「ダンスウィズミー」
一流商社で働くOL、鈴木静香(三吉彩花)は、子供の頃の苦い思い出からミュージカルが大嫌い。だがある日遊園地で、怪しげな催眠術師マーチン上田(宝田明)から「音楽が流れると歌って踊らずにいられなくなる」という催眠術をかけられ、以後いつでもどこでも音楽を聞くと、自分の意に反し歌い踊らずにいられない体になってしまう。そのせいで仕事もピンチになるは、踊り終わった後に残った被害の弁償金を請求されたりと踏んだり蹴ったり。術を解いてもらおうとマーチンを探すが、彼は借金取りに追われ行方不明。困り果てた静香は、マーチンの助手をしていた千絵(やしろ優)と共に、マーチンの行方を捜す旅に出る…。
「ウォーターボーイズ」以後、毎回意表を突くアイデアと、日本映画には希少な抜群のコメディセンスに溢れた映画を送り出して来た矢口史靖監督。私も同作以来の大ファンであり、監督作は欠かさず観て来た。
だが、前作「サバイバルファミリー」(2017)は少々期待外れ。ある日突然世界から電気が無くなったら、という発想は面白いのだが、それがコメディに消化しきれていなくてあまり笑えず、かといって緊迫したサバイバル・サスペンスでもなく中途半端。物語も単調で終盤飽きてしまった。
その前作「WOOD JOB!~神去なあなあ日常~」もコメディではない原作(三浦しをん)ものであるせいか、矢口作品らしさが希薄でファンとしては物足らなかった。
コメディ演出も最近2作はやや不調気味。「ウォーターボーイズ」の、美人先生が「シンクロをやる」と言った途端に、次のカットで一斉に生徒が消え、教室のドアがバッタンと倒れる絶妙の間合いや、頭に火が付いた玉木宏がプールに飛び込むまでを超スローモーションで撮ったり、といった抱腹絶倒ギャグ演出が今では懐かしい。
そんな矢口監督の新作は、日本では今ひとつ観客に受け入れられにくい“ミュージカル映画”の特質を逆手に取って、“もし音楽を聴くと所構わずミュージカルを踊ってしまう体質になってしまったら”という、まさしく意表を突いたコメディである。これは久しぶりの、いかにも矢口監督らしい快作である。
(以下ネタバレあり)
ミュージカルについて「街中で突然歌ったり踊ったりするのは変だ」と言う人は結構多い。“それがミュージカルなんだ”と言っても理解してくれない。
矢口監督自身も「ミュージカルは好きだが、主人公が突然歌い、踊り出し、曲が終わるとまた日常に戻る、というお約束には抵抗がある」と言っているらしい。
それならと、普通の物語の中で突然歌い踊り出したら、周囲はどんな反応を示すか、またその後はどうなるか、という素朴な疑問をそのままコメディ・ドラマにしてしまったのが本作である。この逆転の発想には膝を打った。なるほどそう来たか。
物語のポイントとなるのは、静香の小学生時代の苦い思い出である。彼女は本当はミュージカルが大好きだったのだが、学芸会でせっかく主役に抜擢されたのに、緊張のあまり声が出なくなり、おまけにゲロまで吐いてしまった事で、それがトラウマとなって以後ミュージカルが大嫌いになってしまう。姪と遊園地に向かうバスの中でも静香は「ミュージカルっておかしくない?さっきまで普通に喋ってた人が急に歌い出すとか」とアンチ・ミュージカル派の気持ちを代弁しているし。
そんな彼女が、インチキくさい催眠術師・マーチン上田の催眠術に何故かかかってしまう。
催眠術にかかると、一種の夢遊病みたいなもので、自分では意識していないのに暗示通りに行動してしまう。本人は踊っている最中は夢の中の世界にいるので、周囲もみんな自分に合わせて歌い、踊ってくれていると錯覚している。
終わってみれば、周りの人たちはあっけに取られ、撒き散らかしたゴミや破壊された家具で惨憺たるありさま。夢の中では綺麗に成功していたテーブルクロス抜き取りも、実際には失敗して食器類等の破片が床に散乱している。
現実は甘くない。というか、普通の社会の中では、静香のような行動は完全に奇人変人扱いされてしまうだろう。
ミュージカル好きな人にとっては、「楽しいミュージカル映画を観たいという夢をぶち壊さないでくれよ」と思わずにはいられないだろう。
逆に前述のように、突然歌い踊り出すミュージカルに拒絶感を抱いていた人たちから見れば、「そういう理由なら不自然じゃないよな」と素直に受け入れるだろう。
私も大のミュージカル・ファンなので、最初は、「矢口監督、ヒドいよぉ~」と文句を言いたくなった。
だが物語が進むにつれ、矢口監督の狙いが判って来て、観終わってみれば、やっぱりこれは十分楽しいミュージカル・コメディだったと納得したのであった。ミュージカル・ファンの方、決して途中で席を蹴って出て行かないでいただきたい(笑)。
