「ジョジョ・ラビット」
2019年・アメリカ/FOXサーチライト・ピクチャーズ
配給:ディズニー
原題:Jojo Rabbit
監督:タイカ・ワイティティ
原作:クリスティン・ルーネンズ
脚本:タイカ・ワイティティ
製作:カーシュー・ニール、タイカ・ワイティティ、チェルシー・ウィンスタンリー
10歳の少年の目を通して、第二次世界大戦時のドイツに生きる人々の姿をシニカルなユーモアを交えて描いた異色作。監督は「マイティ・ソー バトルロイヤル」のタイカ・ワイティティ。少年を演じたのは新人のローマン・グリフィン・デイビス、共演は「リチャード・ジュエル」のサム・ロックウェル、「アベンジャーズ/エンドゲーム」のスカーレット・ヨハンソン。監督のワイティティ自身も少年の空想の友だちを演じている。第44回トロント国際映画祭の観客賞を受賞した他、米アカデミー賞でも作品賞他6部門にノミネートされ、脚色賞を受賞した。
第二次世界大戦下のドイツ。母ロージー(スカーレット・ヨハンソン)と2人で暮らす10歳の少年ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイビス)は、青少年集団“ヒトラーユーゲント”で立派な兵士になる為、日々奮闘していた。そんなジョジョの友だちが空想上のヒトラーである“アドルフ”(タイカ・ワイティティ)。しかし訓練でウサギを殺す事が出来なかったジョジョは、教官のクレツェンドルフ大尉(サム・ロックウェル)から“ジョジョ・ラビット”という不名誉な仇名をつけられ、仲間たちからもからかわれる羽目に。そんなある日、ジョジョは家の片隅で小さな部屋を見つけ、好奇心から覗いてみると、そこに一人の少女が隠れていたので驚く。実は彼女は母親がこっそりと匿っていたユダヤ人の少女だった…。
第二次世界大戦下のドイツを舞台にした、ちょっと一風変わった戦争映画である。ジャンルは特定しにくい。
主人公はヒトラー・ユーゲントに憧れる少年ジョジョ。そして友人がアドルフという名の、ヒトラー総統とそっくりの男。実はヒトラーを崇拝するあまり、妄想が膨らみ、その姿がジョジョの頭の中に実体化してしまったわけなのである。
当時のドイツでは、子供の時から国家に忠誠を誓うよう教育され、と言うか一種の洗脳で、ヒトラーを神のように崇め、国の為に優秀な兵士として戦うのが当然という空気が醸成されていた。実際当時を記録したドキュメンタリー映像を見ても、ヒトラー・ユーゲントの青少年たちが純粋に国家の為、ヒトラー閣下の為に戦う事を誓う姿がそこに映し出され、心が痛む。
子供の心は白紙で純粋無垢である。幼い頃から大人が教育すれば、どんな過った思想でも心に刻み込まれ、大人の思い通りに考えが染まってしまうものである。怖い事だ。
そんなヒトラー・ユーゲントになろうとする若者を主人公にすれば、普通なら暗く悲惨でやり切れない映画になってしまうだろう。
ところが本作、なんとこれをコメディ仕立てにしている。監督自身が演じるアドルフも、顔はヒトラーに似てるがなんとも愛嬌のある男で、気弱なジョジョを友達として励まし、勇気づけるアドルフをコミカルに演じている。
冒頭のメインタイトルからして、ビートルズがドイツ語で歌う「抱きしめたい」が流れる。世界中を熱狂させたビートルズが、無名時代ハンブルグ・ツァーで世話になった恩返しの意味で2曲をドイツ語で録音したうちの1曲(もう1曲は「シー・ラヴス・ユー」)で、“カリスマ的人気者が若者を虜にした”このヒット曲のドイツ語版を流す事自体がブラック・ユーモアである。
ジョジョは元々心優しくて気の弱い性格。戦場では敵兵を殺さなければならないので、その訓練として教官にウサギを殺してみろと命令されるが、可哀そうでジョジョにはとても殺せない。その為教官から臆病者として“ジョジョ・ラビット”という仇名を与えられてしまう。
そんなジョジョにアドルフはさまざまなアドバイスをするのだが、なんかもう一つ頼りない。というのもこのジョジョの妄想内のアドルフは、気の弱い自分自身を勇気づけようとする、もう一人の自分なのだから。
自分が臆病者でない事を証明する為、アドルフの言う通りに手榴弾を教官から奪い取り、えいっと投擲したはいいが、木にぶつかって跳ね返り、足元に落ちて爆発し、顔に傷を負ってしまう。
なんともドジで間抜けな展開で、この辺りまでは全体的にトボけたコメディ・タッチである。コメディでなかったら、ジョジョくんあの程度の傷では済まないよ。
ところが、母がいない間にジョジョが家の中をウロウロしているうちに、最上階にある隠し部屋を見つけ、そこにはなんとユダヤ人の少女・エルサが隠れていた。実はジョジョの母ロージーが匿っていたのだ。
この事がナチスにバレたら、ロージーもジョジョも重罪に問われ、最悪処刑されるかも知れない。ジョジョもこの事は絶対秘密にしておかなければならないと判断する。
