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2020年4月 6日 (月)

フィルム・ノワールの世界 Vol.5 その1

Filmnoirvol5

このブログでも何回か紹介し、すっかりお馴染みになった大阪・九条のシネ・ヌーヴォの特集上映「フィルム・ノワールの世界」。今回ではやVol.5となった(2月22日~4月17日)。

5回目ともなればそろそろネタギレでは、と思ったが、今回の上映作品はなんと29本過去最多。しかもやっぱり面白い作品が多い。題名だけは知っている大物監督の力作もあれば、監督の名前すらまったく知らなかったのに、観たらメチャ面白い傑作もありと実にバラエティに富み、すっかりハマって通い詰めてしまった。私が観た作品の数もこれまでのシリーズ中最多となった。以下製作年度順にレビューしてみたい。

 

Journey-into-fear「恐怖への旅」   68分

1942年・アメリカ
製作:マーキュリー・プロ=RKOラジオ・ピクチャー
日本公開:1989年
配給:インターナショナル・プロモーション
原題:Journey into Fear
監督:ノーマン・フォスター 
脚本:ジョゼフ・コットン 、オーソン・ウェルズ
原作:エリック・アンブラー 
製作:オーソン・ウェルズ 

映画史上最高傑作と言われる「市民ケーン」(1940)を製作・監督・主演したオーソン・ウェルズが、自身が主宰するマーキュリー・プロで製作したサスペンスである。今回はウェルズは監督せず、製作と助演に回っている(但し一部ウェルズが監督したとも言われている)。

主演はウェルズ作品での共演も多いジョゼフ・コットンだが、なんと本作の脚本も書いているのには驚いた。

(以下ネタバレあり)

第2次世界大戦下のトルコで、軍事兵器を扱う企業に勤め、武器援助に関するトルコ政府との交渉に当っていたアメリカ人エンジニア、グレアム(ジョセフ・コットン)が、妻ステファニー(ルース・ウォリック)と共に帰国の途に着こうとすると、突然命を狙われる。トルコ秘密警察の総帥ハキ大佐(オーソン・ウェルズ)の計らいで、グレアムは妻とも離され強制的に深夜出帆の貨物船に乗せられる。だがその船にも彼を追う殺し屋が乗っていた。

ヒッチコック作品でもお馴染みの“巻き込まれ型サスペンス”である。コットン扮する武器製作会社の技術員グレアムが、機密情報を知っているという事で命を狙われ、ウェルズ扮するハキ大佐に言われるままに貨物船に乗って逃げるわけだが、「ここなら安心だ」とハキ大佐が言ってるのに、その船に既に殺し屋が乗っている。あんまり信用出来ないな(笑)。

逃げても逃げてもしつこく追って来る、巨体の殺し屋が不気味で怖い。

船では、妖艶なダンサー(ドロレス・デル・リオ)とか、敵か味方か分からないいろんな人物がグレアムの周りに寄って来たり、いくつもの危機を乗り越え、最後は豪雨の中、ホテルの外壁を伝って逃げるグレアムと殺し屋との対決がクライマックスとなる。このラストはなかなか緊迫感があるが、そこに至るまでの演出がもう一つ。殺し屋がいるはずの貨物船内が、あまり緊迫感が感じられないし、グレアムが命を狙われるほど重要な機密情報が何なのかも不明。そんなわけで、あまり出来のいいサスペンスとは言いかねる。ウェルズの出番もあまり多くないし、ちょっと期待外れ。上映時間も68分と短い。

見どころを探せば、冒頭のカメラが地上から上昇して2階の窓から室内に入り、そこにいる殺し屋が髪を丁寧に撫でつけ部屋を出て行くまでをワンカットで撮ったシーンとか、ラストの雨の中の攻防を上からの俯瞰ショットで狙ったりの印象的なカメラワークぐらいか。それと不気味な殺し屋を演じた俳優(ジャック・モス)は良かった。

