「幸福路のチー」
台湾からアメリカに渡り成功を収めたチー(声:グイ・ルンメイ)は祖母の死の知らせを受け、十数年ぶりに故郷、幸福路へ帰って来た。台北郊外の田舎町だった故郷はすっかり変わって、近代化が進んでいた。久しぶりの同級生との再会を契機に、チーは子供のころの懐かしい思い出をたどり始める。クラスにいた金髪の外国人で親友となったチャン・ベティとの日々。成長してからは、学生運動に明け暮れ、大学を卒業してからは記者として働き、やがてアメリカに渡り結婚、という人生を振り返りつつ、彼女はこれからの生き方、家族の意味について思いを巡らせる。
珍しい台湾製のアニメである。というか台湾製アニメを観るのは初めてではないだろうか。実際本作の登場まで、台湾は「アニメーション産業不毛の地」と言われて来たそうだ。
脚本・監督のソン・シンインは女性で台北生まれ、日本の留学経験もあり、チーと同じくアメリカに渡り、新聞記者としても活躍したそうだから、本作の物語はソン監督自身の半自伝とも言える。
柔らかな色彩、子供時代のノスタルジックな光景と生活ぶりに、私の子供時代の思い出ともオーバーラップし、何度も涙が溢れた。日本で言えば昭和30年代の子供たちの暮らしぶりを描いた「ALWAYS 三丁目の夕日」、アニメでは宮崎駿監督の「となりのトトロ」、あるいは片渕須直監督の「マイマイ新子と千年の魔法」あたりを思わせる。これらの作品に感動した方なら間違いなく楽しめる秀作である。
(以下ネタバレあり)
冒頭、引っ越し荷物を乗せたトラックの荷台にチーたちが乗って、新しい住処・幸福路に向かうシーンからして、「となりのトトロ」の冒頭シーンを思い出す。
また、久しぶりに故郷に戻った女性が、自分の子供時代を回想する、という物語構成は、高畑勲監督の「おもひでぽろぽろ」と同じである。
これらから見ても、ソン監督、スタジオ・ジブリのアニメに相当影響を受けている感じがする。
しかしそれらの作品と比べ、本作が大きく異なるのは、チーが生まれた1975年以降現在に至るまでの、台湾の現代史、政治状況等がきめ細かく描かれている点である。
チーの子供時代、学校ではそれまで使われていた台湾語が禁止され、北京語を使う事を強制されたり、という中国支配の影。それに対する反発もあってか、チーは学生運動に身を投じる。戒厳令の発令、やがてそれの解除を経て民主化へという大きな時代のうねり…
と、かなりハードな台湾近代史の実情もきちんと描かれる。
かと言って、決して難しい社会派ドラマという訳ではない。そういう政治状況も背景として語られてはいるが、本筋はあくまで一人の女性の子供時代から現代に至るまでの自分史であり、またチー一家の、家族の物語でもある。
チーはおばあちゃんに可愛がられ、また生きている間も、死んでからもチーの空想の中にもおばあちゃんが現れ、さまざまなアドバイスをし、チーを見守り、導いている。物語の中でもこの祖母の存在がかなり大きなウエートを占めている。
チーの子供時代は、無邪気で空想好きなどこにでもいる子。その彼女の脳内イメージを、奔放な映像表現で見せるシーンが何度も登場する。これこそセル画アニメならではの表現で、夢の中では白馬に乗った王子と出会ったり、ドラゴンと戦ったり(右)、また巨大なニワトリにまたがった祖母まで登場する。この豊かなイマジネーションの広がりも見どころである。
両親も優しく、常にチーの事を思い、数年ぶりに故郷に帰った時も優しく迎えてくれる。この父と母との交流シーンにはジーンとさせられる。昔の日本にもかつては家に祖父母が同居し、家族みんなで子供たちを育て、見守っていた時代があったはずだ。それを思うと涙が出て来る。
そしてもう一人、従兄のウェンも重要な存在である。チーの相談相手にもなり、その後アメリカに渡り、彼女をアメリカに誘ったのもウェンである。このウェンの声を担当しているのが、「海角七号 君想う、国境の南」や「セディック・バレ」の監督として知られ、「KANO
1931海の向こうの甲子園」の製作・脚本も担当したウェイ・ダーション。いずれも台湾の歴史に関わる秀作である。そのウェイが台湾の現代史もバックグラウンドとして描かれる本作に参加しているのも興味深い。あるいはウェンと同様、ウェイ・ダーション自身がソン・シンイン監督にも何らかのアドバイスを与えている可能性もあるだろう。
こうした家族の絆が、過去と現在を往還しながら、丁寧にきめ細かく描かれているのがいい。
チーは渡米後、アメリカ人の青年と結婚するのだが、子供を産むかどうかで意見が対立し、悩んだ末に離婚を決意する。そんな傷心のチーを優しく慰める両親の細かな心使いにチーは泣くが、私も泣かされた。
そしてチーは、離婚した夫との間に産まれた子供を育て、台湾で家族と共に生きて行く事を決意する。
観終わって、爽やかな感動に包まれた。素晴らしい台湾製アニメの秀作である。
片渕須直監督の「この世界の片隅に」を連想する人も多い(激動の時代の中で生きる一人の女性、庶民の暮らしぶり描写等)が、私は片渕監督のもう1本の秀作「マイマイ新子と千年の魔法」との類似性も指摘しておきたい。こちらも昭和30年代を生きる子供たちの暮らしぶり、そして主人公新子が、大好きな祖父の死など、さまざまな試練を乗り越え成長する姿が描かれていた。
この映画が作られたのは2年前だが、偶然にも今年香港で、「逃亡犯条例」改正案を巡り中国政府の強引なやり方に反発した大学生たちが大規模なデモを行い、それをきっかけに台湾でも中国の介入に対する警戒心から、来年の総統選挙では、反中国的立場の与党・民主進歩党の蔡候補がリードしているそうだ。
本作の中でも、台湾総統選挙が何度か登場し、ラスト間際では総統選で馬英九が勝利した事が伝えられている(馬総統の誕生は2008年だから、本作の現代は2008年である事が分かる)。
2年前にはこんな、露骨な中国介入を想定していなかっただろうに。中国支配の影、大学生たちの民主化闘争も背景に取り入れ、やんわりと中国を批判した本作は、そんな時代情勢を予見していた事にもなる。その本作が日本では、香港・台湾で反中国の動きが活発になった今、公開された事に不思議な縁を感じてしまった。
ぜひ多くの人に観て欲しい。そして本作をきっかけに、アニメ産業不毛の地だった台湾でも今後、続々と優れたアニメが作られる事を期待したい。 (採点=★★★★☆)
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コメント
私も先週見ました。
mixiの友人のお勧めで見ました。
ちょっと絵柄はクセがあり好みは分かれるでしょうが、面白かったです。
確かに絶賛されるだけの事はありますね。
1975年生まれの主人公が祖母のお葬式で「幸福路」に戻ってきます。
「幸福路」での少女時代から現在が交互に描かれていきます。
台湾の現代史が詳細に描かれるので台湾史の知識はあった方がいいかな。
ちびまる子ちゃんにちょっと似ているという説に納得。
ガッチャマンの主題歌を主人公らが歌うのに驚きました。
吹き替え版も評判がいいですね。
投稿: きさ | 2019年12月15日 (日) 14:23