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2020年8月 9日 (日)

大林宣彦・著「キネマの玉手箱」

Kinemanotamatebako_  大林宣彦・著

 ユニコ舎・刊  2020年4月25日第1版

 ¥1,500+税

 

大林宣彦さんの、おそらくは最後となるエッセイです。

 

もっとも、未発表の原稿をまとめて今後刊行される可能性もないとは言えませんが、書かれた時期が、映画「海辺の映画館-キネマの玉手箱」が完成し、公開を待つ本年の初めの頃―亡くなる直前ですので、一番最近の心情がありのままに吐露された、まさに絶筆と言えるエッセイでしょう。
本書のタイトルも、遺作映画の題名に引っ掛けてありますし。

全体は4つの章に分かれ、第1章「生命の章」、第2章「虚実の章」、第3章「非戦の章」、第4章「未来の章」と題され、それぞれに「病気と闘う者として」「自主映画の作家として」「敗戦国の軍国少年として」「未来を生きる人として」とサブタイトルがついている通り、第1章では「花筐/HANAGATAMI」製作開始から「海辺の映画館-キネマの玉手箱」完成に至るまでの、肺ガンと闘いながらの映画製作の記録、第2章では小型映写機をおもちゃ代りにして遊んだ少年時代から、やがて映画愛に目覚め、自主映画作家の道を歩む自身の映画史と、多くの映画人との交流の記録、第3章は子供の頃は軍国少年だった経験から、軽々しく「反戦」と口に出して言えない忸怩たる思いと、映画に何が出来るのかを静かに語りかけます。そして第4章で、4K映画の可能性を中心に、これからの未来に向けての提言を語っています。

実にうまく、少年時代からの自分史と、肺ガンで余命半年を宣告されてからの2本の映画作りの苦闘の記録が要領よく纏められています。
大林監督ファンなら必読ですが、大林監督をあまり知らない若い映画ファンには、大林映画入門の書としても手頃です。この本を読んでから映画「海辺の映画館-キネマの玉手箱」を観れば、映画に込めた大林さんの思いもより理解出来るでしょう。

全体では200ページほどですが、章の合間の「特選クラシックシネマ」は大林さんがCS放送・衛星劇場で語った映画紹介コーナー「いつか見た映画館」からの引用で、巻末には是枝裕和さんのあとがきが4ページありますから、実質の書き下ろし部分は180ページくらいでしょうか。それでも病が進み、亡くなる直前の体力が衰えた時期に書かれたとは思えないほど、穏やかで理路整然としていて、こちらの胸に迫って来る力強い文章には圧倒されます。

ところどころ大林さんらしいユーモアもあって、特に癌に治療の為、放射線治療を受けて、「(原爆を落とされた)広島の人間である僕の命が放射線被爆のおかげで助かるなんて矛盾してますね」と医者に語りかける所では思わず頬が緩みます。

大林さんらしい映画の視点のユニークさも面白い。例えば、ジョン・フォードの傑作「駅馬車」(1939)は実は戦意高揚映画で、終盤で駅馬車を襲う先住民は実は暗に日本人を指していると言うのです。当時はアメリカが日本に脅威を感じ始めていて、“いつ我が国を突然襲うかも知れない”という日本への恐怖心がこの作品に投影されているという事なのでしょう。実際、それから2年後の1941年、日本は真珠湾を奇襲します。
この暗喩については、今まで誰も言ってないと思います。さすがです。

もう一つ面白いと思った箇所。第4章で、4K、8K映像について書いているのですが、黒澤明監督の名作「生きる」を4Kデジタル修復版で見ると、主演の志村喬さんが、映画の中で瞬き一つしていなかった事を発見します。同じく「羅生門」4K版でも、志村さん以下出演者全員が瞬きをしていなかったそうです。瞬きをしない事で狂気に満ちた異常な世界を描いているという事なのです。これはまったく気がつきませんでした。今度「生きる」「羅生門」を観る時には確認してみましょう。


まあそんなわけで、これは大林映画ファンは無論の事、映画史に興味のある方にもお奨めですが、「海辺の映画館-キネマの玉手箱」をより深く理解する為にも必読の書と言えるでしょう。

そして何より、癌に侵されても、常にポジティブに明るさを失わず、前に進もうとする大林さんの生き方は、同じように病魔と闘う患者にとっても、とても勇気づけられると思います。そういった方にも、是非読んでいただきたい本です。お奨めです。