一説によると、ウェルズが監督するはずだったのにRKOと揉めて、監督を降りてしまったというから、そんなドタバタも影響してるのかも知れない。ちなみに監督のノーマン・フォスターは俳優出身で、これが監督第1作である。もっと中堅の本職監督に撮らせたら、もうちょっとましになったかも知れない。

まあオーソン・ウェルズのファンなら観ておいて損はないとは言えるだろう。

なお脚本は、資料ではコットンとウェルズの共作となっているが、クレジットではコットンの単独名となっている。
 (採点=★★★

 

 

Night-has-a-thousandeyes「夜は千の眼を持つ」   80分

1942年・アメリカ/パラマウント映画
日本公開:1949年
原題:Night Has A Thousand Eyes
監督:ジョン・ファロウ 
原作:コーネル・ウールリッチ 
脚色:バリー・リンドン、ジョナサン・ラティマー 
製作:エンダー・ボーム 
音楽:ヴィクター・ヤング 

原作が、このフィルム・ノワール特集ではお馴染みとなったコーネル・ウールリッチである点に注目。

ただしお話は、イカサマ透視術を演じていた奇術師が、ある時から本当に未来を見通せる特殊能力を得てしまい、それが悲劇を呼んでしまう、という内容で、サスペンスと言うより超能力SFものと言った方が近い。ウールリッチにしては珍しい題材の異色作である。

(以下ネタバレあり)

トライトン(エドワード・G・ロビンソン)は、ジェニー(ヴァージニア・ブルース)、コートランド(ジョン・ランド)と組んで、トリックを使ったインチキ透視術の見世物興行を行っていたのだが、ある時からトライトンは本当に未来が見えてしまうようになる。それを知ったコートランドは、トライトンの能力を利用して博打や投資で大儲け、ついには全米一の油田が隠れていた土地まで手に入れる。しかしトライトンは、ジェニーがお産で死ぬことを予知し、黙って身を隠すが、予知は当たってジェニーは一女ジーンを生むと同時に死んでしまう。そして20数年後、トライトンはコートランドの居住するロス・アンジェルスに戻って来る。美しく育ったジーン(ゲイル・ラッセル)を影ながら見守る為に…。

…というお話で、トライトンの予知能力を利用して金儲けに走るコートランドがセコい(笑)。一方でトライトンの、他人の未来の不幸まで見えてしまう自分の能力に悩む姿も丁寧に描かれ、人間の浅ましさや、予知能力を持ってしまった男の心の葛藤を描く人間ドラマとしてもよく出来ている。

後半は、ジーンが夜中の11時に、夜空の下に横たわっている幻影を見てしまったトライトンが、ジーンや警察にその事を伝え、その未来の危険をいかにして阻止するかというサスペンス的展開となる。この終盤が、ジーンを狙う犯人の時計を使った時間トリックや、その正体判明も含め、いかにもウールリッチ的フィルム・ノワールであると言える。

ミステリーなのでここでは結末は書かないが、ラストは悲しい。ジーンの危機を救い未来は変えられたが、まるでその代償であるかのように、トライトンにある結末が訪れる。

望まないのに超能力を得てしまった男の悲しみと苦悩を描いた、これは異色のミステリーである。エドワード・G・ロビンソン好演。ジーンを演じたゲイル・ラッセルが美しい。こんなフィルム・ノワールもあるのだという事である。なかなか見ごたえあり。

監督は、これもフィルム・ノワールの佳作「大時計」で知られるジョン・ファロウ。ちなみに娘は女優のミア・ファロウである。

なお劇中、「(予言は)オカルト的だ」という字幕が出て来る。原語でも“オカルト”と言っている。1942年当時にも既にオカルトという言葉があったとは知らなかった。
(採点=★★★★

 

 

Mask-of-dimitrios「仮面の男」   95分

1944年・アメリカ/ワーナー・ブラザース
日本公開:1950年
原題:Mask of Dimitrios
監督:ジーン・ネグレスコ 
原作:エリック・アンブラー
脚本:フランク・グルーバー 
撮影:アーサー・エディソン
製作:ヘンリー・ブランク 

