フィルム・ノワールの世界 Vol.5 その3
シネ・ヌーヴォで鑑賞の「フィルム・ノワールの世界」の感想続き。今回で最後である。
またしても秀作揃い。どれも面白くて堪能した。
1950年・アメリカ/ワーナー・ブラザース
原題:CAGED
監督:ジョン・クロムウェル
脚本:ヴァージニア・ケロッグ、バーナード・ショーンフェルド
音楽:マックス・スタイナー
製作:ジェリー・ウォルド
女性刑務所を舞台とする、いわゆる刑務所ものである。ほぼ全編、刑務所内だけで物語が進行する異色作。
(以下ネタバレあり)
19歳で新婚のマリー・アレン(エリノア・パーカー)は、夫の強盗幇助の罪で女性刑務所に服役する事になる。9ヶ月で仮釈放になる判決だったが、刑務所内は想像を超えた過酷な所だった。看守たちの厳しい監視と制裁、暴力的な女囚たちの言動。そんな中マリーは万引きで服役しているキティ(ベティ・ガーデ)と知り合い、生き残るための知恵をアドバイスされる。
冒頭のタイトルバックで、暗い中に小さな金網付の窓だけが見え、外の風景が移動し、やがてそれが護送車の窓だったことが判るファースト・シーンが印象的。
マリーは診察で、妊娠2ヵ月という事が判る。ルース・ベントン所長(アグネス・ムーアヘッド)は、真面目に勤めれば、10ヶ月で仮釈放で出られるようになると諭す。この女性所長がなかなかの好人物。だが主任看守のハーパー(ホープ・エマーソン)は冷酷な性格で、何かと理由をつけては女囚たちを苛める。
マリーはハーパーによってバリカンで頭を刈られ、坊主頭にされたりもする。
一方で、マリーに何かと優しくしてくれるキティがおり、マリーをかばったり、看守の横暴に抵抗したり、事あるごとに刑務所に対し反抗的な態度を取り続ける。キティを演じたベティ・ガーデがなかなかの存在感を示し印象的。
マリーが8ヶ月の早産で子供を産むが、刑務所内では育てられない。彼女の母親は赤ん坊の引き取りを拒み、養子に出した方がいいと言われたマリーは半狂乱となる。
またある時、所内で子猫を見つけたマリーは看守に内緒で飼おうとするが、それをハーパーに見つけられ、渡せ、渡さないの口論から、やがて全女囚も絡んだ大暴動になって行くシーンが凄い迫力。結局マリーは暴動の責任を取らされ独房送りになってしまい、それもあってか仮釈放も延期になってしまう。
そんな具合に、映画は女性刑務所内の生態や、登場人物それぞれのキャラクターを丁寧に描き、いわゆる“女囚もの”の一つの典型パターンを作り出していると思える。
特にわが日本の篠原とおる原作のコミック「さそり」には何らかの影響を与えている気がする。もっとも本作は日本未公開なので、篠原さんが観ているかどうかは分からないが。
キティが最後にハーパー看守をフォークでめった刺しにするシーンでは、観客も大いに留飲を下げる。悪役ハーパー役のホープ・エマーソンの怪演も光る。
何やかやと事件があって、ラストでマリーはやっと仮釈放が認められ、刑務所に別れを告げる事となる。
マリーとベントン所長との、別れの挨拶をするシーンが、情感がこもっていて印象的。ここの演出がいい。
刑務所を出たマリーは、タバコを捨て、外で待っていた車に乗り込むのだが、ここでは冒頭の純情でオドオドした表情とは対照的に、ふてぶてしく悠然とした態度なのが面白い。
長い刑務所暮らしが、マリーの性格、今後の人生も大きく変えた事を示す、秀逸な幕切れである。
主演のエリノア・パーカーは本作でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、ヴェネチア国際映画祭では見事主演女優賞を受賞している。
それにしてもこのエリノア・パーカー、15年後のロバート・ワイズ監督の傑作ミュージカル、「サウンド・オブ・ミュージック」では気品ある男爵夫人を貫禄たっぷりに演じているのだ。さすが女優は変身する(笑)。
