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2020年4月18日 (土)

フィルム・ノワールの世界 Vol.5 その2

前回に引き続いて、シネ・ヌーヴォで鑑賞した「フィルム・ノワールの世界」の感想を。今回も隠れた秀作がいくつかあった。

Sorrywrongnumber 「私は殺される」  89分

1948年・アメリカ/パラマウント映画
日本公開:1950年
配給:セントラル
原題:Sorry, Wrong Number
監督:アナトール・リトヴァク 
原作:ルシール・フレッチャー
脚色:ルシール・フレッチャー 
製作:ハル・B・ウォリス、アナトール・リトヴァク
音楽:フランツ・ワックスマン 

「追想」(1956)や「さよならをもう一度」(1961)等の秀作で知られる名匠アナトール・リトヴァク監督の、珍しいフィルム・ノワール。製作はボガート、バーグマン主演の名作「カサブランカ」や西部劇「OK牧場の決斗」などを製作したハル・B・ウォリスという組み合わせにも注目。

原作はルシール・フレッチャーが書いたラジオ放送劇のヒット作で、これをフレッチャー自身が映画用に脚色した。それ故なかなか細部までよく作り込まれている。

(以下ネタバレあり)

今の若い人は想像がつかないだろうが、この映画が作られた戦後すぐの時代は、電話がやっと個人宅に普及し始めた頃で、まだ自動接続になっておらず、受話器を上げると電話局の交換手が応対し、電話番号を伝えると交換手がジャックを差し込み、相手先に繋げるという方式だった。なので時に混線する事もあった。本作はそうした状況を巧みに物語に取り入れている。

レオナ(バーバラ・スタンウィック)はコターレル製薬会社の社長令嬢。夫のヘンリー・スチーヴンスン(バート・ランカスター)は同社の副社長である。レオナは近年心臓病を患いベッドに寝たきりである。ヘンリーは大学時代にレオナの友人サリー(アン・リチャーズ)と恋仲だったが、レオナが強引にサリーからヘンリーを奪い、父の猛反対も押し切って結婚したのである。今日はヘンリーが早く帰宅すると聞いていたので家政婦も帰したのに、9時を回っても彼は帰らず、会社に電話しても繋がらない。何度も電話するうち、混線した電話から、恐ろしい会話が聞こえてきた。今夜11時15分に例の女を殺そうという相談である。レオナはすぐ警察に報告したが、一笑にふされるだけだった。彼女は夫の秘書を呼び出して尋ねると、ヘンリーは訪客ロード夫人と共に外出したきり、何の消息もないという返事だ。ロード夫人とはあのサリーだったと思い出したレオナは、電話をかけてみた。サリーの言うところでは、検察庁に勤める夫ロードがヘンリーの行動を調査しているらしいので、注意してやるために訪問したとのことだった。夫は何か秘密を持っているのか。レオナは不安に苛まれて行く…。

アイデアが秀逸。舞台はある邸宅の二階のベッドの上。主人公のレオナは心臓の病がある為ベッドから動けない。時間は夜の9時半から11時15分までの1時間45分という、限定空間、限定された時間内のドラマである。そして物語は彼女が掛けた電話の会話だけで進行して行くという、一風変わった異色作である。但し途中で回想が何度も積み重ねられ、主人公の置かれた状況、彼女を取り巻く人物像が丁寧に描かれて行くので飽きさせない。

物語が進むに連れ、さまざまな人間と電話をする中で、夫ヘンリーの隠された秘密が次第に露わになって行く。そして終盤に至り、レオナは、実は混線した電話の殺される女とは、自分自身である事も知ってしまう。やっとヘンリーから電話がかかって来て、「早く逃げろ、助けを呼べ」と言われるが、その時には殺される時刻、11時15分まであと僅か。動けない、声を出しても隣に聞こえない。絶望の状況の中で、邸内に忍び込んだ殺人者がレオナに迫って来る。

いやあ面白い!緊迫感が全編を覆い手に汗握ってしまう。そしてラストは、まさかのバッドエンド。まったく異色のサスペンス・ノワールの傑作である。さすがアナトール・リトヴァク監督、見ごたえがあった。

レオナに扮するバーバラ・スタンウィックが好演。社長令嬢ゆえに、我が儘で気が強く、友人の恋人の男を略奪するほどの自分勝手な女を熱演している。スタンウィックは本作でアカデミー主演女優賞にノミネートされた。

