結局問題はうやむやになってしまったり。そのまんま同じ構造である(笑)。
ある意味、本作は今の時代にも繋がる、政治家・役人のいいかげんさ、ダメさへの痛烈な批判になっていると言えるだろう。
それでも櫂は、この設計では高波に耐えられないという欠陥を見抜き、平山中将もそれに気付いて戦艦設計図を取り下げた事で、一応櫂と山本少将側が勝利する事となる。ちょっとすっきりしない勝利だが。
この後の捻りも面白い。この会議の後、山本少将が上官の永野中将に、自分は空母を中心とした機動部隊を編成して、ハワイ・真珠湾奇襲でアメリカを叩く案を構想している、という事を熱っぽく語り、それを聞いた永野が「君もやっぱり軍人だな」と言うシーンがある。
最初は海軍上層部の古い考えに盾突く、正しい軍人だと思われていた山本少将が、結局は戦争をやりたがっている好戦派軍人でしかなかったわけで、実に皮肉なオチである。
さらに一ヶ月後、平山中将が櫂をある施設に呼び出し、巨大戦艦建造の本当の目的を語るシーンも、何とも考えさせられる。
曰く、「日清、日露戦争に勝利して以来、日本人は負ける事を知らない。日本の象徴とも言える巨大戦艦が沈んでしまえば、やっと日本人は負ける事を意識するだろう。その為に、この戦艦は<大和>(=日本)と命名する」
山本少将とは真逆に、平山中将の方が、日本はアメリカと戦っても負けるだろう事を予測している。この“善と悪の位置付けが、最後に全く逆転してしまう”結末が何とも皮肉でほろ苦い。
そして、あの戦争への道を、当時の日本は何故止められなかったのか、という疑問への答も、このラストで炙り出されて来る。
「日本は負けた事がない」「日本が負けるわけがない」という国家・国民全体の慢心・驕りが、無謀な戦争に突き進み、原爆を落とされるまで負けを認めず、悲惨な結果を招く事となったのである。
ある意味で、日本と日本人の本質に迫った、これは優れた反戦映画である、と言えるだろう。
見事な力作だが、ただ1点、ポスターのキャッチコピーにある、「これは数学で戦争を止めようとした男の物語」はちょっと違うのではないか。
櫂がやったのは、古い大艦巨砲主義に基づく“巨大戦艦建造”を止めようとしただけで、その結果日本は航空機を艦載する空母建造に舵を切り、近代的戦争への道を突き進むわけだから、戦争は少しも止められないのである。「これは数字で巨大戦艦建造を止めようとした男の物語」とするのが正しい。
もっとも、それではキャッチコピーとしてはも一つインパクトが弱い事になる。難しいものである。 (採点=★★★★☆)
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コメント
これはなかなか面白かったですね。
原作は歴史改変SFなので色々と歴史を変えていますが、2時間の映画ではそうもいかず、戦艦大和建造に話は絞られています。
原作では大和は建造されず、その後も色々と歴史を変えているのですが、これはこれで良かったと思います。
漫画原作での脚色の見事さでは「空母いぶき」の対極ですね。
大和のCGはさすがによくできていました。
俳優陣もみな良かったです。
菅田将暉、柄本佑、浜辺美波の若手もベテランも好演していました。
特に印象に残るのは一種の悪役の田中泯。この人の演技がいいのでラストの展開に説得力がありました。
あとはファンの國村隼さん、出番は短いですが、小日向文世さん。
角替和枝が出ているのに驚きましたが、映画としては遺作になるそうです。
エンドクレジットにも追悼の一言がありました。
投稿: きさ | 2019年8月15日 (木) 21:53
◆きささん
原作は知らないのですが、そうですか、原作では大和は建造されないとは驚きです。パラレルワールドSFですね。
だとするとこの原作を、史実に合わせる形で大胆に脚色した山崎貴の脚本は秀逸ですね。映画の方が断然面白いです。
>特に印象に残るのは一種の悪役の田中泯。
私も同感です。特に、一応櫂に敵対する悪役的立場でいながら、実は一番この国の行く末を見通していた優れた人物だった、というオチには唸りました。こういう複雑な人物像を違和感なく演じきった田中さんはまさに今年の助演男優賞候補ですね。
投稿: Kei(管理人) | 2019年8月15日 (木) 23:41