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さて、そんな素敵な本ですが、残念な事に2箇所ほど、誤った記述があります。

まず63ページに、次のような記述があります。
「西部劇で最初の劇映画といわれる1979年の「大列車強盗」には、今から考えると世紀の発明が見られる(以下マイケル・クライトン監督「大列車強盗」(1979)の解説があるが省略)。この作品では、引いた画の中にポンとクローズアップの画を入れて強調するという技術が用いられた。(略)最初にクローズアップを見た人は違和感を覚えたという」

映画史をちょっとでも齧った方ならご存じでしょうが、「最初の西部劇映画」で、「クローズアップを初めて取り入れた映画」とは、1903年のエドウィン・S・ポーター監督「大列車強盗」の事です。同じ題名ですが、マイケル・クライトン監督「大列車強盗」は19世紀のロンドンが舞台で、西部劇でもありません。
大林さんのように古いサイレント映画に造詣の深い方が、こんな初歩的なミスをするとはちょっと考えられません。
私の想像ですが、病気で体力的にシンドい大林さんが、部分的に誰かに手伝ってもらっていて、「『大列車強盗』について任せるから調べて書いてくれないか」と頼んだのかも知れません。
それにしてもゲラ刷りか校正刷りの時点で誰かが気づきそうなものですが。映画史に詳しくなくてもヘンだなと思うでしょうに。

もう1箇所は78ページ。黒澤明監督の「天国と地獄」について書かれた文章の中の一節、「その『天国と地獄』で、主人公の刑事がモノクロの背景の中、煙突から色のついた煙が上がるのを見て『天国と地獄だ』とつぶやいたシーンがある」
これも映画ファンなら気づくでしょう。黒澤作品に、刑事が「天国と地獄だ」とつぶやくシーンなどありません。それは「踊る大捜査線
THE MOVIE」
(1998年・本広克行監督)の中で青島刑事(織田裕二)がつぶやくセリフです。本広監督が黒澤作品「天国と地獄」へのオマージュで入れたシーンです。

これも大林さんとは思えないミスです。記憶が混乱してゴッチャになってしまったのでしょうか。それだとしても、何故誰も気づかなかったのでしょうか。

映画史にとても詳しい大林さんの、それも最後の名著だからこそ、あえて指摘しておきます。大林さんの名誉を守る為にも、次回再販の際には是非修正していただきたいと思います。

 

大林宣彦・著

「キネマの玉手箱」

「ぼくの映画人生」(文庫版)

 

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コメント

このユニコ舎という出版社は今年1月に創立したばかりの小さな出版社なので、あまりスタッフがいないのかもしれません。
ちなみに、東京版だけか全国版に載ってるかわかりませんが、今日の朝日新聞朝刊に「大林宣彦 規格外の遺作」と題した大きな特集記事が載りました。大林恭子プロデューサー、塚本晋也監督らがインタビューに答えてました。

投稿: タニプロ | 2020年8月 9日 (日) 21:19

◆タニプロさん
朝日新聞朝刊の「大林宣彦 規格外の遺作」の記事は大阪版でも掲載されていましたよ。多分全国版記事でしょう。
「規格外」とありますが、大林さんの作る映画は商業デビュー作「HOUSE ハウス」以来、どの作品も全部規格外の映画だと思ってます。まあ大林さん自身が、規格外の映画作家なわけですが。
この記事に掲載されている米イエール大学教授アーロン・ジェローさんの作品評に「どうしてこんな深い映画が作れたのか。神の手が介在したのかもしれない」とあります。まさに神様が、この映画を作り終えるまで大林さんの余命を3年以上も引き延ばしたのかも知れませんね。

投稿: Kei(管理人 | 2020年8月12日 (水) 22:49

私もこの本を先ほど読みました。
書籍としての遺作という事で感慨がありました。
2か所の過ちは残念でした。重版の時に修正していただきたいですね。
改めて大林監督のご冥福を祈ります。

投稿: きさ | 2020年8月13日 (木) 18:26

また別の本が出るそうです。

立東舎から10月22日発売だそうです。

https://twitter.com/rittorsha/status/1303991317400186881

投稿: タニプロ | 2020年9月12日 (土) 02:09

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