原題"Sorry, Wrong Number"は、最後に殺人者が電話相手のヘンリーに対し「すみません、番号違いです」と言って切ってしまう時の言葉である。秀逸な題名である。ただ邦題はネタバレになっている気がしないでもない。

限定空間での、電話の会話だけで物語が進む構成は、近年のコリン・ファレル主演の佳作「フォーン・ブース」の原型と言えるかも知れない。本作の方は電話相手が多数だし、回想シーンも多いので、より物語が変化に富んで面白い作品に仕上がっている。お奨め。
(採点=★★★★

 

 

Act-of-violence3 「暴力行為」  82分

1948年・アメリカ/M・G・M映画
日本公開:1949年
原題:Act of Violence
監督:フレッド・ジンネマン 
原作:コリアー・ヤング 
脚色:ロバート・L・リチャーズ 
撮影:ロバート・サーティース
製作:ウィリアム・H・ライト 

監督が「真昼の決闘」「地上より永遠に」等で知られる名匠フレッド・ジンネマン。またまた後に超一流作家となる監督が初期に手掛けた低予算フィルム・ノワールの登場である。

物語のテーマとなるのは、戦争の深い傷跡である(本作が公開されたのは第二次大戦終結後3年目の年である)。

(以下ネタバレあり)

主人公フランク・エンリー(ヴァン・ヘフリン)は戦争の英雄であり、事業も成功し街の名士でもある。美しい妻エディス(ジャネット・リー)と、幼い子供がいる。表向きは順風満帆の人生である。

だが地元の功労者となった事が新聞記事になると、それを見た片足の不自由な男ジョー(ロバート・ライアン)がフランクを探すべく、はるばる長距離バスに乗ってロサンゼルス近くの町にやって来る。

足の不自由な男が訪ねて来た事を妻から聞いたフランクは突然怯え出し、逃げるようにロサンゼルスに向かう。以後追って来るジョーと、彼から逃げ続けるフランクの行動が並行して描かれる。

妻から事情を問い詰められ、仕方なく妻に語ったのは、戦時中の捕虜時代の忌まわしい記憶であった。

ジョーはフランクの部下だった男で、彼らの乗った爆撃機が撃墜され、仲間と共に捕虜収容所に入れられるが、ナチスの虐待に耐えかねた部下たちは地下にトンネルを掘り脱走しようとする(S・マックィーン主演の「大脱走」と同じ展開である)。

だが絶対成功しないと思ったフランクはジョーを止めるが、ジョーは聞き入れない。思い余ったフランクはナチスに取引を申し出て、部下たちを穏便な処分で済ませる事を条件に脱走計画の内容をバラしてしまう。

ところがナチスは約束を破り、残虐な方法で部下たちを皆殺しにしてしまうが、かろうじてジョーだけが生き残る。

フランクは部下の命を救いたいという思いでナチスに密告したのだが、それが最悪の結果を招いてしまう。

こうしてジョーは仲間の仇として、密告者のフランクを執拗に探し続けていたのだった。復讐に燃え、暗い表情でフランクをどこまでも追って行くジョー。

一方で愛する妻と子の為にも、むざむざ殺されるわけには行かないフランク。ジョーから逃れ、夜のロサンゼルスの街中を一人逃げ惑うフランクの姿を追ったカメラが素晴らしい。名手ロバート・サーティースの腕が冴える。

疲れ果てたフランクが酒場で出会った夜の女パット(メアリー・アスター)が話を聞いて殺し屋を仲介する。1万ドル出せばジョー殺害を引き受けると言うのだ。

精神的に参っていたフランクはついその申し出にOKしてしまうが、翌朝理性を取り戻した彼は殺人依頼を取り消そうとする。だが殺し屋は聞き入れず、夜の停車場にジョーをおびき出し、彼を殺そうとする。そして最後、両者の対立はラストの停車場での息詰まるクライマックスを迎える。

殺し屋も交えた三者が対決するこのシーンの、冷え冷えとした夜の停車場をさまざまなアングルで捕らえたサーティースの撮影がここでも素晴らしい。

最後にフランクが取った行動は、ジョーや死んでいった部下たちへの、贖罪の意識がどこかにあったのかも知れない。

戦争は終わっても、心に受けた傷は癒える事はない。フランクもまた、戦争の被害者なのである。なんとも悲しい物語である。

ラストで、もはや憎しみも消え、フランクの死を悼むジョーの姿がせめてもの救いである。

タイトルの「暴力行為」とは、むしろ“戦争”という巨大な暴力の果てにもたらされた悲劇を指しているのだろう。フィルム・ノワールの形を取った、反暴力、反戦争映画であるとも言える。

