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2020年7月30日 (木)

「なぜ君は総理大臣になれないのか」

Nazekimihasouridaijinni 2020年・日本/ネツゲン   119分
配給:ネツゲン
監督:大島新
プロデューサー:前田亜紀
撮影:高橋秀典、前田亜紀
音楽:石崎野乃 

実直で高い志を抱きながらも、党や派閥に翻弄され苦闘を続ける政治家の、初出馬から現在までの17年間を追ったドキュメンタリー。監督は「園子温という生きもの」の大島新。

2003年、当時32歳で民主党から衆議院選挙に初出馬した小川淳也は、その時は落選するも、05年の衆議院選挙において比例復活で初当選。09年の総選挙で自民党が大敗し政権交代が起こると、「日本の政治は変わる」と目を輝かせる。しかし、いかに気高い政治思想があろうとも、党利党益に貢献しないと出世はできないのが現実で、敗者復活の比例当選を繰り返していた事もあって、党内の立場は弱いままだった。所属する民主党は野党転落、迷走、合流、分裂を続け、小川はしがらみの中で苦悩し、孤独な戦いを続けて行く。

先月、ある限界集落の村の人たちを18年間にわたって撮り続けたドキュメンタリー「花のあとさき ムツばあさんの歩いた道」を紹介したばかりだが、本作もまた、一人の政治家の活動ぶりを17年にわたって記録した労作ドキュメンタリーである。
こうした、気が遠くなるような長い期間、対象を追い続けた根気強い2本のドキュメンタリーが同じ年に公開されるのも、不思議な縁である。
本作もまた、素晴らしい傑作ドキュメンタリーである。そして「花のあとさき」同様、本作も観終わって泣けた。


監督はテレビドキュメンタリーや、ドキュメンタリー映画「園子温という生きもの」などを作って来た大島新。2003年、総務省を退官し、政治家を目指してその年の衆議院総選挙に立候補した32歳の小川淳也にカメラを向けたのが彼との最初の出会い。実は大島監督の奥さんが小川と高校の同学年で、奥さんから「高校で一緒だった小川くんが、家族の猛反対を押し切って出馬するらしい」と聞いて興味を持ち、彼に密着して取材する事になったのだそうだ。

最初は軽い興味でカメラを向けたのだが、取材するうちに、「社会を良くしたい」と真っすぐに語る小川の無私な姿勢と、理想の政策を伝える説明能力の高さに触れて、「こういう人が政治家となったら、この国は変わるのではないか」と思い、それから彼との長い付き合いが始まるのである。大島は発表するあてもなくカメラ回し続け、時には撮影なしで個人的に会う事も多かったそうだ。

だが、小川淳也が立候補した選挙区は香川1区。そこは自民党の平井卓也議員の牙城である。平井は祖父、父から地盤を引き継いだ三世議員で、しかも地元有力メディアである四国新聞や西日本放送のオーナー一族。いわゆる地盤、カバン、看板をバックにそれまでの選挙でも連戦連勝、到底敵う相手ではない。案の定2003年の選挙で小川は落選する。
2005年の選挙でも選挙区では敗れたが、重複立候補していた比例区で復活を果たし初当選する。

そして2009年の衆議院総選挙では自民党が大敗、民主党が政権交代を果たして、小川も初めて選挙区で平井を破った。「日本の政治は変わります。自分たちが変えます」と小川は目を輝かせた。鳩山内閣では総務大臣政務官に就任する。

ここまでは良かったのだが、その後民主党は理想を掲げた公約が次々破綻する等、政権運営の拙さから支持率は急落する。そして2012年の解散総選挙で民主党は大敗、政権を明け渡し、小川もまたもや選挙区で平井に敗れ、比例復活でかろうじて3選を果たす。その後の2014年の総選挙でも同じ経過を辿る事となる。4回の当選のうち、3回までが比例復活だった。

大島監督はしばらくは小川の密着取材から遠のいていたのだが、2016年になって、「この人をもう一度きちんと取材し、記録したい。映画にしたい」という思いが沸き起こる。映画はその年に大島監督が小川と再会する所から始まり、2003年当時の映像とテレビその他の記録映像で小川の当時までの足跡をたどり、そこから現在までの小川の苦闘ぶりを、家族の映像も交えてドキュメントして行く。

Nazekimihasouridaijinni2

いくら気高い政治思想があっても、党利党益に貢献しないと出世出来ず、また選挙区当選でなければ発言権も弱い。圧倒的な強さを誇る自民党平井卓也と同じ選挙区で闘わなければならないのが不運ではある。
その上、民主党(後に民進党)内では細野豪志の推薦人に名を連ねたり、前原誠司の最側近として前原を補佐したりするのだが、これも小川に取っては後々禍根を残す事となる。

2017年の総選挙では、当時の代表、前原誠司が希望の党への合流を決断する。今の情勢では選挙に勝てないというのは分からないでもないが、憲法改正その他政策が異なる小池百合子の党と合流するのは、いくら勝つ事優先とは言え自滅行為である。結局小池の「排除宣言」が飛び出し、枝野幸男が立憲民主党を立ち上げ、民進党は分裂する事となる。

