« フィルム・ノワールの世界 Vol.5 その3 | トップページ | 「らせん階段」 (DVD) »

2020年5月 2日 (土)

「絶壁の彼方に」  (DVD)

Statesecret2 1950年・イギリス/ロンドン・フィルム
日本公開:1951年
配給:東和=東宝 
原題:State Secret
上映時間:99分
監督:シドニー・ギリアット 
脚本:シドニー・ギリアット 
製作:フランク・ローンダー、シドニー・ギリアット 
撮影:ロバート・クラスカー 

緊急事態宣言で、ほぼ全ての映画館が休館となり、映画を映画館で観られない状況が1ヶ月近く続いている。

映画ファンとしては何とも辛い。ストレスが溜る。ああ映画が観たい。

私は映画館主義で、映画は基本映画館で鑑賞する事にしている。DVDは以前劇場鑑賞した映画の、忘れていた細部やセリフを確認する時くらいの利用に留めている。
それ以外では、観たかったのに劇場で観る機会をなくして、どうしても観たくてやむにやまれぬ時くらいか。

だけど今は映画ファンにとっても異常事態、仕方ないので映画館が再開するまでは、主義を返上して、以前購入したままになっていたDVDを自宅鑑賞する事にした。

今回取り上げる作品は、知る人ぞ知る、ツウの映画ファンの間では良く知られた、シドニー・ギリアット監督「絶壁の彼方に」

なにしろ、私が敬愛して止まない和田誠さんや川本三郎さん、小林信彦さんといった方々が、こぞってエッセイとかいろんな所でこの映画の魅力について滔々と語っているのである。和田さんはまず「お楽しみはこれからだ」で取り上げ、その後も三谷幸喜さんとの対談本「それはまた別の話」でも二人で熱く語り合っている。川本さんは評論集「サスペンス映画ここにあり」でこれについて詳しく語っているし、小林信彦さんは自身が選ぶ「20世紀の洋画100本」の中にこの作品を入れている(「2001年映画の旅」所収)。

そういう訳だから、これは前から観たいと思っていたのだが、劇場で観る事は叶わず、レンタルビデオ屋にも置いてない。やっと最近ジュネス企画からDVDが出たので入手する事にした。

製作は、ヒッチコック監督の傑作サスペンス「バルカン超特急」の脚本を共同で書いたフランク・ローンダーとシドニー・ギリアットのコンビで、ギリアットが脚本と監督を担当している。
ギリアットはもう1本、「ミュンヘンへの夜行列車」(キャロル・リード監督)というこれも面白いサスペンスの脚本を書いている。これだけでも期待が高まる。

ツウの人たちが絶賛するだけの事はある。面白かった。これは傑作だ。

(以下ネタバレあり)

舞台は、東欧かどこかの架空の国ヴォスニア(現在のボスニアとはスペルが違う)。独裁者ニヴァ将軍(ウォルター・リラ)が絶対権力を握り、人口の99パーセントがニヴァ将軍を支持しているという。そんな国から、アメリカの著名な外科医で今はロンドンにいるジョン・マーロウ博士(ダグラス・フェアバンクスJr.)の元に、彼の功績に対して賞を贈り、且つ公開手術を行って貰いたいという招待状が届く。友人の中には止めた方がいいと忠告する者もいたが、政治と医学は関係ないと考えるマーロウは一人で同国へ向かう。国賓的な歓迎を受けた彼はいよいよ公開手術に取り掛かったが、実は患者がくだんのニヴァ将軍である事を知ってしまう。手術の結果は良好だったが、同国のナンバー2的存在のガルコン大佐(ジャック・ホーキンス)は秘密が漏れるのを恐れマーロウを出国させない。そのうちに将軍の容態は急変し、マーロウの努力にも拘らず、将軍は死亡する。ガルコン大佐はこの重大機密を知ったマーロウを抹殺しようとし、それを察知したマーロウは逃亡を図る。ガルコンはマーロウを全土に指名手配し、国家警察が総力を挙げマーロウを追う。果たしてマーロウはこの国を脱出する事が出来るのか…。

