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2020年8月30日 (日)

「狂武蔵」(2020)

Crazymusashi 2020年・日本     91分
制作:WiiBER=U’DEN FLAME WORKS=アーティット
配給:アルバトロス・フィルム
英題:Crazy Samurai Musashi
監督:下村勇二 
脚本:灯 敦生 
原案:園 子温 
撮影監督:長野泰隆 
エグゼクティブプロデューサー:太田誉志 
プロデューサー:藤田真一 
2013年版監督:柄澤 功

9年前に撮影されたものの、日の目を見ぬまま眠っていた作品に追加撮影を行い完成させたアクション時代劇。77分ワンシーン・ワンカット撮影という事でも注目を浴びた。新版の監督は「キングダム」のアクション監督を務めた下村勇二。主演は「RE:BORN」のTAK∴(坂口拓)、共演は「キングダム」の山﨑賢人、「ある街の高い煙突」の斎藤洋介など。

(物語)1604(慶長9)年。名門・吉岡道場は宮本武蔵による2度の道場破りにより、師範の清十郎とその弟・伝七郎を失った。面目を潰された一門は、まだ9歳の清十郎の嫡男・吉岡又七郎と武蔵との決闘を仕込み、一門全員で武蔵を襲う計略を練る。一門100人に加え、金で雇った他流派300人が決闘場の周囲に身を潜める。だがその隙を突いて突如武蔵が現れ、一瞬にして又七郎が斬り殺された。奇襲に凍りつく吉岡一門。そして武蔵1人対吉岡一門400人の死闘が始まった…。

Ichijoujino-kettou 吉川英治原作により、何度も映画化された「宮本武蔵」。その中でも中村錦之助主演、内田吐夢監督により5年掛かりで作られた5部作(1961~1965)は評価が高い。その5部作中で特に傑作として語り継がれているのが、4作目の「一乗寺の決斗」
終盤のクライマックス、一乗寺下り松で待つ吉岡一門に武蔵が斬りかかり、次々と倒して行くシーンは、ここだけモノクロ映像になり、武蔵が泥まみれで必死に走り回りながら敵を切り倒して行く凄絶な立ち回りをカメラが追った長いシーンは、まるでドキュメンタリーを観ているような異様な迫力に満ちている。まさに映画史に残る名シーンだと言えよう。

で、本作はその武蔵1人対吉岡一門との決闘シーンだけに絞って、それもワンシーン・ワンカットで描いた作品である。


元々はアクション・スター、坂口拓が、自分を主演にしてこの決闘をワンシーン・ワンカットで撮ったらどうなるか?という事を思いつき、一種の実験として作られたものである。
撮影されたのは2011年、9年前である。坂口扮する武蔵と吉岡一門との斬り合いシーンが77分間にわたってワンカット撮影された。

今でこそ「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014)とか、「ヴィクトリア」(2015)とか、「ウトヤ島、7月22日」(2018)とか、今年公開された「1917 命をかけた伝令」(2019)とか、日本でも例の「カメラを止めるな!」があるし、長時間のワンシーン・ワンカット撮影作品は多く作られるようになったが、9年前の当時としては画期的な試みであった。(2011年以前では、外国ではアレクサンドル・ソクーロフ監督「エルミタージュ幻想」(2002)がある程度)

まあデジタルカメラの登場で、長時間ワンカット撮影は可能になったが、実際にはなかなか大変である。特に登場人物が多数である場合は、段取りが極めて困難である。どこかでNG出したら一からやり直しだし。
この撮影の時には、予算も少なく、準備期間も極端に少なく、おまけに撮影開始早々、坂口が指を骨折するアクシデントがあったがそのまま撮影を続行。
何とか撮影は終えたが、壮絶な立ち回りを77分も続けた事で坂口は撮影後、心身ともボロボロになり引退を決意、映画は完成したものの全国劇場公開は叶わず、2013年に「坂口拓・引退興行」として一度だけ劇場で上映され、以後お蔵入りとなってしまった。

その後2017年、「RE:BORN」で坂口が芸名を“TAK∴”と改めて俳優業に復帰、この時の監督が本作の下村勇二だった。
おそらくこの時、下村監督と坂口の間で、2013年の「狂武蔵」をもう一度世に出す事が話し合われたのだろう。元の77分のワンカット撮影部分に、下村監督が新たに撮影したシーンを追加し、91分の新作として全国公開に至ったのが本作である。

(以下ネタバレあり)

さて、以上のような情報を仕入れていたので、期待して観たのだが。うーん、肝心の77分ワンカット撮影部分が、きわめてお粗末な出来なのにガッカリした。

武蔵と対決するのは、吉岡一門100人と、金で雇った他流派総勢300人の計400人という触れ込みだが、いくら予算がないからと言っても、画面に映っているのはどのシーンでも精々20人くらい。斬られてはヨロヨロ歩いたり味方に引きずられたりして画面からフレームアウト、しばらくすると斬られた人物がまた登場する。だからかなり斬り倒したはずなのに、いつの間にか死体が消えてる(笑)。初期のテレビ時代劇並みのレベルである。そもそも400人は多過ぎる。ちなみに内田版では吉岡側の人数は73人だった。なんでこんなに水増ししたのだろうか。まあ77分間で斬った人数を後で数えてみたらその位になってしまったという事だろうか。

