「海辺の映画館 キネマの玉手箱」
2019年・日本 179分
制作:吉本興業=バップ=PSC
配給:アスミック・エース
監督:大林宣彦
脚本:大林宣彦、内藤忠司、小中和哉
脚本協力:渡辺謙作、小林竜雄
エグゼクティブプロデューサー:奥山和由
企画プロデューサー:鍋島壽夫
製作協力:大林恭子
撮影監督:三本木久城
編集:大林宣彦、三本木久城
音楽:山下康介
本年4月に亡くなった名匠・大林宣彦監督の遺作であり、かつ大林映画の集大成とも言える壮大なファンタジー・ドラマ。20年ぶりの尾道ロケも見どころ。出演者は主人公の3人の若者役に「転校生 さよならあなた」の厚木拓郎、「GO」の細山田隆人、「武蔵 むさし」の細田善彦。共演は大林監督作初出演の成海璃子、新人吉田玲、その他大林作品に馴染みの深い常盤貴子、山崎紘菜、高橋幸宏、入江若葉、尾美としのり、根岸季衣、満島真之介、小林稔侍、片岡鶴太郎、浅野忠信、大森嘉之といった俳優が大挙出演している。第32回東京国際映画祭Japan Now部門にてワールドプレミア上映、大林監督に特別功労賞が授与された。
(物語)広島・尾道の海辺にある映画館・瀬戸内キネマが閉館の日を迎えた。馬場毬男(厚木拓郎)、鳥鳳介(細山田隆人)、団茂(細田善彦)の三人の若者が最終日のオールナイト興行「日本の戦争映画大特集」で上映されている映画を見ていたところ、突如劇場は稲妻の閃光に包まれ、三人はスクリーンの中の世界にタイムリープする。戊辰戦争、日中戦争、沖縄戦と三人は日本の戦争の歴史を彷徨った末に、原爆投下前夜の広島に辿り着いた彼らは、そこで出会った移動劇団「桜隊」の人々を救う為、運命を変えるべく奔走する…。
本来は4月10日、奇しくも大林監督が亡くなられたその日に公開される予定が、コロナの影響で上映延期となり、3ヵ月半遅れでやっと7月31日公開となった。早速初日に観に行った。
期待通りの、いやこちらの想像を遥かに超える、まさしく大林宣彦ワールドの集大成、過去の大林映画のあらゆる要素を盛り込み、近年の戦争三部作に込められた思いの丈をさらに集約し、絢爛豪華に繰り広げられる映像マジックに圧倒される。
そして出て来る俳優がこれまた昔からの大林映画の常連から、近年の大林映画を支える旬の役者たち、さらに昔の大林映画に出た人たちの数十年ぶりの結集…とまあ物凄い豪華な顔ぶれ。
大林監督も本作を遺作と意識していたのか、あるいは俳優たちもこれが最後のお別れと思って集まったのか、とにかく次々登場する俳優の顔ぶれを眺めるだけでも大林ファンにはたまらない。
もう一つ、登場人物の役名にもお遊びと言うか大林作品に馴染み深い名前があり、それらを見つけるだけでも楽しい。
例えば主人公3人の名前が馬場毬男、鳥鳳介、団茂。大林ファンならご承知と思うが、それぞれ“マリオ・バーバ”(イタリアの怪奇映画監督)、“フランソワ・トリュフォー”、“ドン・シーゲル”のもじりで、いずれも以前から大林監督自身が変名としてしばしば使っていた名前。商業映画デビュー作「HOUSE ハウス」も最初は馬場鞠男名義で監督するつもりだった。つまりはこの3人は、大林宣彦の分身という事なのである。ついでに馬場毬男は2000年公開の大林が原作と総監督を務めた「マヌケ先生」(監督は本作の脚本に参加している内藤忠司)の主人公(大林自身がモデル)の名前であり、その毬男の少年時代を演じていたのが本作で毬男を演じている厚木拓郎である。こういうお遊びも楽しい。
そして嬉しいのが、作品を彩る3人の女性たち―成海璃子、山崎紘菜、常盤貴子の役名がそれぞれ斉藤一美、芳山和子、橘百合子。言うまでもなくあの尾道三部作「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」のヒロインの名前である。ここらにも、過去の大林作品のエッセンスをすべて本作にぶち込みたいという思いが現れている。 さらに、「転校生」以来、ほとんどの大林作品に出演して来た入江若葉に、宮本武蔵の恋人、お通を演じさせている(右)。無論“お通”は1961年から5年がかりで内田吐夢監督が作った「宮本武蔵」5部作で入江若葉自身が演じたヒロイン。自作に長く協力してくれた入江に、ご褒美として入江の当たり役・お通を演じさせたのも粋な計らいと言えよう。55年ぶりにお通を演じさせてもらった入江は感慨無量だった事だろう。