監督が、後に「愛の泉」やソフィア・ローレン主演「島の女」などを撮った名匠ジーン・ネグレスコ。初期にはこんなフィルム・ノワールも監督していたとは知らなかった。このフィルム・ノワール特集ではこれ以外にも、後に名匠・巨匠となった監督の無名時代に撮ったB級サスペンスがいくつかあるのが興味深い。

なお原作は前述の「恐怖への旅」と同じエリック・アンブラー。

(以下ネタバレあり)

1938年、イスタンブールの海岸に凶悪犯ディミトリオスの死体が上がった。探偵作家のライデン(ピーター・ローレ)は、ディミトリオスが過去に数々の殺人を犯し、またスパイ活動も行っていたという話を聞いて興味を示し、彼の足跡を辿って行く。

主人公の探偵作家ライデンを演じているのが、フリッツ・ラング監督「M」などのピーター・ローレというキャスティングが面白い。どう見ても怪しいローレ(笑)が事件の真相を追う主人公を演じているのが、笑えてしまう。

海岸に打ち上げられた死体は、ディミトリオスの身分証を持っていた。このディミトリオスという男は、凶悪な殺人犯で、スパイ容疑もあり、またギャング団にも加わっていた事もあり、警察が追っていた。探偵作家のライデンは、小説のネタになりそうなこの男に興味を持ち、アテネで身元を調べ、そして舞台はパリへと移る。

その間、ディミトリウスに関する情報を知りたがっているピータース(シドニー・グリーンストリート)という男がライデンに接近して来る。ピータースとは何者なのか、そして死体は本当にディミトリオスだったのか。数々の謎を孕んで物語は急展開して行き、最後にすべての真相が明らかになる。

まあ死体がディミトリウス本人かどうかはだいたい想像がつく。終盤の展開もほぼ予想通り。だから謎解きよりも、ピーター・ローレ、シドニー・グリーンストリートといった名優たちや、ディミトリオス役を演じた、いかにも凶悪犯らしい顔のザカリー・スコットといった個性豊かな俳優たちの怪演を楽しむ作品であると言える。 
(採点=★★★

 

 

Cornered「影を追う男」  (未公開)  102分

1945年・アメリカ/RKOラジオ・ピクチャー
原題:Cornered
監督:エドワード・ドミトリク 
原作:ジョン・ウェクスリー、ベン・ヘクト 
脚本:ジョン・パクストン 
製作:エイドリアン・スコット 

後に「十字砲火」(1947)などの秀作を発表するエドワード・ドミトリク監督の初期の作品。主演がドミトリクとは前年のフィルム・ノワール「ブロンドの殺人者」でもコンビを組んだディック・パウエル。

捕虜収容所から釈放されたカナダ人パイロット、ローレンス・ジェラルド(ディック・パウエル)が、たった20日間だけ結婚していたフランス人妻・セレストを無残に殺害した犯人を捜し求め、ロンドンからフランス、スイス、さらにアルゼンチンのブエノスアイレスへと向かい、とうとう犯人を追い詰めるまでのお話。

ジェラルドが、フランスへの渡航に時間がかかると知ると、なんと自分でボートを漕いでドーバー海峡を渡って密入国してしまうのに驚く。

犯人は早々に、ナチスの傀儡ヴィシー政権で役人だったジャルナックだと判明する。ジャルナックは既に死亡したとされ、未亡人がブエノスアイレスにいる事を知ると、まだジャルナックは生きているのではと疑うジェラルドはブエノスアイレスへと向かう。入国歴が記載されていないパスポートで他国に出国出来るのか、とツッ込みたい所(笑)。

ジェラルドはブエノスアイレスでジャルナック未亡人に接触するが、夫は死んだとニベもない。あきらめず、いろんな関係者とも当たり、執念深くジャルナックの行方を追い求めるジェラルド。怪しげな人物が出たり入ったり、ジェラルドの身に危険が及んだりと物語はめまぐるしく二転三転する。

