« 和田誠さん追悼 | トップページ | 「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」 »

2019年10月27日 (日)

「イエスタデイ」

Yesterday 2019年・イギリス/ワーキング・タイトル=ユニヴァーサル・ピクチャーズ
配給:東宝東和
原題:Yesterday
監督:ダニー・ボイル
原案:ジャック・バース、リチャード・カーティス
脚本:リチャード・カーティス 
製作:ティム・ビーバン、エリック・フェルナー、マシュー・ジェームズ・ウィルキンソン、バーナード・ベリュー、リチャード・カーティス、ダニー・ボイル

ビートルズが存在しない世界に迷い込んでしまったら、という奇想天外なお話を、ビートルズの名曲の数々に乗せて描いた音楽ファンタジー。「ラブ・アクチュアリー」のリチャード・カーティスが書いた脚本を、「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイルが監督した。主演はテレビ出身の新人ヒメーシュ・パテル。共演は「シンデレラ」のリリー・ジェームズ、「ゴーストバスターズ」のケイト・マッキノンなど。またシンガーソングライターのエド・シーランが本人役で出演している。

イギリスの小さな海辺の町で暮らすシンガーソングライター、ジャック(ヒメーシュ・パテル)は、幼馴染で親友のエリー(リリー・ジェームズ)から献身的に支えられているものの全く売れず、音楽で有名になる夢を諦めかけていた。そんなある日、世界規模で瞬間的な停電が発生し、その時自転車を漕いでいたジャックは交通事故で昏睡状態に陥ってしまう。目を覚ますとそこは、史上最も有名なはずのバンド、ザ・ビートルズが存在しない世界になっていた。そしてジャックはあるとんでもない事を思い付く…。

私は前にも書いたが、ビートルズの大ファン。CDはほぼ全部持ってるし、LPレコード他関連商品も数多く収蔵している。当然ビートルズに関連する映画もほとんど観ている。
そんなわけだから、本作の梗概を聞いて絶対観ると決めていたが、映画は予想以上に面白かった。ややツッ込みどころもあるけれど、ビートルズ・ファンなら絶対楽しめる作品に仕上がっている。

(以下ネタバレあり)

昏睡状態から目覚めたら、周りにいる人間は変っていないのに、そこはザ・ビートルズが存在しない世界だった。

いわゆるパラレル・ワールドものである。このジャンルの作品はこれまでもいくつかある(金子修介監督「少女は異世界で戦った」、今年公開のアニメ「二ノ国」など)が、本作が面白いのは、芽が出なくて焦っているミュージシャンの主人公が、自分以外誰もビートルズを知らない事を知って、ビートルズの名曲を自分が作ったと偽って、やがてこの世界でスターになって行く、という点で、まあ言ってみれば「バック・トゥ・ザ・フューチャー PartⅡ」で過去にタイムスリップしたビフ・タネンがやったようなズルい事のパラレルワールド的バリエーションである。確かにこっちもやり方としてはズッコい(笑)。

 
主人公は音楽が大好きなシンガーソングライターのジャック。しかしさっぱり芽が出ない。幼馴染でマネージャーも担当しているエリーが励ましてくれてはいるが、全然売れない。
もう自分には才能がないのだろうかと、半ば夢を諦めかけた頃、何故か世界中で数分間の大停電が起き、ジャックはバスにはねられ大怪我を負う。

昏睡状態から覚めると、エリーもいるし友人たちもいつもと変わらない。だが、気晴らしにビートルズ最大の名曲「イエスタデイ」をギターで歌うと、エリーも友人も、「その曲は新曲?いい歌だ」と言い、「ビートルズ?それ何?」と聞かれる始末。
不思議に思いネットで検索すると、いくら「ビートルズ」と打ち込んでも、「かぶと虫」("Beetles")と出るだけで、音楽バンド「ザ・ビートルズ」は影も形もない。

