「らせん階段」 (DVD)
今回の作品は、シネ・ヌーヴォでのフィルム・ノワール特集でお馴染みとなったロバート・シオドマク監督作。
同特集ではこれまで、「罠」(1939)、「幻の女」(44)、「らせん階段」、「殺人者」(46)、「都会の叫び」(48)、「血塗られた情事」(49)と6本のシオドマク作品を上映しており、人気が高い事が分かる。
私はそのうち「幻の女」、「殺人者」、「都会の叫び」を観ており、どれも面白かった。
そのロバート・シオドマク監督作の中でも、評判が高いのが今回取り上げる「らせん階段」。これは昨年5月の「フィルム・ノワールの世界Vol.4」で上映されており、その時観たかったのだが時間が取れず観逃してしまった。残念。
というわけで、やむを得ずDVD鑑賞となった。やはり面白かった。
(以下ネタバレあり)
舞台はニューイングランドのある町。時代は20世紀の初め頃。まだ自動車もあまり普及しておらず、移動手段はもっぱら馬車。町のホテルでは短編映画が上映されているが、なんと映写機は手動!で、映写技師が手でハンドルを回している。モーター駆動式になる前はこうやって上映していたのだろう。そうした凝った時代考証が面白い。
上映会場入口に掲示されている作品の題名は"The Kiss"。調べたら1914年の作品らしい。この事から時代は1914~5年頃という事が判る。
主人公はその町外れにある古いお邸で女中として働いているヘレン(ドロシー・マクガイア)。その邸の女主人、ウォーレン夫人(エセル・バリモア)は永く病床にあり、ヘレンが世話をしている。
実はヘレンは幼い頃、自宅が火事になり、両親が目の前で焼け死ぬのを目撃したショックで声が出なくなっていた。その事もあってか、ウォーレン夫人はヘレンを可愛がっている。
この、ヘレンが声が出せないという設定が、後段にサスペンスの道具として巧みに使われているのがうまい。
物語の方は、前述の映画が上映されているホテルの上階で、足の不自由な娘が絞殺される事件が発生する(その時映画を見ていた観客の中にヘレンがいた)。
この界隈で若い娘が殺害されるのはこれで3人目。奇妙な事に、最初に殺されたのが顔に傷のある娘、2度目は知的障害者の娘。今回の娘も含め、いずれも被害者は肉体的に障害のある娘ばかりである。
病床のウォーレン夫人は、相次ぐ謎の殺人から、声が出せない障害者であるヘレンが次の殺人の犠牲者になると直感して、すぐに邸を立ち去れと勧める。だが夫人の継子で、生物学者のウォーレン教授(ジョージ・ブレント)は、今ここを出て行くのはかえって危険だと言ってヘレンを引き止める。
この邸には、そのウォーレン教授の女秘書ブランチ(ロンダ・フレミング)、最近欧州から帰って来たウォーレン夫人の実子で、ブランチとは恋仲であるスティーヴ(ゴードン・オリヴァー)、夫人からは嫌われている様子の看護婦のバーカー、邸の用人のオーツとその妻で家政婦のオーツ夫人(エルザ・ランチェスター)が住んでいる。もう一人の登場人物として、ヘレンを愛している若い町医者パリー(ケント・スミス)がいる。
シオドマク演出はこれらの多彩な人物を手際よく紹介しつつ、物陰からヘレンを窺う黒い影を随所に登場させたりと、不気味な恐怖感を醸成させ、サスペンスをジワジワと盛り上げて行く。
後半は、看護婦が夫人と喧嘩して邸を出て行ってしまい、用人オーツは町への買い物に出掛け、酒癖の悪いオーツ夫人はブランデーを飲み過ぎて酔い潰れ、邸にいたパリー医師も急患で出かけ、ウォーレン夫人は動けない、さらに、ブランチも消えて、といった具合に、ヘレンを守る人間が次々といなくなり、ヘレンの恐怖感が更に高まって行く。
そして終盤、ついに正体を現した殺人鬼とヘレンの息詰まる対決。邸からは出られず、電話をかけようにも、声が出なくては何も伝えられないし、訪れた警官に助けを求める事も出来ない。豪雨の為、物音を立ててもかき消されてしまう。
さて、この絶体絶命の状況からヘレンはどうやって逃れるのか、手に汗握ってしまう。結末は未見の方の為書かないでおくが、意外な展開となり、ラストはちょっとした感動で締めくくられる。
さすが評判だけの事はある。サスペンス映画の傑作である。川本三郎さんの「サスペンス映画ここにあり」でもちゃんと取り上げられている。
ローソク、マッチ、ブランデー、ウォーレン夫人が隠し持つ拳銃、といった、意味ありげな小道具が伏線としてうまく使われているし、地下の酒蔵、らせん階段といった空間処理も巧み。
映像的にも、凝ったシーンが多い。例えば冒頭のタイトルバック、題名にあるらせん階段を真上から撮っているが、空間的歪みを感じさせるようなスパイラル模様が、心理的不安感を煽る(写真1)。
ちょっと、ヒッチコックの傑作「めまい」のメインタイトル、及び主人公の高所恐怖症シーンを思い起こさせる。
何度か登場する、被害者に迫る殺人鬼の目を超クローズアップし、そこに被害者の姿が映るカットも印象的(写真2)。
また電気が引かれていない暗い地下室での、ローソクの灯りを生かした陰影のある映像や、らせん階段付近の光と影のコントラスト効果は特に素晴らしい(写真3)。
シオドマク監督はドイツ出身だけあって、ドイツ映画によく見られる表現主義的な映像が巧みに応用されているようだ(同じドイツ出身、フリッツ・ラング監督の「M」にもそんな映像があった)。
そして本作のメインプロットである、閉ざされた邸内で、一人の女性が狂った殺人鬼に命を狙われ、逃げ回る、というパターンは、後の数多くのスリラー映画、ホラー映画の原点とも言えるだろう。例えばスタンリー・キューブリック監督「シャニング」もこのパターンの傑作である。
そういった点でも、これは後の映画に多大な影響を与えた、サスペンス映画の古典的名作と言えるのではないだろうか。
ちなみに本作自体も、後にイギリスでジャクリーン・ビセット主演でリメイク映画化されている(1975年、ピーター・コリンソン監督)。
ただ殺人犯の動機、当時としてはナチスの優性政策への批判も込められていたのだろうが、今の時代(特に日本)、ちょっと考えさせられてしまい素直に楽しめないのが難点か。
モニター画面を見ててもハラハラしてしまう。劇場の暗闇で観たらもっとハラハラドキドキしてしまうだろう。劇場でまた観たい。お奨め。 (採点=★★★★☆)
(付記)
原作者のエセル・リナ・ホワイト、どこかで聞いた事があるなと思ったら、なんとヒッチコック監督の傑作「バルカン超特急」(1938)の原作者でもあった。サスペンス映画史に残る古典的傑作の原作を2本も提供しているだけでも凄い(どちらも後にリメイク映画化されている点も共通)。
DVD「らせん階段」
DVD「名優が演じる犯罪の世界 狂気と戦慄の本格サスペンス傑作選」
こちらは10枚セットで、 「らせん階段」の他、フリッツ・ラング監督「復讐は俺に任せろ」、ジュールス・ダッシン監督「裸の町」、ロバート・ワイズ監督「罠」、以前紹介した「悪魔の往く町」、その他「ガラスの鍵」「湖中の女」などフィルム・ノワールの代表作が収録されている。 |
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