小川は悩んだ。政治姿勢から見れば立憲民主党に近いのだが、前原の最側近である事と、香川2区から立つ盟友・玉木雄一郎への仁義というジレンマの中、苦悩の末に希望の党から立候補するという苦渋の決断に至る。

カメラは、小川が地元の人たちから「わたし、立憲民主党支持です」と断られたり、「憲法改正反対やゆうてたやないか!」と罵声を浴びせられたりする姿も捕らえて行く。平井一族の新聞社が発行する新聞にはネガティヴな記事まで書かれてしまう。

妻や二人の娘が必死になって応援する様子も映し出される。それぞれ「妻です。」「娘です。」と書かれた大きなタスキを掛け、妻はビラを封筒詰めしたり、有権者に電話をかけまくったりと涙ぐましい努力を重ね、娘たちは夜遅くまで道行く人たちにビラを配るが受け取る人は少ない。
到底勝ち目のない選挙、それでも闘い続ける小川淳也と、その家族の健気な活動を見ているうちに胸が熱くなり、涙が溢れて来た。

そして開票、郡部では拮抗する所もあったが、大票田の高松市では引き離され、今度も選挙区で落選、比例復活で5戦を果たす。猛烈な逆風の中、善戦したとは言えるだろう。

それにしても小川議員、人を見る目がないと言えば酷だが、上司に恵まれない不運がついて回るようだ。その後細野、前原がどうなったかは言わずもがな(笑)。

その後小川は希望の党を離党、無所属となり、現在では立憲民主党の院内会派「立憲民主党・市民クラブ」に加入し、今も真っ直ぐな初志は失わず、闘い続けている。


観ている間中、何度も涙が溢れた。
こんな純粋で正義感に満ちた政治家が日本にいたのかと、感動した。

だが残念な事に、魑魅魍魎が跋扈し、腐りきった政治家が幅を利かす今の日本では、彼のような誠実・純朴な政治家は出世からは遠い事も現実である。

刺激的だが秀逸なタイトル「なぜ君は総理大臣になれないのか」、その答は2つある。
一つ目は、今の硬直した選挙システムでは、彼のように二世・三世議員でなく、地盤・看板、そして豊富な選挙資金も持たない政治家は選挙区当選は難しく、当選しても発言権を持てず、上に上がる為には厚い壁が立ちふさがっているという事。
二つ目は彼の性格にある。彼の父親が「あいつは政治家には向いていないのでは」と本音を漏らすように、彼の真っ直ぐ純粋な性格ではトップにはなれないという事である。
総理大臣になるには、大派閥の長となって子分を従えるか、小泉純一郎のように上手に抵抗勢力としての敵を作り、闘う正義のヒーローを演出するふてぶてしさ、あるいは石原某とか橋下某のように口は悪いが威勢がよくて大衆受けするハッタリ的要素、等が必要だろう。いずれも性格的に小川には無理である。

逆に言えば、小川淳也のような政治家がトップになったら、日本は、この国はずっと良くなるだろうとも思わせる。そんな理想的な時代が来る事を望みたい。

この映画を観て、フランク・キャプラ監督の「スミス都へ行く」(1939)を思い出した。
純心直情な青年スミス(ジェームズ・スチュアート)がひょんな事から政治家になり、ダム工事にまつわる不正行為を摘発するが、ズル賢い悪徳政治家たちに翻弄されて行くというお話。
小川はまさにスミスそっくりである。「スミス都へ-」はあまりに真っ直ぐに闘い続けるスミスの姿に、悪徳議員(クロード・レインズ)がとうとう根負けして改心する、という都合良すぎる結末はいかにも理想主義者と言われるキャプラ監督らしい。現実にはあり得ないだろうけれど。

ともかくも、17年にわたって一人の政治家の苦闘する姿を追い続けた大島監督の熱意には敬意を表したい。

最初の、2003年当時の映像には、まだ5~6歳くらいの小川の娘さんたちが登場し、選挙活動でしばらく娘たちを祖母に預けるという事で、別れ際お母さんに泣いて抱きつく娘さんたちがいじらしい。その娘さんたちが2017年の選挙で必死に父を手助けする姿を見て、あの小っちゃな娘たちがこんなに大きくなったのかと、感慨深いものがあった。
この映画はまた、小川と、彼をを取り巻く両親、妻、娘さんたちの素敵な、家族のドキュメンタリーでもあるのである。

政治に関心のある方は無論だが、今の政治に絶望している方、政治に無関心な人、いろんな人に観ていただきたい。小川淳也に共感するもよし、父親のようにこの人は政治家に向いてないと突き放すもよし。それでもこの映画を観た事で、政治に関心を持つ人、この国の政治のあり方について考えてみたいと思う人が少しでも増えたなら、とてもいい事だと思う。小川淳也のような政治家になりたいと思う人が増えたなら、もっと素晴らしいとは思うけれど…。   (採点=★★★★☆

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