作品的にはまあまあの出来だが、珍しい女囚ものフィルム・ノワールとして記憶に留めたい1本である。
(採点=★★★☆)
1950年・アメリカ/パラマウント映画
日本公開:1952年
原題:Union Station
監督:ルドルフ・マテ
原作:トーマス・ウォルシュ
脚本:シドニー・ボーム
製作:ジュールス・シャーマー
邦題からはまるで想像出来ないが、これは黒澤明監督の傑作「天国と地獄」(1963)を彷彿とさせる、誘拐サスペンス物の秀作である。この邦題には異議あり。
(以下ネタバレあり)
冒頭、列車で移動中の富豪マチスンの秘書ジョイス(ナンシー・オルソン)は、車内で拳銃を隠し持った乗客を目撃する。車掌に連絡し、到着したユニオン・ステーション(これが原題)でステーション付きの保安刑事カルハーン(ウィリアム・ホールデン)に情報が入り、彼の捜査により、不審な男たちがロッカーに入れたスーツケースの中からマチスンの盲目の娘ローナ(アイリーン・ロバーツ)のコートが見つかり、ローナが誘拐された事を知る。
犯人たちはマチスンに、スーツケースを受け取り、この中に10万ドルの身代金を入れて駅で待てと伝えて来る。誘拐犯と、カルハーン刑事たち警察との息詰まる攻防が始まる。
たまたま列車内で、拳銃を持つ不審な男を目撃したジョイスが、その男たちが誘拐した娘の父の秘書だった、というのは偶然過ぎる気がする。
その後も、ジョイスが誘拐されたローナをよく知っていて、スーツケースにあったコートをすぐさまローナのものだと断定した事でローナが誘拐された事実が明らかになったり、身代金入りのスーツケースが犯人一味によってすり替えられた事を居合わせたジョイスが発見したりと、ジョイスがいろんな所で事件に絡んで来るのが偶然により過ぎで、この辺りはもう少し工夫が欲しかった気がする。
舞台は、カルハーン刑事が勤務するユニオン・ステーションがほとんどを占める。身代金受渡しの場所もこの駅だし、駅の地下にあるトンネルにローナを閉じ込めたり、ラストのクライマックスもこの地下トンネルでの銃撃戦となる。
ある意味、原題タイトル通り、ユニオン・ステーションという駅自体が主人公とも言える。
まあいろいろ突っ込みどころはあるが、緊迫した展開は見ごたえがあるし、誘拐されたローナが盲目という事もあってなかなか逃げられずハラハラさせられる。
それと、身代金を大勢の警察官が張り込む中で首尾よく奪取する、その方法がなかなか巧妙である。ジョイスがいなかったら身代金は警察を出し抜いて奪われていたはずである。
ラストの、ローナを殺そうとする主犯と、カルハーン刑事との追いつ追われつの攻防もスリリング。キビキビしたルドルフ・マテ監督の演出はなかなか見ごたえがある。
細かい所に目をつぶれば、誘拐サスペンス映画としてはよく出来た力作である。
カルハーン刑事を演じたウィリアム・ホールデンはさすがの名演(しかし刑事役とは珍しい)。また彼の相棒となる市警のドネリー警部役を演じたベテラン、バリー・フィッツジェラルドも渋い巧演。なおジョイスを演じたナンシー・オルソンは同年製作のビリー・ワイルダー監督の傑作「サンセット大通り」でもホールデンと共演している。
監督のルドルフ・マテは戦前、カール・テオドール・ドライエル監督の「裁かるるジャンヌ」(1928)、「吸血鬼」(1931)、ルネ・クレール監督「最後の億万長者」(1934)、エルンスト・ルビッチ監督「生きるべきか死ぬべきか」(1942)等の映画史に残る数々の名作の撮影を担当した名カメラマン。ヒッチコック監督の「海外特派員」(1940)も担当している。
後に監督に転出したが、SF映画「地球最后の日」(1951)などB級映画がほとんどでこれといった作品はない。本作はそんなマテ監督の代表作と言えるのではないだろうか。
