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2020年7月25日 (土)

「透明人間」 (2020)

The-invisible-man 2020年・アメリカ  126分
制作:ブラムハウス・プロ=ユニヴァーサル・ピクチャーズ
配給:東宝東和
原題:The Invisible Man
監督:リー・ワネル
原案:リー・ワネル
脚本:リー・ワネル
製作:ジェイソン・ブラム、カイリー・デュ・フレズネ

何度も映画化されたSFホラー“透明人間”を装いも新たにサイコ・サスペンス・タッチで映画化した作品。監督は「ソウ」「インシディアス」シリーズの脚本家として知られる、「アップグレード」のリー・ワネル。主演はテレビドラマ「ハンドメイズ・テイル 侍女の物語」のエリザベス・モス。共演は「推理作家ポー 最期の5日間」のオリヴァー・ジャクソン=コーエン、「ドリーム」のオルディス・ホッジなど。

富豪で天才科学者のエイドリアン(オリヴァー・ジャクソン=コーエン)によって束縛された生活を送っていたセシリア(エリザベス・モス)は、ある真夜中、計画的に彼の豪邸から脱出し、友人の警察官ジェームズ(オルディス・ホッジ)の元に身を寄せた。ところがある日、エイドリアンの兄で弁護士のトム(マイケル・ドーマン)から連絡があり、エイドリアンがセシリアを失った悲しみから手首を切って自殺し、莫大な財産の一部を彼女に遺したとの知らせが入る。その後、彼女の周囲で不可解な出来事が次々と起こり、セシリアは“見えない何か”に襲われている感覚に苛まれ、次第に正気を失って行く…。

「透明人間」は、「宇宙戦争」をはじめ多くの傑作SF小説を書いた作家、H・G・ウェルズが発表した作品が原典で、1933年、ユニヴァーサルにて映画化され、以後何度も映画化されて来た、SF・ホラー映画の古典である。日本でも円谷英二が特撮を担当した東宝作品(1954年)や、'70年代には低予算ピンク映画、日活ロマンポルノ作品まであり(笑)、洋画でも1992年のジョン・カーペンター監督、チェヴィ・チェイス主演のコメディ・タッチ作品(ウェルズ原作ではない)や、有名どころではポール・ヴァーホーヴェン監督「インビジブル」(2000)など、実に多くの作品が作られて来た。

いずれの作品も、コメディ系やポルノ系といった変則物を除いて、科学者が人体が透明になる新薬を開発し、実験の為自身が薬を飲んで透明になるが、元の姿に戻れない苦悩から精神に異常をきたし自滅して行く…という内容のものがほとんどで、その透明人間が現れる時はいつも顔全面に包帯を巻き、包帯と衣服を取ると透明な体が現れ姿が見えなくなる、というパターンがほぼお約束となっていた。

CG特撮が進んだ時代の「インビジブル」になると、内臓や骨が丸見えになったりしながら人体が徐々に透明になって行く特殊効果が見せ場で、包帯姿は登場しなくなったが、科学者が人体実験で自ら透明になり、凶暴になって殺人を犯したりの犯罪を繰り返し、自滅する、というパターンは踏襲されている。

そして本作の登場である。原題も邦題も1933年の第1作と同じ。製作も同じユニヴァーサル。という事はH・G・ウェルズの原作にほぼ近い作品か、と思ったのだが、“科学の力で透明になる(透明に見える)”という設定以外は全く新しい発想の異色作になっていた。


旧作と異なる要因は2つあって、一つ目は、“薬品を飲んで体が透明になる”のではなく、士郎正宗原作で押井守監督で映画化もされた「攻殻機動隊 Ghost in the Shell」に登場した“光学迷彩”と同じ原理で、全身に超小型カメラと液晶パネルを埋め込んだ特殊スーツを装着し、これによっていわゆる“眼の錯覚”で相手には透明に見えるというものである。

そう言えば007シリーズのどれかでも、Qの発明でボンドカーが透明になる作品があったが、これも原理は同じである。“透明化”する方法は今後こちらが増えて行きそうな感じである。なにしろ“元に戻る事が出来ないで悩む”必要がないし、裸になった時に寒さで震える苦労もないし(笑)。

二つ目は、過去の作品がいずれも、“透明になってしまった男”が主人公で、ほとんどの作品はこの透明人間の目線で物語が進んで行ったのに対し、本作は透明人間はむしろ脇役、主人公は普通の人間の女性で、精神に変調をきたして行くのは、“見えない恐怖”に怯えるこの女性主人公の方なのである。
この発想がユニーク、かつ斬新である。

