「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」
美術商として、年老いた現在まで常に仕事を最優先にして生きてきたオラヴィ(ヘイッキ・ノウシアイネン)は、ある日、長年音信不通だった娘レア(ピルヨ・ロンカ)から、問題児の孫息子オットー(アモス・ブロテルス)を職業体験のため数日預かって欲しいと頼まれる。そんな折、オラヴィはオークションハウスで一枚の肖像画に目を奪われる。その絵には署名が無く作者不明だったが、価値ある作品だと確信した彼はオットーとともに作者を探し始める。そして数日後、オークションに出されたその絵を落札すべく、オラヴィは最後のディールに挑む…。
別の映画を観るつもりだったが、手違いで上映開始に間に合わなかったので、他に何かないかと探して、時間的に都合が良かったこの作品を鑑賞する事に。
あまり話題になっておらず、期待もしていなかったが、これが意外と拾い物。結構楽しめた。
あまり日本に入って来る作品が少ないフィンランド製映画。あのレニー・ハーリン(「ダイ・ハード2」)の故郷でもある。
本作のテーマは、署名のない謎の肖像画の正体とその価値をめぐる美術品ミステリー(そんなジャンルはないけれど私が勝手に命名)。このジャンルでは以前にジュゼッペ・トルナトーレ監督「鑑定士と名前のない依頼人」(2013)という秀作があった。本作のタイトルがこれと似ているのは狙っての事か。
同作のような純然たるミステリーというわけではないのだけれど、肖像画の作者は誰か、という謎解きの過程もあるし、主人公の老美術商オラヴィが限られた予算の中で、無事オークションで肖像画を落札出来るか、という辺りも結構スリリング、そして“何故署名がないのか”という謎が最後に解き明かされる点も含め、私はミステリーとして楽しんだ。ハリウッド製ミステリーとは一味違う、いかにも北欧的な淡々としたムードが心地よい。
そのプロセスを縦糸とし、横糸として、仕事一筋で家族をないがしろにして来て、娘との間に確執があるオラヴィが、最後にその絆を取り戻して行くという家族の物語がある。これがなかなか丁寧に描かれていて、最後は泣けた。
(以下ネタバレあり)
商売も赤字続きで、もう店を畳もうかと思っていたオラヴィは、謎の肖像画に魅了され、かなり値打ちのある絵だと確信する。
そして人生最後の大仕事として、まだ誰もその価値に気が付いていないこの絵を落札し、高値で売る事を目論む。
一方でオラヴィと娘レアとは絶縁状態。ところがある日、レアが訪ねて来て、息子のオットーを職業体験の為預かって欲しいと頼む。
これは本映画で初めて知った事だが、フィンランドでは高校生にアルバイト(?)をさせ、雇い主がその働きぶりを採点評価して、その結果が大学入試にも反映されるというシステムがあるらしい。面白い試みである。
オットーは窃盗で補導された前科があり、その為どこでも雇ってくれないので、切羽詰まって音信不通だった父を頼ったという訳である。
都合のいい時だけ頼って来る娘レアもどうかと思うが、ちょうど人手が足りず困っていたオラヴィはその頼みを引き受け、オットーを店番として雇う事にする。
このオットー、チャラい若者に見えていたが、店番を任されると、絵を買いに来たお客に値札より高く買わせるなど、結構商才に長けている所があって笑わせてくれる。
謎の肖像画の作者探しにもオットーは重要な役割を果たす。ネットで検索して、その絵が実は近代ロシア美術の巨匠、イリヤ・レーピンの作品である事を確認したり、また遠路肖像画の所有権者の元を訪ね、既に亡くなっていたが、ちゃっかり自分の名付け親だと偽って看護師を安心させ、肖像画に関する資料を持ち帰って来たりと、結構大活躍する。
こうしたプロセスを経てオラヴィはオットーに、人生に大事なさまざまな事を教え、その経験を通してオットーは人間的にも成長して行くのである。祖父と孫との交流が微笑ましくジンとさせられる。
オークションのプロセスもハラハラさせられる。どうしても落札したいオラヴィは、遂に1万ユーロで落札に成功する。日本円で120万円という高額である。だが銀行は融資してくれず、ありったけの財産を売り払っても4千ユーロほど足りない。そこで切羽詰まり、娘レアに無心するが呆れられ相手にしてくれない。
だが祖父の肖像画にかける熱意を知っているオットーが、母に内緒で学資として貯めていた貯金を下ろして祖父に渡し、やっと落札金を揃える事が出来た。
だが好事魔多し、レーピンのコレクターであるアルバート(ステファン・サウク)に12万ユーロで売る話がまとまったのに、後で絵の価値を知ったオークション業者がオラヴィへの嫌がらせでアルバートに「贋作の疑いがある」と吹き込んだ為に売却は破談となり、さらにオットーの貯金を使い込んだ事がレアにバレてしまい、愛想を尽かされてしまう。
レアに金を返す為に、オラヴィはとうとう店を手放す羽目になる。
少々気の毒ではあるが、欲に目が眩んでしまって、周囲が見えなくなってしまったオラヴィの自業自得だから仕方ないだろう。
そしてある日、オラヴィは夢を果たす事無く、寂しくこの世を去ってしまうのである。
その最期を、オラヴィの体が当たって回る回転椅子が、やがてゆっくり止まる事で暗示する演出が秀逸。
遺品の整理をしていた時、レーピンの絵の後ろに隠されていた遺言状が見つかり、そこには、絵はオットーに譲る事、オラヴィの家族に寄せる謝罪の思いが書かれていた。
ここでようやく、父と娘とが和解に至るラストには泣ける。
深い余韻を残すエンディングも気持ちいい。絵画をめぐるサスペンスと、家族の絆の物語を巧みに撚り合わせた脚本・演出とも見事。なかなか見ごたえある、いい作品だった。
家族を顧みず、仕事一筋で生きて来た老人が、最後の仕事を通じて、やがて疎遠だった娘と和解する、というストーリーは、クリント・イーストウッド主演の「人生の特等席」とよく似ている。最近のイーストウッド監督・主演作「運び屋」とも似ている。作者は多少イーストウッド作品にインスパイアされているのかも知れない。
監督はと見れば、以前観て面白かった「こころに剣士を」のクラウス・ハロではないか。あの作品もじんわりと心に沁みる素敵な秀作だった。この監督は今後も注目していいだろう。 (採点=★★★★)
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コメント
Keiさん
ここにコメントすることではないかもしれませんが。。。
2010年代映画ベストテンまとめ記事完成しました
ありがとうございました
投稿: しん | 2020年3月21日 (土) 08:28
◆しんさん
ベストテンの集計と実に詳細な分析、ご苦労様でした。
感想はそちらのブログに書かせていただきました、
それにしても、10年前に比べ参加者が減りましたね(37名→23名)。ブログが全体的に減ってる事もあるのでしょうが。
さて、気が早いですが、2020年代ベストテンも楽しみです。でもそれまで生きてるかどうか(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2020年3月22日 (日) 22:20