字幕で気になる所が1ヵ所。ローナの顔を確認する為にマチスン家で撮られたホーム・ムービーを見るシーンがある。字幕ではこの映像を「ビデオ」と表示していたが、1950年当時にはビデオなんか開発されていなかったはず(原語では"Movie"と言っている)。これは8mmか16mmフィルムだろう。今の若い人は「ビデオ」の方が分かり易いと思ってるのだろうか。ちょっと首を傾げざるを得ない。
(採点=★★★★)
1950年・アメリカ/20世紀フォックス映画
日本公開:1954年
配給:映配
原題:Night and the City
監督:ジュールス・ダッシン
原作:ジェラルド・カーシュ
脚色:ジョー・アィシンジャー
音楽:フランツ・ワックスマン
製作:サミュエル・G・エンジェル
「裸の町」の名匠ジュールス・ダッシン監督の、プロレスリングを題材にした風変わりな異色作。
一攫千金を夢見る野心的な若者ハリー・フェビアン(リチャード・ウィドマーク)が、かつての世界的な名レスラー、グレゴリアスを担ぎ上げ、彼のプロモーターとなって一儲けしようと企む。グレゴリアスとの話し合いはついたが、どうしても興行には400ポンド必要だった。そこで酒場のオーナー・ノザロスや、ノザロスの妻でクラブの女主人ヘレンなどに頼み込み、酒場の経営許可証を欲しいヘレンには偽造の許可証を渡して200ポンドを得る等、なんとか400ポンドをかき集め、レスリング興行の実現に一歩踏み出すが…。
という、レスリング興行界の裏話的な内容の作品である。ウィドマーク扮する野心に燃えるチンピラが、一攫千金を夢見るも、ちょっとした手違いから興行界のボスの恨みを買い、逃げ回った末に殺されるまでの物語である。
後半で圧巻なのが、昔の名レスラー、グレゴリアスと、“人殺し”と仇名される凶暴な対戦相手とが些細な事から口論となり、やがて壮絶な格闘となるシーンである。ここはかなりの時間をかけ、プロレス技を掛け合ったりする闘いが延々と続く。
かろうじてグレゴリアスが勝つが、老齢だったグレゴリアスは心臓が弱って倒れ、やがて息を引き取る。それに怒ったグレゴリアスの息子で興行界を牛耳るボス(ハーバート・ロム)が、父が死んだのはハリーのせいだとして、裏社会に手を回してハリーを追い詰め、最後にハリーは無残な死を遂げる事となる。
ジュールス・ダッシンの演出は、前述のようにレスラー同士の格闘戦に相当力が入っている。フィルム・ノワールらしからぬ不思議な作品だ。しかし冒頭と最後のシーン、どちらも追われ走り回るハリーの姿を捉えているのだが、冒頭が野望に燃えた上昇志向を示し、ラストはドブネズミのように惨めな末路を象徴と対照的なのが、いかにもダッシンらしい冴えた演出と言える。
主演のリチャード・ウィドマークは、本作の3年前に「死の接吻」でいきなり冷酷な殺し屋役を演じて鮮烈なデビューを果たしており、以後も貫禄あるギャングやハードボイルドなアンチヒーローを演じているが、本作ではチンピラ的若者を演じているのに違和感がない。うまい役者だと改めて思った。
ハリーの恋人役を演じているのは、前掲の「疑惑の渦巻」にも出演しているジーン・ティアニー。出番が少ないのがやや残念。
なおジュールス・ダッシンは赤狩りで目を付けられていて、本作はその為ロンドンで撮影された。そして本作完成後、ダッシンは赤狩りを逃れヨーロッパに移住している。
ちなみに本作は後にアーウィン・ウィンクラー監督、ロバート・デ・ニーロ主演で、原題通りの「ナイト・アンド・ザ・シティ」(1992)の邦題でリメイクされている。
(採点=★★★★)
1951年・アメリカ/ロバーツ・プロ=ユナイテッド・アーチスツ
日本公開:1952年
配給:ユナイテッド・アーチスツ=松竹洋画部
原題:He Ran All the Way
監督:ジョン・ベリー
原作:サム・ロス
脚色:ガイ・エンドア
撮影:ジェームズ・ウォン・ホウ
製作:ボブ・ロバーツ
強盗殺人事件を起こし、逃亡中の男がある一般家庭に立て篭もるが、やがてその家の娘との間に不思議な感情が生まれて来る、というちょっと変わった味わいのサスペンス。
