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2020年1月19日 (日)

「パラサイト 半地下の家族」

Parasite 2019・韓国/Barunson E&A
配給:ビターズ・エンド
原題:Parasite
監督:ポン・ジュノ
脚本:ポン・ジュノ、ハン・ジヌォン
製作:クァク・シネ、ムン・ヤングォン、チャン・ヨンファン

韓国の格差社会の現状を背景に、ある貧困家族が富裕家族にパラサイト(寄生)した事で巻き起こる騒動を描いたブラックコメディの秀作。監督は「母なる証明」「スノーピアサー」の鬼才ポン・ジュノ。主演は「殺人の追憶」以来監督とはこれが4度目のタッグとなるソン・ガンホ。共演は「最後まで行く」のイ・ソンギュン、「後宮の秘密」のチョ・ヨジョン、「新感染 ファイナル・エクスプレス」のチェ・ウシクなど。第72回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞した他、第92回アカデミー賞国際長編映画賞にもノミネートされた。

家族全員が失業中のキム一家。父のキム・ギテク(ソン・ガンホ)はこれまでに度々事業に失敗しており、息子のギウ(チェ・ウシク)は大学受験に落ち続け、娘のギジョン(パク・ソダム)は美大を目指すが上手くいかず、予備校に通うお金もない。母チュンスク(チャン・ヘジン)も含めた一家4人は半地下の狭い住宅に住み、その日暮らしの貧しい生活を送っていた。そんなある日、ギウの友人が留学する間、彼に代わってIT企業の社長パク・ドンイク(イ・ソンギュン)の娘ダへの家庭教師をしないかと持ち掛ける。その話に乗って高台に佇むモダンな建築の大豪邸に住むパク家に入り込んだギウは、すぐにそこの母と娘の心を掴み、やがてパク家の末っ子ダソンの家庭教師として妹のギジョンを紹介する。一家の信頼を得たギウたちは策略を立て、次に父、そして母をそれぞれ他人のふりをしてパク家に入り込ませる事に成功する…。

ポン・ジュノ監督作品は「殺人の追憶」以来、劇場公開作品は全部観ているほどの大ファン。ポン監督の作る作品がユニークなのは、一作ごとにジャンルが全く異なる点で、「殺人の追憶」は実録犯罪サスペンス、「グエムル-漢江の怪物」は怪獣SF、「母なる証明」は母子の歪んだ愛情を描く人間ドラマ、「スノーピアサー」はフランス・コミック原作の近未来SFアクション…といった具合。凄いのはどれも完成度が高く、前の3本はいずれもキネマ旬報ベストテンで2~3位に食い込んでいる(注1)

ただ、前3作がいずれもオリジナル作品であるのに対し、「スノーピアサー」は原作もので、かつアメリカ・フランスとの合作でハリウッド・スター総出演作品。それで勝手が違ったのか、出来は今一つで私にはあまり面白くなかった。ポン作品はやはり、自身の原案・脚本によるワンマン映画だからこそ面白いのだと私は思う。ちなみに2017年の監督作「オクジャ Okja」はNetflixで配信され、我が国では劇場未公開。ジャンルとしてはファンタジーらしい。

そのポン監督の最新作である本作は、本邦劇場公開作としては「母なる証明」以来10年ぶりとなる自身の原案・脚本(共作)作品。そしてジャンルはこれまた過去のどれとも異なるブラック・コメディ、かつ後半でガラリ様相が変わるジャンル分け不能作品にして、またも見事な傑作に仕上がっている。カンヌ映画祭パルムドールも納得である。

(以下ネタバレあり)

主人公キム・ギテク一家は、どん底とまでは言わないまでも社会の底辺に位置する貧乏一家。住む家も家賃が安い半地下住居で、外に見える景色は地表スレスレ。トイレは水圧の加減で住居の一番高い所にある。スマホの電波もそのトイレ周辺でしか受信できない。かろうじてピザケースの組立内職で食いつないでいる。

そんなある日、ギウの友人で大学生のミニョクがやって来て、今度海外に留学するので、その間今教えている家庭教師の代役をやってくれないかと話を持ち掛けて来る。

いいアルバイトになると喜んだギウは、高台にあるIT企業のパク社長宅を訪れ、娘ダヘの家庭教師として働く事となる。何度も大学受験に失敗しているギウだが、要領の良さでたちまち一家に気に入られる。やがてそこの息子ダソンの美術家庭教師に誰かいないかと相談されたギウは、自分の妹ギジョンを紹介し、こうしてギジョンもパク一家に家庭教師として入り込む事に成功する。

パク家のお抱え運転手の車で自宅まで送ってもらったギジョンは、ある策略を用いてこの運転手を解雇させてしまう。そしてギウたちの父ギテクを代わりの運転手として採用させ、次には永年パク家で働いて来た家政婦ムングァン(イ・ジョンウン)にも偽計を用いてこれもクビにさせ、またまた母チュンスクを代りの家政婦として採用させる事に成功する。

こうしてキム一家4人は首尾よく全員、表向きは繋がりのない別人としてパク一家に入り込み、パラサイトしてしまうのである。「万引き家族」ならぬ「寄生家族」というわけである。