こうした、出演者の顔ぶれ、その役名、キャスティング等を見るにつけ、本作には、自己の作品史を回顧すると共に、これまで出てくれた出演者の働きを労う事で、本作を遺作にしたい、という大林監督の強い思いを感じてしまう。
そう思えば思うほど、涙が出て来て、観る前から感無量になってしまった。これから書く文章も文脈が整っているか自信がない。そのつもりでお読みください。
(以下ネタバレあり)
冒頭、大林作品お約束の四角いフレームに「A MOVIE」のロゴが出るが、今回はその下に「映像純文学の試み」とある。
はて、と思ったが、その後字幕で何度も、詩人中原中也の著作から引用した文章が出て来る。有名な「汚れちまった悲しみに」も出て来る。
これが“純文学”という事かと思ったが、映画自体はやはりいつもの大林タッチである。
今回は以前にも増して情報量が多い。字幕がポンポン飛び出す上に、セリフにもわざわざ字幕が付く。セリフも饒舌。それに登場人物やいくつかのシーンは丸や三角の原色フレームに囲まれていて、色彩面でも実にカラフルである。映像でも巨大で真っ赤な太陽(月?)が何度も登場する。極彩色の加工映像は「HOUSE ハウス」を思わせる。
物語は、宇宙船に乗った爺・ファンタ(高橋幸宏)が地球に戻って来て、旧知の杵間映人(小林稔侍)が映写技師を勤める、尾道の海辺にある映画館・瀬戸内キネマを訪れる所から始まる。こんな具合に随所に名前のお遊びが登場する。爺の宇宙船内では何故か巨大な鯉が遊泳しているのもシュール。
瀬戸内キネマは今日が閉館の日。最終日のオールナイト興行「日本の戦争映画大特集」を上映している映画館に、馬場毬男、鳥鳳介、団茂の三人が入って来る。
閉館する映画館の最終興行、と来れば、ピーター・ボグダノビッチ監督の秀作「ラスト・ショー」を思い出す。老映写技師と取り壊し寸前の古い映画館は「ニュー・シネマ・パラダイス」と、映画にまつわる名作映画へのオマージュもふんだんに登場する。こうしたオマージュや大林流遊びの仕掛けを見つけるのも映画ファンには楽しい。
ついでに、ヤクザに憧れる団が地元のヤクザと揉めて雨の中乱闘するシーンで、晩年の菅原文太に似た老ヤクザがチラリ登場するのは、尾道に近い呉が舞台の「仁義なき戦い」オマージュか。
スクリーンでは、MGMミュージカル風のダンスシーンが上映されている。そこに稲妻が走ると、馬場、鳥、団の三人はスクリーンの中に飛び込んでしまい(注1)、以後幕末の動乱から戊辰戦争、日中戦争、沖縄戦といくつもの戦争の只中に三人は放り込まれ、逃げまどったり、その土地の少女たちに仄かな恋心を抱いたりもする。
「映画こそが最高のタイムマシン」という言葉が出て来るが、まさに三人の不思議なスクリーンの中の旅は、タイムマシンで過去の時代に行ったかのようである。
大林監督はもう一つお遊びを用意する。戦争の歴史を描く中で、戊辰戦争当時はモノクロ、サイレントでセリフは字幕というトーキーになる前の上映形態、時代が進むに連れてトーキーの時代となり、モノクロからカラーへ、そしてCGデジタル技術の活用と、映画の歴史も同時に描いているのが、子供の頃からフィルムを玩具にし、映画に熱中していた大林監督らしいこだわりである。
各時代ごとに、いくつかのエピソードが断片的に登場するが、どのエピソードにも、その時代に虐げられて来た女たちの哀しみが強調される。沖縄では和子(山崎紘菜)たちが軍人たちに凌辱されるし、遊郭に売られた一美(成海璃子)の運命も悲しい。役柄を変えて何度も登場する希子(吉田玲)も、可憐な少女のままに命を落として行く。