なにしろ独裁国家だから、国中すべてが敵。マーロウの手配写真を持った警察がいたる所で検問し、網を張っている。マーロウはアメリカ公使館に逃げ込もうとするが、手配が厳重で近づく事も出来ない。公使館に電話をすると、途中でいきなり断線し、しかも即座に警察が電話ボックスに駆け付けて来る。電話も盗聴されているのだ。

こんな状況からどうやって逃げられるのか、絶体絶命である。しかもヴォスニア人達は自国の言語で喋るので、マーロウには何を喋っているのか意味が解らない(字幕も出ない)。なので、余計不安と孤独感、恐怖感がつのる。
この映画の為に、わざわざ架空の言語、ヴォスニア語を言語学者の協力で作り上げたそうだ。街中のポスターや看板に至るまでこのヴォスニア語を配置するという凝りようである。

マーロウは追われて、ある劇場に逃げ込む。舞台で歌い踊る、コーラスガールのリザ(グリニス・ジョーンズ)が英語で歌っていたので、英語が話せるなら分かってもらえると思ったか、藁をもつかむ思いでリザに協力を求める。
リザにはまったく迷惑な話で、最初は断り続ける。助けた事が知れると自分の命も危ういわけだから。
それでも、少しだけならと彼を部屋に泊めるのだが、やがて部屋を訪れた男がマーロウを見て警察に連絡し、成り行きでリザはマーロウと共に逃げ回る羽目となる。

“巻き込まれ型サスペンス”というのはヒッチコック作品でお馴染みのパターンだが、本作で巻き込まれるのは主人公ではなくリザの方。マーロウはむしろ赤の他人を無理やり巻き込んだ方である。“他人巻き込み型サスペンス”(笑)というのが変わってて面白い。

もう一人、巻き込まれてしまったのが政府に隠れて密輸業を営むテオドール(ハーバート・ロム)。マーロウに、ある手違いで背広の上着を奪われ、そのポケットに密輸の証拠書類が入っていたので、それをネタにマーロウはテオドールに「自分たちが国外に脱出する手助けをして欲しい。出来ないなら警察にこの持ち物を渡す」と言って脅すのである。
それで仕方なくテオドールは自分のコネクションを使って、マーロウとリザを国境まで案内する助っ人を用意するハメになる。

実はそこに至る周到な伏線が用意されている。将軍の死亡で、マーロウがガルコン大佐の元から逃げ出す時、上着を持ち出す余裕がなく、ワイシャツの上からコートを羽織った姿で脱出せざるを得なくなる。そして逃げる途中、床屋に逃げ込んで追跡をかわすシーンがあるが、この時ハンガーにコートを掛けた上から、後から入ったテオドールが自分の上着を掛けてしまったのである。髭剃りが終わり、床屋の主人がその上着をマーロウのものだと思い込んでマーロウに着せてくれる。マーロウもその方が都合がいいので、その上着を着たまま逃げ回る。その上着が、結果としてマーロウの命を救う事になったわけである。脚本が秀逸。

巻き込まれたテオドールはえらい迷惑である。マーロウとの別れ際、テオドールが「二度と床屋で上着は預けない」とボヤくのが笑える。テオドールを演じるハーバート・ロムのトボけた快演が楽しい。ちなみにロムは後にピーター・セラーズ主演「ピンク・パンサー」シリーズでも、セラーズ演じるクルーゾー警部がもたらす騒動にいつも巻き込まれて被害を被る事となる。

まあそういった調子で、全編のほとんどがマーロウの逃亡脱出劇、後半はリザも加えて二人の、国境を目指してのスリリングな道行が連続する事となる。
ガルコン大佐側も、警察力とあらゆる情報網を使って、ちょっとした手掛かりからマーロウたちをジリジリ追い詰めて行く。この緊迫感、スリルは手に汗握ってしまう。ギリアット監督のテンポいい演出が冴える。

終盤は邦題にある通り、高い山頂の向こうにある国境を目指して、険しい断崖絶壁が続く山道を進む。ロケを多用したこのシークェンスもハラハラしどおし。いわゆるクリフハンガーものの元祖と言えるだろう。

(以下完全ネタバレ。映画を観た方のみドラッグ反転してお読みください)