ようやくジャックは、停電と事故が偶然重なった影響で、自分はビートルズのいない世界にやって来てしまったのだ、と気付く。
他にも、コークとかタバコとかハリー・ポッターが存在しないようだ。この世界では、以前の世界と比べて何かが少しづつ無くなっているらしい。

しばらくは途惑っていたジャックだが、やがて「誰も知らないのだったら、ビートルズの曲を、自分が作ったと言って発表したら、売れるかも知れない」と思い、それを実行する。
中には、メロディはともかく、歌詞はうろ覚えのものもあったりするので、いろいろ調べたり、ジョンやポールたちが幼少期を過ごした場所(ストロベリー・フィールズ等)を訪れたりもする。

だが最初のうちは、あのビートルズの名曲をしても、この時代の人々はすぐには飛びついてくれない。時代が進み、音楽も50年前よりずっと進化しているし、聴く人の耳も50年前より肥えているだろうし、何より無名のシンガーが世間に売れるようになる為には、プロデューサー手腕を持つ人が積極的に動かないと無理なのである。この辺り、作者もよく分かっているようである。
ビートルズも、ブライアン・エプスタインという辣腕マネージャー、並びに彼らの曲を大衆性・音楽性を高めて絶妙にプロデュース、アレンジしたジョージ・マーティン(5人目のビートルズと言われた)の存在なくしては、あれほど大ヒットしなかったかも知れないと言われている。

それでもやがて、今売出し中の有名ミュージシャン、エド・シーラン(本人自身が演じている)が、ジャックの歌うビートルズの曲を気に入って、売出しの為のサポートを買って出る。
一流音楽家なら、ビートルズの曲の良さが分かるからだろう。
エド・シーランは現実にヒット曲を連発している有名ミュージシャンらしいのだが、最近の音楽に疎い私は全然知ーらんかった(笑)。

前座にジャックを起用する等の、エド・シーランの全面的なバックアップのおかげで、ジャックの歌うビートルズ曲は次第に売れだし、やがてはメジャー・デビューも果たし一躍売れっ子となって行く。

脚本のリチャード・カーティスは、かなりのビートルズ・ファンなのだろうか。曲の使い方にしろ、細かい所でのビートルズに関する小ネタ(注1)にしろ、実にうまく我々ビートルズ・ファンの琴線を刺激して来る。ファンである私は随所で涙腺ウルウルとなった。

 
だが、売れるにつれて、ジャックは次第に罪悪感にさいなまれるようになる。
誰も知らないからと言って、こんな盗作のような事をやってていいのだろうか。ミュージシャンとして恥ずべき事ではないだろうかと思い悩むようになる。
この辺り、「バック・トゥ-」のビフと違って(笑)、ジャックは基本的に善人なのである。

中でも、エド・シーランに、「二人で、どちらが短時間で素敵な曲を作るか競争をやろう」と持ちかけられ、ジャックは記憶にあるビートルズ末期の名曲「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」を歌うのだが、これはジャックの罪悪感を一層高める事となる。
シーランは尊敬の眼差しで「いつか僕を追い越す天才が現れるとは思っていた。それが君だったとは」と言う。「君はアマデウスで、僕はサリエリだ」とも言う。これはジャックにとって辛い事であり、心の重荷となる。自分は決してアマデウスのような天才ではないのに。
それにしても、「ロング・アンド・ワインディング・ロード」は反則だ。ポールとジョージ・マーティンが推敲に推敲を重ねて作った渾身の名曲がたった15分で作れるわけがない(笑)。

そんなある日、ジャックの前に、ビートルズを知っている人物が現れる。どうやら、ジャック以外にも元の世界からこちらにやって来た人たちが数人いるようなのだ。

だが彼らは、ビートルズを盗作したジャックを責めたりはしなかった。それどころか、「ビートルズの音楽を、この世界で広めてくれてありがとう」と礼を言うのである。
彼らも、ビートルズがいないこの世界は寂しいと思っていたのである。ジャックのおかげで、この世界でもビートルズの音楽の良さが理解されて来た。それはとても素敵な事なのである。
言わば、ジャックはビートルズの伝道師的役割を果たしたわけである。これでジャックの罪悪感も多少は和らぐ事となる。