そして最後に、ようやくジャルナックと対決し、激しい格闘の末にジェラルドが相手を倒し、ジェラルドの復讐は終わりを遂げる、という結末。

わずか20日間しか結婚生活がなかったジェラルドが、なんでそこまで妻の復讐に燃えるのかがちょっと分かり辛いのと、話が込み入り過ぎてるのがやや難点だが、キビキビしたドミトリク演出ははまずまずという所。暗闇で、なかなかジャルナックの姿が見えない辺りとかの演出も悪くない。名匠エドワード・ドミトリク監督の、日本未公開ゆえほとんど知られていなかったこうした作品を観る事が出来ただけでも有難いと思う。
(採点=★★★

 

 

Panique「パニック」   (未公開)  91分

1946年・フランス/フィルム・ソノール
原題:Panique
監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ 
原作:ジョルジュ・シムノン 
脚色:シャルル・スパーク、ジュリアン・デュヴィヴィエ
撮影:ニコラ・エイエ

なんとまあ、「望郷」「舞踏会の手帖」「巴里の空の下セーヌは流れる」等の巨匠、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督もフィルム・ノワールを撮っていたとは知らなかった。

ナチスの占領でアメリカに亡命していたデュヴィヴィエ監督の、フランスに帰国後の第1作である。
原作は、ジョルジュ・シムノンの「仕立て屋の恋」。なんと89年にパトリス・ルコントが監督した同名の作品と同じ原作である。ルコント作品はリメイクという事になる。

(以下ネタバレあり)

パリの街外れで老嬢の死体が発見された。物盗りの犯行と見られ、日頃から人付き合いがなく、変人扱いされている占い師イール(ミシェル・シモン)に疑いの目が向けられる。そんな事も露知らず、孤独なイールは向かいのアパートに住む刑務所帰りの女アリス(ヴィヴィアンヌ・ロマンス)に恋心を抱いている。彼女にはアルフレッド(ポール・ベルナール)という愛人がいるが、ある日のことイールはアリスに、“アルフレッドが老嬢殺しの犯人だ”と仄めかす。それを聞いたアルフレッドは、アリスと共にイールを犯人に仕立てるべく策略を企む…。

いわゆる、冤罪ものである。ルコント監督「仕立て屋の恋」でも描かれていたが、孤独で人付き合いの術も知らないイールは、向かいのアパートに住む刑務所帰りのアリスに密かな恋心を抱き、近づこうとする。だがアリスの愛人はアルフレッドで、アリスは彼の身代わりで刑務所に入ったのだ。
そんな事を知らないイールは、アリスの気を惹く為に犯人はアルフレッドだとアリスに仄めかす。
そこでアリスはイールの部屋を訪れ、アルフレッドが隠していた、老嬢から奪ったカバンをこっそりイールの部屋に隠す。そして周囲に、「犯人はイールだ」と告げて回り、それを信じた住民たちが不在だったイールの部屋になだれ込み、カバンを見つけた住民たちはこれで犯人はイールに間違いないと決めつけ、集団でイールを追い詰めて行く。逃げ場を失ったイールは…。

といった具合に、丁度前回のフィルム・ノワール特集でも紹介したフリッツ・ラング監督「激怒」と同様の、一旦こいつが犯人だ、と思い込んだ群衆の、狂的なまでのマス・ヒステリーの恐ろしさを圧倒的な迫力で描いて行くデュヴィヴィエ演出が素晴らしい。まさに題名通り、人々の「パニック」状態を容赦なく描いている。

フリッツ・ラングと同じく、ナチスを逃れ亡命していたデュヴィヴィエ監督だから、「M」「激怒」で繰り返し群集心理の怖さを描いたラング監督を意識していた可能性は大いにある。思い込み、マス・ヒステリーの怖さをこの作品で学び取って欲しいと願う。