なにより、最初に登場する3つのミュージカル・シーンがダイナミックで楽しい。最初の、誰もいない会社のフロアで踊るシーンで、ソファに乗っかり、90度倒しながら前進するシーンが登場するが、これはジーン・ケリー監督・主演の傑作「雨に唄えば」の中の、ケリーやデビー・レイノルズたちが歌い踊るナンバー"Good Morning"に登場する有名なシーンのオマージュである。その後の、オフィス内での静香と社員たちによる群舞(曲は"Happy Valley")も、「プロデューサーズ」等を思い出させるダイナミックなダンスで楽しませてくれる。さらにレストラン内での、懐かしや山本リンダの「狙い打ち」に乗せて踊る場面では、静香が柱を蹴って空中で一回転、着地するシーンが登場するが、これも「雨に唄えば」の、ドナルド・オコナーが一人で歌い、やはり壁を蹴って宙返りしながら踊るナンバー
"Make 'em Laugh"へのオマージュである。ミュージカル・ファンなら(その後の惨状はこの際無視)思わずニンマリする、十分楽しい素敵なシーンばかりである。
さて困った状況に追い込まれた静香は、一刻も早く催眠術を解いてもらうべく遊園地のマーチンの小屋に向かうが、既にどこかに行ってしまった後。おまけにどうやら借金取りに追われている様子。
かつてはテレビに出て活躍していた(小学生時代の静香の家でも放映されている)マーチンも、今では落ちぶれ、遊園地やら旅館の余興などのドサ廻りで糊口をしのいでいる有り様。遊園地では客を呼ぶ為、千絵にサクラをさせていた。
静香はその千絵の車に無理矢理乗り込んで、マーチンの次の巡業先を追って旅する事となる。
最初は嫌がっていた千絵も、静香との道中で互いに好きな歌をハモったり(曲は井上陽水の「夢の中へ」)しているうちに次第に意気投合、二人の間に友情が芽生えて行く展開も悪くない。
しかし、この辺りから静香は、音楽が聞こえてもあまり踊らなくなる。最初の頃はスマホの着メロにもパニックになっていたのに、興信所の渡辺(ムロツヨシ)と遭遇した頃には、その時流れていた「浜辺の歌」のメロディに合わせて渡辺と軽やかにデュエットするだけで、全く踊らない。
音楽が聞こえたら踊り出すんじゃなかったの?とツッ込みたい所だが、これも監督の狙いなのだろう。
と言うのは、最初の頃の静香は、子供の頃のトラウマによる“ミュージカルへの拒絶反応”がある為、その反動で体が暴走してしまっていたのだろうが、物語が進むに連れて次第に心の中に眠っていた(本心である)ミュージカルへの夢が顕在化し、音楽への抵抗感が解きほぐされて行ったのだろう。だから体も暴走しなくなるのである。
初めの頃は周囲に迷惑をまき散らしていただけの静香の歌が、この辺りからは逆に、周囲にハッピーな気持ちをもたらして行くようになる。
一番いい例が、ヤンキーたちとの一触即発のトラブルが、彼女が歌いだす事で丸く収まって、その後彼らに感謝される、という展開だろう。
また道中で出会ったストリートミュージシャンの洋子(chay)と3人で路上ライブを行うと、周囲の群衆もその歌声に聞き惚れ、貯金箱にお金を入れてくれて、そのおかげで乏しい旅費も賄える事となる。
こうして静香は、“やはり音楽は自分にとって大切なものだ、ミュージカルって楽しいものなんだ”と次第に自覚するようになるのである。
洋子もまた、静香たちと出会うまでは引っ込み思案だった(路上のライブも声が小さかった)のが、2人に感化され、自立心を得て精神的に逞しくなって行く。
結婚式場での大暴れシーンは、まさしく洋子の大いなる目覚めであると言っていい(もっとも、現実に戻れば静香と同じく被害の弁償を求められるだろうけれど(笑))。
彼女たちの旅は、それぞれの自分探しの旅でもあり、かつさまざまな経験を経て人間的に成長して行く旅でもあるのである。
そしてようやく、最終目的地・札幌で遂にマーチンを見つけた静香たちは、舞台の上で歌い踊りながらマーチンに催眠術を解いてもらうようお願いする。
この最後のダンスシーンは、まさに静香がトラウマから解放され、もはや催眠術とは関係なく、ミュージカルの楽しさを心と体で感じ爆発させる素敵なクライマックスである。
それ故に、東京に戻った後、せっかくの会社での出世を潔く捨てて、千絵と一緒に、歌と踊りを天職とする新たな人生をスタートさせるという結末も十分に納得出来るのである。
催眠術師マーチン上田は、そういう意味では、静香の人生を正しい方向に導いてくれる、天使のような存在とも言えるだろう。この役を、映画界のレジェンドである宝田明が演じているのはその為なのだろう。静香の催眠術を解いた後、マーチンの姿が消えてしまったのもそう考えれば納得である。
