「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
2019年・アメリカ/コロムビア・ピクチャーズ
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
原題:Once Upon a Time... in Hollywood
監督:クエンティン・タランティーノ
脚本:クエンティン・タランティーノ
製作:デビッド・ハイマン、シャノン・マッキントッシュ、クエンティン・タランティーノ
製作総指揮:ジョージア・カカンデス、ユー・ドン、ジェフリー・チャン
視覚効果デザイン:ジョン・ダイクストラ
1969年のハリウッドを舞台に、落ち目の俳優とそのスタントマンの2人の友情と絆を軸に、虚構と現実が絶妙にクロスする、クエンティン・タランティーノの9作目となる長編監督作。レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットが初共演を果たした事でも話題。共演は「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」のマーゴット・ロビー、「ハングマン」のアル・パチーノ、「500ページの夢の束」のダコタ・ファニング。その他タランティーノ作品常連俳優も多く出演。
人気のピークを過ぎたテレビ俳優リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)は、映画スター転身を目指すもうまく行かず焦りと不安を募らせていた。そんなリックを支えるのは、彼の専属スタントマンで、公私に亘りリックを長年支えてきたクリフ・ブース(ブラッド・ピット)。固い絆でショービジネスの世界を生き抜いてきた2人だったが、時代は大きな転換期を迎えようとしていた。背に腹は代えられず、リックは悪役の仕事を引き受けたり、プロデューサーのシュワーズ(アル・パチーノ)から勧められたイタリア製西部劇への出演も考え始めていた。そんなある日、リックの家の隣に時代の寵児となっていたロマン・ポランスキー監督と新進女優シャロン・テート(マーゴット・ロビー)夫妻が越して来る。そして半年後、あの映画史を揺るがした運命の日がやって来る…。
タランティーノ監督作品は、特に「キル・ビル」以降、自分が昔観た映画への熱い思いをフィルムに焼き付けて来たが、本作では遂に、映画の都“ハリウッド”を舞台に、映画界そのものを題材とした作品を完成させた。映画オタクが撮影所を舞台にした映画にまつわる映画を作ったのだから、映画ファンなら大いに期待したくなる作品だったが、完成した映画はその期待をさらに上回る傑作だった。タランティーノ映画の集大成と言ってもいいだろう。
描く時代は丁度50年前の1969年。節目という事もあるが、この時代はその前年、フランスでは5月革命、アメリカではベトナム戦争の泥沼化に伴う反戦運動、日本でも東大闘争に代表される反政府学生運動の高揚、と不穏な空気が充満していた時代である。
40万人の聴衆を集めた、音楽史に残る野外コンサート「ウッドストック・フェスティバル」が開催されたのもこの年の8月である。
映画界でも、美男美女スターが活躍する従来型ハリウッド映画は飽きられ、アメリカン・ニューシネマが台頭して来た頃でもある。
この年、ニューシネマの傑作「真夜中のカーボーイ」(ジョン・シュレジンジャー監督)が公開され、翌年の米アカデミー賞の作品賞、監督賞、脚色賞を受賞、またニューシネマの金字塔「イージー・ライダー」やニューシネマ的西部劇「明日に向かって撃て!」が公開されたのもこの年である。西部劇でも、サム・ペキンパー監督の強烈なバイオレンス作品「ワイルドバンチ」が作られている。
明らかに、時代は、そして映画界は大きく変わろうとしていた事が、これらの題名を並べただけでもよく分かる。
そして、映画界にも、世間にも大きな衝撃を与えた大事件、チャールズ・マンソン・ファミリーによる「シャロン・テート殺人事件」が起きたのもこの年8月9日だった。
1969年のアメリカ映画界を語る時、この事件は決して忘れてはならない衝撃的な出来事であった。
本作は後半、このシャロン・テート惨殺事件を中心的モチーフに取り入れている。
本作を観る時には、これら時代背景と、「シャロン・テート殺人事件」についての予備知識は最低限知っておくべきである。
(以下ネタバレあり)