その登場する侍たちの衣装、着こなしもちょっとヒドい。内田吐夢版の「宮本武蔵」を観ている方ならご存じだろうが、決闘する場合は、双方共袴の足元を脚絆(きゃはん)等で巻いて闘い易いようにするし、着物の袖は(たすき)で縛るのが当然。だが脚絆を巻いているのは武蔵も含めて一人もいないし、襷も武蔵しかしていない。酷いのになると袴すら履いてなくて着流しのまま。ヤクザかと思った(笑)。侍なのにほとんど月代(さかやき)を剃っておらず、どころか髷すら結っておらずボサボサ頭のもいる。時代考証全く無視である。

Ichijoujino-kettou1

殺陣も、さすが坂口はスピーディな身のこなしで、最初の頃はまあまあだったが、敵を倒すのに、①頭を叩く、②胴を払う、③足元を斬る、の3パターンだけで、これがずっと繰り返されるから単調で段々飽きて来る。また敵側の武蔵への攻め方も策がない。正面からぶつかるだけで、背後から斬りかかろうともしない。胴ガラ空きで斬ってくださいと言わんばかりに突撃する奴もいる。


まあそういった具合に、問題の77分ワンカット映像はツッ込みどころ満載、金がかかっていないのが丸分かりのチープな出来である。まともな本格時代劇のつもりで観に来た観客なら怒り出す所だろう。

ところが、そのワンカット・シーンが終わり、7年後に時代が飛ぶと、―ここからは下村監督が新たに撮ったシーンなのだが-、それまでとは見違えるほど、ダイナミックでスピーディなチャンバラが展開される。何よりカットを細かく割っているから余計迫力がある。坂口扮する武蔵は貫禄も増し、圧倒的に強い。
さすがは「キングダム」他でアクション監督を担当した下村監督だけの事はある。わずか7分程度なのが惜しい。

これなら、いっそ全編、下村監督で撮り直した方が、よっぽど面白い映画になったかも知れない。その場合77分ワンカット映像は捨てざるを得ないが(笑)。

という訳で、最後の7分間のチャンバラ・シーンがあるおかげで、なんとか観られる作品にはなっている。ちなみに共演者としてクレジットされている山﨑賢人はこの追加シーンにのみ登場するので、77分ワンカット映像にはどこにも登場しない。


さて、そういう事で、かなり厳しい事を書かせていただいたが、評価できる点もいくつかある。
それは、アクション・バカ役者、坂口拓の無謀な挑戦に賭ける役者魂である。

77分間、出ずっぱりでひたすらアクションを続け、それをごまかし無しでワンカットで撮ってしまう。
こんなしんどい、精神も体力も消耗する事は、誰もやりたがらないだろう。またそんな体力のある役者もいない。たとえ誰かが演じる事になっても、おそらく半分も経過しないうちにヘバッてギブアップするだろう。

しかも坂口は、手加減せずかなり強く打っている。資料では相手の侍役はカツラの下にヘルメットを仕込んだり、胴の下に防具を着けていたそうだ。刀も竹光でなく、木刀を銀色に塗ったものを使っているそうである。それで坂口に強く打たれたら、確かに防具やメットを付けていなかったら大怪我するだろう。つまりは、斬られる役者も命がけである。
Crazymusashi2 ちなみに動く映像を観てるだけでは気付かなかったが、スチール写真を見ると、確かに木刀である(右)。

そしてともかくも、77分間、途中でギブアップする事無く、激しい過酷なアクションを持続し、ワンカットで斬りまくる映像を完成させてしまった。撮影後には前述したように、精神も肉体もボロボロになってしまった。それでもやり遂げた。
その役者魂には、素直に敬意を表したい。

そしてもう一つ、目を瞠るのは、最初の撮影から9年を経ての、坂口の容貌の変化である。
9年前は、まだ若々しい。ところが新たに撮影されたラスト7分のシーンにおける現在の坂口は、年輪を重ね、風格さえ漂わせている(下写真。左が9年前、右が現在)。

Crazymusashi1

まさに宮本武蔵が、あれから7年を経て剣の達人として一層腕に磨きがかかった事を、その佇まいだけで表現している。

9年がかりで、追加撮影を行って完成させた事の値打ちは、そこにもあると言えるだろう。

いろいろ難点、ツッ込みどころは多いが、坂口の異様なまでの熱気、執念だけは褒めてあげたい。
タイトルは「狂武蔵」だが、むしろ本作で狂っているのは、坂口拓の方である、と言えるかも知れない。無論これは誉め言葉である。  (採点=★★★☆

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