せっかく国境を越えた、と思ったものの、結局ガルコン大佐に捕まってしまう。「5分だけやる」と言われ、5分後にはマーロウたちは“事故死”に見せかけて殺されてしまう事となる。
さて、マーロウたちはどうやってこの絶体絶命の危機を逃れるか。それは映画を観てのお楽しみ。
(↑ ネタバレここまで)


とにかく素晴らしい傑作である。映画通の方々が絶賛するだけの事はある。国家すべてから追われる絶望的な状況からの逃亡・脱出サスペンスであり、後半は雄大な山岳を踏破する冒険サスペンスの味わいもある。
石上三登志さんは本作を評して「英国冒険映画の最も面白い作品の一つであり、ジョン・バッカンからアリステア・マクリーンに至る冒険小説の見事な映画的実証である」と書いている。

いろんな点において、本作は後に登場する秀作サスペンス映画のお手本、原点と言えるのではないだろうか。
例えば、言葉の解らない異国からの脱出・逃亡劇では、ヒッチコック監督の「引き裂かれたカーテン」がある。国家全体から追われるという点も共通する。
ロマン・ポランスキー監督の「フランティック」(1988)でも、異国で言葉が解らない不安感がサスペンスを増幅させていた。主人公を演じているのはハリソン・フォード。
明らかにこれらの作品は、本作の影響を受けていると言える。


そして今の時代に観ても古さを感じさせないのは、一人の独裁者が牛耳る軍事独裁国家という存在である。現にお隣にもそんな国家がある。本作には独裁者の替え玉が登場するが、あの国でも時に替え玉が公の場に登場した事があると言われている。トップの死亡説がまことしやかに囁かれたのはつい最近。

つまり現実世界でも、この映画に登場するヴォスニアのような国家は現存している。だから本作にはフィクションとは思えない、不気味なリアリティが感じられるのである。

この映画、現代でも、実在の独裁国家をモデルにそのままリメイクしたら面白いと思う。それくらい本作は、普遍的な名作と言えるだろう。サスペンス映画ファン必見である。  (採点=★★★★☆


 ランキングに投票ください →
 にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

 

(付記1)
スタッフでは、カメラマンが、この前年に傑作「第三の男」(1949)の撮影を担当した名手ロバート・クラスカー。さすがいい映像が多い。

そして助監督にガイ・ハミルトンの名前がある。後に監督に昇格、ご存じ「007/ゴールドフィンガー」他007シリーズを数本監督した人である。日本では当たり前だが、外国では助監督が一つの職業で、助監督から監督に昇格するケースはごく稀である。ハミルトンは他の数本のイギリス映画でも助監督として名前を見る事がある。そのハミルトン、後に上にも名前が挙がっている英国冒険小説作家、アリステア・マクリーン原作の「ナバロンの嵐」(1978)を監督しているのが面白い。

(付記2)
本作の原題は"State Secret"。「国家の秘密」と訳せるが、「秘密国家」とも読める。なかなかいい題名である。

ただ、この題名では作品の内容が分かりにくい(娯楽サスペンス映画と思ってくれない)と考えたのか、後に"The Great Man-Hunt"  (大人間狩り)と改題されている。(下右)

Statesecret1

だけど、これでは却って安っぽいアクション映画と見られ、作品のステータスが下がってしまうのではないか。元の題名でいいと思うけどね。

 

DVD[絶壁の彼方に」

 

DVD「サスペンス映画コレクション・名優が演じる暗黒の世界」

上のDVDは高いと思われる方はこちらがお奨め。10枚セットで「絶壁の彼方に」の他「その女を殺せ」、「ギルダ」、「暗黒街の弾痕」(フリッツ・ラング監督)、「月光の女」(ウィリアム・ワイラー監督)などフィルム・ノワールの秀作が収録されている。

 

|

« フィルム・ノワールの世界 Vol.5 その3 | トップページ | 「らせん階段」 (DVD) »

コメント

この映画は面白そうですね。
和田誠さんの「お楽しみはこれからだ」だったかで紹介されてから見たいと思っています。「ミュンヘンへの夜行列車」は割と最近名画座で見ることができたので、スクリーンで見たいなあ。

投稿: きさ | 2020年5月 3日 (日) 09:55

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« フィルム・ノワールの世界 Vol.5 その3 | トップページ | 「らせん階段」 (DVD) »