« 「らせん階段」 (DVD) | トップページ | 「もみの家」 »

2020年5月16日 (土)

「昨日と明日の間」 (DVD)

Betweenyesterdayandtomorrow 1954年・松竹
上映時間:120分
監督:川島雄三 
脚色:椎名利夫 
原作:井上靖 
音楽:黛敏郎
製作:山本武 

非常事態宣言が一部緩和され、ようやく映画館再開の兆しが見え始めたが、当地はまだ再開の予定は立っていない。まだしばらくは劇場での映画鑑賞は難しそうだ。

なので今回も旧作のDVD鑑賞作品のレビューを。

2回続けて洋画のフィルム・ノワール作品を取り上げたので、今回は日本映画編。


今年の2月に当ブログで、これもシネ・ヌーヴォでの上映企画「川島雄三監督特集」で観た作品を紹介したが、その時のラインナップに入っていなかった作品「昨日と明日の間」(1954)のDVDを最近入手したので、これについて書く事とする。

これは、当時松竹に在籍していた川島監督が、日活に移籍する前の松竹最後の作品である。
出て行く前の置き土産とも言うべき作品だが、これがなんとも変わった、奇妙奇天烈な怪作である。ぶっ飛んでいると言ってもいい。

原作は週刊朝日に連載された、井上靖の同名小説。川島は後に日活でも井上原作の「あした来る人」を映画化している。好きな作家なのかも知れない。

(以下ネタバレあり)

Betweenyesterdayandtomorrow1 冒頭のメインタイトル前からして、なんともマカ不思議な映像。淡島千景扮する弾正れい子が電話をしているバックに、大阪の繁華街の映像(道頓堀のネオンが見える)がスクリーンプロセスで賑やかに流れ(写真1)、その相手の鶴田浩二扮する白戸魁太郎が電話しているバックにも、仏像が次々登場する記録映画らしき映像がこれもスクリーンプロセスで流れる。

そして電話を切るなり、白戸はそのままこちらに向き、社長(顔は見えない)に、今の仕事に飽きたから辞めさせて欲しいと伝える。そのバックにも、明らかにスクリーンプロセス丸分かりの映像がずっと流れている。
さらにカットが変わり、白戸がれい子に別れてくれと言い、れい子があっさり「いいわ、別れてあげる」と言うと今度は白戸がれい子を引き留める。その背後にもスクリーンプロセスの映像が流れ、やがて四角い画面がどんどん小さくなって行く。そしてメインタイトル。淡島千景が主題歌をハイテンション気味に歌っている。
Betweenyesterdayandtomorrow2
タイトルが終わると、れい子を捉えたこれまた四角い映像が斜めに傾いたまま、小さくなって行く(写真2)。

なんともアヴァンギャルドと言うかシュールと言うか、井上靖の文芸メロドラマを観に来たつもりの観客はあっけにとられた事だろう。

以後も何度か不思議な映像が出て来るが、それはおいおい述べるとして、ストーリーについて簡単に触れておく。

主人公白戸魁太郎は、常に新しい事業を立ち上げては、それが軌道に乗るとまた次の新しい事業に情熱を燃やすという、起業マニアみたいな性格の人物である。
女性に対しても事業と一緒で、一時愛しても情熱が高まると、しばらく距離を置こうとする。一方れい子は、男をとことん愛し抜こうとする一途さを持っている。
冒頭のシュールな映像のカットの積み重ねで、それらを手際よく紹介してしまう演出センスはさすがである。鶴田がすごい早口で喋るのも後の川島作品ではお馴染みだが、既にこの頃からそんな演出をしていたのである。

会社を辞め、何か事業を探すべく別府航路の船に乗った白戸は、その船上でどこか影のある女性、萄(とう)子と知り合う。彼女は自殺願望があるようで、何度かそれを引き留めたりするうち、白戸は萄子に惹かれて行く。一方でれい子にも未練がある。
勝気で鉄火肌なれい子と、清楚で内向的で、人生に絶望しかけている萄子という二人の女性の間で、白戸の心は揺れ動く。
性格だけでなく、服装までもれい子はファッショナブルな洋装、萄子はいつも和服姿と何もかも対照的なのが面白い。

白戸は航空会社を立ち上げるべく、関西の実業家、彩田周平(進藤英太郎)に資金提供を求めるが、なんと萄子がその周平の妻だった事が分かる。萄子は自分に絶対言服従を強い、行動まで監視する夫に反感を抱きつつも従っていたのだが、白戸と知り合う事で、夫と別れる決意を固めて行く。

一方、れい子は白戸の航空会社起業を知って、白戸を神戸三宮にある、日航下請けの清掃会社・青木組に案内する。この会社は社長・青木(大木実)を中心に、戦時中軍用機のパイロットだった男たちが集まって作った会社だが、いつかはまた大空を飛ぶことを夢見ている。白戸の熱意に共感した青木や仲間の玄公(大坂志郎)、佐伯(片山明彦)らは、白戸が立ち上げた航空会社の社員となって、白戸を会長、青木を社長とする民間航空会社・青木航空設立の実現に向かって走り出す。

物語はこうして、白戸のベンチャー企業設立の奮闘記と、白戸をめぐる二人の女の恋の駆け引きと葛藤を並行して描いて行く。

そして終盤、周平の資金援助もあって、遂に青木航空が開業し、盛大なパーティが開かれるが、白戸はまたも新しい事業、沈没船引き上げ会社設立を目指すべく、青木らに会社の運営を任せて一人、フィリピン行きの船に乗って旅立つ所で物語は終わる。