そして終盤、原爆投下の前日の広島にやって来た三人は、そこで丸山定夫(窪塚俊介)が主宰する移動劇団「桜隊」の一行と出会う。
新藤兼人監督「さくら隊散る」でも描かれた、原爆で多くの俳優が犠牲になった「桜隊」の人たちを原爆から救うべく、三人は看板女優の園井惠子(常盤貴子)たちに「今すぐ広島から出るべきだ」と必死の説得を試みるが、病気で動けない丸山を残しては行けないと惠子は言う。せめて若い希子だけでも広島から出そうとするが、それも徒労に終わり、桜隊の運命を変える事は出来なかった。
このシークェンスだけで、まるまる1本の映画に出来るほどのボリュームがある。大林演出もここは力が入っている。
そして強調されるのは、“過去に起こった歴史は変える事は出来ない。しかし未来は変える事が出来る”というテーマである。爺・ファンタも同趣旨の言葉を言う。
これが本作で、大林宣彦監督が最も言いたかった事なのだろう。“過去を教訓にして、未来を望ましい世界に変えて行くのは、これからも未来を生きるあなた達なのだ”という、まさしく最後の命を振り絞って描いた、大林宣彦の遺言なのである。
観終わって、重く心に響いた。涙が出た。
もの凄い、膨大な量の映像・エピソードが、悪く言えば取り留めもなく洪水のように溢れ出ているこの作品に、ついて行けない観客もいるかも知れない。
しかし大林監督は、物語として破綻する事を承知で、40年間の映像作家としての思いの丈、きな臭くなる時代への警鐘と怒りを、怒涛のように1本の映画の中に込めている。その思いの強さを感じ取ったなら、観客はきっと深い感動に包まれる事だろう。
映画を観ると言うより、これは大林ワールド、大林マジックを体感する映画なのである。

一度観ただけでは追いきれなかった部分もあった。もう一度観たい。何度も観る度に、より感動が強まるだろう。そして観る度に随所に仕込まれた、監督のお遊び、オマージュを発見出来るだろう(それらについては後述)。
私の本年度のベストワンは本作で決まりである。
幸いと言うか災い転じて福と言うか、公開が遅れたおかげで、上映が続いていれば終戦記念日の8月15日(3週目)にも上映されているはずである。反戦への強い思いに満ちた本作が、原爆投下の日、終戦記念日を跨いで上映される事になるのも不思議な巡り合わせである。是非多くの人に観て欲しい。 (採点=★★★★★)
(注1)
映画を観ていた主人公がスクリーンの中に入ってしまう映画は、バスター・キートン主演「キートンの探偵学入門」以来、A・シュワルツェネッガー主演「ラスト・アクション・ヒーロー」(ジョン・マクティアナン監督)など多数ある。ちなみに「ラスト・アクション・ヒーロー」にも、本作同様いくつもの映画オマージュが登場する。
(さらに、お楽しみはココからである)
本作には、大林監督作品のセルフオマージュもいくつか登場する。主人公たちがタイムリープしたり、戦時中に暮らす少女が未来からやって来た少年に恋心を抱くくだりは、「時をかける少女」オマージュだし、セーラー服の少女希子(吉田玲)が自転車でフェリーに乗っているシーンは「さびしんぼう」である。
インターミッション後に登場する、一美(成海璃子)が遊郭に売られ娼婦として働くくだりは、主人公の少女(鷲尾いさ子)が四国の遊郭に身売りさせられる「野ゆき山ゆき海べゆき」を思い出す。この映画も、戦争への怒りに満ちた秀作だった。ちなみに題名にも「海べ」がある。
映画館の前では花火が打ち上げられ、川面に写っているが、これは「この空の花 長岡花火物語」オマージュ。また憲兵に指揮された兵隊が川の上を行進するシーンは「花筐 HANAGATAMI」の兵隊行進シーンに繋がっている。巨大な月をバックにした映像もこの作品に登場する。
ワンシーン登場する「マヌケ先生」のアニメは前述の映画「マヌケ先生」にも登場する。ちなみにこのアニメは大林監督自身が少年時代、フィルム面を熱湯で溶かして映像を剥し、そこに手書きで描いたものである。