全編、緊迫感を漂わせたフレッド・ジンネマン監督の演出が見事である。戦争によって運命を狂わされて行く人間たちのドラマという点で、ジンネマン監督の後の秀作「地上より永遠に」の萌芽も感じ取る事が出来る

ジョーを演じたロバート・ライアンがいい。追われるフランク役ヴァン・ヘフリンも好演。また当時新人だったジャネット・リー(「サイコ」!)の初々しい人妻役も見どころ。
(採点=★★★★

 

 

Cry-of-the-city2 「都会の叫び」   95分

1948年・アメリカ/20世紀フォックス映画
日本公開:1950年
配給:セントラル
原題:Cry of the City
監督:ロバート・シオドマク 
原作:ヘンリー・エドワード・ヘルセス 
脚本:リチャード・マーフィー 
音楽:アルフレッド・ニューマン 
製作:ソル・C・シーゲル 

本フィルム・ノワール特集ではお馴染みとなった、ロバート・シオドマク監督作である。主演がジョン・フォード監督「荒野の決闘」でドク・ホリディを演じたヴィクター・マチュアというのも面白い。

(以下ネタバレあり)

警官を殺し、自らも重傷を負って病院に担ぎ込まれたマーティン・ローム(リチャード・コンテ)。彼を逮捕すべく病院にやって来たのが腕利きの警部補カンデラ(ヴィクター・マチュア)。

実はカンデラとマーティンは共にイタリア移民で、ニューヨークで育った幼馴染み。だが片や警察官、片や犯罪者となってしまった。この宿命を背負う二人の対決が最後まで物語を牽引して行く。

幼馴染みで片や警察官、片や犯罪者という設定のサスペンスは、映画に小説に、これまでにもしばしば登場している。映画としては最近では降旗康男監督「追憶」(2017)がある。岡田准一、小栗旬がそれぞれの役柄を演じている。本作はそうしたジャンルの嚆矢かもしれない。

マーティンは監獄内の病院に移されるが、同房の老人囚に脱獄の方法を教えられ、首尾よく脱獄することに成功する。なんとスプーンを使って鍵を開けてしまうのには驚くが、戦後間もない頃の収容施設はそんなものだったのかも知れない。

実は悪徳弁護士が、マーティンを陥れて宝石強盗事件の罪を被せようとした事が後に明らかになる。それを知ったマーティンは悪徳弁護士を殺し、故買屋のローズに依頼して、宝石と引き換えに南米行きの切符を入手しようとする。

マーティンは、昔馴染みのカンデラに手柄を立てさせようとローズと宝石の事をカンデラに教えるが、逮捕劇の最中にカンデラはローズに撃たれ重傷を負ってしまう。

最後は、カンデラがマーティンを追い詰め、宿命の対決となる。幼馴染みであっても罪は罪、大人しく罪の償いをせよと迫るカンデラに、それでもどこまでも逃げようとするマーティン。出血多量で意識を失いかけながらも、執念でマーティンを追うカンデラ。ラストは悲しい。

ロバート・シオドマク監督の引き締まった演出が見ごたえあり。なお脚本を書いたリチャード・マーフィは、前回のフィルム・ノワール特集で紹介した、エリア・カザン監督の秀作「影なき殺人」も書いている。いい仕事をしている。

Richard-conte 出演者はみんな好演だが、中でもマーティンを演じたリチャード・コンテがいい。これまであまり知らなかったが、個性的な風貌だし、味のある存在感を示している。注目しておこう。

マーティンの昔の情婦役を演じているのが、後に「陽の当たる場所」「いつか見た青い空」(アカデミー助演賞受賞)等で高く評価された名優シェリー・ウィンタース。本作はデビューから5年目の若い頃の出演作。前記のジャネット・リーといい、後の名優の若き姿が見られるのもこのシリーズの見どころである。
(採点=★★★★

 

 

Whirlpool 「疑惑の渦巻」  (未公開)  98分

1949年・アメリカ/20世紀フォックス映画
原題:Whirlpool
監督:オットー・プレミンジャー 
原作:ガイ・エンドア 
脚本:ベン・ヘクト、アンドリュー・ソルト
製作:オットー・プレミンジャー 

監督は「悲しみよこんにちは」「栄光への脱出」等の名匠オットー・プレミンジャー。これまた、後の名匠が初期に手掛けた低予算のフィルム・ノワールの1本である。

催眠術を利用した、ちょっと変わった味わいのフィルム・ノワール、と言うか巧みなトリックを使った完全犯罪ミステリーに近い作品である。

(以下ネタバレあり)