パク一家が総出でキャンプに出かけた留守を狙って、留守番の母チュンスクの手引きでキム一家はパク家に上がり込み、好き放題飲んで食ってのドンチャン騒ぎ。

散々楽しんでいる最中、元家政婦のムングァンが突然訪れ、理由をつけて屋敷内に入って来る。

物語はここから、それまでのコミカルな雰囲気からガラリと変わり、一種不気味なホラー的要素が濃厚となって来るのである。

 

 

(以下完全ネタバレ。未見の方は読まないでください)

実はパク家の地下室には隠し扉があって、その向こうにはパク家の人間すら知らない深い地下室が作られていた。

これは、北朝鮮との緊張が続く韓国では、富裕層を中心に、北朝鮮との万一の戦争状態に備えて、地下に核シェルターを作る動きが広まっていたという前提がある。

恐らく、パク一家の前に住んでいた住人が密かに作ったのだろうが、その後に買い取ったパク社長一家はその事を知らない。だが永年この家で家政婦を勤め、屋内を知り尽くしているムングァンはこの地下室の存在を知り、そしてある計画を思いつく。

それは、自分の夫をこの地下にこっそり住まわせ、毎日食事を届けるという計画である。

一人分余分に食事を作るくらい、家政婦ならどうにでも出来る。こうした生活を、何年も続けて来たわけである。
キム一家よりもずっと前に、この家に“パラサイト”していた人間がいたという事だ。タイトルはその事も示している。

ギウが不用意に漏らした言葉から、ムングァンはこの4人が実は家族である事を知る。この秘密をパク社長に知られたらキム一家はこの家にいられなくなる。こうしてキム一家とムングァン夫婦は対立し、壮絶なバトルの末なんとかギテクたちはムングァン夫婦を制圧する事に成功する。

そこに、大雨でキャンプを中止したパク一家が戻って来る。慌てたギテクたちは、家政婦のチュンスクを除き、みんなひとまずどこかに隠れる事とする。
こうして、パク一家に悟られないよう、ギテクたちはあっちに隠れこっちに逃げてと大慌てのドタバタが繰り広げられる事となる。このシークェンスには大笑いした。特にパク夫妻がソファで寝てる前のテーブル下に隠れたギテクたちが息を潜め、ソッと抜け出そうとしては見つかりそうになってまた大慌て、のドタバタぶりは、まるでマルクス兄弟などのスラップスティック・コメディを見ているようで大いに笑わせてくれる。
ポン・ジュノ監督作品は、これまでも緊迫したサスペンスの中に随所に笑いを盛り込ませていたが、本作はブラックさにおいてもドタバタぶりにおいても、笑いが際立っている。おそらくポン監督作品中でも一番笑える作品ではないだろうか。

もう一つ、本作で印象的なのは、パク家の秘密の地下室における階段とか、高台に立つパク家と、雨が降れば水没してしまう半地下のキム家とかの、過剰なまでに強調される高低差のイメージである。
いくら核シェルターとは言え、あんなに地中深く掘る必要はない。ましてや普通の地下室のそのまた下にである。
またパク家から逃げ出したギテクたちが半地下の自宅に戻る途中にも、何段もの階段を駆け降りるシーンがことさら強調されて描かれる。
これは、パク家等の富裕層と、キム一家たち最下層の人たちとの間に横たわる、絶望的なまでの格差社会のイメージ化、暗喩なのだろう(注2)

近年特に、内戦、政治の貧困が原因で難民が富める国に大量に移動したり、一方で一握りの富裕層が世界の富の95%を占めているとか聞かされるように、格差社会は世界的に拡大傾向にあり、そうした実情を反映してか、映画の世界においても格差社会を描く作品が増え、それらが世界の映画祭で賞を受賞している。

本作はそうした拡大する格差社会という深刻なテーマを、ブラックな笑いで皮肉り、痛烈に批判した問題作なのである。

 
“臭い”
がことさら強調されているのもポン監督らしい着眼点である。パク家の末っ子ダソンはギテクたちの体から発する臭いにいち早く気付くし、パク社長もやがてギテクの臭いに不快感を示す。半地下に住むキム一家の人たちの体には、いくら洗っても落ちない臭いが染み付いている。
それは格差の最底辺にいる人間である事の、絶望的なまでの証明なのだろう。
この“臭い”が、後のクライマックスの伏線になっている辺りもうまい。脚本が秀逸である。

終盤、パク家の庭でパーティが催されるが、その会場に、地下に潜んでいたムングァンの夫が現れる。パク社長ら富裕層の人たちは、その異様な風体よりも、その男の体から発せられる強烈な臭いに不快感を示す。なにしろ何年もカビ臭い地下で生活し、風呂にも入ってないだろうから。
そのあまりの異臭にパク社長は鼻をつまんでしまう。
それを見たギテクは、突然ナイフでパク社長を刺し殺してしまうのだ。
突発的な展開に観客は意表を突かれるが、実はこれが本作の一番の核心であり、奥深いテーマなのである。