周囲に溶け込めない、弱い人間を疑い、犯人に仕立て上げてしまう冤罪は、今の時代も起きている。ついこの間も、冤罪が晴れ無罪を勝ち取った裁判があったばかりである。今の時代にこそ、この作品は改めて評価されるべきではないだろうか。

デュヴィヴィエ監督の、こんな力作が今に至るも日本未公開であったのが残念である。よくぞ上映してくれたシネ・ヌーヴォに感謝したい。これは是非多くの人に観ていただきたい秀作である。
(採点=★★★★

 

 

Desperate2「必死の逃避行」  (未公開)  73分

1947年・アメリカ/RKOラジオ・ピクチャー
原題:Desperate
監督:アンソニー・マン
脚本:ハリー・エセックス
製作:マイケル・クレイク

日本未公開作品が続く。これは西部劇を数多く手がけたアンソニー・マン監督作。前回のVol.4でも紹介したフィルム・ノワールの佳作「サイド・ストリート」(1950)もアンソニー・マン監督だった。ちなみにそちらも日本未公開だった。

(以下ネタバレあり)

出産間近な妻を持つスティーヴ(スティーヴ・ブロディ)はトラックの自営搬送業を営む。ある日身入りのいい仕事を持ちかけられ、そこに向かうと、待っていたのは窃盗団による盗品の運搬の仕事だった。善良なスティーヴは逃げようとするも脅され、強盗の片棒を担がされる破目となる。なんとか通りがかった警官にライトの点滅で知らせようとするが、窃盗団と警官の撃ち合いになり、警官は死亡、スティーヴは現場から逃走するも、逃げ遅れた主犯格の男ウォルト(レイモンド・バー)の弟は逮捕される。スティーヴはウォルトに、自分が犯人だと自首しろ、逃げればおまえの妻を殺すと脅される。なんとか逃げたスティーヴは、妻を安全な場所に隠した後に警察に出頭しようとするが、ウォルト達は執拗にスティーヴの逃亡先まで追って来る…。

これも巻き込まれ型サスペンスの佳作である。愛する妻の身を絶対に守ろうとするスティーヴの奮闘ぶりが涙ぐましい。

一方で、主犯ウォルトの捕まった弟はこのままでは死刑になってしまうので、ウォルトは必死でスティーヴを探しだして身代わり自首させようとし、私立探偵まで雇って行方を突き止めようとする。その間も刻々と死刑執行の日が近づいて来る。タイムリミット・サスペンスものは多いが、犯罪者側にとってのタイムリミットとは珍しい。アイデアとしては面白い。

ようやく妻を伯母の家に届け、スティーヴは警察に出頭して窃盗団の事を伝えるが、警察は相手にしてくれない。実は腕利きの警部が、スティーヴを泳がせて現れた窃盗団を一網打尽にしようとしていた事が後になって判る。市民を守る警察としては、やり方が無茶な気がするが。まあおかげで窃盗団は次々捕まり、ウォルトだけが最後に残る事となる。

そしてラスト、スティーヴとウォルトとの拳銃による一対一の対決がクライマックスとなる。ここはまるで西部劇である。さすが西部劇の名匠アンソニー・マン。

全編を通じ、スピーディでスリリングな展開に手に汗握ってしまう。予想以上に面白かった。演出では最初の方で、スティーヴがウォルト達にリンチされるシーンで、ぶつかった裸電球が揺れて顔が照らされたり闇に隠れたりの、光と影の演出がいかにもフィルム・ノワール的で見事だった。

出演者はほとんど無名だが、敵の主犯ウォルトを演じているのがレイモンド・バー。ヒッチコックの傑作「裏窓」で不気味な犯人を演じた俳優である。後に「鬼警部アイアンサイド」で主役を演じて有名になったが、憎たらしい犯人役も似合っている。しかしこの頃はスマートだったね(笑)。