著名な精神科医ウィリアム・サットン(リチャード・コンテ)の妻アン(ジーン・ティアニー)は、不眠症に悩み、情緒不安定のせいで、あるデパートで万引きをして警備員に呼び止められてしまう。そこを通りかかったセラピストのデヴィッド・コルヴォ(ホセ・フェラー)はデパート側をうまくとりなし、アンの窮地を救う。以後も巧みにアンに取り入ったコルヴォは、アンと一緒に食事をした時、アンが化粧室に行った隙にアンの飲み物のグラスやスカーフ、ブローチを盗む。そしてコルヴォは、アンの夫ウィリアムの患者であり、自分にとって邪魔な存在であるテレサ夫人(バーバラ・オニール)を殺害し、アンに催眠術をかけてウィリアムが保管していたテレサの診察記録を録音したレコードを盗み出させた上、殺害現場におびき出す。これによってアンは殺人現行犯として逮捕されてしまう。現場にアンのスカーフ等の証拠品もあり、警察はアンの犯行は疑いないと決めつける。妻の無実を信じるウィリアムだが、状況はますますアンに不利になって行く…。

まるで「刑事コロンボ」の1話にもなりそうな(笑)、完全犯罪トリックである。

催眠術をかけられているので、アンはなぜ殺害現場を訪れたのか記憶がない。もしかしたら無意識で犯行に及んだのではと思い込んでしまう。しかも犯行時刻、コルヴォは手術で入院中であり、アリバイが証明されているのだ。
実はコルヴォは、なんと自分自身に催眠術をかけ、痛みを感じない体にして病院を抜け出していたのである。

他人に催眠術をかけるだけでなく、自分に催眠術をかける事もアリバイに利用した、というのがアイデアとしては秀逸である。

最後は、ウィリアムの尽力で心の重荷が取れたアンが記憶を取り戻し、コルヴォの完全犯罪は崩れ去る。


催眠術でそんなにうまく行くものか(特にアンに目的の録音レコードを正確に盗み出させる所など)、との疑問も沸くが、トリックが巧妙なので、まあ大目に見よう(笑)。

コルヴォ役を演じたホセ・フェラーが知的な犯人役を怪演して印象的。他にもアンを演じたジーン・ティアニーとか、警部補役のチャールズ・ビックフォード、テレサ夫人役のバーバラ・オニールなどうまい役者が揃っている。

そしてウィリアムを演じたのが、前掲「都会の叫び」で強烈な印象を残したリチャード・コンテ。コンテは前回紹介のジェームズ・スチュアート主演「出獄」でも、冤罪の汚名を着せられた男を好演していた。
期せずして今回のフィルム・ノワールの世界Vol.5は内容の充実もさりながら、個人的にはリチャード・コンテ発見という収穫があったのも嬉しかった。
(採点=★★★★

 

 

The-undercover-man 「秘密調査員」  (未公開)  85分

1949年・アメリカ/コロムビア・ピクチャーズ
原題:The Undercover Man
監督:ジョゼフ・H・ルイス 
原作:フランク・J・ウィルソン
脚本:シドニー・ベーム 
撮影:バーネット・ガフィー 
製作:ロバート・ロッセン

本特集Vol.2で紹介した「拳銃魔」(ドルトン・トランボ脚本)のジョゼフ・H・ルイス監督による、1931年にアル・カポネを起訴に追い込んだ財務省の特別捜査官フランク・J・ウィルソンの自伝に基づく実話の映画化作品である。

(以下ネタバレあり)

財務省の特別捜査官フランク・ウォーレン(グレン・フォード)は、ギャングの大物である”ビッグ・フェロー”(ケン・ハーヴェイ)を有罪にするための調査を命じられる。だが情報を提供するはずの男が殺されてしまい、さらにビッグ・フェローは各方面に圧力をかけ、報復を恐れた人々は、ウォーレンに情報を流さなかった。警察も非協力的で調査は難航する。それでもウォーレンは丹念に調査を行うが、やがて妻ジュディス(ニナ・フォック)にまで危険が及んだ事で、一旦は辞職する事も考え始めるが…。

B級アクション映画を撮り続けたジョゼフ・H・ルイス監督にしては珍しい、セミ・ドキュメンタリー・タッチの硬派実録ドラマである。

The-undercover-man3 主演の捜査官フランク・ウォーレンを演じているのは、後に「暴力教室」(1955)の主演で名を上げる事となるグレン・フォード。味のある好演である。