地下室に長年居たムングァンの夫は、キム一家の人たちと最初は対立しいがみ合う。ギテクたちはこの男をテープで縛り上げるのだが、やがてそれを解いた男はギウに襲いかかり、山水景石でギウに重傷を負わせる。最下層の人間同士の、不毛な争いである。

ところがパク社長の、この男が発する臭いへのあからさまに不快な態度を見たギテクは、この社長に激しい怒りを覚えてしまう。これが刺殺へと繋がる訳なのだ。

最下層の人間が放つ臭いは、ギテクたちもムングァンの夫もどちらにも共有するものである。この点においては両者は同じ仲間であり、同志であるとも言える。
ムングァンの夫から発せられる臭いへの拒否感は、ギテク自身に対する拒否感でもある。
ギテクは、自分たちと同じように長年地下に(半地下に住む自分たちよりも更に下層に)住んでいたこの男に、ここで初めて親近感、連帯感を覚えるのである。

そしてギテクは、かつてその男が住んでいた地下室に、自ら進んで住む事を決意する。
それまでは、何とか半地下から脱出し、上へ這い上がろうとしていたギテクが、今度は逆に階段を降り、地下へと降りて行く。まるでムングァンの夫への連帯感を示すかのように。
それはまた、ギテクの新たなる闘いの始まりでもあるのである。

ギテクは、いつかギウたちが出世し、この豪邸を買い取ってくれる事を、庭の照明灯を介したモールス信号でギウに伝える。
だがそんな事は見果てぬ夢なのかも知れない。―それでも、いつの日か、そんな夢(それは格差社会が無くなる日でもある)が実現する事を祈り、ギテクは地下室の深い闇の中で暮らし続けるのである。

なんとも、奥深いテーマを持った映画である事か。
絶望の中に、少しでも希望の灯りを見ようとする、ポン・ジュノ監督の祈り、そして社会の現状に対する怒りが作品全体に充満した、これはとてつもない秀作である。
観客はこの映画に、最初は笑わせられ、次にハラハラさせられ、ゾッとさせられ、予測のつかない展開の末に、最後は重いテーマを突き付けられ、考えさせられてしまうのである。さすがポン・ジュノ監督。お見事である。

東京では昨年12月27日公開だが、当地では本年に入っての公開となったので、本年度作品扱いとしたい。幸いと言うかキネ旬でも2020年度ベストテン対象作品となるわけだが、早くも本年度ベストワン候補の登場である。必見である。が未見の方は、上に書いたネタバレ部分は絶対読まないように。是非白紙の状態で鑑賞する事をお奨めする。    (採点=★★★★★

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(注1)
これは以前にも書いたが、キネマ旬報ベストテンを見ると、2004年度のベストテン1位がクリント・イーストウッド監督「ミスティック・リバー」で2位がポン・ジュノ監督「殺人の追憶」、2006年の1位、2位が共にイーストウッド監督「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」、3位がポン・ジュノ「グエムル-漢江の怪物」、そして2009年の1位がイーストウッド「グラン・トリノ」、2位がポン・ジュノ「母なる証明」…とまあ、3回連続でイーストウッド監督作品が立ちはだかってポン・ジュノ監督作のベストワンを阻んでいる。こんな例も珍しい。不運と言えば不運な監督である。
今回も実はイーストウッド監督作(「リチャード・ジュエル」)と4度目のガチンコ勝負になるわけだが、おそらくだが今度こそポン・ジュノ監督がイーストウッド作品より上位に立ちそうだ。1年以上先の話になるが、期待したい。


(注2)
“高台にある富裕層の家”と下層社会とのタテ関係を映像で見せる映画…と言えば思いつくのが黒澤明監督の秀作「天国と地獄」である。

この作品で、大手製靴会社の重役である権藤(三船敏郎)が住む家が、市内のどこからでも見渡せる高台にあり、対する犯人竹内(山﨑努)の住むアパートはドブ川近くの狭苦しい安アパート。犯人の竹内は、アパートからこの高台の家を毎日眺めるうちに、権藤に対する憎悪をつのらせて行くのである。

いかにも富裕層であるという存在を際立たせるこの高台の家は、聞き込み中の刑事でさえも「ホシの言い草じゃないが、あの屋敷は腹が立つな。まったく、お高く構えてるって気がするぜ」と言わしめてしまう。
まさに、富める者と貧しい者の格差を、映像で表現した見事なビジュアルであり、今の格差社会を描く映画の遥かな先駆作品であるとも言える。

Highandlow

なおこの作品にも、“臭い”に関する描写が何箇所か登場しているのも面白い。前述の犯人竹内のアパート近くのドブ川は、汚いゴミが浮いていて臭いそうだし、後半、刑事たちが共犯者の住む家を辿り当てた時、共犯者夫婦は既に数日前に死んで死臭が漂っていて、近づいた刑事は思わずハンカチで鼻を抑えてしまうのである。

ちなみに、ポン・ジュノ監督は、“韓国映画界の黒澤明”と呼ばれている。

本人も黒澤監督を尊敬しており、インタビューによると、本作は実際に「天国と地獄」にインスパイアされているのだそうだ。
                   ↓
 https://www.cinemacafe.net/article/2019/12/31/65199.html

 

 

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