低予算の小品だが、脚本と演出次第では緊迫したサスペンスの秀作が作れるお手本のような力作である。アンソニー・マン監督の隠れた秀作としてお奨めしたい。

なお邦題が、ウィリアム・ワイラー監督のサスペンスの秀作必死の逃亡者」(1955)と似ているが、原題も同作が"The Desperate Hours"、本作は"Desperate"とこっちもよく似ている。原題の類似性から、DVD発売業者(発売日は2014年)がワイラー作品にあやかったのかも。
(採点=★★★★

 

 

Nightmare-alley「悪魔の往く町」  (未公開)  111分

1947年・アメリカ/20世紀フォックス映画
原題:Nightmare Alley
監督:エドマンド・グールディング 
原作:ウィリアム・リンゼイ・グレシャム 
脚本:ジュールス・ファースマン 
製作:ジョージ・ジェッセル 

これまた日本未公開作。監督が「グランド・ホテル」等で知られる名匠エドマンド・グールディングというのも注目。まったくこのシリーズ、意外な後の名匠、巨匠が監督している事を初めて知るケースが多い。

主演はなんと「血と砂」「愛情物語」で有名なスター、タイロン・パワーである。グールディング監督とは前年の「剃刀の刃」(1946)でもコンビを組んでいる。

物語は、ある旅回りの見世物小屋で働く事になったスタン(タイロン・パワー)が、読心術のショーをやっているジーナ(ジョーン・ブロンデル)とピート(イアン・キース)に興味を持って二人と仲良くなり、やがて読心術を利用して人気スターになって行くが…、という見世物ショーをめぐる人生模様が描かれる人間ドラマである。いわゆるフィルム・ノワールとはややタッチが違う異色作と言えるだろう。

読心術と言っても実はインチキで、客に自身の事を書かせた用紙をスタンが巧みにすり替え、幕の後ろから用紙に書かれた内容をジーナに伝える事で、いかにも客の心の内を読み取ったかのように見せるだけ。その他客から聞いた事を、暗号を使って客に判らぬよう舞台にいる相方に伝えるといったトリックを使ったりもする。

ピートはやがて酒浸りで術が使えなくなり、しかもスタンが酒と間違えてメタノールを渡してしまい、それが原因でピートは急死してしまう。相手役を失ったジーナはスタンに読心術のテクニックを教え、やがてスタン・ジーナのコンビは人気者になるが、密かにスタンに心を寄せる一座の若い女モリー(コリーン・グレイ)がスタンに近づき、やがてスタンとモリーは独立し、二人で暗号を使った読心術が高級クラブ等でうけ、有名になって行く。

悪く言えば人をだます詐欺に近いもので、その後も死んだ娘に会いたいという金持ちの男の願望を受けて、スタンはモリーをその娘に変装させて金持ちを騙したりもする。

さすがに良心が咎めたモリーが泣きながら正体をバラしてしまうのでこのインチキはばれてしまう。

スタンはそんな具合に、野望に燃え、女を利用し、多くの人をだまし、のし上がるものの、やがてさまざまな嘘がバレて転落して行き、最後は見世物小屋の獣人(ギーク)にまで落ちぶれ、精神まで病んでしまうのである。ピートを自分のせいで死なせてしまった、自責の念も心のどこかにあったのかも知れない。

ラストは見世物小屋でスタンと再会したモリーが、スタンを抱きしめる所で物語は終わる。

スタンは立ち直るのか、それとも精神を病んだまま人生を終えるのか、その判断は観客に委ねられている。

人間の心の闇、欲望、野心を痛切に描いた、人間ドラマの力作である。さすがエドマンド・グールディング監督、見ごたえあり。タイロン・パワーも力演。

なお最近のニュースでは、「シェイプ・オブ・ウォーター」のギレルモ・デル・トロ監督が本作のリメイク映画化を進めているらしい。主演はブラッドリー・クーパー、共演がルーニー・マーラ、ケイト・ブランシェット、ウィレム・デフォーと豪華で、どんな映画になるか、完成が楽しみである。
(採点=★★★★