ビッグ・フェローのモデルとなっているのは、禁酒法時代のアル・カポネである。実話の映画化だが、主人公の捜査官も含め名前は少しづつ変えてある。今だったらすべて実名で映画化するだろうが。

敵は狡猾かつ卑劣である。裏切り者は容赦なく殺し、実情を知る者を震え上がらせ、警察も手を出したがらない。

それでもウォーレンは怯まず、令状を取ってビッグ・フェローが関係する場所の帳簿を押収し、やがてビッグ・フェローの帳簿係サルヴァトーレ・ロッコ(アンソニー・カルーソ)が組織を潰す鍵を握る手帳を持っている事を突き止める。ロッコは娘ローザに手帳を家から持ち出すよう指示するが、組織の殺し屋に追われたロッコは、ローザの目の前で殺されてしまう。
さらにウォーレンも敵の部下に痛めつけられ、妻ジュディスの身にも危険が迫っていることを察する。

自分はともかくも、妻まで危険に晒すわけには行かないとウォーレンは弱気になり、この仕事を辞める事も考慮し始める。

だがそんな時、ロッコの娘ローザとその祖母がウォーレンの元を訪れ、ロッコが隠していた手帳を渡される。悪に負けないようにとの言葉と共に。
彼女たちの毅然とした態度に励まされ、ウォーレンは再び戦う事を決意する。このシーンが本作の中で一番泣ける。名シーンである。

この手帳を証拠に、ウォーレンはビッグ・フェローの幹部たちを次々と逮捕し、裁判にかけるが、敵は裁判の陪審員さえも買収しようとする。それを知ったウォーレンは間一髪、裁判を延期し陪審員を入れ替え、最後にビッグ・フェローに20年の刑が言い渡された所で映画は終わる。

巨大な敵に正面から立ち向かう主人公の正義の戦いに感動を覚えてしまう。また夫を常に励まし勇気づける妻ジュディスの存在も大きい。

脇では、ウォーレンの同僚役のジェームズ・ホイットモア、それに巨漢の悪玉弁護士役、バリー・ケリーが印象的な好演。ホイットモアはこれがデビュー作との事である。

全編緊迫感に満ちた、ジョゼフ・H・ルイス監督の骨太な演出が光る。これはそのまま、登場人物の名前を全部実名にしてリメイクしても面白いだろう。力作である。

なお製作に、ロバート・ロッセンの名前がある。本作と同じ年に名作「オール・ザ・キングスメン」を監督した人である。政界を痛烈に批判したこの作品の精神が、本作にも受け継がれている気がする。そういう意味でも観る価値のある作品だと言える。
(採点=★★★★

 

 

Thewindow 「窓」   73分

1949年・アメリカ/RKOラジオ・ピクチャー
日本公開:1950年
配給:セントラル
原題:The Window
監督:テッド・テズラフ 
原作:コーネル・ウールリッチ 
脚色:メル・ディネリ 
製作:フレデリック・ウルマン Jr.

原作がフィルム・ノワール特集ではすっかりお馴染みのコーネル・ウールリッチ。

冒頭の字幕にもあるが、発想の元はイソップ童話「オオカミ少年」である。

主人公の少年がある夜、殺人事件を目撃するが、いつも嘘ばかりついているので両親に訴えても信じてもらえない。少年は目撃されたことを知った犯人から命を狙われる。果たして少年は助かるのか。息詰まるサスペンスが展開する。

(以下ネタバレあり)

これは面白い!日本公開済だが、ほとんど話題にもならなかったようだし、私もまったく知らなかった。まだまだ埋もれた傑作が探せばいくらでもあるのだと思う。

冒頭、廃墟となった建物の中で、子供たちがそこを遊び場にしているシーンが出て来る。屋上が隣の建物と繋がっており、主人公の10歳の少年トミー(ボビー・ドリスコル)がその廃墟から屋上伝いに移動し、外壁の非常階段を降りて自分の家に戻るシーンがあるが、これがトミーによる殺人の目撃、及びラストのクライマックスの巧みな伏線になっているのが秀逸。

トミーはいつも軽率に嘘を言ってしまう癖がある。予定もないのに、友達に「もうすぐ引っ越す」と言ってしまい、それが友達の親から両親の耳に入り、トミーは両親から手厳しく叱られる。