主人公は、テレビ西部劇「賞金稼ぎの掟」で人気者だった俳優リック・ダルトン。しかし長く続いてさすがに飽きられ、ドラマは終了して、今では悪役やらゲスト出演でかろうじて糊口をしのいでいる。次の仕事もなかなか見つからず焦っている。プロデューサーからはイタリア製西部劇(通称マカロニ・ウエスタン)に出ないかと誘われるが、落ちぶれるようでなかなか踏み切れない。しかしそうも言っておれず、とうとうイタリアに出稼ぎに行く事を決意する。
リックは虚構の人物だが、当時テレビ西部劇に出ていたクリント・イーストウッド(「ローハイド」)やスティーヴ・マックィーン(「拳銃無宿」)、バート・レイノルズ(「ガンスモーク」)といった、後にスターとなった人たちや、一方でテレビ放映終了後、次第に人気を失っていったロバート・フラー(「ララミー牧場」)、タイ・ハーディン(「ブロンコ」)といった複数の人たちの経歴や人物像を巧みに合成しているものと思われる。
イーストウッドやバート・レイノルズは実際にマカロニ・ウエスタンに出演しているし、賞金稼ぎが主人公のドラマに出ていたのは「拳銃無宿」のマックィーンである。
リックはイタリアから帰って来ても、イーストウッドやレイノルズのようにトップスターにはなれなかったようで、その辺りはタイ・ハーディンと似ている。ハーディンもドラマ終了後パッとせず、やはりイタリア映画にも数本出演したが、その後もこれといった代表作はなく、いつの間にか忘れられてしまった。
インタビューでタランティーノは「50年前にテレビスターから映画俳優への移行がうまくいかず、“スティーブ・マックィーンになれなかった”俳優たちからインスピレーションを得た」と言っているが、私の勘ではおそらくこのタイ・ハーディンがモデルではないかと思う。
映画の中でリックが最初に出演したマカロニ・ウエスタンはなんとセルジオ・コルブッチ監督「ネブラスカ・ジム」。実はバート・レイノルズが出演したマカロニ・ウエスタンの原題が「ナバホ・ジョー」(邦題「さすらいのガンマン」)。明らかにパロっての命名だろうし、同作の監督もセルジオ・コルブッチ。タランティーノ監督の「ジャンゴ 繋がれざる者」もコルブッチ監督「続・荒野の用心棒」オマージュだったし、「ヘイトフル・エイト」にもコルブッチ監督「殺しが静かにやって来る」のオマージュがあった。タランティーノ、本当にセルジオ・コルブッチの大ファンなのだろう。
コルブッチついでに言うなら、タイ・ハーディンが主演したイタリア製スパイ・アクション「太陽の暗殺者」の監督もセルジオ・コルブッチ!。なんとまあ。
リックの相棒であり専属スタントマンのクリフ・ブースのキャラクターも面白い。リックと違って楽観主義者だし、クヨクヨ悩まない。スタントマンだけあって体力も反射神経も人並み以上。なんと当時ハリウッドでテレビや映画に小さな役で出ていたブルース・リーと格闘してリーに勝ってしまう。こうしたクリフの格闘能力が最後のクライマックスの伏線になっている辺りがうまい。
なおイーストウッドもマックィーンもレイノルズも、みんな専属スタントマンを持っていて、中でもレイノルズのスタントマンだったハル・ニーダムはレイノルズと深い絆で結ばれており、後に映画監督となってレイノルズ主演作をいくつも監督した。こういう事も知っておくとより映画を楽しめる。
そのクリフがヒッチハイクで拾ったヒッピー少女を送り届けた先がスパーン映画牧場。かつてはB級西部劇のセットとして利用されていたが、西部劇が作られなくなって廃墟となり、今ではヒッピー・コミューンとなってチャールズ・マンソン・ファミリーが住み付いている。これらは事実通り。
クリフもかつてここで西部劇を撮影しており、牧場主のジョージ・スパーン(ブルース・ダーン)とも知り合いだったので会いたいと言うが、ピッピーたちは嫌がる。この辺りから映画には不穏なムードが充満して来る。マンソン配下のテックスがクリフの車のタイヤをわざとパンクさせた事からクリフがテックスを痛めつけ、これでクリフがマンソン・ファミリーの恨みを買う事となり、終盤の事件へと繋がって行く。
なおジョージ・スパーン役は最初バート・レイノルズが予定されていたが、撮影開始前に亡くなってダーンに交代した。出演していればレイノルズ・オマージュの追悼作品になっただろう。残念である。
それらリックたちのお話と並行して、シャロン・テートが街中をとりとめもなく散策する様子も丁寧に描かれる。自身が出演した映画「サイレンサー 破壊部隊」を上映している映画館で、「私、この映画に出演してるんです」と言ってタダで映画を鑑賞したり(タラ映画でお馴染み、裸足の足を座席の背に乗せるシーンもあり)、頼まれてポスターの前でポーズ取ったり。