(以下ネタバレあり)
仕事もなく荒んだ生活を送っていたニック・ロビー(ジョン・ガーフィールド)はある時、悪い仲間に誘われて給料強盗を働くが、警官に見つかり逃走の際、追って来た警官を射殺してしまう。人混みに紛れ逃げる途中に入った公衆プールで、ニックは美しい菓子工場の女工ペグ・ドブス(シェリー・ウィンタース)と知り合い、彼女をアパートまで送って行く。人の好さそうな一家と打ち解け、誘われるままに一夜を過ごすが、ペグの父が新聞社に勤めていると聞いて、自分が殺人犯とバレたと思い、ニックは警察には密告するなと一家を脅し、しばらくはこの家に立て篭もる事にするが…。
殺人犯が逃亡中にある家に立て篭もる、という展開は、ウィリアム・ワイラーの傑作サスペンス「必死の逃亡者」を思い起こすが、「必死の-」の公開は1955年で本作より4年後。こちらの方が先である。
ただ少し違うのは、プールで知り合ったこの家の娘ペグが、いつしかニックに恋心を抱いて行く点である。
単調な生活を送っていたペグは、最初に出会ったプールで優しくしてくれた事で、ニックに惹かれる。一晩自宅に泊めた事で、もしかしたら愛情が芽生えるかも、と思った事だろう。
だからニックに一家が人質状態になっても、まだ彼の事を諦めきれない。本当はいい人なのかも知れないと淡い希望を抱く。
ニックもペグに愛情を抱き始め、やがてニックの、この家を出て二人で暮らそうという提案をペグは受け入れる。ニックはペグに金を渡し、逃走用の車を注文して来るように依頼する。
だが夜になり、約束の時間になっても車は届かない。ニックはペグが裏切ったのだと思い、ペグに銃口を突き付け外に出ようとするが、その時道路向かいにいたペグの父が拳銃でニックを撃ち、ニックは拳銃を落としてしまう。その時、ペグが取った行動は…。
ラストはここでは書かないが、女心とは不思議なものである、というのが感想である。ペグは本当にニックを愛していたのか、それともニックを油断させる為にそれらしく振舞っていたのか、真実は分からない。
最後に、遅れていた注文の車が届いた事を知ったニックが、一時にせよペグを疑った事を悔やむのだが、後の祭り。
もしかしたらペグは本当にニックを愛していたが、ニックに疑われた事で、彼への気持ちが離れてしまったのかも知れない。
そんな具合にいろんな解釈が出来るのが、この映画が並のサスペンス映画に留まらない、人間の心の機微を巧みに捕らえた秀作である事を示していると思う。
全編緊迫した中に、男女の愛情、不安と希望、疑心暗鬼、さまざまな人間ドラマを交錯させた脚本、演出、共に素晴らしい。また主演の二人、ジョン・ガーフィールドとシェリー・ウィンタースの好演も光る。
監督のジョン・ベリーは、本作の完成後、赤狩りを逃れて活躍の場をフランスに移した。74年にアメリカに帰国するも、その後再びフランスに移住している。
また主演のジョン・ガーフィールドも51年に赤狩りで召喚されるが、証言を拒みブラックリストに載せられ、もともと心臓が悪かった事も災いし、この映画公開の翌年、39歳の若さで急死している。
奇しくも本作は、共に赤狩り旋風に翻弄された監督・俳優が組んだ映画という事になる。そう考えれば本作にも、裏切り、密告といった赤狩りを連想させる要素が裏テーマとして隠されていたような気もする。
ちなみに1991年に公開された、赤狩りをテーマとした映画「真実の瞬間」(アーウィン・ウィンクラー監督)でロバート・デ・ニーロが演じた主人公デヴィッド・メリルは、ジョン・ベリーがモデルと言われている。
そういった情報を知った上で観れば、より深く本作を楽しめるだろう。
(採点=★★★★)
1951年・アメリカ/ユナイテッド・ステイツ・ピクチャー
日本公開:1954年
配給:ワーナー・ブラザース映画
原題:The Enforcer
監督:ブレテイン・ウィンダスト
