「i -新聞記者ドキュメント-」
カメラは、東京新聞社会部記者・望月衣塑子に密着し、その記者活動をつぶさに追って行く。沖縄・辺野古基地移設問題、森友・加計学園問題、前川喜平元文部次官への理不尽な誹謗、伊藤詩織さん性暴力事件などの真相等に鋭く迫り、官房長官に記者会見で質問を繰り返す。さまざまな妨害、脅迫、周囲の冷ややかな視線にもめげず、望月記者は今日も果敢に取材を続ける。
映画「新聞記者」はなかなか面白かった。フィクションではあるが、現代政治の闇に迫った社会派ドラマの力作だった。
その原案を書いたのが、現役の東京新聞社会部記者・望月衣塑子さん。主人公の女性記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)も望月記者がモデルである。
で本作は、その望月記者の記者活動ぶりを追ったドキュメンタリーである。
監督は、オウム事件を扱った「A」、「A2」、及びゴーストライター騒動の佐村河内守に密着した「FAKE」で知られる森達也。
「FAKE」もなかなかユニークなドキュメンタリーだった。とことん対象となる人物に密着し、また森監督自身も画面の中に登場する。この手法は本作でも踏襲されている。
「新聞記者」の原案となった本を書いた事で注目された望月記者だが、本人のお姿をきちんとした形で見るのは本作が初めてだった。一体どんな人物なのか、興味津々だった。
冒頭から登場する望月記者。なんと、実に明るく、かつ行動的でよく動く、よく喋る。電話でも早口でまくし立てている。実はお子さんもいる。その子供に電話するシーンも微笑ましい。
ご主人が作ったという弁当をパクつくシーンもある。訪問先で、行く先が分からなくなったシーンに森監督がすかさず「実は方向音痴らしい」とナレーションを入れる。カメラに向かって、テヘヘといった感じで笑う望月記者。
なんとも、くったくのない、明るい人である。「新聞記者」でシム・ウンギョンが演じた吉岡記者とはかなり印象が異なる。おまけに竹下景子似の美人である。思っていたイメージとは大分違った。魅力的な、素敵な人だった。
その行動も敏捷で、沖縄・辺野古にも飛ぶなど、現場を徹底取材し、疑問を相手にぶつける。納得出来なければ執拗なまでに迫る。
一部で有名になった、記者会見で菅官房長官に質問するシーンも何度か登場する。これまで聞いていた話では“質問がくどくて官房長官を困らせている”という事だったが、実際映画で観てみると、そうではない事が分かる。
望月記者の質問は、疑問点を要約整理し、理路整然と問いかけているだけである。なのに彼女が発言すると、ほぼ5秒くらいおきに司会の上村室長から「質問は簡潔に願います」との声が何度もかかる。質問途中なのに。これでは質問妨害である。その質問に対する官房長官の返答が、まさに木で鼻をくくったもの。まともに答えない。答えないから再度質問する。官房長官は時には「あなたに答える必要はありません」とまで言い切る。なんなんだこの人をバカにした対応は。
しつこいのではなく、疑問に対するちゃんとした答えを求めているだけなのである。普通の記者なら諦めてしまう所を、彼女は諦めない。その違いだけである。
それでも、無視されても、拒絶されても、望月記者は真実を求めて果敢にアタックする。何度跳ね返されてもめげない。
それはまるで巨大な風車に立ち向かうドン・キホーテのようでもある。記者クラブの中でも孤立しているようにも見える。
だがそれは、他のマスコミ、記者がダラしないから目立っているだけである。ジャーナリストなら、なんで彼女のように真実を求めてとことん迫ろうとしないのか。なぜもっと彼女の味方になろうとしないのか。
時には匿名の、生命の危険を感じるほどの脅迫電話もかかって来るという。家族もいるし、普通なら尻込みし、もっと安全で平和な仕事に就きたいと思うだろう。
それでも彼女はひるまない。平然と記者活動を継続している。凄い人である。
今のマスコミは、長いものに巻かれて、ジャーナリストの本文を忘れているようにさえ見える。彼女が異端なのではなく、政府に都合の良い質問しかしない、させない現実こそが異常なのである。
記者クラブに加入しなければ、記者会見場に入る事も出来ない。森監督は望月記者を追う為、何度も国会記者会見の場に入りたいと申請するが、ことごとく撥ねつけられる。それどころか、森監督が望月記者を追って横断歩道を渡ろうとするだけで警備の警官に止められる。他の人たちは普通に横断しているのに(どうやら上の方から指示が出てるらしい。警察官が森監督にあくまで丁寧な言葉使いであるのがまだ救いである)。
外国人記者も無論国会記者会見に参加出来ない。そんな外国人記者たちだけが望月記者の味方であるのが、少しだけほっとさせられる。
この国は、この国のマスコミはどうなってしまったのか。暗澹たる気分にさせられる。
そんな中で、森友問題で収監されていた籠池夫妻とのインタビューが少しの息抜きとなっている。籠池夫人、カメラマンにまで「これ食いや」と菓子を勧める等、コテコテの大阪のオバハン風で笑わせてくれる。
全編を通じ、望月記者の孤軍奮闘の闘いぶりが強く心に迫る。時に暴走気味の点、欠点もあるが、それも含めて、彼女の実像に余す所なく迫った森監督のドキュメンタリー作家魂にも感動させられる、見ごたえある作品だった。
ただ終盤近くの、菅長官を悪に見立てたアニメーションは余計。作品のテーマに合致しないばかりか、逆効果でもある。
この作品のテーマは、単に安倍総理、菅官房長官、上村室長ら政府側を批判するだけではなく、今の日本のマスコミの現状をあからさまにし、ジャーナリズムは、新聞報道とはどうあるべきかを問いかけているのである。
戦前のマスコミが大本営発表を無批判にたれ流し、その結果日本がどんな悲惨な状況に追い込まれたかはご承知の通りである。。
その反省をふまえ、記者は自分の足で徹底的に調査し、表からは見えない真実に迫り、国民にそれを伝えるべきである。問われているのは、報道に携わるすべての人の姿勢なのである。望月さん一人を孤高のヒーローなんかにしてはいけない。無数の望月記者を誕生させる事こそが肝要なのである。
タイトルにある「i」とは、望月記者の名前、衣塑子の頭文字であるが、同時に一人称の I(私)でもある。これが「We」になる事への願望も込められている気がする。
また、ポスター等に描かれている「i」のロゴ(右)をよく見ると、まるで人間が走っているようにも見える。
これは、記者として、真実を求め走り続けている望月記者自身を表わしているのかも知れない。秀逸なデザインである(と思うのは私だけか)。
本作のプロデューサーは、「新聞記者」も手掛けたスターサンズ代表・河村光庸氏。河村氏は最初から望月記者に関する作品を、劇映画とドキュメンタリーでそれぞれ作る事を考えていたという。本作はそういう意味で、劇映画「新聞記者」とセットで観ると余計面白いとも言える。
そして「新聞記者」評にも書いたが、河村光庸氏はこれまでも「かぞくのくに」や「あゝ、荒野」といった問題作、秀作を製作しており、今年もこれまた傑作「宮本から君へ」(監督:真利子哲也)を製作・配給している。どれも地味で興行的にも難しいが、質的には優れたものばかりである。河村氏の製作作品は今後も要チェックである。 (採点=★★★★☆)
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