ストーリーとは全然関係ないのだが、シャロン・テートという悲劇のミューズをひたすら慈しむ、これはタランティーノ監督の彼女に対するオマージュと考えれば納得である。
そして運命の8月9日深夜、テックスたちマンソン・ファミリーの4人が、武器を持ってポランスキー邸の前にやって来る。
事実を知っている観客なら、テートたちの身に降りかかった惨劇を想像してハラハラする所だが、ここでタランティーノはあっと驚くオチを用意する。史実を塗り替えてしまうのだ。
これには唸った。そうか、映画は所詮虚構、事実をありのままに描く必要はないのである。悲惨な現実を、映画の力でハッピーな方向に修正してしまう。この発想の転換には思わず膝を打った。さすがはタランティーノ。
襲って来たヒッピーたちをクリフが愛犬の助けも借りて徹底的に惨殺する描写も、いかにもタラ映画らしいバイオレンスと笑いに満ちている。これはまたシャロン・テートたちを無惨に殺したマンソン・ファミリーへの、映画の中における復讐劇でもある。
プールにいたリックが、錯乱したヒッピー女を、自身の出演ドラマで使用したある道具で殺すシーンも、残酷なのになぜか笑える。
このシーンはタランティーノ作品「イングロリアス・バスターズ」(主演はブラッド・ピット)へのセルフオマージュでもある。そう言えばこの作品も、歴史を強引に修正してしまった映画であった。
この事件が起きた時、タランティーノはまだ6歳だった。なので当時直接的な衝撃は受けなかったとしても、古いアメリカ映画を愛し、この時代の映画や撮影所にも思い入れがあるだろうタランティーノにとっては、やはり忘れられない事件だろう。
とりわけ、ハリウッドは夢の工場であり、映画の中の出来事はすべて虚構の、架空の世界の物語(当時は今と違って、“実話を元にした映画("Based on True Story")”は極めて少なかった)だと思っていたであろうタランティーノ(を含む純粋映画ファン)にとっては、夢の世界の中に現実が侵食して、夢を無残に壊してしまったこの事件は考えさせられた事だろう。
だから終盤、実在の被害者が登場する現実の事件を登場させながら、予想外の方向に物語を転換させ、本当はこうであって欲しい、という願望を込めた結末を導き出した事に、私は深く感動した。
タイトルが"Once Upon a Time..."(昔々ある所で…)で始まるのは、この物語が寓話(お伽話)である事を強調したいが為だろう。
映画には随所に、当時の映画や音楽にまつわる小ネタが配置されており、これらを探すだけでも楽しい。劇場の看板や自宅に飾られているポスターも細かい所まで手がこんでいるし、撮影所内にも手書きポスターが貼られていたり(ブルース・リーとの格闘シーンのバックに「ローレル&ハーディ」のポスターがあったような)、バックグラウンドやカーラジオからもその頃のヒット曲が流れている(「ミセス・ロビンソン」「夢のカリフォルニア」「キープ・ミー・ハンギング・オン」Etc..)。当時青春を送った人なら感涙ものである。1度目は物語を追って、2度目は小ネタをじっくり探す、といった具合に、この映画はいろんな角度から何度も楽しむ事も出来る。
これは究極の映画オタク・タランティーノが、映画を愛するファンに送る、映画ファンの為の至福の映画である。タランティーノ監督の集大成にして最高作だと思う。 (採点=★★★★★)
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コメント
2時間40分の長い映画ですが、面白くて一気に見ました。
主人公二人はオリジナルの人物ですが、シャロン・テート、ロマン・ポランスキーはもちろん、スティーブ・マックイーン、ブルース・リーらが登場します。
クレジットにはありませんが、冒頭のパーティにはママス・アンド・パパスのママキャスも。
ママキャス「ロケットマン」のパーティにも出てました。
アル・パチーノ、カート・ラッセル、ブルース・ダーン、ダコタ・ファニングら出演者も豪華。
ディカプリオの役の俳優が「大脱走」に出演予定だったという設定で、「大脱走」のシーンをディカプリオで再現したりするのも楽しい。
ラストの展開には個人的にはちょっと疑問もありますが、これだけ楽しませてくれればまずは文句ありません。
ブルース・リーファンはちょっと扱いに不満かもしれませんが。
投稿: きさ | 2019年9月 9日 (月) 23:10