そして彼らは、「この場所に行きなさい」とある住所のメモをジャックに渡す。
そのメモを頼りにたどり着いた、とある海辺の丘で、ジャックはこの世界では今も生きていたあの人物と出会う。
この世界では、有名にならなかったからこそ、暗殺される事もなく、自分の人生を全うしたわけである。どっちが本人にとって幸せな人生だったか、それは誰にも分からないけれど。
このシーンにはやられた。演じているロバート・カーライルも、あの人が78歳になったらこんな顔だろうな、と思わせてくれる見事なメイクと名演技。感動してしまった。

彼はジャックに、生きている事の喜び、人生において成功よりも大切な事は何か、を教えてくれる。この映画最高の見せ場である。それはまた、ジョンの人生観とも重なる。このシークェンスだけでも、私は本年度のベストテンに入れる値打ちがあると思った。

そして家に帰ったジャックは、成功よりも本当に大切な事の実践、お互いに密かに思い合っていたエリーに愛を告白するのである。

 
観終わって、ジーンと心に感動が押し寄せて来た。ビートルズ・ファンにはこの上ない素敵なプレゼントだけれど、それ以外もここには、“人生とは何だろうか、生きている事の幸福とは何だろうか”、あるいは“夢と富と名声を勝ち取る事は、引き換えに何かを失う事ではないのか”というメッセージも込められている。単なるビートルズ・オマージュ作品ではないのである。

ただ突っ込みどころもいくつかある。ビートルズは存在しないのに、何故かローリング・ストーンズは存在している。音楽界に革命をもたらしたビートルズがいなければ、ストーンズにしろクイーンにしろエルトン・ジョンにしろ誕生しなかったはずである(エルトンなんか、尊敬するジョン・レノンにあやかってエルトン・ジョンという名前にしたほどだから)。
ジャックがパラレルワールドに飛び込んで来たのなら、この別の世界にジャックはいなかったのか、いなかったらこの世界のエリーはジャックを知らないはず(この世界にいたジャックはあべこべに元のジャックの世界へと入れ替わった?)だとか。
あるいはこの異世界の出来事はすべて、交通事故で昏睡状態になったジャックが見た夢だったのかも知れない。それなら辻褄が合わなくても仕方ないが。

まあ目くじら立てなくても、ファンタジーと割り切ってこの世界に没入した方が正解だし、ビートルズ・ファンとしては堪能させられ、とても幸福な気分になる作品であるのは間違いない。ファンなら是非とも観るべし。    (採点=★★★★☆

 ランキングに投票ください → にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

 

(注1)
ビートルズに関する小ネタをいろいろ。

ジャックと友人やエリーとの会話の中で、随所にビートルズの曲のタイトルが出て来る。
①ジャックがエリーに話す「64歳になったら」なんたらは、ポールが作った"When I'm Sixty-Four"(僕が64歳になった時)から。ビートルズを知らないエリーは「何の事?」と怪訝な顔をするが。
②これも前半の方の会話の中で "Long and Winding Load"とチラッと言うシーンがある。しかし字幕担当者、きちんと訳してなかったと思う。

その他の小ネタ
③終盤近く、ジャックが舞台に行こうとして、間違って裏の非常階段に出てしまうシーンは、ビートルズの初主演映画「ハード・デイズ・ナイト」で、4人が「キャント・バイ・ミー・ラブ」を歌う前に、裏口非常階段を降りて来るシーンのオマージュである。構図までそっくり。
④この世界で、ビートルズを知っているという人物が持って来たのが黄色い潜水艦のプラモ。言うまでもなくビートルズのヒット曲を元にしたアニメ「イエロー・サブマリン」に登場する潜水艦である。

