「一度死んでみた」
いまだ反抗期を引きずる女子大生の野畑七瀬(広瀬すず)は、売れないデスメタルバンドのボーカル。製薬会社社長の父親・計(堤真一)と2人暮らしだが、何かと口うるさく干渉してくる計が大嫌いで、ライブでは“一度死んでくれ!”と叫び続けていた。そんなある日、計が本当に死んだとの知らせが届く。実は会社乗っ取りを図るライバル製薬会社の策略に乗せられ、計が一度死んで2日後に蘇える新薬を飲んでしまったからである。その秘密を知った計の秘書・松岡(吉沢亮)から事実を伝えられた七瀬は、松岡と共に会社乗っ取り計画阻止と、計を無事生き返らせる為に行動を開始する…。
他愛ないコメディかと思い、最初は観る気はまったくなかったのだが、脚本の澤本嘉光の名前に聞き覚えがあったのでちょっと気になり観てみる事にした。
澤本嘉光と言えば、6年前に妻夫木聡主演のCM業界をめぐるコメディ「ジャッジ!」(監督:永井聡)の脚本を書いており、これがとても面白くて当時私は絶賛した記憶がある。
さまざまな小ネタをばらまき、それらがすべて伏線となって、後にきっちり回収され、最後にはちょっとした感動すら覚えた。日本製コメディとしては上出来であった。
そんなわけだから本作も一筋縄では行かないだろうとは思っていたが、観てみたら、やっぱり随所に伏線が配置され、笑いながらもハラハラさせ、最後に感動させるという離れ業をやってのけている。さすがである。
(以下ネタバレあり)
メインの物語は、上にもある通り、“一度死んで、2日後に蘇る薬を飲んでしまった、堤真一扮する製薬会社社長をめぐるドタバタ劇”である。
実はこの社長・野畑計が開発を進めている「若返り薬」の製法を横取りし、あわよくば会社も乗っ取ってしまおうと企む大手製薬会社・ワトソン製薬社長・田辺(嶋田久作)が、計の側近・渡部(小澤征悦)を利用して、計を2日以内に火葬にして完全に殺そうとしており、たまたまその計画を聞いてしまった計の秘書・松岡卓(吉沢亮)が計の娘・七瀬と力を合わせ、この悪だくみを阻止すべく奮闘する、この両者の丁々発止の駆け引きが物語をテンポよく進めて行く。
だが、もう一つ物語の芯となるのが、計と七瀬の、親子の確執である。むしろこちらの方がかなりのウエイトを占めている。
計は七瀬を、将来は会社の後継者にさせるべく、小さい時から元素記号を暗記させたり、徹底的に厳格な教育を行って来た。また計は研究に没頭するあまり、家庭をないがしろにし、母の臨終にすら戻って来なかった。その為七瀬は父に嫌悪感を抱いている。「くさい!」と言って父に消臭スプレーを吹き付けたり、父に反抗してデスメタルバンドに加わり、父の事を「一度死んでくれ!」と絶叫し歌うほどである。
父が仕事一筋で家族をないがしろにして来たが故に、娘に疎まれ、確執が生まれている、という設定は、ちょうど先日観た「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」でも描かれており、またクリント・イーストウッドの一連の主演作でもしばしば取り上げられて来たテーマであり、一つのパターンであるとも言える。
このテーマをじっくり掘り下げている点でも、本作は単なるドタバタ・コメディではない事が分かるだろう。
そんな風に父を憎んで来た七瀬だが、父が本当に殺されるかも知れないと知ってからは、懸命にその悪計を阻止すべく行動する。
憎んではいても、やはり親子の絆は断ち切れないのである。そして物語が進むにつれ、七瀬は父の本当の思いを知り、最後に父の命を救い、親子の絆を回復して行く。このエンディングには感動した。ついホロッとさせられた。
そして脚本が秀逸なのは、伏線の巧みさである。
計が、狭いロッカーの中で手早く服装を取り替える特技。
社長室に何気なく置いてある、JAXAの宇宙服(これに絡んで葬儀シーンにサプライズ特別出演のあの人にも驚いた)。
母の仏壇前になぜか置かれている母の動画ホログラム・カプセル。
父の“臭い”に敏感な七瀬。
秘書の松岡の、強烈な静電気体質。
なぜか親しみを込めて“じーさん”と呼ばれている野畑製薬研究員の藤井(松田翔太)。
そして、七瀬が暗記させられた元素記号。
これらが終盤においてすべて小気味よく回収されて行く。その見事さには唸った。とりわけ、ネタバレになるが、七瀬の名前自体に元素記号が仕込まれていて、それがパスワードになっているのには思わず膝を打った。これは暗号ミステリーとしても記憶に残るであろう秀逸なアイデアである。
音楽の使い方もなかなか気が利いている。父親のゴーストが絡むシーンで、映画「ゴースト ニューヨークの幻」の主題歌「アンチェインド・メロディー」が流れたり、宇宙服姿のあの人が現れるシーンであの「2001年」の「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れたり。思わずニンマリしてしまった。
数シーン、あるいはワンカットだけ登場の有名俳優の起用もぜいたくである。CM界で有名なお二人、浜崎慎治監督(au三太郎シリーズ)、澤本嘉光脚本(ソフトバンクモバイルの「ホワイト家族」シリーズや、トヨタ自動車「ドラえもん」シリーズ)の強力タッグだからこそ、これだけの俳優がはせ参じたのだろう。どこに誰が出て来るかを見つけるのもお楽しみである。
そして七瀬に扮した広瀬すずがいい。冒頭の髪を染めてフテくされた姿、最初は広瀬と気が付かなかったくらい。デスメタルバンドでシャウトする姿もなかなか決まってるし、歌もうまい。初のコメディ演技も難なくこなし、新境地を開拓している。そこも見どころ。
笑いあり、タイムリミット・サスペンスあり、そして最後に感動もありと、実によく出来たウエルメイドなエンタティンメントの佳作である。いやあ、楽しかった。
新型コロナウイルス騒動で世の中が暗くなっている現在、気分転換の為にも、是非本作を観る事をお奨めする。
それにしても脚本の澤本嘉光、これまで映画脚本は本作も入れてわずか3本しかないとはもったいない。前作「ジャッジ!」からは6年も間隔が空いてしまっている。こんな優れた脚本が書ける才能を、もっと映画界は活用すべきではないだろうか。 (採点=★★★★☆)
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