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2020年6月13日 (土)

「ANNA アナ」

Anna 2019年・フランス=アメリカ合作  119分
製作:ヨーロッパ・コープ
配給:キノフィルムズ
原題:Anna
監督:リュック・ベッソン
脚本:リュック・ベッソン
音楽:エリック・セラ
製作:マーク・シュミューガー、リュック・ベッソン

東西冷戦下の1990年を舞台に、諜報機関によって造り上げられた最強の女殺し屋を主人公にしたスパイ・アクション。監督は「ニキータ」「レオン」のリュック・ベッソン。主演はロシア出身のスーパーモデルで、ベッソン監督作「ヴァレリアン 千の惑星の救世主」にも出ていたサッシャ・ルス。共演は「ワイルド・スピード」シリーズのルーク・エヴァンス、「ダンケルク」のキリアン・マーフィ、「グッドライアー 偽りのゲーム」のヘレン・ミレンなど。

1987年、モスクワで恋人と共にクスリに溺れる日々を過ごしていたアナ(サッシャ・ルス)は、堕落した生活にピリオドを打つため、海軍に志願。やがて優秀な成績を認められた彼女は、ソ連の諜報機関KGBの捜査官アレクセイ(ルーク・エヴァンス)の目に留まり、過酷な訓練を経て、やがてKGB上官のオルガ(ヘレン・ミレン)の配下となり、オルガの指示の下、次々と国家の邪魔者を消し去る一流の暗殺者へと成長して行く。だがそんなアナに、米国CIAのエージェント、レナード(キリアン・マーフィ)も触手を伸ばして来る…。

リュック・ベッソン監督は「グラン・ブルー」以来のお気に入りで、「ニキータ」「レオン」もそれぞれ大好きな作品。だがここ数年はどうも駄作の方が多い。「アンジェラ」(2005)や「LUCY ルーシー」(2014)などはマイ・ワーストテンにも入ったほどの酷い出来。近作の「ヴァレリアン 千の惑星の救世主」もつまらなかった。

そんなわけで、本作も“最強の女殺し屋”が主人公と聞いただけで、ええ~「ニキータ」の二番煎じかよ、とゲンナリしてしまった。そう思った人も多いだろう。

それでも、ファンとしては毎回ベッソン監督作品が公開される度に、つい映画館に足を運んでしまう。だからあまり期待はしていなかった。


だが、期待してなかったのが幸いしたのか(笑)、本作はベッソン監督作としては久しぶりに面白かった。傑作とまでは言えないが、コロナ緊急事態解除後の映画館で観る作品としては、気分転換にもってこいのスカっと楽しめる娯楽作品に仕上がっている。

(以下ネタバレあり、出来るだけ映画を観てからお読みください)

面白かった理由のその1は、まだソ連が崩壊する前の1990年を舞台に、対立するソ連KGBとアメリカCIAの東西2大スパイ組織が、互いに相手をどう出し抜き作戦を遂行するか、その虚々実々のだまし合い、駆け引きがスリリングな緊迫感を生み出している事。これによって、単なる女殺し屋のアクション映画に留まらず、当時の時代の緊張感を背景とした、奥行きのあるサスペンス映画に仕上がっている。

KGBと言えば、イアン・フレミング原作の「007/私を愛したスパイ」にも登場する実在した諜報機関である。
あの作品でも、冒頭でイギリスの諜報機関MI6に所属するスパイ、ジェームズ・ボンドとKGB所属の暗殺者が激しく戦い、ボンドが相手を倒すシーンが出て来る。その殺された男の恋人だったのがこれもKGB所属のアニヤ・アマソワ少佐(バーバラ・バック)。アニヤはボンドを憎みながらも最後はお定まりのラブラブな展開となる。
つまりはテイストとしては本作と同様、共産圏と自由圏のスパイ組織の暗闘がベースとなっているわけである。KGBが暗殺者を差し向ける点も同じ。本作はこの作品から一部ヒントを得ているようだ。

面白い理由のその2は、時制を巧みにシャッフルし、突然、観客が予想し得ない意表を突いた展開が起き、そこから時間を巻き戻して、そこに至った理由を説明するというパターンが、それも1回だけでなく何度も登場する点である。

(以下完全ネタバレ部分は[ ]で挟んで隠します。映画を観た方のみ、ドラッグ反転して読んでください)

例えば冒頭の1990年、パリのモデル事務所にスカウトされてデビューしたアナが売れっ子となり、やがて事務所の共同経営者のオレグと付き合い始めるが、[そのオレグと二人だけで密会している時、アナが突然隠していた拳銃を取り出し、ほとんど無表情でオレグを射殺する。
観客は意表を突かれるが、そこから映画は過去に遡り、実は武器商人という裏の顔を持つオレグ暗殺をKGBから依頼されたアナが、巧妙にモデル事務所にスカウトされるように仕組み、周到に機会を狙った上での暗殺任務だった事が判る。
]
アナが実はKGBの暗殺者だった事も、ここで初めて観客は知る事となるのである。

