「悪人伝」
2019年・韓国/KIWI MEDIA GROUP 110分
配給:クロックワークス
原題:악인전 (英題:The Gangster, the Cop, the Devil)
監督:イ・ウォンテ
脚本:イ・ウォンテ
撮影:パク・セスン
製作:ビリー・アキュメン
刑事がヤクザと手を組んで連続無差別殺人鬼を追うという、ちょっと変わった味わいの韓国製バイオレンス・アクション。脚本・監督は新人イ・ウォンテ。主演は「新感染 ファイナル・エクスプレス」のマ・ドンソク。共演は「ノーザン・リミット・ライン 南北海戦」のキム・ムヨル、「海にかかる霧」のユ・スンモク、「新しき世界」のキム・ユンソンなど。本国では興行収入ランキングで初登場1位を記録する大ヒットとなった。カンヌ国際映画祭正式上映作品。
(物語)深夜の路上で刺殺事件が起きる。熱血漢だがはみ出し者の刑事チョン・テソク(キム・ムヨル)は痕跡の類似性から、最近発生している同様の事件と同じ犯人による連続殺人事件と睨むが、テソクを煙たがっている上司は取り合わない。そんな時、暗黒街にその名を轟かせるヤクザの組長チャン・ドンス(マ・ドンソク)が、何者かにめった刺しにされ重傷を負う事件が起きるが、かろうじて一命はとりとめた。ドンスは対立する組織の犯行と疑い、手下を使って犯人探しに乗り出す。一方、テソクはドンスの車にこれまでと同じ追突事故痕を見つけ、ドンスを襲ったのも連続殺人犯と確信し、手がかりを求めてドンスに付きまとう。互いに敵意を剥き出しにする二人だが、狡猾な殺人鬼を捕まえるという共通目的から、二人は共闘し犯人を追い詰めて行く…。
冒頭、本作は2005年、韓国・天安(チョナン)市で起きた殺人事件を元にしているとテロップが出る。それで思い浮かぶのは、やはり実在の事件をベースにした韓国映画「チェイサー」(2008)。こちらは2004年に起きた連続殺人事件が元になっている。そしてもう1本、今や時の人となったポン・ジュノ監督の出世作「殺人の追憶」(2003)も1986年から91年にかけて実際に起きた未解決連続殺人事件がベースになっている。いずれも謎の連続殺人犯を追う刑事(元刑事)たちの活躍が描かれる。韓国実録犯罪映画の定番とも言えるだろう。
だが本作が「チェイサー」や「殺人の追憶」と大きく異なるのは、闇社会を牛耳るヤクザのボスがもう一人の主人公となり、このボスと刑事が手を組んで殺人犯人を追い詰めて行くという物語展開が何ともユニークな点である。
ヤクザと刑事が結託するお話も、北野武監督「アウトレイジ」をはじめ、これまで数多く作られて来た題材である。本作は、“刑事が殺人犯人を追い求める”パターンに、“ヤクザと刑事が手を組む”パターンをミックスさせるというハイブリッド的アイデアが秀逸である。よく思いついたものだ。アイデア賞ものである。
無論、アイデアだけでは駄目で、本作は脚本(イ・ウォンテ監督自身)も実によく出来ている。ヤクザと刑事が、互いに相手をうまく利用しようとしたり、相手の裏をかこうとする虚々実々の駆け引き、出し抜き合戦が繰り返される。
(以下ネタバレあり。注意)
ヤクザのドンスにとっては、敵対する組織の刺客ならともかく、市民を襲う連続殺人鬼に襲われ重傷を負った事は、暗黒街のボスとしては恥、屈辱もいい所である。警察になど渡さず、絶対に自分の手で犯人を始末したいという思惑がある。だから刑事と手を組んだのは、少しでも早く犯人の情報を得たいだけで、犯人を警察に渡す気はまったくない。
刑事のテソクも、犯人の顔も声も知っているドンスから犯人の情報を得る目的だけで近づいたわけで、こちらも自分の手で犯人を捕まえ手柄にし、出世したいという野望がある。
また、ドンスは部下が事件現場近くで手に入れた、犯人が使った凶器の包丁で、敵対する組のボス、サンドを殺害し、罪を連続殺人犯に被せるというズルい事(笑)もやってのける。さすが暗黒街で修羅場をくぐり生き延びて来ただけの事はある。