 

 

Odd-man-out「邪魔者は殺せ」   115分

1947・英/トゥー・シティーズ
日本公開:1951年
配給:BCFC=NCC
原題:Odd Man Out
監督:キャロル・リード 
原作:F・L・グリーン 
脚本:F・L・グリーン、R・C・シェリフ 
撮影:ロバート・クラスカー 
製作:キャロル・リード 

なんと今度は「第三の男」などの巨匠、キャロル・リード監督作品の登場である。製作は1947年で、「第三の男」はその2年後だから本作の方が先に作られている。

お話は、北アイルランドの独立運動に関わる非合法組織の男たちが、闘争資金を得る為、工場を襲撃。金の強奪には成功したが、一味のリーダーの男ジョニー(ジェームズ・メイスン)が車から振り落とされ逃げ遅れてしまう。警察の目を逃れあちこち隠れながら逃亡するが、最後に悲劇的な結末を迎えるまでが描かれる。

ジェームズ・メイスン扮する主人公ジョニーは脱獄したばかりで、長い独房生活が祟ってか、強奪直後に太陽の光に眩暈がして車に乗り遅れ、その為追って来た工場の従業員を射殺してしまったので、これで強盗殺人犯として追われることになってしまう。本来は誰も傷つけないつもりだったのに。

物語はこうしてほぼ全編、瀕死の重傷を負ったジョニーの、夕刻から真夜中までの逃亡劇が描かれる。
その過程で、ジョニーは政治運動のシンパの人々や、神父など多くの人に助けられたり、逆に賞金目当てに彼を売ろうとする者もいたり、はたまた瀕死のジョニーの姿を画にしたいと願う画家が登場したりと、街に住むいろいろな人々と触れ合う事となる。こうしたさまざまな人間模様をきめ細かく描くリード演出がいい。

そして特筆すべきは、後に「第三の男」も担当する事となる名カメラマン、ロバート・クラスカーの撮影である。カメラを傾けた斜めの構図、雨に濡れて光る歩道など、「第三の男」の光と影の映像美の原型がここに見て取れる。

後半に至り、雨はいつしか雪に変わり、ジョニーを愛するキャスリーン(キャスリーン・ライアン)が彼を逃がすべく二人で港に向かうのだが、そこで遂に警官隊に包囲され、追い詰められ、そして非情な最期を遂げる事となる。

まさにこれぞフィルム・ノワール。キャロル・リードの演出テクニックが冴える秀作である。「第三の男」ファンなら必見である。キネ旬ベストテン5位。

一つ気になるのが邦題。この題名からはまるで組織にとって邪魔になった男を殺すような話と勘違いしてしまう。確かに原題("Odd Man Out")はそう訳せない事もないが、内容からして辞書にある「仲間外れの男」とか「孤立した人」という意味だと思う。まあ適当な邦題は付け難いが。
(採点=★★★★☆

 

 

Call-northside-777「出獄」   112分

1948年・アメリカ/20世紀フォックス映画
日本公開:1949年
配給:20世紀フォックス極東支社
原題:Call Northside 777
監督:ヘンリー・ハサウェイ 
原作:ジェームズ・マッガイア 
脚本:ジェローム・キャディ、ジェーイ・ドラットラー、レナード・ホフマン、クエンティン・レイノルズ 
製作:オットー・ラング 
撮影:ジョー・マクドナルド
音楽監督:アルフレッド・ニューマン 

後に西部劇の名作をいくつも作ったヘンリー・ハサウェイ監督だが、初期にはこんなフィルム・ノワールも監督していた。

これは実話の映画化で、シカゴ・タイムス紙の記者ジェームズ・マッガイアが書いた手記が基になっている。冤罪をテーマとした、見事な力作である。

(以下ネタバレあり)