その後も、最初はアナの暗殺が見事成功したかのように描かれるものの、[回想で実はCIAが暗殺計画を事前に察知し、暗殺の実行にやって来たアナに、二重スパイとなるよう仕向け、暗殺成功は実は偽装だった事が明かされたり。]

終盤のクライマックス、KGB長官の暗殺、その場からの脱出劇、そしてラストのこれまた意表を突く大ドンデン返しまで、KGBのアレクセイもCIAのレナードも、そして観客もみんな一杯食わせられるのである。いやーこれにはやられた。

ド派手なカーチェイスや、アナが銃器を使わずその辺の皿などを使って一気に40人を倒してしまう等のアクション・シーンも見どころだが、それらアクション以外にも、こうした意表を突くトリックやドンデン返しを随所に網羅する事によって、単なるアクション映画に留まらず、知的パズルのような、良質のサスペンス・ミステリーを読むような満足感が得られる作品となっているのである。最近のベッソンにしては珍しい(笑)、よく出来た脚本である。

アナを演じたサッシャ・ルスはこの映画の為に、約1年間にわたりマーシャルアーツの特訓を積んだそうだ。その成果はキレのいいスピーディなアクション・シーンに見事現れている。今後のさらなる活躍も期待したい。
またファイト・コレオグラファー(いわゆる殺陣師)は、「ボーン・アイデンティティー」や日本の岡田准一主演「ザ・ファブル」等を手掛けたアラン・フィグラルツが担当している。日本で言えば「るろうに剣心」の谷垣健治のような方で、この起用も成功の一因だろう。


よく考えれば、辻褄の合わない所、やや無理な展開などいろいろツッ込みどころもあるのだが、観ている間は十分面白く、堪能させられた。何より、これまで期待を裏切り続けられて来たベッソン監督が、まったく久しぶりに面白い作品を作った事がファンとしては嬉しい。そう言えば同じく近年ワースト作品連発だった三池崇史監督が「初恋」で見事復活したのも今年だった。両監督のファンとしては今年は嬉しい年だと言えよう。

とにかく、出来ればあまり事前情報を入れずに、頭をカラッポにして観る事をお奨めする。   (採点=★★★★

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(さて久しぶりに、お楽しみはココからだ)

unmei 前述の、意表を突いた謎めいた場面から、時制を過去に戻して、裏に隠されていた真実を明らかにするという展開で思い出すのは、内田けんじ監督の「運命じゃない人」(2004)である。

時間軸を巧妙にずらし、過去に遡る度に隠されていた真実が一つ一つ明らかになって行く、実によく出来た作品である。ただ時制のシャッフル具合は本作よりもずっと複雑であった。一度観ただけでは判り辛いほどである。

伏線の張り具合も巧みだった。何気なく登場したように見えるある人物が、実は重要な役割だった事が判った時には唸った。
実は本作にもそんなシーンが登場する。

冒頭の、モスクワの市場でアナがパリのモデル事務所にスカウトされるシーン、スカウトの男が市場を歩いている時、商品を乗せたワゴンを押す男が「邪魔だ」と言って進路を妨害するような動きを見せるが、後の回想で、これはスカウトをアナの方向に導く為のKGB側の細工だった事が判る。これも巧みな伏線である。まあこれは“そんなにうまく行くかいな”とツッ込みたい気もするけれど。

そして、一昨年、低予算ながらセンセーションを巻き起こした「カメラを止めるな!」もそうしたタイプの作品である。前半のワンカット37分の映像の中でいくつも、?と思えたシーンがあり、その後の時制を遡ってのシーンの中で、すべての謎が解明されて行く。

本作は、これら2本の日本映画の快作と、パターン的には良く似ていると言える。まさかベッソンがこれらを観ているとは思えないけれど、もし観ていて参考にしたのであれば、それはそれで光栄な事ではある。

あと、ラストのアンがオルガに[撃たれるくだりとその後のオチ]、これは明らかに[ジョージ・ロイ・ヒル監督の「スティング」]をパクッてるね(笑)。

 

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コメント

私もシネコンで見ました。
4月上旬以来、2か月ぶりでの劇場での鑑賞。それだけでうれしいですね。
映画もなかなか面白かったです。
モデル出身のサッシャ・ルスはきれいなだけでなく、凄いアクションも演じています。
リュック・ベッソンは実は結構好きで、デビュー作の「最後の戦い」は第1回東京ファンタスティック映画祭で見ました。
その後も監督作品は結構見ています。
本作もお話に突っ込みドコロはありますが、演出のテンポも良く楽しく見ました。
ヘレン・ミレン、ルーク・エヴァンス、キリアン・マーフィーといったうまい俳優を揃えているのも良かったです。

投稿: きさ | 2020年6月14日 (日) 08:50

◆きささん
やっぱり、映画館で映画を観る事が出来るのは嬉しいですね。
ネット上での感想を読むと、きささんと同じように、映画館の上映再開明けに本作を観て、喜んでいる人が多いと感じます。
少しづつ観客も戻って来てるようで、早く元のような、コロナを気にせず映画をみんなで楽しむ状況が戻る事を祈りたいですね。

投稿: Kei(管理人) | 2020年6月16日 (火) 23:33

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