脚本:マーティン・ラッキン
撮影:ロバート・バークス
製作:ミルトン・スパーリング
殺人を請け負う組織を壊滅すべく奔走する地方検事補の戦いを描くハードボイルド・タッチの力作。ハンフリー・ボガートが強面の地方検事補に扮している。
(以下ネタバレあり)
収監されている凶悪殺人組織の首謀者、アルバート・メンドーサ(エヴェレット・スローン)を裁判で有罪にすべく、地方検事補マーティン・ファーガスン(ハンフリー・ボガート)は、メンドーサの悪事を知る男リコ(テッド・デ・コルシア)を証言台に立たせようとするが、報復を恐れたリコは裁判所の窓から逃げようとして誤まって転落死してしまう。だが諦めないファーガソンは捜査を進め、未解決となっているメンドーサの殺人の目撃者であったニーナ・ロンバード(スーザン・キャボット)殺しに一役買っていた男や、死体の処理を引き受けていた葬儀屋を捕まえ、着々と組織の牙城に迫って行くが、あと一歩の決め手がない。果たしてファーガソンはメンドーサを死刑台に送る事が出来るのか…。
何と言ってもハンフリー・ボガートがカッコいい。独特のタバコの持ち方、犯罪者に迫る時の押しの強さ、早口でまくし立て、一歩も引かず鋭く敵を追い詰めて行くセリフの粋なこと。シビれる。まさにハードボイルド・ヒーロー、ボガートの魅力満載の作品である。
敵の組織が、殺人を請け負う会社組織であるというのがユニーク。依頼人から頼まれ殺しを引き受けるわけだから、動機なき殺人という事になる。まあ殺し屋を組織化したようなものか。
冒頭で、一味の殺し屋が向かいのビル屋上から、望遠照準付ライフルでリコを射殺しようとするシーンがある。まるでゴルゴ13だ(笑)。1951年に早くもこんなシーンが映画に登場していたとはびっくり。
話がやや込み入り過ぎて、前半はちょっと分かり辛い。が、面白くなるのは終盤である。
メンドーサの殺人を目撃したとされる女性ニーナは殺し屋によって殺されている。その後メンドーサの殺人の場に一緒にいた男の証言から、目撃した女性の目の色はブルーだったことが判るが、死体検分書ではニーナの目は茶色だったとある。ニーナは本当の目撃者ではない。
そこから、実はまだ生きていた本当の目撃者、ニーナのルームメイトだったテレサを探し証言台に立たせようとするファーガソンたちと、同じくテレサの存在を知り、彼女を殺そうとするメンドーサ配下の殺し屋とのスリリングな対決がクライマックスとなる。
町に買い物に出たと言うテレサを追うファーガソン。また殺し屋たちもテレサを探している。テレサを見つけた殺し屋が銃で彼女を狙うが、トラックが前方を塞いる間にテレサを見失う。この辺りはハラハラさせられる。
ファーガソンのとっさの機転が功を奏し、首尾よくテレサを見つけるが、ガラスに殺し屋が近づくのが映って…と、このシークェンスのたたみ込むようなサスペンス描写は圧巻である。
ラストのファーガソンのセリフも粋だ。テレサに、「もういいぞ。法廷でデートだ」と言い、「キミの大きな青い目を見てメンドーサは真っ青になるぞ」と続ける。出て行く二人の後ろ姿にエンドマーク。
なんとカッコいい幕切れか。ダラダラ続けるのではなくスパッと終わる。こういうシャレた演出を日本映画は見習って欲しい。
後にヒッチコック監督と多くの作品で組む事となるロバート・バークスが撮影を担当している点にも注目。
ハンフリー・ボガート・ファンにはお奨めの、ハードボイルド・ノワールの秀作である。
監督のブレテイン・ウィンダストはまったく知らない名前だが、こんな力作を作れるのだからもっと知られてもいいと思う。映画史の中に埋もれた名監督はまだまだいるのかも知れない。
(採点=★★★★)
1952年・アメリカ/RKOラジオ・ピクチャーズ
原題:The Narrow Margin
監督:リチャード・フライシャー
原案:マーティン・ゴールドスミス、ジャック・レナード