…とまあ、十分楽しませていただいたが、ちょっと不満なのは、このラストの大ミュージカル・シーンが、前半に比べていま一つハジけていない点である。
ここはクライマックスなのだから、それこそいろんなミュージカルのパロディ・オマージュてんこ盛りにして、ミュージカル・ファンを大満足させる出来にして欲しかった。最低でも、前半に登場したような有名ミュージカルのパロディをいくつか詰め込んだり、フレッド・アステアばりのタップダンスを披露したりしてくれてたら大喜びしたのだが。
ヤンキーたちとのトラブル・シーンにしても、対立するグループがガレージで睨み合うシーンは、洋楽ファンならたちどころにマイケル・ジャクソンの名作ミュージック・ビデオ「ビート・イット」を思い浮かべるだろう。ここで間に入った静香がマイケルばりの真っ赤なジャンパー羽織って踊り出したら大笑いしたのだが。あるいは「ウエストサイド物語」の「クール」(これもガレージ内での群舞)ばりにフィンガー・スキップ・ダンスやっても面白いのに。
そこまでやってくれたら、奮発して満点にしてあげる所だったのに。ちょっと残念。
そんな不満もあるけれど、久しぶりの矢口監督の楽しい快作コメディであるし、そして何より、85歳のレジェンド宝田明さんの、歌い踊る元気なお姿を見られただけでも大感激。
何しろ我々にとっては宝田さんと言えば「ゴジラ」(1954)の主演男優である。65年も前の、もはやクラシックと言っていい、映画史に残る傑作に主演された方が、今も現役で新作映画に出演されている、それだけでも目頭が熱くなる。
それだけでなく、宝田さんと言えば日本の舞台ミュージカル・スターの草分け。1964年の「アニーよ銃をとれ」で江利チエミの相手役を演じたのを皮切りに多くのミュージカルに出演、1970年代は高島忠夫さんの後を受けて「マイ・フェア・レディ」のヒギンズ教授役を連続して演じている。
ミュージカル分野でもまさしくレジェンドのお方である。本作は、宝田さんにとって全く久しぶりの(約40年ぶりの)ミュージカル出演という事になる。これも嬉しい。本作はそういう意味で、“宝田明リスペクト映画”にもなっているのである。
そんな訳で、いろいろ難点や物足りない点もあって作品の出来としては★4つ程度なのだが、宝田明さんの嬉しいご活躍ぶりに☆一つおマケして。 (採点=★★★★☆)
(おマケ画像)
「マイ・フェア・レディ」1978年の東京宝塚劇場公演パンフレット表紙。
左下がヒギンズ役の宝田明さん。イライザ役は栗原小巻さん。
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コメント
全く同感です。
矢口監督の前作は割とシリアスだったのでコメディという事で楽しみにしていました。
ただ個人的にはミュージカルという事でちょっと不安も。
ミュージカルは好きなんですが、日本製のミュージカルは出来に不安があったり、出来は良くても客入りが悪いので。
本作はいいですね。とにかく主演の三吉彩花が魅力的。
ミュージカルシーンも素晴らしい。オリジナル曲もありますが、昭和歌謡、昭和のポップスを取り上げているのも楽しい。
後半はロードムービーになり、矢口監督らしい無茶な展開も大笑いです。
俳優陣はみな素晴らしいですが、ムロツヨシのうさんくさい演技、宝田明さんの怪しい演技が楽しかったです。
特にエンディングクレジットでのキャスト総登場のミュージカルシーンが素晴らしく幸福な気分になります。
矢口監督、「ララランド」を見てミュージカルを作りたくなったとか。
暑い夏にこういう楽しい映画を見るのはいいですね。
浦和の映画館はお客さんたくさん入っていてその点も良かったです。
確かに色々と言いたいこともあるのですが、矢口監督のコメディ復活と宝田さんの健在ぶりに拍手を。
投稿: きさ | 2019年8月21日 (水) 06:12
今日、矢口史靖監督のトークショー行きました。色々つっこんだ話もあったんですが、それをネットでバラすのは止めにして。
序盤で催眠術をかけるために使う、グルグル回す小道具。あれは35ミリフィルム時代のリワインダーを元に作ったんだそうです。ウォーターボーイズ以降、家の中が小道具博物館みたいになってるそうです。
あと、やしろ優にタマネギ食べさせる時、本物の催眠術師を呼んできて本当に催眠にかかるかをやってみたんだそうです。
ちなみに「スウィングガールズ」に1シーン、ミュージカルを入れるはずだったそうですが、上から言われてボツになってしまい、「スウィングガールズ」以来の念願のミュージカルだったそうで、「次回作の構想と言われても、やりたいことをやったからアイデアが浮かびません。しばらく待っててください」とのことです。
投稿: タニプロ | 2019年9月 1日 (日) 00:29