「もみの家」
当地、関西では緊急事態宣言解除を受けて、やっと22日の金曜日から、一部の映画館で上映が再開される事となった。ありがたい事である。
22日(一部は23日)からの再開は、大阪ではシネリーブル梅田、テアトル梅田、第七芸術劇場、シネマート心斎橋等のミニシアター、シネコンではステーションシティシネマくらいで、ブルク7とミニシアターのシネ・ヌーヴォは6月1日から、TOHOシネマズは地方では既に再開している所もあるが関西は未定。
といった所である。
上映規模も小さく、レイトショーは無し、シネコンでは旧作が多くを占めていたりと、本格稼働まではまだしばらく時間がかかりそうである。
それでも、映画館の大スクリーンで映画が観られるのは、ファンとしてはまことにありがたい。それを素直に喜びたい。
そんなわけで、上映再開を知って私は22日に、仕事も早々に片付け、まずはテアトル梅田で本作を観る事とした。
入口ではマスク着用と、手指のアルコール消毒が義務付けられ、受付窓口はビニールカーテンで仕切られていて、座席は1つ間隔で、いわゆる市松模様の指定席になっている。それら以外は、これまでと変わらない。
久しぶり(約1ヵ月半ぶり)に見るスクリーンは、(ミニシアターゆえシネコンよりは小さいけれど)やはり大きい。ホッとする。
(物語)16歳の彩花(あやか・南沙良)は他人付き合いが苦手で、学校に居場所がなく不登校を半年間も続けている。心配した母・朋美(渡辺真起子)は、心に不安を抱えた若者を受け入れる施設、
“もみの家”の存在を知り、そこに彩花を預ける事とする。もみの家の主・佐藤泰利(緒形直人)、恵(田中美里)夫婦は、優しく彩花を迎え入れてくれる。自給自足で農作業をこなす寮生たちとの共同生活に最初は馴染めず、おふざけ者の伴昭(上原一翔)に泥の中に突き飛ばされ、帰りたいと泣く事もあった。それでも近所の優しい老人・ハナエ(佐々木すみ江)に慰められたり、もみの家OBの淳平(中村蒼)に仄かな恋心も抱いたり、そうした人々との出会いや、豊かな自然に囲まれて過ごす穏やかな時間の中で、彩花は少しづつ自分自身と向き合うようになって行く。
富山での全面ロケによる、四季の自然の風景がとてもいい。初夏の田植えに始まり、秋の稲刈り、脱穀、風物詩としての秋祭り、雪に閉ざされる冬、そして桜の咲く春…と、ほぼ1年にわたって、じっくり時間をかけて撮影した事が分かる。
古い大きな造りの、もみの家の外観も年季を感じさせる(下)。
主人公・彩花は不登校の引き籠り。もみの家で生活するようになってもなかなか馴染めない。こんな所に居たくないと思ったりもする。
それでも、自然に包まれ、農作業をし、自分たちで収穫した野菜、穀物を料理し、腹一杯食べ、ぐっすり寝たりといった、それまでの家庭や学校では味わえなかった充実した生活を続ける中で、彩花は少しづつ周囲の環境に馴染んで行く。
特に収穫したトマトを一口食べた時、彩花は思わず「美味しい!」と口走る。丹精込めて、自然の中で作ったものはスーパーで買ったものよりずっと美味しい。そんな物作りに自分も参加しているのだと自覚する。
彩花は知らず知らず、自分の居場所をここに見つけて行くのである。
以前もみの家にいた淳平が、彩花を車に乗せ、高台に案内する。そこからは富山市の街並みが一望出来る。丁度夕陽が沈む所で、その美しい光景に彩花は感動を覚える。
自然とはなんて雄大で美しいのだろう。つまらない事で悩んでいた自分が恥ずかしくなる。
我々観客も、その美しさに見とれてしまう。撮影が素晴らしい。
彩花はそんな淳平に淡い恋心を抱いたりもするのだが、その淳平もやがて教師となる為この街を去って行く。
出会いがあり、別れもある。それもまた人生。
また、知り合った老人、ハナエとの交流もある。子供たちが都会に出て、一人ぼっちで生活しているハナエを気の毒に思い、何かと世話を焼く。
そのハナエは冬のある日、亡くなってしまう。葬式に参列した彩花は、こんな時にしか帰って来ないハナエの息子をついなじってしまう。
またある時は、もみの家の泰利の妻・恵の出産にも立ち会う。
人の死、そして誕生の場にそれぞれ立ち会う事で、彩花は人生の意味、生きている事の素晴らしさを実感し、さまざまな体験を経て、人間的にも成長して行く。
もみの家の主・泰利が劇中で、「もみというのは、脱穀前の稲の実の事で、まだ固い殻を被った米の事なんです。家族も、我々も、時間をかけてその固い殻を破る手助けをするんです」と語るのだが、いい言葉である。まさしく彩花は、この家で生活するうちに、自分の固い殻を破って自立して行くのである。
そして春、彩花は敢えて家に帰らず、もみの家からこの町の高校に通う事を決心する。
観終わって、感動が広がって行き、とても心が温かくなった。いい映画である。
不登校、引き籠り、独居老人の孤独死、といった社会的に深刻なテーマを盛り込みながら、決して暗くならず、爽やかで後味のいい作品になっているのは監督の手腕だろう。
監督の坂本欣弘は富山県出身で、大学在学中に映画監督の岩井俊二が主宰するplay worksにシナリオの陪審員として参加したそうだ。自然の風景の中で少女が成長するピュアな映像タッチは、そう言えば岩井俊二作品を思わせる所がある。長編デビュー作である前作「真白の恋」は未見だが、本作同様、富山で全面ロケをしているそうだ。これも観てみたい。
今後が期待出来る新人監督である。
彩花を演じる南沙良は、三島有紀子監督の佳作「幼な子われらに生まれ」(2017)でも多感な少女を好演していた。本作でも見事な演技を見せている。奇しくもあの作品でも、最後で赤ん坊の誕生に立ち会っていた。
田舎の老女を演じていた佐々木すみ江は昨年2月に亡くなられている。撮影は一昨年行われたのだろう。素敵な役者だった。エンドロールで佐々木さん追悼の字幕が出たのも良かった。
ちょっと残念なのは、もみの家の寮生たちが点描になっていて存在感が希薄な点。もう少し一人ひとり、役柄を膨らませて欲しかった。彩花を田んぼに突き落とす伴昭など、もうちょっと活躍するかと思ったのにその後ほとんど目立たないし。
もみの家が、どういう収支形態で運営されているのかも説明不足。預けた親達からどのくらい費用をいただいてるのか、組織か自治体かのバックアップはあるのか。そこらはきちんと描いておくべき。登場人物がみな善人ばかりというのもどうか。やや脚本が弱い気がする。
といった難点はあるものの、心温まる物語、また大自然の風景、四季折々の映像にも感動させられる本作は、コロナ騒動で心が滅入っている現在、緊急事態が解除されて初めて鑑賞する映画としては、精神衛生上もよろしいお奨めの作品だと言える。是非多くの人に観て欲しいと思う。
観客は残念ながら、私を入れてたった3人だった。まあ解除直後で、あまり宣伝も出来ず、地味な作品だから仕方ないかも知れないが。
ミニシアターはこれからも経営が大変だと思うが、頑張って欲しい。映画ファンみんなで応援しよう。 (採点=★★★★)
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