それで、濡れ衣を着せられた犯人・カン( キム・ソンギュ)がサンドの通夜にやって来て、サンドの部下に「犯人は自分ではない」旨のメモを渡すのだが、これが最後に伏線として生きて来るのがうまい。
途中には、見つけたカンの車を追跡する壮絶なカーチェイスもあったり、車を捨てたカンをドンスとテソクがどこまでも走って追跡したり、包丁を持ったカンとの壮絶な格闘シーンもありと、アクション映画としての見せ場も結構多くある。実話がベースと言いながら、かなりフィクションも加えているようだ。
ようやくテソクはドンスからカンを奪い取り、裁判にかける事となるが、決定的な証拠に欠け、このままでは有罪は難しい。その時、法廷に現れた証人はなんとドンスだった。
彼の法廷での証言と決定的な証拠によって、犯人のカンは有罪となる。
なぜドンスが賭博罪他の罪で訴追されているのに、法廷に現れ証言したのか。そこで短いフラッシュバックによって、その理由と、ドンスのある目的が明確になる。この簡潔で要を得た演出が実に見事である。
ラスト、刑務所内で、ドンスがその男にニヤリと笑いかける、その凄味のある笑い顔がなんとも言えない。見事な幕切れである。
面白かった。
ヤクザとはみ出し刑事が協力して殺人犯人捜しを行うという奇想天外なアイデアがまず秀逸だし、ストーリーも二転三転、どう話が転がって行くか予測がつかない展開に引き込まれる。演出もテンポよくスリリングで、カーチェイスなど、適度にエンタメ要素も盛り込むサービス精神にも感心する。

そして何より、ヤクザのボス、チャン・ドンスを演じるマ・ドンソクのキャラクターが最高だ。顔も怖そうだし、ヤクザのボスとしての貫禄十分。冒頭、ドンスがサンドバッグを滅茶苦茶に殴りつけるシーンがあり、それを下ろすと中からボコボコにされた敵対組織のチンピラが出て来る、というツカミもいい。決して残忍一辺倒でなく、どことなくユーモラスなキャラでもある。中盤ではバス停で、雨に濡れてた女子高生に自分の傘を貸してあげるという優しさも見せる。
これまでの、残虐味が強く救いようのない暗さもあった韓国犯罪映画に比べて、本作は残虐さもやや薄目で、ユーモラスなシーンもあり、誰でも楽しめる良質娯楽映画に仕上がっている。
本作は、公開されるや興行収入ランキングで初登場1位を記録する大ヒットとなったが、それも納得である。
そして本作はシルヴェスター・スタローン制作でハリウッド・リメイクも決定しているそうだ。それくらい秀作としてハリウッドも認めたという事だろう。
脚本も担当した監督のイ・ウォンテは、テレビドラマで監督を務めたあと、2017年に劇場映画監督デビュー、本作は2作目になるらしいが、それでこんなに完成度の高い秀作を作り出したのだから驚く。今後が楽しみな逸材である。
それにしても、アカデミー作品賞まで獲得した「パラサイト 半地下の家族」といい、近年の韓国映画のハリウッドも称賛する活躍ぶりには目を瞠る。日本映画、完全に負けている。良質な社会派ドラマでは是枝裕和が頑張ってはいるが、興行的にも世界に売れる普遍性、娯楽性を持った映画は黒澤明監督以後登場していない気がする。日本の若手監督よ、負けずに奮起して欲しい。
ただ、こんな面白い映画なのに、公開規模が小さいのは残念。邦題も小粒な感じで、これでは内容を伝えきれていない。韓国語の原題のままだそうだが、もっと作品の面白さをアピールする邦題を考えてもよかったと思う。ともあれ、映画ファンなら見るべし、お奨めである。 (採点=★★★★☆)
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コメント
これ見ました。面白かったです。
組長を演じるマ・ドンソクがいいですね。
はみ出し刑事のキム・ムヨルも好演。殺人犯のキム・ソンギュもいい。
とにかくヤクザと刑事が連続殺人犯を追うという話が面白い。
最初は対立している両陣営が最後何となく共闘していく展開もいい。
アクション演出も冴えています。
投稿: きさ | 2020年7月26日 (日) 14:13