ラスト近く、ピアノを弾く老人は大林監督自身が演じているが、ピアノも、「別れの曲」が流れる「さびしんぼう」をはじめ、大林作品では重要なアイテムである。
ところで、考えすぎかも知れないが、吉田玲演じる希子(のりこ)という役名は、尾道を舞台にした小津安二郎監督の最高作「東京物語」に登場する、原節子の役名“紀子(のりこ)”からいただいているのではないだろうか。本作の中にも、手塚眞演じる小津安二郎が登場しているし。
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コメント
初日に観ました。言葉もありません。この映画の前ではあらゆる言語が無力となります。
園子温が寄せたコメント。
https://twitter.com/umibenoeigakan/status/1289458496308539392
塚本晋也のツイート
https://twitter.com/tsukamoto_shiny/status/1289426845650173952
朝日新聞に載った柳下毅一郎の評論。ある意味映画評論を揺るがす映画と言えましょう。
https://www.asahi.com/sp/articles/DA3S14570465.html
大林宣彦追悼を続けてる池袋の名画座新文芸坐では、8/15に戦争三部作三本立て!全て封切り時に観てますが、ちょっとぶっ続け観賞に挑戦しよう。
今度、大林宣彦と関わりが深かったある人物の話を聞いてきます。何か興味深い話が聞けたらまたコメントします。
投稿: タニプロ | 2020年8月 3日 (月) 07:03
https://www.cinematoday.jp/news/N0117740.amp.html?__twitter_impression=true
投稿: タニプロ | 2020年8月 4日 (火) 00:25
◆タニプロさん
いろいろと情報ありがとうございます。
よくお客が入ってるようですね。私が観た映画館でも、8割くらい客席が埋まってました。もっともコロナ対応で1席づつ空けてるので満席でも半分しか埋まらないわけですが。
大阪では今の所上映劇場が1館しかありませんが、これから上映館も増えて来るでしょう。口コミで評判が広まって、出来れば「この世界の片隅に」のような社会現象も巻き起こる事を期待したいですね。
そう言えば、原爆投下前の広島県産業奨励館(後の原爆ドーム)の前でヒロインが立っている「この世界の-」と似たシーンもありましたね。これは大林さんのあの作品に対するオマージュなのかも知れませんね。
投稿: Kei(管理人) | 2020年8月 5日 (水) 23:20
やっと見ました。
まさに大林作品の集大成ですね。
平日ですが、こちらでもお客さん入っていました。8割くらい埋まってました。
投稿: きさ | 2020年8月 6日 (木) 12:52
それにしてもポスターに大林宣彦が載ってるのが良いですよね。最近は予告を見ても誰が監督なのかわからない映画ばかりですから。
私は映画に圧倒されて、大林宣彦を知らない人のための紹介文程度のことしか書けませんでした。
ユニコ舎から出ている本の感想を書きました。
https://note.com/tanipro/n/nac759a872d1f
投稿: タニプロ | 2020年8月 7日 (金) 23:42
◆きささん
上映時間が3時間もあって、テーマも重く、正直興行は苦戦するのではと思ってましたが、よくお客が入っててチケット完売の回もあるとかでホッとしてます。息の長い興行になるといいですね。
◆タニプロさん
大林さん最後のエッセイ「キネマの玉手箱」私も今読んでいる所です。映画同様、書籍も沢山出している大林さんにとって、これもまた、書籍刊行物としての「遺作」になるわけですね。短いので何度も読み返しました。近々ブログにも感想書きますね。
投稿: Kei(管理人) | | 2020年8月 9日 (日) 11:58