主題は同じなれど、発想は新しい。“古い革袋に新しい酒を盛った作品”と言えるだろう。

(以下ネタバレあり)

主人公セシリアは、富豪で天才的科学者、エイドリアンと結婚したが、何事にも服従させられ、束縛される生活に嫌気がさしたセシリアはある夜、彼の豪邸から脱出する。

そして友人の警察官ジェームズ(オルディス・ホッジ)の元に身を寄せるが、いつエイドリアンが探し当てやって来るか、その恐怖に心が休まる事はなかった。

ところが、彼の兄で弁護士のトムが訪ねて来て、エイドリアンは自殺し、莫大な遺産の一部がセシリアに遺されたと言う。ただし精神不安定など正常な生活態度でなくなれば資格を失うとの事だった。

その日を境に、セシリアの周りで不可解な出来事が続発する。姿が見えない誰かに監視されているのではと感じるようになる。もしかしたらエイドリアンは生きていて、何らかの方法で見えない姿となってセシリアを脅かしているのではという恐怖にかられ、次第にセシリアは精神的に追い詰められて行く。

…といった展開は、昔からある、いわゆるニューロティック・ホラーの古典的手法で、特にヒッチコック監督が得意とし、“亡き先妻の影に怯えて精神が不安定になって行く”「レベッカ」(1940)とか、“夫が自分を殺そうとしているのでは”とヒロインが怯える「断崖」(1941)とか、“大好きな叔父さんが実は連続殺人犯ではないか”という恐怖に苛まれて行く少女が主人公の「疑惑の影」(1942)とかいくつかあるし、ロマン・ポランスキー監督の「ローズマリーの赤ちゃん」(1968)も、妊娠した主人公(ミア・ファロー)が精神的にナーヴァスになり、周囲がみんな悪魔ではないかという観念に憑りつかれて行く、この手の代表作であった。

本作はそうしたニューロティック・ホラーの要素も巧みに取り入れている。警察官のジェームズをはじめ周囲の人たちが、“もしかしたらセシリアは夫の亡霊に怯え、精神的におかしくなったのでは”と思い込んでしまう辺り、リー・ワネル監督(脚本も)、なかなかしたたかである。古い名作ホラーをよく研究しているようだ。

とは言え、題名で既にその正体はバレバレなので、観客はセシリアを脅かしているその正体は透明人間だと知っている。セシリアもやがてエイドリアンは生きていて、透明人間となって復讐しているのだと気づく。

中盤までは透明人間の見えない恐怖、並びにエイドリアンのストーカー的悪意に怯え、逃げ回るだけだったセシリアが、やがて終盤には反撃を開始し、拳銃を持って透明人間を射殺する勇気までも獲得して行く。ここらのスリリングな演出も手堅い。

そしてラスト、敵の武器、透明スーツを逆利用して、殺された妹の復讐とストーカー夫からの解放を同時にやってのける結末も鮮やかである。


まあいろいろツッ込みどころもあるし、そもそも光学迷彩スーツでも、空間の歪みをまったく無しで人に近づいたり監視カメラに捕えられたりする事も、光学的にはあり得ないのだが、まあそこは大目に見ておこう。原典の薬品による人体透明化でも、光の屈折で空間のどこかが歪むはずだし。それを言っちゃおしまいか(笑)。

それよりも本作が見事なのは、「透明人間」という古典的題材をベースにしながら、最新ハイテク技術を取り入れたり、DV、ストーカー、サイコパスといった現代的悪意、それに対してやがて反撃し、自らの力で束縛からの解放を獲得して行く女性主人公、といった具合に、今の時代性を物語に巧みに反映させた脚本、見えない相手がそこにいるかのようなカメラワーク、ニューロティックな恐怖演出、これらを絶妙に配分し、サスペンス・サイコ・スリラーとして十分に楽しめる作品に仕上がっている点である。
しかもほぼノースターで、SFXもそれほど金はかかっておらず、予算的には低予算B級映画レベルの作品である。金はかけずともアイデア次第で面白い映画が作れる見本と言っていいだろう。
もっとも、製作したブラムハウス・プロダクションズ作品(これについては後述)の中では製作費がかかってる部類に入るだろうが。

本作は元々はユニヴァーサル・ピクチャーズが同社の財産ともいうべき怪奇映画キャラクターを連続出演させる“ダーク・ユニヴァース”シリーズの1本として候補に挙がっていた企画だが、1作目のトム・クルーズ主演「ザ・マミー 呪われた砂漠の王女」(1932年のユニヴァーサル作品「ミイラ再生」のリブート作)が興行的に惨敗した為一旦立ち消えになっていたのを、ブラムハウス・プロがユニヴァーサルとの話し合いの中で、単独企画作品として映画化が実現したという経緯がある。