1944年10月、シカゴ・タイムス紙の3行広告欄に次のような広告が出た。「1932年11月9日のバンディ巡査殺しの犯人を知らせた方に、懸賞金5千ドルを呈す」。これに興味を持ったシカゴ・タイムス紙の社会部長ブライアン・ケリー(リー・J・コップ)は部下のマクニール(ジェームズ・スチュワート)に調査を命じる。マクニールは広告主の住所、ノースサイド777番地(これが原題)を訪ねるが、そこには貧しい掃除婦がおり、彼女はバンディ巡査殺害犯として99年の刑に服しているフランク・ウィーセック(リチャード・コンテ)の母だった。無実を信じる息子の為に、12年間食うや食わずで働き5千ドルを貯めたのだという。マクニールはこれを記事にするが、フランクに面会する等取材を続けるうちに、やがて彼は無実だと確信するようになる。検察当局の妨害にも屈せず、マクニールはフランクの無罪を立証すべく執念を燃やし続けて行く。

まるで本年公開の新作「黒い司法 0%からの奇跡」を思わせる、理不尽な冤罪に立ち向かう実話ドラマである。シカゴ・タイムス紙も実名で出て来る。

Call-northside-7773 主人公マクニールは、最初は息子の無実を信じる母の美談として記事にし、やがてこの話をシリーズ化するが、最初の頃は投獄されている当人フランク・ウィーセックが無実だとは思っていなかったようだ。
だが、さまざまな取材を続けるうちに、フランクを有罪にした根拠はワンダという一人の女性の証言だけだと知った事もあって、マクニールは次第にフランクは無罪だと信じるようになる。
やがて彼は、ほとんど執念とも言えるほどに、フランクの無罪立証に向けてひたすら走り続けて行くのである。

その必死の活動ぶりは、ジェームズ・スチュワートが主演したフランク・キャプラ監督「スミス都へ行く」の主人公を思わせたりもする。最後まで諦めず、“正義”を遂行する為に全力を傾けるマクニールの姿がスミスに重なる。

ようやく目撃証人・ワンダを探し当てるが、闇で酒を売っていた彼女は、組織に脅されているのか証言を覆そうとはしない。彼女の偽証を証明しない限り、フランクの無罪は立証出来ない。マクニールも遂に諦めかけるが、上司のケリー部長はまだ諦めるのは早いと彼を励ます。

だがある日新聞に、写真を大きく拡大する技術によって偽造が発覚した、という記事を見つけてマクニールはひらめく。ワンダとフランクが一緒に写っている写真が撮られた日付が分かれば、ワンダが偽証している事が証明出来る。
ここからは、裁判所での最終検証委員会の時刻までに、その日付が拡大された写真が届くかどうかのタイムリミット・サスペンスとなる。このプロセスには手に汗握ってしまう。

最後はホッとし、つい涙ぐんでしまった。まあクライマックスを盛り上げる為の映画的創作が入ってるかも知れないが。

ジェームズ・スチュワートは熱演だが、上司ケリー部長を演じたリー・J・コップもいい味を出している。またフランクを演じたリチャード・コンテが印象的。

実話を映画化した冤罪テーマものの初期の佳作と言えるだろう。こんな感動作に出会えるから、シネ・ヌーヴォ通いは止められないのである。
(採点=★★★★

 

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という所で、シリーズ上映はまだ続いているけれど、ここまでで9本になったので、とりあえず前半パート1として一旦アップする事とする。シリーズ上映終了後に後半をアップする予定。

 
新型コロナウイルス騒動で、シネコンでも観客はガラガラ。どの作品でもほとんど客が入っていない。経営が困難になる劇場が出て来ないか心配である。
このシネ・ヌーヴォ、フィルム・ノワール特集も途中で打ち切られないか不安だったが、なんとか上映は続行されているので一安心。観客の入りはさすがにいつもよりは少ないが、それでも半分ほど席が埋まっている回もあるので、やはり人気のあるシリーズは強い(シネコンより客が入ってる(笑))。入口に消毒液を置いて使用を義務付けたり、対策もきちんとしているので、なんとか大丈夫だろう。頑張って欲しいと願う。

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