脚本:アール・フェルトン
撮影:ジョージ・E・ディスカント
製作 スタンリー・ルービン
最後は、「ミクロの決死圏」や「トラ・トラ・トラ!」で知られるリチャード・フライシャー監督作品である。ノースター、低予算B級映画にも拘わらず、予想外に面白い秀作だった。
(以下ネタバレあり)
シカゴ。長距離列車から二人の刑事が降り立つ。ウォルター(チャールズ・マグロー)とガス(ドン・ベドウ)だ。彼らの任務は、殺されたマフィアのボス、フランキー・ニールの未亡人(マリー・ウィンザー)をロサンゼルスまで護送することだった。夫人はロスで開かれる裁判で証言し、賄賂の記録帳を提出することになっていたのだ。だが早々にマフィアの殺し屋たちが彼らを襲撃し、ガスは殺されてしまう。ギャングの妻だけに気が強く、悪態をつく夫人を説き伏せ、なんとかウォルター刑事と夫人はロス行の夜行列車に乗り込むが、後を追って来た殺し屋らしき男たちも列車に乗り込んだ様子。幸い夫人の顔は殺し屋たちに知られていないようだが、彼らは列車内を歩き回り、夫人を見つけようとやっきになっている。果たしてウォルターとニール夫人は無事目的地に辿り着けるのか。さまざまな人物を乗せて列車は疾走する。
全編ほとんど、シカゴからロサンゼルスに向かう列車内で物語は進行する。列車ミステリーと言えばヒッチコック監督の秀作「バルカン超特急」が有名だが、本作もヒッチ作品に引けを取らない、緊迫したサスペンスが持続する秀作に仕上がっている。
追って来た殺し屋たちが、夫人の顔を知らない、というのが巧妙な伏線になっている。
ウォルター刑事は極力夫人と一緒の所を見られないよう神経を使う。それでも敵は荷物を探すふりをしてなんとかウォルターの客室を探ろうとする。
いつ夫人が見つけられてしまうかハラハラさせられる。
傲慢で嫌味なニール夫人を演じたマリー・ウィンザー好演。
列車内には、太った怪しげな男とか、好奇心旺盛な子供連れの婦人アン(ジャクリーン・ホワイト)が乗り合わせており、ふとしたきっかけからウォルターはアン婦人とその息子トニーとも親しくなる。
一味の一人はウォルターに近づき、金で買収しようとするシーンもある。そして列車の外には、敵の加勢らしき1台の車が並走している。
援軍もなく、絶体絶命のウォルター。果たしてウォルターは無事夫人を守り目的地に着けるのか。
…といった具合に、疾走する列車内でのめまぐるしい展開、畳みかけるサスペンス描写もそれぞれ見ごたえあるが、実は終盤、あっと驚くドンデン返しが用意されている。
これには唸った。なるほど、そう来たか。未見の方の為にここでは明かさないでおく。
物語も面白いが、さらに素晴らしいのは、随所に配置された映像テクニックのうまさである。
冒頭、ニール夫人を連れ出すシーンで、夫人のネックレスの糸が切れて珠がパラパラと階段下に落ち、それを追ったカメラが暗闇に潜む殺し屋を捕らえ、一気に緊張感が走る描写の巧みさ。
終盤で圧巻なのは、列車の外にあるカメラが走る列車と並走する車を窓ガラスに映したまま、隣の部屋に移動するシーン。追って来る車と、車内の様子をワンカットに収めるサスペンスの二重構造というアイデアが秀逸だ。
また最後のクライマックス、列車が停車している時に隣の部屋の様子が横に停まった列車の窓ガラスに映っているのを利用した逆転サスペンスもお見事。とにかく映像テクニックが凝りに凝っている。
よく思い起こせば音楽が一切使われていなかった事に気が付いた。音楽で煽らずとも、音響効果だけでもサスペンス映画は成り立つのである。
とにかく面白かった。アイデアの見事さ、脚本のうまさ、そしてリチャード・フライシャー監督の演出の卓抜さ。どれも群を抜いている。
上映時間はたったの71分! 短さをまったく感じさせないのはフライシャー演出がテンポよく無駄がないからだろう。
今回のフィルム・ノワール特集中、最高作と断言しておく。ノースターの低予算映画でも、アイデアと演出次第では傑作になり得る好例である。