高額ギャラのスターが主演する金をかけた大作映画の1作目がコケて、低予算の本作が作品的にも上出来で、恐らくは利益率も高い成功作となっているのが、実に皮肉である。

ユニヴァーサルは、もう“ダーク・ユニヴァース”シリーズは諦めて、今後もブラムハウス・プロで同社の古典怪奇映画のリブートをお願いすべきだろう。そもそも1930年代の「魔人ドラキュラ」(1931)、「フランケンシュタイン」(1931)他のユニヴァーサル製怪奇映画自体、低予算B級映画だったのだから。   (採点=★★★★

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(さて、お楽しみはココからだ)

Jason-blum 本作を製作した、ジェイソン・ブラム(右)率いるブラムハウス・プロダクションズは、知る人ぞ知る、低予算ながらユニークなホラー映画を量産するマイナー・プロダクションである。

会社設立まもなく、2007年に発表した「パラノーマル・アクティビティ」が、わずか1万5千ドルという超低予算で作りながら、公開5週目で全米1位を記録、興行収入1億ドル超えの大ヒットとなる。これは収益率の最も高い映画としてギネスブックにも記録されているそうだ。以後5作まで作られる人気ヒット・シリーズとなった。

2010年には、「ソウ」シリーズのジェームズ・ワン監督、リー・ワネル脚本コンビを招いて「インシディアス」を製作、これもヒットして以後もシリーズ化されている。
シリーズ3作目の「インシディアス 序章」(2015)では、リー・ワネルが監督デビューを果たす事となる。

2013年、1年に一晩だけ殺人を含むすべての犯罪が合法になる法律“パージ法”が存在する世界が舞台という、ちょっと変わったサスペンス映画「パージ」を製作、これも低予算ながらヒットし、シリーズ化される。
2015年には“全編、PC画面上のSNSのみで展開する”異色の「アンフレンデッド」を製作、これは作品的にはいま一つだったが、同じ趣向の秀作「search サーチ」(2018)にヒントを与える事となった点では評価したい。また2017年の「ハッピー・デス・デイ」もタイムループを題材とした異色のホラーだった。

そして2017年に製作された、コメディアン出身のジョーダン・ピールの監督デビュー作「ゲット・アウト」が、なんとアカデミー賞の主要4部門にノミネートされ、脚本賞を受賞する快挙。無論映画も大ヒット。ピール監督の2作目「アス」も異色の社会派ホラーの秀作だった。

その他、こちらも俳優のジョエル・エドガートンの監督デビュー作「ザ・ギフト」(2015)も心理ホラーの秀作である。

こういった具合に、数多くの低予算ホラー映画を量産する中で、「ゲット・アウト」「ザ・ギフト」等の優れた作品を製作し、共に俳優出身の監督をデビューさせた点も大いに評価したい。

だがブラムハウス・プロの凄い点はそれだけではない。それまで興行不振が続き、低迷していたM・ナイト・シャマラン監督の「ヴィジット」(2015)を製作し、これでシャマラン監督は見事な復活を果たし、以後も同社は「スプリット」(2017)、「ミスター・ガラス」(2018)と続くシャマラン作品のプロデュースを手掛ける事となる。

さらには、ホラー系以外にも、ディミアン・チャゼルの監督デビュー作「セッション」(2014)を製作し、これで高く評価されたチャゼル監督は一気にメジャー監督となって行く。
2018年にはスパイク・リー監督の秀作「ブラック・クランズマン」(2018)も製作している。

まあこういった具合に、低予算ホラーのヒット作を連発しながらも、一方で意欲的な新人監督のデビューを後押ししたり、低迷する監督に再生の機会を与えたりと、その活動は映画界に多大の貢献をしていると言えるだろう。

低予算ホラーを製作する傍ら、気鋭の新人監督を次々デビューさせているという点では、あのB級映画の帝王、ロジャー・コーマンを思わせる。
実際、業界ではジェイソン・ブラムを「新世代のロジャー・コーマン」と呼んでいるそうな。また2017年には、TIME誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれている。

まことに頼もしい名プロデュサーと言えるだろう。ロジャー・コーマンもいいお歳である。ジェイソン・ブラムにはコーマンの後継者として、今後も新しい監督のデビューに力を貸し、ハリウッドに新風を吹き込んでくれる事を大いに期待したい。

 

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