「初恋」 (2020)
新進プロボクサーの葛城レオ(窪田正孝)は、格下相手の試合でまさかのKO負けを喫し、その後の診察で、脳腫瘍に侵されていて余命わずかと宣告される。自暴自棄になり夜の新宿の街をさまよっていたレオは、必死で逃げる少女・モニカ(小西桜子)とすれ違い、追ってきた男をパンチ一発で倒してしまう。その男は、ヤクザと手を組む悪徳刑事・大伴(大森南朋)だった。レオはモニカの話から、彼女が父親の借金のせいでヤクザに囲われている事、薬漬けにされ父親の幻覚に悩まされている事を知る。こうしてひょんな成り行きから、モニカの逃亡を手助けするハメになるレオだったが…。
私は三池崇史監督のファンである。初期の「極道戦国史 不動」(1996)の頃から注目し、破天荒な快作「DEAD OR ALIVE 犯罪者」(1999)で一気にファンとなった。ヤクザものから学園アクション、コメディ、ヒーローファンタジーとジャンルは幅広く、時に映画オマージュ作「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」とかカルト的怪作も発表したりと、和製タランティーノと呼んでもいいくらいの異能の才人だと思っている。
近年では「十三人の刺客」や「悪の教典」等のメジャーな大作も任されるようになり、いずれも水準作だった。今や日本を代表する一流監督とも言える存在となった。
が、ここ数年はどうした事か、つまらない駄作が多くなって来た。「喰女-クイメ」(2013)、「神さまの言うとおり」(2014)、「極道大戦争」(2015)、「テラフォーマーズ」(2016)などはいずれも私のワーストテンに入るくらいの酷い作品だった。2017年の「無限の住人」で多少盛り返したかなと思ったが、「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない」(2017)、「ラプラスの魔女」(2018)でまたズッコケる始末。ファンとしてはなんとも切歯扼腕の思いだった。
で、新作となる本作、タイトルを聞いただけではどんな内容の作品なのか見当がつかなかったが、とりあえずファンとしては押さえておこうと観に行ったのだが。
(以下ネタバレあり)
なんと!これは全く久しぶりの三池監督らしい本領発揮の快作であった。面白い!
配給は東映なのだが、冒頭の会社マークが近年のCG仕様でなく、「孤狼の血」でも使われた、昔のシネスコ実写版のもの。この会社タイトル見るだけでもワクワクする。やっぱり東映アクション映画には荒々しいこのタイトル画像が似つかわしい。
舞台は新宿・歌舞伎町。そして物語は大量のヤク(シャブ)をめぐってのヤクザとチャイナ・マフィアと悪徳刑事が入り乱れての争奪戦。ここに、脳腫瘍で余命わずかと告げられヤケになった若きボクサー・レオが街を彷徨ううちに、誰かから追われているらしい少女モニカを助けた事からこの騒動に巻き込まれて行く。
おおまかなストーリーは上の通りだが、ここに出所して来たばかりの昔気質のヤクザ・権藤(内野聖陽)、悪徳刑事・大伴(大森南朋)とつるんでヤクの横領を企む暴力団員・加瀬(染谷将太)、さらに愛人を加瀬に殺された事でブチ切れるヤクザの情婦ジュリ(ベッキー)といった多彩な登場人物が複雑に絡み、そこにチャイニーズ・マフィアまで参戦し、物語は怒涛の展開で進んで行く。
それぞれの登場人物の動きをカットバックで並行して描き、スピーディに物語を進めて行く三池演出がいい。
何より楽しいのは、昔の三池作品ではお馴染み、生首ゴロリとかの過剰なまでのバイオレンス描写、血みどろの殺し合いが時にユーモラスに描かれ、計画的なようで抜けている加瀬の行き当たりばったりの殺人もどことなくコミカル。染谷将太のトボけた演技が笑える(シャブを傷口に摺り込んで「痛くねえぞ」と叫ぶシーンには爆笑)。そして特筆すべきはベッキー扮するジュリのほとんど狂ってる怪演ぶり。まさかあのベッキーがこんなぶっ飛んだ役を演じるとは予想外。今年の助演賞候補に挙げたい。
脚本は、三池監督とはコンビでの仕事も長い中村雅(以前の名前はNAKA雅MURA)。多くの登場人物を巧みに網羅し、それぞれに無駄なく役割を与えた脚本が見事。中村にとってもこれまでの最高の出来と言える。
この優れた脚本と、喜々とクレージー演技を競う出演者たちの快演を得て、三池崇史監督は水を得た魚のように快調な演出を見せる。こんな楽しい三池作品を観るのは何年振りだろうか。
ダイナミックなカーチェイスもあり、終盤ではホームセンターを舞台にヤクザ、チャイニーズ・マフィア、大伴刑事らが入り乱れての壮絶な殺し合いが展開する。
最後に生き残ったレオ、モニカ、権藤たちが乗った車が駐車場の壁をぶち破り、包囲する数十台のパトカー軍団の頭を飛び越えて着地、逃亡するシークェンスがアメコミ風のアニメで描かれるのも楽しい。
実写かCGで描く予算がなかったのかと言う声もあるが、そもそもこんなありえない大ジャンプ自体がマンガチックで荒唐無稽だから、アニメでも違和感はない。と言うよりもこれは、やはりワンシークェンスをアニメで描いたタランティーノ「キル・ビル」へのオマージュなのかも知れない。
そうしたアクション、バイオレンス、ブラックユーモア等が混然一体となったB級エンタティンメントとしても十分楽しい作品だが、本作はさらに、余命宣告を受け、生きる意欲を失いかけた若者が、やがてモニカを守るという生きる目的を見出し、その目的の為に必死で行動し、人を愛する事の大切さを学んで行く感動の人間ドラマ的な要素もあり、単なるドンパチ・アクションに終わっていない所がまたいいのである。黒澤明監督の傑作「生きる」のテーマもちょっぴり盛り込まれている。
レオの、モニカを必死で守ろうとする心意気にうたれたチャイニーズ・マフィアの女の“仁”の心情や、ヤクザの生き方に虚しさを抱き始めた権藤の、自分が囮になって若い二人を逃がしてやる行動にも感動させられる。
いやあ面白かった。近年のアクション映画の中でも出色の出来栄えである。何より、最近低調だった三池崇史監督の復活が殊の外嬉しい。やっぱり三池監督にはA級大作よりも、B級プログラム・ピクチャー的アクション映画が似つかわしい。
思えば、初期の頃の三池作品、「新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争」(1995)においても、本作と同じく日本ヤクザ、チャイナ・マフィア、刑事が入り乱れる物語が描かれており、そういう意味で本作は、あの頃の初心に帰った作品と言えるだろう。また、捨て鉢な荒んだ心を持った若者が、純真な少女と出会う事で人を愛する心を芽生えさせて行くという三池監督の「愛と誠」とも似た所があり、そういう点でも本作は三池監督の集大成的な作品とも言えるだろう。
三池監督ファンなら絶対見逃せない作品だが、アクション映画ファン-とりわけ昔の東映”不良性感度映画”(岡田茂氏命名)ファンにも是非お奨めの、近年屈指のアクション映画の傑作である。 (採点=★★★★☆)
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