ここから物語は一転、「アンネの日記」さながらに、ユダヤ人の少女がいかにナチスの目を逃れて生き延びるか、というサスペンスフルな展開となる。
アドルフは、エルサをナチスに引き渡せと言うが、気の優しいジョジョにはそんな事は出来ない。
この辺りから、アドルフとジョジョとの間で、意見の食い違いが徐々に表れて来る。アドルフとジョジョの関係は、言ってみれば、脳内の悪魔と天使のようなものなのだろう。
エルサは利発的で物おじせず、ジョジョにも自分の意見をはっきり言う。ジョジョは次第にエルサに惹かれて行く。
ジョジョはこれまではヒトラーを信じ、ドイツ国家の為に忠誠を尽くそうと思っていたのだが、こんな可愛く罪もない少女を理不尽に収容所に送ろうとするナチスに対し、少しづつ疑問が生じて来る。
そして事態はまたも意外な方向に。母ロージーが反ナチス運動の罪で処刑されてしまうのだ。この時、ジョジョが広場で絞首刑となっている一人の靴を見て、それが母である事を知り泣き崩れるのだが、前半でジョジョが靴紐を結べない描写に関連し、ロージーの靴が印象的に登場していた事がその伏線となっている。うまい演出である。
やがてジョジョの家にドイツ軍の調査隊が現れて、ユダヤ人がいないか家の中を調べるのだが、エルサはとっさに機転を利かしジョジョの亡くなった姉に成りすまして難を逃れる。
ここまで来たら、もうジョジョは完全にエルサの共犯者である。母が処刑された事もあってジョジョは、ナチスに対し不信感と怒りを抱き始める。
そして終盤、ナチス崩壊も近づくと、前半のコミカルな雰囲気は一掃され、銃声が響き砲弾が炸裂する過酷な戦闘の只中にジョジョも我々観客も立たされる事となる。
ここに至ってもナチス側に立ってエルサに敵意を見せるアドルフに対し、遂にジョジョは怒りをぶつけ、とうとう窓の外に蹴り出してしまう。ここは我々も大いに留飲を下げる。
こうしてジョジョは、ナチスとも、ヒトラーユーゲントともはっきりと決別し、自分の意志で、エルサと共に人間らしく生きて行く事を決意するのである。この結末は感動的だ。
当初はナチスに洗脳されていた無垢なジョジョが、母の死等、幾多の苦難を経験し、エルサを通してさまざまな真実を知り、戦争の、国家の愚かしさを学び、人を愛する大切さを知って行く。これはジョジョの人間的な成長の物語なのである。靴紐が結べるようになる事でそれを暗喩する演出が秀逸。
前半のコメディ・タッチから、エルサをめぐるサスペンスへと方向が変わり、やがて戦争への怒りが噴出し、最後はヒューマニズムと愛で締めくくられる。なんとも型破りのジャンル分け不能の異色作である。
最初は笑わせ、ヒトラーをおちょくり、最後に痛烈なナチス批判と感動の結末、という点で、チャップリンの「独裁者」(40)との類似性も感じる事が出来る。思えば今年は「独裁者」公開80周年の年である。
ジョジョを演じた10歳のローマン・グリフィン・デイビスくんの演技がとても自然で素晴らしい。天才子役と言ってもいい。
戦後75年、いろいろなナチス、ホロコーストもの映画が数多く作られて来たが、こんなユニークな、誰も考えつかないような切り口の映画を作り、それを見事に成功させ、傑作に仕上げたタイカ・ワイティティ監督(脚色も)の手腕が光る。多くの人に薦めたい力作である。
それにしても、今年に入ってまだ2ヶ月も経っていないのに、「パラサイト 半地下の家族」、「リチャード・ジュエル」、「フォードVSフェラーリ」、本作、そして昨日観た「1917 命をかけた伝令」と、早くもベストテン上位級の洋画の秀作が5本も登場した。今年のベストテン選考は悩む事になりそうだ。 (採点=★★★★☆)
(付記)
本作を製作したのは、冒頭の会社ロゴを見れば分かる通りFOXサーチライト・ピクチャーズ。ここはこれまで「ブラック・スワン」、「グランド・ブタペスト・ホテル」とか、一昨年は「スリー・ビルボード」、「シェイプ・オブ・ウォーター」、昨年は「女王陛下のお気に入り」と、地味だが優れた秀作を世に送り出し、アカデミー賞を賑わせて来た会社である。本作もアカデミー作品賞にノミネートされている。まさに信頼のブランドである。
ところが本作の配給会社は、表向き“ディズニー”となっている。これはサーチライトの親会社、20世紀フォックスがディズニーの傘下に入った為で、これではよっぽど宣材を細かく見ない限り、FOXサーチライト・ピクチャーズ作品とは分からない。私も、本編の会社ロゴを見て初めてサーチライト作品と知った。
公式サイトを覗いても、小さく20世紀フォックスのロゴがあるだけで、FOXサーチライト・ピクチャーズの表記はどこにもない。なんで傑作輩出のサーチライト作品である事を売らないのか。この名前を出すだけでも、宣伝に寄与して観客増に繋がると思うのだが。
て、これ「女王陛下のお気に入り」の時にも書いた事だけどね。
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