脚本を書いたアール・フェルトンは、その前にもリチャード・フライシャー監督のノワール、 「札束無情」(1950)を手掛けているし、1954年にはこれまたフライシャー監督のSF映画の傑作 「海底二万哩」も書いている。フライシャー監督とはウマが合ったようである。
なお本作はその後1990年にピーター・ハイアムズ監督、ジーン・ハックマン主演で、同じ題名("Narrow Margin")でリメイクされている(邦題「カナディアン・エクスプレス」)。
それくらい、名作として認められている証拠だろう。
こんな面白い傑作が日本未公開だったとは。無数に作られたB級映画の中には、まだまだ知られざる埋もれた秀作がどこかに転がっているのかも知れない。
(採点=★★★★☆)
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というわけで、上記作を観た直後に緊急事態宣言が出され、シネ・ヌーヴォも休館となった。まだ観ていない作品があるのに、仕方ないとは言え残念無念。
結局、全29本中、21本を観た事になる。こんなにシネ・ヌーヴォの特集上映に通ったのも初めてである。それくらい、観る度に発見がある秀作揃い。
ジュールス・ダッシン監督の「街の野獣」以外は、題名すらまったく知らなかったものばかり。本当にフィルム・ノワールの世界は奥が深い。
この特集、さらに続けて欲しい。また今回上映中止で観られなかった作品も、次回番組に是非繰り入れて欲しい。
そして、一日も早く新型コロナ騒動が収まり、映画興行界に活気が戻って来る事を心から望む。シネ・ヌーヴォさん、頑張って。応援しています。
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コメント
今、川本三郎「サスペンス映画ここにあり」春秋社を読んでいるの
ですが、まだ半分くらいですが、面白いです。
40年代から60年代までのサスペンス映画を55本取り上げています。
「私は殺される」「その女を殺せ」が入っていました。
ちなみに私が見ていたのは5本。何本かでもまた名画座で見たいです。
投稿: きさ | 2020年4月28日 (火) 14:14
◆きささん
川本さんの「サスペンス映画ここにあり」は以前図書館で借りて何度も読みました。ここで紹介されてた作品はチェックし、観る時の参考にしています。
ノワール特集で、また読みたくなって図書館に予約してるのですが、非常事態宣言で図書館が全面休館になって、読みたいのに読めない、イライラ状態が続いてます。早く予約本だけでも受け取れるようになって欲しいですね。
「私は殺される」「その女を殺せ」が取り上げられてましたか。ああ、ますます早く読みたい。いっそネットで古本でもよいから買おうかな(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2020年4月29日 (水) 11:12
そうですよね。実は最後まで休館しなかった川崎図書館(偉い)がとうとう休館に決まり、午後休暇を取って借りに行きました。その時に借りた本です。読んだら感想書きます。
投稿: きさ | 2020年4月29日 (水) 13:33
「サスペンス映画ここにあり」読み終わりました。面白かったですね。
ブログに感想書きましたので機会があればご覧ください。
投稿: きさ | 2020年4月30日 (木) 21:41
◆きささん
そちらのブログにコメントさせていただきました。
図書館、いつになったら予約の本、受け取れるようになるのでしょうかね。送料払ってもいいから宅配でもしてもらえませんかねぇ(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2020年5月 3日 (日) 00:39