歌うシーンでも、ロシアにツァーした時にステージで歌ってるのが「バック・イン・ザ・USSR」だったり。もっとも、USSRとはソビエト社会主義共和国連邦の略称で、まだソ連があった頃の曲。既にソ連がなくなった今の時代にはそぐわない歌である。

そしてエンドロールで流れるのが「オブラ・ディ・オブラ・ダ」。これは歌詞は、結婚したデズモンドが妻の尻に敷かれ、洗濯、買い物と家事に、子育てに大わらわ、それでも幸福という内容。エリーと結婚したジャックの今の生活をそのまま表しているようで笑えるし、またピッタリの選曲である。

(そして、お楽しみはココからだ)

実は、ビートルズが存在しない世界で、ビートルズの曲を歌って大成功を収める、という物語には既に先行作品がある。

2,010年から2年間にわたって、講談社の雑誌「モーニング」に連載されたマンガ「僕はビートルズ」である(原作:藤井哲夫、作画:かわぐちかいじ)。

Bokuhabeatles こちらはパラレルワールドでなく、2010年から突然1961年にタイムスリップした4人の若者が主人公で、売れないバンドを組んでいた4人は、この時代はまだビートルズがデビューする前の時代である事に気が付いて、ビートルズの名曲を片っ端からコピーして演奏し、これが受けて彼らの曲は大ヒット、一躍有名になるというお話。

過去の時代にタイムスリップし、その時代の人が知らないネタを使って大成功するという点では、前述の「バック・トゥ・ザ・フューチャー PartⅡ」と同じ設定。早い話、こちらは「バック・トゥ-」ビートルズ版と言える。

終盤に至って、彼らはビートルズの曲をパクッている事に罪悪感を感じ始め、イギリスに飛んで、デビュー前のビートルズに会って、盗んだ曲を返し謝罪する、というオチになる。

全体に、設定もお話もよく似ているので、本作は「僕はビートルズ」のパクリではないかと一部ネットで騒がれているようだ。

しかし、リチャード・カーティスが日本のコミックを読んだとは思えず、またこのコミックの原作者である藤井哲夫氏もビートルズの大ファンで、あの時代にタイムスリップ出来たら、という夢を物語にしたそうだから、こういう設定は邦洋問わず、ビートルズの大ファンのクリエイターなら思いつくお話なのかも知れない。

ただこのコミック、日本が舞台なのに、全曲英語で歌うという点がちょっと引っかかるが。まあビートルズ・ファンなら日本人でも、英語の原詩で歌いたい(私もそう)のは人情ではある。

これ、イギリスを舞台にしてイギリスで映画化したなら面白いかも知れない。しかし「イエスタデイ」が公開された今では、かえって「イエスタデイ」のパクリだ、と言われるだろう(笑)。

 

|

« 和田誠さん追悼 | トップページ | 「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」 »

コメント

これは楽しい映画でした。今年一番好きな映画かも。
SF的な設定からいったいこれからどうなるのかと思わせます。
最初はビートルズの曲を歌っていても無名なので注目されませんが、本人が演じる有名ミュージシャン、エド・シーランが着目し前座に起用されることからまたたくまにスターに。
主人公役のヒメーシュ・パテルが歌っていて彼は歌がうまいですね。
ヒロイン役のリリー・ジェームズはキュートです。
本作の一番のポイントはどう生きるかに迷った主人公はある人物を訪ねます。
ネタバレなのでそれが誰かは書きませんが、ビートルズファンに取っては涙々のシーンです。
クレジットされていないそうですが、演じているのはロバート・カーライルだそうです。
そうか、ビートルズのいない世界とは彼のいる世界なのか、、と思ったとたん涙が溢れました。
あちらの世界には他の3人も元気で他の事をしているのかもしれませんね。
ちなみに主人公の出身地も恋愛関係もエド・シーランがモデルだそうです。

投稿: きさ | 2019年10月28日 (月) 06:25

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 和田誠さん追悼 | トップページ | 「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」 »