そんなある日の夜、夏の夜の蒸し暑さに、トミーは窓から外に出て、非常階段を伝って一つ上の階の窓際で寝る事にする。ところが深夜目を覚ますと、すぐ前の家で、そこの住人ケラーソン夫妻が一人の男をハサミで刺し殺す所を目撃してしまう。びっくりしたトミーは飛んで帰って母親(バーバラ・ヘイル)にその事を伝えるが、また嘘を言ってるか夢を見たのかどちらかと思い相手にしてくれない。
翌朝、トミーは夜勤帰りの父(アーサー・ケネディ)にもその事を言うが、父も母と同様いつもの嘘だろうと決めつける。トミーは今度は警察に行って殺人があった事を伝えるが、警察も信じてくれない。
それどころか、警察に行った事が母に知れ、母はなんとトミーを連れてケラーソン家に謝りに行く。これでケラーソン夫妻はトミーに殺人を目撃された事を知り、両親が外出した夜、ケラーソンはトミーの家に侵入し、トミーを殺そうと企む。果たしてトミーの命運は…。と言った具合に、終盤はトミーの命を狙う殺人犯と、彼らから必死に逃げるトミーとの息詰まる攻防戦がクライマックスとなる。

トミーが逃げ込んだのは冒頭の廃墟。殺人犯に追われ、階段が崩れたり、何度も危機的状況に陥りながらも、崩れそうな梁を利用して危機一髪、逆転勝利を収めるまでが実にスリリングで手に汗握ってしまう。結果として殺人犯の夫を殺してしまう事になるのはどうかなと思わないでもないが、まあ正当防衛、という事にしておこう。

イソップの童話と同様、日ごろ嘘ばかり言ってると、いざという時誰からも信用されなくなってしまうという教訓も込められている。これを緊迫感漂うサスペンス・ミステリーに仕立て上げたメル・ディネリの脚本が秀逸。テッド・テズラフ監督の演出も緩急自在でお見事。トミー少年を演じたボビー・ドリスコルの好演も特筆しておきたい。

サスペンス映画ファンにはお奨めの、隠れた秀作である。

同じウールリッチ原作でヒッチコックが監督した「裏窓」(1954)とタイトルが似ているが、「裏窓」でも主人公が殺人があったのではと警察に言っても信用してもらえなかったり、殺人犯人にあわや殺されそうになったりと、本作と似ている点は多い。

本作でテッド・テズラフ監督は、49年度ベルギー国際映画祭の最高監督賞を受賞しているくらいだから、国際的な評価は高い作品と思われる。なのに日本ではほとんど無視されてしまったようだ。残念である。
まあヒッチコック作品ですら、キネマ旬報ベストテンでは冷遇されているように、我が国におけるサスペンス映画の評価は不当に低いのだから仕方ないが。
1950年度のキネマ旬報ベストテンで、この作品に投票したのは淀川長治さんただ一人!さすがは分かってらっしゃる(笑)。

Thewindow2 なお、トミーが犯行を目撃するシーンのスチール写真は、今回のフィルム・ノワール特集のチラシにも使われている(右)。本特集の企画スタッフも秀作と認めている事が分かる。

ちなみにテズラフ監督はカメラマン出身で、なんとヒッチコック監督の「汚名」の撮影も担当している。本作はヒッチコックと何かと縁があるようだ。
(採点=★★★★☆

 

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今回のシネ・ヌーヴォにおけるフィルム・ノワール特集Vol.5は、本来は4月17日まで上映の予定だったのだが、新型コロナウイルス感染拡大の為緊急事態宣言が7日に出され、そのせいでシネ・ヌーヴォも4月9日から休館する事となり、特集は途中で打ち切られる事となった。

観たかった作品がまだあったのに、残念である。再開された時に続きが観られる事を期待したい。ギリギリ休館直前まで観る事が出来ただけでも幸いであるが。

で、今回の特集作品紹介その2で、本当は残り全部も紹介したかったのだが、大阪の劇場がすべて休館となり、新作映画がまったく観られない状態となったので新作に関する記事も当分書けなくなってしまった事もあり、少しのんびりしたいので、今回はここまで。残りの特集作品の紹介は次回回しにさせていただく事とする。

それにしても、1日も早く事態が終息し、また映画館で映画が観られる日が来る事を切に願いたい。またシネ・ヌーヴォを含め、ミニ・シアターが経営危機にならない事を祈らずにはいられない。

私もミニシアター・エイド基金に募金を行ったが、映画を愛する方、みんなの力で、この運動がさらに盛り上がって行く事を願う。がんばれ!ミニシアター。

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