「37セカンズ」
2019年・日本・アメリカ合作
制作:ノックオンウッド
共同製作:NHK=NHKエンタープライズ
配給:エレファントハウス
監督:HIKARI
脚本:HIKARI
企画:山口晋、 HIKARI
プロデューサー:山口晋、 HIKARI
エグゼクティブプロデューサー:住友大祐、山形龍司、中瀬古優一
撮影:江崎朋生、スティーブン・ブラハット
脳性麻痺の少女の自立を描いたヒューマン・ドラマ。監督は米国で映画制作を学び、これが長編デビュー作となるHIKARI。主演のユマ役を演じたのは、一般公募で障害を持つ女性約100名の中からオーディションで選ばれ、これが演技初経験となる佳山明。共演は「blank13」の神野三鈴、「曇天に笑う」の大東駿介、「きみの鳥はうたえる」の渡辺真起子など。第69回ベルリン国際映画祭でパノラマ部門観客賞と国際アートシアター連盟賞をダブル受賞。
産まれた時に37秒間呼吸が止まっていた事が原因で脳性麻痺となり、車椅子生活を送る貴田夢馬(ユマ)(佳山明)。彼女は親友の漫画家のゴーストライターとして働いているが、自分の作品として世に出せないことに苛立ちを感じていた。またシングルマザーの母・恭子(神野三鈴)のユマに対する異常なほどの過保護ぶりに息苦しさも覚えていた。自立したいと望んだユマは、アダルト漫画を描き出版社に持ち込むが、性体験がない為作品にリアリティがないと言われてしまう。そしてユマはある決心をする…。
これは近年稀に見る異色の問題作である。
主人公を演じるのは、実際に登場人物と同じ、出生時に数秒間呼吸が止まったことにより脳性麻痺となって、車椅子生活を送りながら社会福祉士として活動していた佳山明(メイ)。
そんな彼女が、映画初出演、演技経験もまったくないのに、主役のユマを全編出ずっぱりで演じ、しかも冒頭の母が彼女を介護するシーンではフルヌードとなる文字通り体当たりの熱演。
セリフはやや甲高く音量が小さいが、それが却って自然で、まるで彼女自身のドキュメンタリー映画を観ているかのようだ。
タイトルは、脳性麻痺の原因となった、産まれた時に呼吸が止まっていた37秒間という時間を指している。
(以下ネタバレあり)
なお、実際の身体障碍者に主人公を演じさせた映画は過去にもある。1981年の松山善三監督作品「典子は、今」で、サリドマイド禍で両手が欠損して産まれながら熊本市職員として働く辻典子さんの物語を、本人自身が主役として演じた作品である。
これはほぼ全編、彼女自身の半生をそのまま再現ドラマ風に描いた作品で、過去にもろうあ者夫婦を主人公にした「名もなく貧しく美しく」を撮った松山監督らしい、ほのぼのとした感動の作品だった。これこそ辻典子さん自身のセミ・ドキュメンタリー映画と言える。
ところが本作はそんな文科省推薦的なヤワな作品ではない。主人公ユマはなんと、自身の生き方を変える為、アダルト・コミックを描き、それを漫画雑誌出版社に持ち込むが「セックス体験がなければリアルな性描写は描けないよ」と編集長に指摘され作品を返されてしまう。
それでユマは、実際に風俗街に出向き、セックスしてもらえる相手を探そうとするのだ。
なんとも大胆な展開である。障碍者がセックスする描写(それも風俗店に出向いて)のある映画なんて、普通なら批判を恐れて作ろうとはしないだろう。よっぽどインディーズ系超マイナーな作品ならともかく。
しかし本作は、そんな描写はあるものの決してキワモノ作品ではない。それどころか、人間はどうやって自分の生き方を見つめ直すべきか、前に向かって生きる為にはどうすべきかという奥深いテーマに深く切り込んだ、素晴らしい感動作に仕上がっているのである。これが実質長編デビュー作となるHIKARI監督、無謀とでも言うべき果敢なチャレンジに見事成功している。お見事。
ユマのこの行動は、過保護なまでの母の世話焼きに鬱陶しさを感じ、またいつまでたっても売れっ子漫画家のゴーストライターとして影の存在でしかなかった、この2つの束縛から逃れ、自分の道を模索したいという自立心の現れである。だがこれまで母の庇護下にあったユマには、まだまだ一人で生きるのは難しいのも事実である。
ユマはなんとか呼び込みに頼んで出張ホストとの性体験に挑もうとするがうまく行かず。
心傷ついたまま帰ろうとした時に、たまたま障碍者のセックスの世話をする舞(渡辺真起子)と介護士の俊哉(大東駿介)に出会い、事情を聞いた舞たちはユマの自立をサポートすべく、さまざまな形でユマを助け、導いて行くのである。
ユマの家には父親がいなかったが、いつの頃からか、父が描いたらしい絵手紙が家にあり、その手紙に書かれた住所を元に、俊哉の助けを借りて父親探しの旅に出る事を決意する。母には内緒で、半ば家出をする形で。
映画はここからロードムービーとなる。海辺の町で父の弟と出会い、そこで父は数年前に亡くなっていた事、実はユマには双子の姉がいた事を知らされる。
その姉を探してユマと俊哉ははるばるタイにまで出かけて行く。
こうして、広い世間を知り、さまざまな人との出会いを経て、ユマは一回り人間として成長し、母の元へと帰って行く。父親探しの旅はまた、ユマの自分探しの旅でもあった。
それまでユマが心配で半狂乱だった母が、帰って来たユマに優しく「お帰り」と声をかけるシーンは泣ける。
観終わってみれば、障碍を抱えながらも前向きに考え、自分の信念を持って行動しチャレンジして行くユマの生き方に感動させられ泣かされた、これは見事な秀作であった。
そのユマの生き方は、同じく脳性麻痺の障碍者でありながら社会福祉士として働き、なおかつ本作のオーディションにもチャレンジして主役の座を射止め、見事な好演ぶりを見せた佳山明さん自身の生き方とも重なる。実際HIKARI監督は佳山さん本人に合わせて脚本を書き直したそうだ。本作の成功は佳山明さん本人の存在も大きいのではないかと思う。
HIKARI監督の演出は、父の描いた手紙の絵が動きだしたり、彼女の描く漫画のシーンがアニメーションとして躍動したりと、随所にポップで幻想的なショットを交錯させる等、新人監督とは思えない才気煥発ぶりを見せて楽しい。
出演者では、姉御肌で包容力のある舞を演じた渡辺真起子さん、ユマの母を演じた神野三鈴さん、それぞれに素敵な名演。佳山明さんも含め、監督の女性への演技指導も素晴らしい。
HIKARI監督は大阪出身、南ユタ州立大学にて舞台芸術・ダンス・美術を学び、学士号を取得後、ロサンゼルスに移住。女優、カメラマン、アーティストとして活躍後、南カリフォルニア大学院(USC)映画芸術学部にて映画・テレビ制作を学んだという。実にアクティブな活動ぶりで、こうした彼女自身の生き方も映画に反映されている気がする。今後が楽しみな逸材である。期待したい。 (採点=★★★★☆)
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