まあお話としては松竹お得意のメロドラマ的展開で特に新味はないし、展開もややモタつき、ダレる所があってあまり面白くはないのだが、川島監督らしいのは上にも触れた、不思議な映像表現である。

まず、三宮の青木組の事務所に行く地下通路が、映画館のスクリーン裏になってて、いつも映画が上映されている。
この通路でれい子たちが長い会話をする間もずっとスクリーンの映像がバックに映し出されている。それが何度か繰り返される。
日活で川島監督が撮った「風船」にも、銀座のバーの入口近くが映画館のスクリーン裏となっている不思議なシーンがあったが、あれは本作のバリエーションだったわけである。

Betweenyesterdayandtomorrow4 特に驚くのが、白戸とれい子が連れだって銀座を歩くシーン。突然床がガラス張りになって、その下からカメラが歩く二人を捕らえる(写真3)。
こんな場所が実際に銀座にあるのだろうか。それともわざわざセットを作って撮影したのだろうか。唖然とするばかりである(注・下記追記参照)

ラストにもまた驚く。フィリピン行きの船に乗った白戸に、セスナ機で見送り飛行をする青木が花束を落とすシーンがある。
シーンが変わると、あの三宮の地下通路でれい子が映画館裏のスクリーンを眺めているのだが、何とそのスクリーンには白戸の乗った船と青木のセスナ機が映されている!
ここはまるで、「昨日と明日の間」という映画がこの映画館で上映中で、そのラストシーンをれい子がスクリーン裏から鑑賞しているようにも見える。
ご丁寧にそのスクリーンに、「昨日と明日の間 」というエンドタイトルが裏返しでアップになり、映画自体もエンドとなる。なんともマカ不思議なエンディングである。

これらで思い出すのが、鈴木清順監督作品である。映画館のスクリーン裏でドラマが進行するシーンは、「野獣の青春」(1963)に登場するし、床がガラス張りというシュールな映像は「刺青一代」(1965)の伝説的な名シーンとして名高い。主人公たちが会話する背景にスクリーンプロセスの映像が流れるのは、「俺たちの血が許さない」(1964)で高橋英樹たちが車の中で会話するシーンの窓の外に、明らかにスクリーンプロセスで荒波が打ち寄せるシーンに応用されている気がする。

つまりは、鈴木清順監督は、川島雄三監督に多大な影響を受けていた、という事である。これは新発見だった。

鈴木清順はこの当時松竹の助監督で、同年川島監督らと共に日活に移籍している。
つまりはずっと川島監督と同じ現場で仕事をしていたわけで、川島監督の撮影風景も見ていた可能性は大いにある。影響を受けていても不思議はない。

何よりも本作における川島監督の凝りまくった映像表現は、“商業プログラムピクチャーの中でも映像的に好き勝手なことをやっていいんだ”というそれまでの映画の常識を覆す大胆なチャレンジであり、それに大いに感化され、独自の映像表現へと発展させたのが鈴木清順だったと言えるのではないだろうか。

出演者では、鶴田浩二の若々しい演技もいいが、淡島千景の溌溂とした快演は特に見ものである。中でも終盤の開業記念パーティで、白戸への未練を断ち切るように一人で踊るシーンや、その後「お控えなすって、手前生国は関西です」とヤクザの仁義を切るシーンの立て板に水のセリフは特に素晴らしい。
後の川島作品でもよく見られたが、川島監督は清楚なイメージの女優にぶっ飛んだ溌溂演技をさせるのが本当にうまい。 

Betweenyesterdayandtomorrow5 なお、れい子の妹分で関西弁でまくし立てるチャナ公という役名の女優、誰だか分らなかったが、後で調べたらなんと野添ひとみだった。この人も後の清純なイメージからは想像出来ない役柄である。

 
というわけで本作は、川島監督が後に日活、東宝で撮った、映像的にも凝った異色作の出発点とも言うべき問題作であり、川島監督ファン、鈴木清順監督ファンには共に見逃せない作品だと言えるだろう。機会があれば、劇場でじっくり観たいと思う。  (採点=★★★★

 ランキングに投票ください → にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

 

(付記1)
中盤に面白いセリフがある。青木航空の飛行場敷地に関して、羽田空港の一部を借りる事に落ち着くのだが、白戸が「多摩川は駄目だったか」と佐伯に訊くと、「一足違いでどこかの映画会社に買われてしまいました」という答えが返る。
これ、映画史に詳しい人なら大笑いするだろう。

本作が作られた昭和29年に、多摩川縁の広大な土地を取得して、東洋一と呼ばれる調布撮影所を建設したのが、日活である。つまりここに出て来る映画会社とは、日活の事なのである。

この作品の後、川島監督はその日活撮影所に行く事となるわけだから、まさに楽屋落ちギャグである(笑)。DVDを観る際には、是非このセリフを聞き逃さないように。

(5/31追記)
「川島雄三は二度生まれる」(水声社・刊)に、本作の助監督を務めた山田洋次のインタビューが掲載されており、これによると、あの銀座の床がガラス張りシーンは、スタジオにセットを組んだものだという。山田洋次は「不思議な事をやるなあと思いました。現実の銀座にはこんな道はないのに。なんともシュールでしたね」と感想を述べている。それにしても山田洋次が川島雄三の助監督だったとは意外だった。

 

DVD「昨日と明日の間」

|

« 「らせん階段」 (DVD) | トップページ | 「もみの家」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「らせん階段」 (DVD) | トップページ | 「もみの家」 »